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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第19話:就職活動(フリ)、そして伝説の面接官殺し

その日、夕食の食卓には重苦しい空気が流れていた。  ハンバーグはいつも通り絶品だったが、向かいに座る結衣の箸が止まっている。  彼女はチラチラと俺の顔を見ては、ため息をついているのだ。


「……結衣ちゃん。ハンバーグに何か不満でも? ソースがデミグラスじゃなくてケチャップ派だったとか?」 「違うよ。……あのね、学校で宿題が出たの」


 結衣はランドセルから一枚のプリントを取り出した。  『身近な大人にインタビューしよう! ~働く人の姿~』。


「……なるほど。読めたぞ」  俺は即座に理解し、箸を置いた。


「俺のところへ来たということは、つまり『反面教師』としてのサンプルが必要なんだな? 『こうなってはいけない大人』のリアルな生態をレポートに……」 「違うよ! 私、サトルお兄ちゃんのことを書きたいの! でも……職業欄に『無職』って書いたら、先生になんて言われるか……」


 結衣が涙目で訴える。  十歳の少女に、世間体の心配をさせてしまっている。  これは由々しき事態だ。このままでは、彼女の中の「カッコいいお兄ちゃん像(虚像)」が崩壊し、「ただのダメな居候(実像)」になってしまう。


「……分かった。安心しろ、結衣」  俺はキリッと表情を引き締めた。


「俺だって、いつまでもこのままでいるつもりはない。実はな、明日、企業の面接を受けに行こうと思っていたところだ」 「えっ!? 本当!?」 「ああ。本当だ(大嘘)。だから、そのインタビューは明日まで待ってくれ」


 その場しのぎの嘘をついた。  だが、結衣の顔がパァッと輝いた。


「すごい! やっぱりお兄ちゃんはやればできる人なんだ! 明日の朝、勝負スーツ出しておくね! お弁当も作るから!」


 ……引くに引けなくなった。  俺は心の中で頭を抱えた。  作戦はこうだ。  適当なブラック企業を受けに行き、盛大に面接でやらかして「不採用」通知をもらう。  そして「いやー、惜しかったなー、時代が俺に追いついてないなー」と言い訳をして、再びニートに戻る。  これぞ、完璧な現状維持ステイ・ホーム作戦。


 ***


 翌朝。  俺は数年ぶりに袖を通したリクルートスーツに身を包み、都心のオフィス街に立っていた。  結衣に見送られ、アリスには「その安っぽいスーツ、雑巾かと思ったわ」と鼻で笑われ、未羽には「ニートのコスプレ?」と真顔で聞かれた。  散々な出だしだ。


 ターゲットは、求人サイトで見つけた中堅IT企業『サイバー・フロンティア』。  募集要項には「アットホームな職場です!」「やる気があれば未経験でも月収50万!」という、香ばしい地雷臭が漂っていた。  ここなら、俺のような経歴不詳の男でも面接くらいはしてくれるだろう。


「失礼します。本日、面接に参りました佐藤と申します」


 通された会議室には、目の下に深いクマを作った面接官(人事部長)が座っていた。  部屋の隅では、社員たちが死んだ魚のような目でキーボードを叩いている。  ……本物のブラックだ。空気が淀んでいる。


「佐藤さんね。……履歴書は? 真っ白だけど」 「はい。個人情報保護の観点から、名前以外は伏せさせていただきました」 「……帰っていいよ」


 よし、作戦通りだ。  俺は「ですよねー」と言って立ち上がろうとした。


 その時。  ブブーッ! ブブーッ!  会議室のモニターが赤く点滅し、警告音が鳴り響いた。


「な、なんだ!? サーバーが落ちた!?」 「部長! ランサムウェアです! 社内システムが全ロックされました! 身代金を要求されています!」


 社員たちがパニックになる。  人事部長が頭を抱えて叫ぶ。


「終わった……! 今日中に納品しなきゃいけない案件があるのに! 損害賠償で会社が潰れる!」


 俺は扉に手をかけたまま、立ち止まった。  (……面倒くさいな。見なかったことにして帰るか?)  だが、チラリと見えたモニターのウイルス挙動。  あれは――。


「……おい、そこのPC貸せ」 「は? 君、何を……」


 俺は呆然とする社員を押しのけ、キーボードを奪った。  これはヨルムンガンド製じゃない。その辺のスクリプトキディ(素人ハッカー)が作った、市販のウイルスだ。  レベルが低すぎて、見ていてイライラする。


