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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第22話:野生児vs愛妻・女王・天才。仁義なき同居戦争

現在、メゾン・ド・サトウ203号室の室温は、氷点下と灼熱を行き来していた。


 俺、佐藤悟はリビングの中央で正座をさせられている。  その背中には、相変わらず銀髪の少女・セツナがコアラのように張り付いている。剥がそうとしても、万力のような力でしがみついているため、物理的に不可能なのだ。


 そして目の前には、腕を組んだ三人の審問官たち。


「……で? 名前も、住所も分からない。記憶喪失(自称)の家出少女だから、一晩泊めてあげたと?」


 結衣が冷ややかな声で確認する。  手に持った菜箸が、指揮棒のように小刻みに揺れているのが怖い。


「そ、そうなんだ。雨の中で倒れてて、放っておけなくて……」 「警察には?」 「届けようと思ったんだが、見ての通りこの有様で……」


 俺は背中を指差した(指せないが)。  セツナは俺の肩に顎を乗せ、結衣たちをジロリと睨んでいる。


「……マスターをいじめるな。噛み殺すぞ」 「か、噛みっ……!?」


 結衣が「ひえっ」と後ずさる。  アリスが扇子をバチンと閉じた。


「野蛮ね。狂犬病の注射は済んでいるのかしら? 黒服、つまみ出しなさい」


 アリスが指を鳴らすと、玄関に待機していた屈強なSPボディーガードの大男が、「失礼します」と部屋に入ってきた。  身長190センチの巨漢だ。


「お嬢ちゃん、悪いがご主人様から離れようか」  SPがセツナの肩に手を伸ばす。


 その瞬間だった。


 シュッ。  風を切る音がした。


「……え?」


 次の瞬間、SPの巨体は宙を舞っていた。  セツナが俺の背中から離れ、SPの腕を取って一本背負いを決めたのだ。  しかも、狭い室内で家具を壊さないよう、空中でSPの体を制御し、ソファーの上に優しく(しかし衝撃的に)叩きつけた。


 ズドン!!  SPが白目を剥いて気絶する。


「……敵性反応、沈黙」  セツナはタンッと床を蹴り、再び瞬時に俺の背中へと戻ってきた。  所要時間、わずか二秒。


「「「……は?」」」


 全員が絶句した。  俺も開いた口が塞がらない。  今の動き、ただの子供じゃない。柔術の達人……いや、それ以上の反射神経だ。


「……な、なによコイツ。私のSPを一瞬で……?」  アリスが初めて動揺を見せる。  未羽がPCのキーボードを叩き始めた。


「今の動き、録画したわ。……関節の可動域、筋肉の収縮速度、すべてが常人の数値を逸脱してる。サトル、この子『人間』?」 「俺に聞くな。ただの迷子だと思ってたんだよ!」


 セツナは俺の首筋に顔を埋め、クンクンと匂いを嗅いだ。


「マスターは私が守る。……このメスたちは邪魔」 「メ、メスぅぅぅ!?」


 結衣がキレた。  エプロンの紐をギュッと締め直す。


「上等じゃない! 腕っぷしが強くてもね、サトルお兄ちゃんの心(胃袋)を掴むのは私なんだから! 朝ごはん対決よ!」


 ***


 こうして、奇妙な朝食会が始まった。  メニューは結衣特製のフレンチトーストと、アリス差し入れの最高級紅茶。


「はい、お兄ちゃん。あーんして!」


 結衣がフォークに刺したトーストを差し出す。  いつもの微笑ましい光景だ。  だが、そのフォークが俺の口に届く直前。


 バシッ!  セツナが素手でフォークを掴み取った。


「きゃっ! な、なにするの!」 「……毒見」


 セツナは真顔でトーストを口に入れ、モグモグと咀嚼した。


「……異常なし。糖分過多だが、エネルギー効率は悪くない」 「私が毒なんて入れるわけないでしょ! 返してよ、お兄ちゃんのあーん!」


 結衣が涙目になる。  セツナは「次はマスターの分」と言って、皿の上のトーストを俺の口に押し込んできた。素手で。


「むぐっ!?」 「……食え。栄養を摂取しろ」 「あ、あのなセツナちゃん。手で掴むのはお行儀が……」 「道具は遅い。手が一番早い」


 野生児すぎる。  すると今度は、未羽が不敵に笑ってタブレットを見せてきた。


「ふふん。野生の勘だけじゃ、現代社会は生きられないわよ。サトル、この難解なパズルゲーム、どっちが早く解けるか勝負しない?」 「お、いいぜ。俺の頭脳を見せてやる」


 俺が画面に触れようとした瞬間。  セツナが横からタブレットを奪い取り、画面を高速でタップした。  タタタタタタッ!  残像が見えるほどの指さばき。


『CLEAR! NEW RECORD!』


「……終わった」  セツナがタブレットを未羽に返す。  未羽が固まった。


「……0.5秒? 問題文も読まずに? パターン認識だけで解いたの?」 「簡単すぎ。欠伸が出る」


 未羽のプライドが粉砕された音が聞こえた。  「う、うわぁぁぁん! ボクのアイデンティティがぁぁ!」と泣き崩れる天才ハッカー。


 強い。強すぎる。  暴力、食欲、知能。あらゆる面でセツナは規格外だった。


「……分かったわ」  アリスが重々しく口を開いた。  彼女は懐からブラックカードを取り出し、テーブルに叩きつけた。


「あなた、いくら?」 「……?」 「値段を聞いているのよ。私のSPより優秀で、未羽より計算が早くて、結衣より図々しい。……気に入ったわ。私が買い取る。西園寺家のメイドになりなさい」


 アリスなりの最大限の評価だ。  一生遊んで暮らせる金額を提示しているはずだ。


 だが、セツナは興味なさそうにカードを弾いた。


「いらない。紙切れには興味ない」 「紙切れですって!? 無制限のブラックカードよ!?」 「私が欲しいのは、マスターだけ」


 セツナは俺の腕に頬擦りをした。  その瞳には、一点の曇りもない忠誠心――いや、執着心だけがあった。


「マスターがいれば、他には何もいらない。……だから、誰にも渡さない」


 その言葉に、三人の少女たちの表情が変わった。  敵対心から、焦燥感へ。  「こいつは、本気で佐藤悟を奪いに来ている」という危機感。


「……ふーん。そう」  結衣が、かつてないほど低い声で言った。  彼女はニッコリと笑ったが、目は笑っていなかった。


「お兄ちゃん。……しばらく、監視強化させてもらうからね?」 「同感ね。この部屋に監視カメラを追加発注するわ」 「ボクも常駐する。サトルのPCの横に寝袋置くから」


 こうして、泥沼の「佐藤悟包囲網」が完成した。  俺は天井を仰いだ。


「……誰か、俺の人権を守ってくれ」


 その時。  俺のTシャツの首元が少しずれ、セツナのうなじが見えた。  綺麗な白い肌。  だが、そこに異質なものがあった。


(……バーコード?)


 彼女のうなじには、黒い刺青で『TYPE-Z 007』という文字と、複雑なバーコードが刻まれていたのだ。   (ただの家出少女じゃねぇな……)


 俺の脳内で警鐘が鳴る。  こいつは、とんでもない「爆弾」かもしれない。  だが、俺の腕の中で安心しきって眠り始めたセツナの寝顔を見て、俺は追い出すことなんてできなかった。


「……ま、なるようになるか」


 俺は諦めて、四人の少女たちに囲まれた騒がしい日常を受け入れた。  この平穏が、嵐の前の静けさだとも知らずに。

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