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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第17話:世界を救った翌日、ニートの部屋は高級レストランになる

世界を救ってから、十二時間が経過した。  本来なら、英雄としてパレードが行われたり、国民栄誉賞が授与されたりしてもおかしくない偉業だ。  だが、俺、佐藤悟への報酬は――「筋肉痛」だけだった。


「……痛ぇ。全身が、バラバラになりそうだ」


 正午過ぎ。  俺は煎餅布団の上で、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。  昨夜のタワー階段ダッシュと、九条との揉み合いが、三十路手前の体に深刻なダメージを与えている。


「あー、動けん。トイレに行くのも命がけだ。……エヴァ、尿瓶しびんを持ってこい」 『拒否します。尊厳を捨てないでくださいマスター。あと、私は実体のないAIです』


 冷たいAIのツッコミを聞きながら、俺は再び布団に潜り込んだ。  もういい。俺は世界を救ったんだ。あと三年くらいは寝て過ごす権利があるはずだ。


 そう決意して目を閉じた、その時。


 ガチャリ。  無慈悲な解錠音が響いた。


「サトルお兄ちゃん! 起きてー! お祝いだよー!」 「佐藤! いつまで寝ているの! 主役がいないと始まらないでしょ!」


 ドカドカドカッ!  静寂なワンルームに、結衣とアリスが乱入してきた。  さらにその後ろから、西園寺家のシェフ(コック帽を被った外国人)たちが、巨大なクーラーボックスを抱えて入ってくる。


「お、おい……なんだその軍団は……」 「何って、祝勝会パーティの準備よ」


 アリスが仁王立ちで宣言する。今日は私服のワンピースだ。可愛いが、態度は相変わらずデカい。


「昨日は疲れて解散したじゃない? だから今日、改めてこの汚い部屋でパーティをしてあげることにしたの」 「なんでウチなんだよ! お前の家のバンケットホールでやれよ!」 「だーめ。結衣が『お兄ちゃんの部屋が一番落ち着く』って言うんだもの」


 結衣がエプロン姿でキッチンに立ち、ニコニコしている。  その手には、見たこともない霜降り肉のブロックが握られていた。


「見てお兄ちゃん! アリスちゃんが『松阪牛まつさかぎゅうのA5ランク』を持ってきてくれたの! 今日はすき焼きだよ!」 「ま、松阪牛……!?」


 俺の目がカッと開いた。  筋肉痛が少し和らいだ気がする。現金な体だ。


「さあ、ジャンジャン運んで! あと、この部屋の壁紙が貧乏くさいから、ついでに金箔でも貼っておきなさい」 「やめろ! 賃貸契約違反になる!」


 アリスがシェフたちに指示を出し、六畳一間があっという間に高級料亭の厨房のように改造されていく。  俺のPCデスクが、いつの間にか大理石のテーブルクロスで覆われている。


「……お邪魔するよ」


 ひょっこりと、未羽も現れた。  手には携帯ゲーム機を持っている。


「未羽も来たのか」 「うん。……昨日のログ、解析してて徹夜しちゃった。お腹すいた」 「子供が徹夜すんな。背が伸びないぞ」


 未羽は俺の布団の端っこ(足元)にちょこんと座り、ゲームを再開した。  どうやらここが定位置になったらしい。


 グツグツグツ……。  やがて、部屋中に甘辛い割り下の香りと、極上の脂の匂いが充満し始めた。  俺の胃袋が、サイレンのように鳴り響く。


「はい、お兄ちゃん! 第一陣、焼けたよ!」


 結衣が、溶き卵にくぐらせた肉を、俺の口元に運んでくる。  箸で持ち上げられた肉は、芸術的なサシが入っており、照明を反射して輝いている。


「あーん!」 「……あーん」


 パクリ。  噛む必要がなかった。  口に入れた瞬間、肉が解け、濃厚な旨味が脳髄を直撃する。


「う、美味ぇぇぇぇッ!!」 「でしょでしょ! やっぱり高いお肉は違うね!」 「フフン、当然よ。一〇〇グラム五千円なんだから味わいなさい」


 アリスが得意げに胸を張る。  俺は涙を流しながら、白米をかき込んだ。  生きててよかった。テロリストに勝ってよかった。


「ねえ佐藤。昨日の『USB』のことなんだけど」


 肉をつつきながら、アリスが急に真面目な顔をした。


「結局、あれはどうなったの? 破壊したの?」 「いや。物理的に壊すのは勿体ないからな。……中身を『書き換えて』おいた」 「書き換えた?」 「ああ。今はエヴァのサブサーバーとして使ってる。世界を滅ぼす鍵が、今じゃエヴァの『おやつフォルダ』兼『俺のゲームのセーブデータ保存用』だ」 「……あんたって、本当に技術の無駄遣いよね」


 アリスは呆れながらも、どこか嬉しそうに笑った。


 ピンポーン。  その時、インターホンが鳴った。


「あら、誰か呼んだ?」 「いや、ピザの配達じゃあるまいし……」


 俺が這って玄関へ行き、ドアを開ける。  そこには、大きな花束と、包帯でグルグル巻きにされた足を引きずった女性――氷室冴子が立っていた。


「……佐藤さん。生きてますか?」 「見ての通り、瀕死ですが生きてます。その足、どうしたんですか?」 「昨日のエレベーターでの打撲と、今朝、署の階段から落ちまして……全治二週間です」


 やっぱりドジっ子だ。  彼女は花束を俺に押し付けた。


「これ、個人的なお見舞いです。……それと、警視総監からの感謝状」 「感謝状?」 「ええ。ただし、あなたの存在は公にできないので、表向きは『通りすがりの一般市民A』としての授与になりますが」


 賞状には『殿』という名前の空欄があった。  なんだこれ。


「まあ、金一封も出ましたから。少しは生活の足しにしてください」 「金一封! ありがとうございます! 一生税金払います!」


 俺が封筒を受け取ろうとすると、横からアリスの手が伸びてきて、スッと封筒を奪い取った。


「あら、はした金ね。これじゃあ今日の肉代の消費税にもならないわよ」 「返せ! それは俺の課金資金だ!」 「ダメよ。これは『結衣さんの家事手当』として没収します」 「そんな殺生な!」


 部屋の中で、俺とアリスの追いかけっこ(という名のハイハイ競争)が始まる。  未羽が「バカみたい」と呟きながら肉を食べ、結衣が「もう、お行儀悪いよ!」と笑い、氷室刑事が入り口で転んで花瓶を割った。


 カオスだ。  昨日までの命がけの戦いが嘘のような、騒がしい日常。


 俺は肉を頬張りながら、心の中で思った。  世界を救うのも悪くないが、やっぱり一番守りたかったのは、この「うるさくて美味い時間」だったんだな、と。


「……あ、お兄ちゃん。言い忘れてたけど」 「ん?」 「来週、家庭訪問があるから。先生が『お兄さんにご挨拶したい』って」


 ブーッ!!  俺は盛大に麦茶を吹き出した。


「か、家庭訪問!? なんで俺が!?」 「だって、保護者欄に『佐藤悟』って書いちゃったもん」


 俺の平穏なニート生活は、まだまだ前途多難らしい。

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