「いいか、よく見とけ。ランサムウェアの解除コードは、メモリのダンプリストの中に平文ヒラブンで残ってるんだよ」


 カチャカチャカチャッ、ターン!  俺がコマンドを打ち込んだ瞬間、赤い警告画面が消滅し、青いデスクトップ画面が戻ってきた。


「ついでに、セキュリティホールも塞いでおいたぞ。あと、お前のPC、エロサイトの閲覧履歴が残ってるから消しとけ」 「あ、ありがとうございます……って、えええ!?」


 静寂。  そして、人事部長が俺の手をガシッと掴んだ。


「て、天才だ……! 君、採用! 即採用! いや、CTO(最高技術責任者)として迎え入れる!」 「は?」 「年収は一千万……いや、二千万出す! 頼む、ウチに来てくれ!」


 ……マズい。  非常にマズい。  不採用になるつもりが、役員待遇でヘッドハンティングされてしまった。  結衣には「頑張ったけどダメだった」と言い訳する予定だったのに、これでは「受かっちゃったから明日から社畜」になってしまう。


「い、いや、俺はそういう責任あるポストはちょっと……」 「謙遜しないで! 契約書、今すぐ持ってくるから!」


 部長が部屋を飛び出そうとする。  逃げ道がない。  どうする? どうやって断る?


 その時、俺のスマホが震えた。  エヴァだ。


『マスター。貴方が就職して社畜になると、私のメンテナンス時間が確保できなくなるため、阻止します』 「なっ、何をする気だ!」 『先ほど、この会社の裏帳簿サーバーに侵入しました。脱税と粉飾決算の証拠を確保。……今、警視庁捜査二課と、ついでに氷室冴子に通報しました』


 ――ピーポーピーポーピーポー!  タイミング良すぎだろ!  オフィスの窓の下から、けたたましいサイレンの音が響いてきた。


「警察だ! 家宅捜索令状が出ている! 全員、キーボードから手を離せ!」


 ドカドカと踏み込んでくる捜査員たち。  先頭には、ドヤ顔の氷室刑事がいた。  彼女は俺を見つけると、親指を立ててウィンクした。


「ナイス通報です、佐藤さん(協力者扱い)! これでまた一つ、悪徳企業が浄化されましたね!」 「……あ、はい」


 人事部長が手錠をかけられ、連行されていく。  「私のCTOがぁぁぁ!」という叫び声を残して。


 ***


 その夜。  俺は結衣の向かいで、小さくなっていた。


「……で、どうだったの? 面接」 「あー……それがな。受かりそうだったんだが、面接中に会社が倒産しちまってな」 「……またまたぁ。そんな漫画みたいなことあるわけないじゃん」


 結衣はジト目で俺を見た。  信じてもらえない。当然だ。俺だって信じたくない。


「嘘つき。本当は、働くのが嫌で逃げてきたんでしょ?」 「ち、違う! 本当なんだ! ニュース見てみろ!」


 俺がテレビをつけると、ちょうどニュース速報が流れていた。  『IT企業サイバー・フロンティア、粉飾決算で強制捜査』  『通報者は、面接に来ていた一般男性と見られ――』


「……ほんとだ」  結衣がポカンと口を開けた。  そして、深いため息をついた。


「はぁ……。お兄ちゃんって、本当に『持ってる』よね。悪い意味で」 「面目ない」


 結局、結衣の宿題は『身近な大人』ではなく『歴史上の偉人』に変更されたらしい。  俺は無職のまま、しかし社会正義(?)を果たした男として、今日も結衣の作った唐揚げを噛み締めた。


「ま、お兄ちゃんが会社員になったら、毎日一緒にお夕飯食べられないもんね」  結衣がボソッと言った。 「……ん?」 「なんでもない! ほら、キャベツも食べて!」


 唐揚げを口に押し込まれる。  就職はできなかったが、この居場所だけは、もう少し守れそうだ。

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