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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第15話:ニートは階段を登らない。エレベーター内での頭脳戦

東京スカイゲート・タワー。  高さ六三四メートルを誇る、世界一の電波塔。  その地下エントランスに足を踏み入れた瞬間、俺、佐藤悟は絶望した。


「……止まってる」


 エレベーターホールに並ぶ四基の高速エレベーター。その全ての表示パネルが『停止中』の赤いランプを灯していた。  当然だ。このタワーは今、テロ組織『ヨルムンガンド』の支配下にある。


「ねえ、佐藤。まさかとは思うけど……階段で行くつもりじゃないわよね?」  アリスが冷ややかな視線を送ってくる。


「馬鹿言え。ここから展望デッキまで何段あると思ってる? 約二五〇〇段だぞ? 俺が登ったら、五十段目で心停止して、百段目で尊い犠牲モルモットになる自信がある」 「何の自慢にもならないわよ!」


 俺は息を吐き、エレベーターの制御盤に近づいた。  カバーを外し、ノートPCを物理接続(直結)する。


「動かすぞ。俺の足を使わずに頂上へ行くためなら、どんなセキュリティだって破ってみせる」 「動機が不純すぎる……」


 未羽が呆れながらも、自分のPCを開いてサポートに入る。  その時だ。


 ブゥン……ブゥン……。  不気味な駆動音が、頭上から響いてきた。  吹き抜けになっているロビーの上空から、赤い光を放つ飛行物体が降下してくる。


「なっ……警備ドローン!?」  氷室刑事が叫ぶ。


 本来は夜間の巡回用ドローンだ。だが、今はそのカメラアイが禍々しい赤色に染まり、アームにはスタンガンや催涙ガスの射出装置が展開されている。  数は五機。


『侵入者検知。排除行動ヲ開始シマス』


「くっ、ハッキングされたか! 全員、下がって!」


 氷室刑事が前に出た。  彼女はニューナンブ(拳銃)を構え、躊躇なく引き金を引く。


 バァン! バァン!


 銃声が轟く。  一発目が先頭のドローンのプロペラを粉砕し、二発目がセンサー部を撃ち抜く。  ドローンが火花を散らして墜落した。


「すげぇ……」  俺は思わず感嘆した。  ドジっ子だと思っていたが、射撃の腕は超一流だ。


「ハッキングは任せます! 物理的な『バグ』は私が駆除しますから!」 「頼もしいねぇ、お巡りさん! ――未羽、急ぐぞ! 制御コード書き換え!」 「分かってる! あと三十秒!」


 俺と未羽の指が走る。  氷室刑事が残りのドローンを撃ち落としている間に、俺はエレベーターの制御システムを掌握した。


「開いた!」


 ピンポーン。  軽快な音と共に、中央のエレベーターの扉が開く。


「乗れ! 一気に最上階へ行くぞ!」


 俺たちは雪崩れ込むようにエレベーターに乗り込んだ。  氷室刑事が最後に乗り込み、閉まるボタンを連打する。  扉が閉まる寸前、墜落したドローンの爆発音が聞こえた。


 グンッ。  エレベーターが上昇を始める。  分速六〇〇メートルの超高速移動。耳がツンとする。


「ふぅ……助かった。ありがとう、氷室さん」  結衣がお礼を言うと、氷室刑事は「市民を守るのは当然よ」と微笑み、銃をホルスターに収めようとして――


 カチャッ。スルッ。ガンッ。  銃を滑らせて床に落とし、暴発こそしなかったものの、自分の足の甲に直撃させた。


「ぐっ……!!」 「……前言撤回。やっぱりドジだわ、この人」  アリスが冷たい目で呟いた。


 エレベーターは順調に上昇していく。  現在高度、二〇〇メートル。三〇〇メートル。  このまま頂上まで一直線――そう思った矢先だった。


 ガクンッ!!  激しい衝撃と共に、エレベーターが緊急停止した。  照明が消え、赤い非常灯だけが点滅する。


「きゃっ!」 「な、なに!? 故障!?」


 結衣とアリスが身を寄せ合う。  俺は舌打ちをして操作パネルを見た。  ボタンが反応しない。外部からの強制介入だ。


 その時、エレベーター内のディスプレイに、ノイズ混じりの映像が映し出された。  そこにいたのは、サングラスをかけた痩せ型の男。  神経質そうな口元を歪め、こちらを見ている。


