第25話:潜入! 闇の研究所と、ニートの限界肺活量
決戦の地は、湾岸エリアにある巨大なコンテナ倉庫街の一角。 表向きは『ジェネシス製薬・第3物流センター』となっているが、その地下には非人道的な生体実験を行う研究施設が広がっている。 ……と、未羽の調査で判明した。
「……で、どうやって入るんだ?」
午後八時。 俺たちは倉庫街を見下ろす高台にいた。 厳重な警備だ。ゲートには武装した警備員、塀の上には有刺鉄線とセンサーカメラ。 正面突破ならセツナ一人で可能かもしれないが、今回は「隠密行動」が必須だ。警報が鳴ってデータが消去されたら元も子もない。
「ふふん。私に任せなさい」 アリスが自信満々に胸を張る。 彼女が指差した先には、一台の業務用トラックが止まっていた。車体には『クリーン・サービス』の文字。
「あの清掃会社、さっき買収したわ」 「仕事が早いな!」 「今夜、施設の定期清掃が入る手はずになっているの。あなたたちは、その清掃員として堂々と正面から入るのよ」
アリスが用意したのは、ダサい灰色の作業着と、モップやバケツなどの清掃用具一式だった。
「……俺が、掃除夫?」 「似合ってるわよ、佐藤。無職からのクラスチェンジおめでとう」 「うるせぇ。……よし、行くぞセツナ」
俺は作業着に着替え、帽子を目深に被った。 同じく作業着を着たセツナ(ダブダブで萌え袖になっている)が、俺の袖を掴んでコクンと頷く。
「マスター。……掃除、得意。敵を片付ける(・・・)の」 「物理的な掃除はダメだぞ。あくまで隠密だ。いいな?」
俺たちはトラックに乗り込んだ。 運転席には、西園寺家のSPが変装して座っている。 荷台には俺とセツナ。そして通信担当の未羽と、お弁当係の結衣は、離れた場所に停めたアリスのリムジンで待機だ。
『マイクテスト、マイクテスト。聞こえる? サトル』 骨伝導イヤホンから未羽の声が聞こえる。 「ああ、良好だ。……結衣、特製おにぎりは?」 『ここにあるよ! 具はシャケと昆布と、あとスタミナが付くように焼肉も入れたからね! 無事に帰ってきたら食べようね!』 「おう。それを楽しみに頑張るよ」
死亡フラグみたいな会話をしながら、トラックはゲートを通過した。 アリスの買収工作は完璧だった。警備員はIDカードを確認すると、あっさりとゲートを開けた。
***
施設内部。 無機質な白い廊下が続いている。薬品の匂いが鼻をつく。 俺とセツナは、モップ掛けをするフリをしながら、奥へと進んでいた。
「……広いな。目標のサーバールームは?」 『地下三階、最深部の「エリアZ」よ。そこまでエレベーターは使えないわ。IDのセキュリティレベルが足りない』 「じゃあ、また階段かよ……」
俺は絶望した。 だが、文句を言っている暇はない。 俺たちは非常階段を使って地下へと潜る。
地下二階。 ここからは空気が変わった。 白衣を着た研究員たちが行き交い、ガラス張りの部屋の中には、奇妙な色の液体に浸かった「何か」が並んでいる。
「……うっ」 俺は吐き気を催した。 ここは地獄の釜の底だ。
セツナが俺の手を強く握る。 彼女の手が震えている。怖いんじゃない。怒っているんだ。 かつて自分がいた場所。仲間たちが実験材料にされた場所。
「……大丈夫だ」 俺は小声で囁いた。 「今日で終わりにしよう。こんなクソみたいな場所、俺が全データ引っこ抜いて、更地にしてやる」
セツナが俺を見上げ、小さく頷いた。
その時。 角を曲がった先で、二人の警備員と鉢合わせした。 相手は自動小銃を下げている。
「おい、お前ら。ここは清掃エリアじゃないぞ。IDを見せろ」
見つかった。 俺は愛想笑いを浮かべて近づく。
「あ、すいません。迷ってしまって……新人なもので」 「新人? こっちへ来い。ボディチェックをする」
警備員が俺の肩に手を伸ばす。 まずい。懐にはハッキング用の小型PCが入っている。
俺が合図を送るより早く、セツナが動いた。
シュッ。 風のような踏み込み。 セツナは警備員の懐に飛び込むと、その顎を掌底で打ち抜いた。 ガッ! 脳を揺らされた警備員が、声もなく崩れ落ちる。
「なっ……!」 もう一人が銃を構えようとするが、遅い。 セツナは回転しながら足を払い、転倒させたところに手刀を叩き込んだ。
ドサッ。 二人の大男が、わずか三秒で沈黙した。
「……掃除完了」 セツナが埃を払う仕草をする。 強すぎる。頼もしいが、隠密行動とは何だったのか。
「……まあいい。引きずって隠すぞ」 俺たちは気絶した警備員を用具入れに押し込み、先を急いだ。
そして、ついに到達した。 地下三階、エリアZ。 分厚い防弾ガラスの向こうに、巨大なメインサーバーが鎮座している。 入り口には、虹彩認証と生体認証の二重ロック。
「……ここだな」 俺はモップを投げ捨て、PCを取り出した。
「未羽、ロック解除の援護を頼む。俺が物理回線を直結する」 『OK。でも気をつけて。ここのセキュリティ、異常に硬い。まるで生き物みたいにコードが書き換わってる』 「生き物?」
嫌な予感がした。 俺は電子ロックのパネルカバーを外し、ケーブルを接続した。 指を走らせる。
カチャカチャカチャッ……! 硬い。泥沼を進むような感覚だ。 だが、通れない道じゃない。
「……開いた!」
プシューッ。 重厚な扉がスライドして開く。 冷気と共に、ファンの駆動音が漏れ出してくる。
「行くぞセツナ。レシピを奪って、お前の呪いを解く!」 「……うん!」
俺たちはサーバールームへと足を踏み入れた。 だが。 部屋の中央。 メインコンソールの前に、人影があった。
「……ようこそ。待っていたよ」
灰色のトレンチコート。 あの男だ。 男は手元のスイッチを押し、部屋の照明を全開にした。
「No.007……いや、セツナと呼ぶべきかな。里帰りは楽しめたかい?」
男――**『ハンター』**は、薄ら笑いを浮かべていた。 そして、彼の背後には、培養カプセルに入った『何か』が置かれていた。 それは、人間ではない。 機械と肉体が融合した、異形の戦士。
「紹介しよう。君の妹分……『TYPE-Ω(オメガ)』だ」
プシュウウウ……。 カプセルが開き、中から這い出てきたのは、全身をサイボーグ化された少女だった。 その目には理性がなく、ただ破壊衝動だけが赤く輝いている。
「君の欠陥データを基に、感情を完全に排除した最新型さ。……さあ、テストを始めようか。旧型と最新型、どちらが優秀か」
セツナの喉が「グルルッ」と鳴る。 彼女の全身から殺気が溢れ出す。
「……マスターは、指一本触れさせない」
セツナが構えた。 TYPE-Ωが機械的な駆動音をさせて立ち上がる。
俺はPCを抱え直し、叫んだ。
「セツナ、あいつを抑えろ! 俺はその隙にレシピを盗む!」 「了解!」
轟音と共に、人間離れした二つの影が激突した。 俺のニート人生で最も過酷な「残業」が始まった。




