第19話:就職活動(フリ)、そして伝説の面接官殺し
その日、夕食の食卓には重苦しい空気が流れていた。 ハンバーグはいつも通り絶品だったが、向かいに座る結衣の箸が止まっている。 彼女はチラチラと俺の顔を見ては、ため息をついているのだ。
「……結衣ちゃん。ハンバーグに何か不満でも? ソースがデミグラスじゃなくてケチャップ派だったとか?」 「違うよ。……あのね、学校で宿題が出たの」
結衣はランドセルから一枚のプリントを取り出した。 『身近な大人にインタビューしよう! ~働く人の姿~』。
「……なるほど。読めたぞ」 俺は即座に理解し、箸を置いた。
「俺のところへ来たということは、つまり『反面教師』としてのサンプルが必要なんだな? 『こうなってはいけない大人』のリアルな生態をレポートに……」 「違うよ! 私、サトルお兄ちゃんのことを書きたいの! でも……職業欄に『無職』って書いたら、先生になんて言われるか……」
結衣が涙目で訴える。 十歳の少女に、世間体の心配をさせてしまっている。 これは由々しき事態だ。このままでは、彼女の中の「カッコいいお兄ちゃん像(虚像)」が崩壊し、「ただのダメな居候(実像)」になってしまう。
「……分かった。安心しろ、結衣」 俺はキリッと表情を引き締めた。
「俺だって、いつまでもこのままでいるつもりはない。実はな、明日、企業の面接を受けに行こうと思っていたところだ」 「えっ!? 本当!?」 「ああ。本当だ(大嘘)。だから、そのインタビューは明日まで待ってくれ」
その場しのぎの嘘をついた。 だが、結衣の顔がパァッと輝いた。
「すごい! やっぱりお兄ちゃんはやればできる人なんだ! 明日の朝、勝負スーツ出しておくね! お弁当も作るから!」
……引くに引けなくなった。 俺は心の中で頭を抱えた。 作戦はこうだ。 適当なブラック企業を受けに行き、盛大に面接でやらかして「不採用」通知をもらう。 そして「いやー、惜しかったなー、時代が俺に追いついてないなー」と言い訳をして、再びニートに戻る。 これぞ、完璧な現状維持作戦。
***
翌朝。 俺は数年ぶりに袖を通したリクルートスーツに身を包み、都心のオフィス街に立っていた。 結衣に見送られ、アリスには「その安っぽいスーツ、雑巾かと思ったわ」と鼻で笑われ、未羽には「ニートのコスプレ?」と真顔で聞かれた。 散々な出だしだ。
ターゲットは、求人サイトで見つけた中堅IT企業『サイバー・フロンティア』。 募集要項には「アットホームな職場です!」「やる気があれば未経験でも月収50万!」という、香ばしい地雷臭が漂っていた。 ここなら、俺のような経歴不詳の男でも面接くらいはしてくれるだろう。
「失礼します。本日、面接に参りました佐藤と申します」
通された会議室には、目の下に深いクマを作った面接官(人事部長)が座っていた。 部屋の隅では、社員たちが死んだ魚のような目でキーボードを叩いている。 ……本物のブラックだ。空気が淀んでいる。
「佐藤さんね。……履歴書は? 真っ白だけど」 「はい。個人情報保護の観点から、名前以外は伏せさせていただきました」 「……帰っていいよ」
よし、作戦通りだ。 俺は「ですよねー」と言って立ち上がろうとした。
その時。 ブブーッ! ブブーッ! 会議室のモニターが赤く点滅し、警告音が鳴り響いた。
「な、なんだ!? サーバーが落ちた!?」 「部長! ランサムウェアです! 社内システムが全ロックされました! 身代金を要求されています!」
社員たちがパニックになる。 人事部長が頭を抱えて叫ぶ。
「終わった……! 今日中に納品しなきゃいけない案件があるのに! 損害賠償で会社が潰れる!」
俺は扉に手をかけたまま、立ち止まった。 (……面倒くさいな。見なかったことにして帰るか?) だが、チラリと見えたモニターのウイルス挙動。 あれは――。