『やあ、久しぶりだね。Unknown』


 俺はその声に聞き覚えがあった。  ネットの闇社会で、かつて俺と競い合ったことのある、数少ない「同業者」。


「……『ファフニール』か」 『ハンドルネームで呼ぶのはよせ。今は、ヨルムンガンド極東支部長・九条くじょうだ』


 九条。  かつては企業のセキュリティ顧問をしながら、裏では悪質なウイルスを売りさばいていたクズだ。  俺が以前、奴の口座をハッキングして全財産を慈善団体に寄付してやって以来、行方をくらませていたはずだが……こんな組織に拾われていたとはな。


『君の動きはずっと監視していたよ。相変わらず、泥臭い正義ごっこが好きみたいだね』 「お前こそ、相変わらず悪趣味な演出が好きだな。わざわざエレベーターを止めて挨拶か?」 『挨拶だけじゃない。君へのプレゼントだ』


 九条が指を鳴らす。  ゴゴゴゴゴ……。  エレベーターの上部から、異様な音が聞こえてきた。  ワイヤーが軋む音。いや、違う。


「……切ってる?」


 俺は天井を見上げた。  エレベーターを吊るしているメインワイヤーを、制御プログラムの暴走によって過負荷をかけ、焼き切ろうとしている音だ。


『このカゴは今、非常ブレーキを解除してある。ワイヤーが切れれば、地上三五〇メートルから自由落下フリーフォールだ。……さあ、どうする? 君の自慢の指先で、重力に勝てるかな?』


「九条ォォッ!!」  俺は叫び、PCを操作パネルに接続した。


 未羽が悲鳴を上げる。  「ダメ! メインシステムへのアクセス権がない! 全部ロックされてる!」  「物理ブレーキも反応しないわ! あと三十秒でワイヤーが切れる!」


 アリスが青ざめ、結衣の手を握りしめている。  氷室刑事も、物理的な落下に対しては無力だ。


 九条の高笑いがスピーカーから響く。  完全な密室。絶対絶命のカウントダウン。


(……落ち着け。焦るな。俺は佐藤悟だ)


 俺は目を閉じた。  雑音を遮断する。  九条の思考をトレースする。奴は完璧主義者だ。だからこそ、システムをガチガチに固めすぎている。  強固すぎるセキュリティは、逆に言えば「柔軟性がない」。


「……未羽。制御系を奪うのは諦めろ」 「えっ!? じゃあどうするの!?」 「『騙す』んだよ。このエレベーターのセンサーをな」


 俺はキーボードを叩いた。  狙うのはブレーキ制御システムではない。  エレベーターの「高度計」と「重量センサー」だ。


「こいつに、今は『地上一階』にいると錯覚させる!」


 俺は仮想データを流し込んだ。  現在の高度、0メートル。  積載重量、0キログラム。  ドアの状態、開放中。


 システムが混乱する。  『地上にいるのに、ワイヤーに負荷がかかっている?』  『異常検知。安全装置フェイルセーフ発動。油圧ジャッキ固定!』


 ガガガガッ! ドンッ!!  ワイヤーが切れる寸前、エレベーターの底部にある緊急用の油圧ストッパーが作動し、カゴがシャフトの壁に噛み付くように固定された。


 凄まじい揺れ。  だが、落下はしなかった。


『なっ……!? 馬鹿な! システムを欺いた(スプーフィング)だと!?』  画面の向こうで九条が驚愕している。


「へっ、ざまあみろ。マニュアル通りの攻撃しかできないお前と、毎日ゲームのバグ技を探している俺とじゃ、発想の次元が違うんだよ!」


 俺はエンターキーを叩きつけ、逆に九条の回線を逆探知した。


「場所は特定した。最上階、第2放送スタジオだな?」 『くっ……! 来るなら来い! だが、ただでは済まさんぞ!』


 プツン。映像が消えた。  エレベーター内の照明が戻る。


「……はぁ、寿命が縮んだ」  俺はその場にへたり込んだ。  結衣が涙目で抱きついてくる。


「お兄ちゃん! 怖かったよぉ!」 「よしよし、もう大丈夫だ。……さて」


 俺は天井の点検口を見上げた。


「ワイヤーがボロボロだから、ここからはエレベーターは使えねぇ。残りの二〇〇メートルは……」 「……階段、ですね」  氷室刑事が無慈悲な事実を告げる。


「うげぇ……」  俺は心底嫌そうな顔をした。  だが、ここまで来て引き返すわけにはいかない。


「行くぞ! 打倒・九条! そして打倒・階段!」 「目標が低いわよ!」


 アリスのツッコミを背に受けて、俺たちは点検口からシャフト内の梯子へと手をかけた。  最終決戦まで、あと少し。  俺の太ももが悲鳴を上げるのが先か、世界が救われるのが先か。  本当の戦いは、ここからだ。

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