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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第24話:獣のバーコードと、少女に刻まれた「賞味期限」

メゾン・ド・サトウ、203号室。  薄暗い部屋には、冷却ファンの駆動音と、キーボードを叩く乾いた音だけが響いていた。


「……動かないで。ピントが合わない」 「……うーっ。噛むぞ」 「噛んだら、あなたのデータをネット上の『面白動物動画』として拡散するわよ」


 PCデスクの前では、未羽がペンライトのようなスキャナーを手に、セツナの首筋に迫っていた。  セツナは俺の膝の上に座り(定位置)、警戒心丸出しで唸っている。  俺はセツナの頭を撫でてなだめる係だ。


「我慢しろセツナ。未羽はお前のその『バーコード』を調べてくれてるんだ」 「……マスターが言うなら、我慢する」


 セツナはしぶしぶ首を差し出した。  未羽がスキャナーを当てる。  『ピッ』という電子音。


「……読み取れたわ」  未羽がPC画面にデータを転送する。  表示されたのは、複雑怪奇な文字列と、遺伝子配列のようなバイナリデータ。


「暗号化されてる。しかも、軍用レベルの多重ロックよ」 「ふん、俺たちを誰だと思ってる」


 俺は未羽の隣で、サブキーボードに手を置いた。  ハッカー師弟コンビの共同作業だ。


「未羽、上層のダミーコードを剥がせ。俺が深層カーネルのデータベースを特定して逆探知する」 「了解ラジャ。……開始!」


 二人の指が走る。  アリスと結衣は、後ろで固唾を呑んで見守っている。


 数分後。  俺たちは、とある海外サーバーの深部にある、隠しデータベースへと侵入していた。  画面に表示された組織名は――『次世代生体工学研究所ラボ・ジェネシス』。


「……ビンゴだ」


 俺はフォルダの一つを開いた。  『Project: ZODIACゾディアック』。  そして、個体識別番号『007』のファイル。


 そこに映し出されたのは、幼い頃のセツナの写真と、残酷な実験記録の数々だった。


『検体名:セツナ(コードネーム:フェンリル)』 『遺伝子操作による反射神経の強化、および痛覚の遮断に成功』 『戦闘技能の習得速度は想定の200%。しかし、感情制御に欠陥あり』


 結衣が口元を押さえて青ざめる。  アリスが不快そうに顔を歪める。


「……ひどい。人間を、実験動物みたいに……」 「許せないわね。美しくないわ」


 だが、問題はそこじゃなかった。  ファイルの最後にある『特記事項』。  そこに、赤字で警告文が記されていたのだ。


『欠陥報告:検体は「依存対象マスター」を見つけると、脳内物質の過剰分泌により戦闘能力が極大化する。しかし、その反動として――』


 俺は画面の文字を読み上げた。


「――『精神崩壊メルトダウン』を起こす」


 部屋の空気が凍りついた。  精神崩壊。  それは、自我を失い、ただ破壊を撒き散らすだけのバケモノになるということだ。


「さらに、ここを見て」  未羽が震える指で画面を指差した。


抑制剤リミッターの投与が必要。未投与期間が二週間を超えると、自律神経が暴走し、心停止に至る』


 心停止。  つまり、死ぬ。


「……セツナ。お前、研究所を逃げ出したのはいつだ?」  俺は膝の上の少女に問いかけた。


 セツナはキョトンとして、指折り数えた。


「……十日前。あの灰色の男が、薬を持ってくるのが嫌で、逃げた」 「十日……!」


 リミットは二週間。  つまり、あと四日しかない。  四日以内に『薬』を打たなければ、セツナは死ぬか、暴走して俺たちを殺すか。どちらかだ。


「……だから、あいつは余裕だったのか」


 俺は昨日のフードコートでの男の言葉を思い出した。  『首輪のない猛獣は、いずれ飼い主を噛み殺す』。  奴は無理に連れ戻さなくても、セツナが苦しんで戻ってくる(あるいは野垂れ死ぬ)のを待っているんだ。


「ど、どうするのお兄ちゃん! 薬がないとセツナちゃんが……!」  結衣が涙目で俺の服を掴む。


 アリスが冷静に提案する。  「私のコネで、世界中の製薬会社から似た成分の薬を探させるわ。データさえあれば……」  「無理よ」  未羽が首を振った。  「この薬の成分表、真っ黒に塗りつぶされてる(マスキング)。研究所独自の調合よ。外部じゃ作れない」


 詰み(チェックメイト)か?  いや。


 俺はセツナを見た。  彼女は自分の死期など理解していないのか、ただ「マスター、撫でて」と頭を擦り寄せてくる。  こんな小さな体で、バケモノ扱いされて、薬漬けにされて。  それでも、俺の背中に安らぎを見つけてくれた。


 そんな彼女を、みすみす死なせる?  あるいは、あの灰色の男の元へ返す?


「……ありえねぇな」


 俺はニヤリと笑った。  俺は佐藤悟。  世界最強のニートで、バグ潰しの専門家デバッガーだ。


欠陥バグがあるなら、直せばいい」 「直すって……どうやって? 遺伝子レベルの問題よ?」  未羽が問う。


「簡単なことだ。研究所のメインサーバーに侵入して、薬のレシピ(製造法)を盗み出す」 「えっ」 「そして、セツナの脳内リミッターを解除するプログラム(パッチ)を書き込んで、精神崩壊のプロセスそのものを無効化キルする」


 未羽が絶句した。  「……本気? そんなことしたら、全世界の諜報機関を敵に回すことになるわよ?」


「今さらだろ。それに……」


 俺はセツナの頭を抱き寄せた。


「ウチのペットの賞味期限を、勝手に決められてたまるか。俺が『無期限』に書き換えてやるよ」


 セツナがハッとして俺を見上げた。  そのオッドアイが、潤んでいるように見えた。


「……マスター。私、壊れてる?」 「ああ、ポンコツだ。俺と同じくな」 「……直してくれる?」 「任せとけ。俺のキーボードさばきにかかれば、運命なんてただの文字列だ」


 俺は立ち上がった。


「作戦開始だ。敵は『研究所』。目標はレシピの奪取と、組織の壊滅。……全員、付き合ってくれるな?」


 俺の言葉に、三人の少女たちは力強く頷いた。


「当然よ! 西園寺家の医療チームを待機させておくわ!」 「ボクも手伝う! そのクソみたいなサーバー、炎上させてやる!」 「私は……夜食のおにぎり、いっっぱい作るね!」


 チーム・Unknown、再始動。  今度の敵は、人の命を弄ぶマッドサイエンティストたちだ。


「待ってろよ、灰色のコート。……お前の作った最高傑作が、お前らを噛み殺すところを見せてやる」


 俺の瞳に、久しぶりに本気の火が灯った。  タイムリミットまで、あと九十六時間。

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