「……おい、そこのPC貸せ」 「は? 君、何を……」
俺は呆然とする社員を押しのけ、キーボードを奪った。 これはヨルムンガンド製じゃない。その辺のスクリプトキディ(素人ハッカー)が作った、市販のウイルスだ。 レベルが低すぎて、見ていてイライラする。
「いいか、よく見とけ。ランサムウェアの解除コードは、メモリのダンプリストの中に平文で残ってるんだよ」
カチャカチャカチャッ、ターン! 俺がコマンドを打ち込んだ瞬間、赤い警告画面が消滅し、青いデスクトップ画面が戻ってきた。
「ついでに、セキュリティホールも塞いでおいたぞ。あと、お前のPC、エロサイトの閲覧履歴が残ってるから消しとけ」 「あ、ありがとうございます……って、えええ!?」
静寂。 そして、人事部長が俺の手をガシッと掴んだ。
「て、天才だ……! 君、採用! 即採用! いや、CTO(最高技術責任者)として迎え入れる!」 「は?」 「年収は一千万……いや、二千万出す! 頼む、ウチに来てくれ!」
……マズい。 非常にマズい。 不採用になるつもりが、役員待遇でヘッドハンティングされてしまった。 結衣には「頑張ったけどダメだった」と言い訳する予定だったのに、これでは「受かっちゃったから明日から社畜」になってしまう。
「い、いや、俺はそういう責任あるポストはちょっと……」 「謙遜しないで! 契約書、今すぐ持ってくるから!」
部長が部屋を飛び出そうとする。 逃げ道がない。 どうする? どうやって断る?
その時、俺のスマホが震えた。 エヴァだ。
『マスター。貴方が就職して社畜になると、私のメンテナンス時間が確保できなくなるため、阻止します』 「なっ、何をする気だ!」 『先ほど、この会社の裏帳簿サーバーに侵入しました。脱税と粉飾決算の証拠を確保。……今、警視庁捜査二課と、ついでに氷室冴子に通報しました』
――ピーポーピーポーピーポー! タイミング良すぎだろ! オフィスの窓の下から、けたたましいサイレンの音が響いてきた。
「警察だ! 家宅捜索令状が出ている! 全員、キーボードから手を離せ!」
ドカドカと踏み込んでくる捜査員たち。 先頭には、ドヤ顔の氷室刑事がいた。 彼女は俺を見つけると、親指を立ててウィンクした。
「ナイス通報です、佐藤さん(協力者扱い)! これでまた一つ、悪徳企業が浄化されましたね!」 「……あ、はい」
人事部長が手錠をかけられ、連行されていく。 「私のCTOがぁぁぁ!」という叫び声を残して。
***
その夜。 俺は結衣の向かいで、小さくなっていた。
「……で、どうだったの? 面接」 「あー……それがな。受かりそうだったんだが、面接中に会社が倒産しちまってな」 「……またまたぁ。そんな漫画みたいなことあるわけないじゃん」
結衣はジト目で俺を見た。 信じてもらえない。当然だ。俺だって信じたくない。
「嘘つき。本当は、働くのが嫌で逃げてきたんでしょ?」 「ち、違う! 本当なんだ! ニュース見てみろ!」
俺がテレビをつけると、ちょうどニュース速報が流れていた。 『IT企業サイバー・フロンティア、粉飾決算で強制捜査』 『通報者は、面接に来ていた一般男性と見られ――』
「……ほんとだ」 結衣がポカンと口を開けた。 そして、深いため息をついた。
「はぁ……。お兄ちゃんって、本当に『持ってる』よね。悪い意味で」 「面目ない」
結局、結衣の宿題は『身近な大人』ではなく『歴史上の偉人』に変更されたらしい。 俺は無職のまま、しかし社会正義(?)を果たした男として、今日も結衣の作った唐揚げを噛み締めた。
「ま、お兄ちゃんが会社員になったら、毎日一緒にお夕飯食べられないもんね」 結衣がボソッと言った。 「……ん?」 「なんでもない! ほら、キャベツも食べて!」
唐揚げを口に押し込まれる。 就職はできなかったが、この居場所だけは、もう少し守れそうだ。




