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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第14話:深夜のカーチェイス、そして「彼女」はドリフトと共に

心臓が破裂しそうだ。  俺、佐藤悟は夜の住宅街を全力疾走していた。  呼吸をするたびに、肺がヒューヒューと鳴る。足は鉛のように重い。  一年分の運動量を、この数分で使い果たしている気がする。


「ハァ……ハァ……! 畜生、なんで現実リアルにはファストトラベルがねぇんだ!」


 背後からは、複数の足音と、タイヤのスキール音が迫ってくる。  俺はUSBメモリをこれ見よがしに掲げ、囮となって正面通りを走っていた。  その隙に、アリスたちが裏路地を使って結衣を逃がしているはずだ。


 ブォン!!  黒塗りのバンが俺の横に並び、スライドドアが開く。  中から伸びてきた腕が、俺のジャージを掴もうとする。


「捕まえてみろよ、脳筋ども!」


 俺はとっさに路地の曲がり角へ飛び込んだ。  ゴミ箱を蹴倒し、追っ手の進路を塞ぐ。  だが、このままではジリ貧だ。ジャミングのせいでエヴァのサポートもない。俺はただの、足の遅い二十八歳児だ。


 ドンッ!  曲がり角を抜けた先、俺は誰かとぶつかった。


「痛っ……!」 「きゃっ!」


 ぶつかった相手は――アリスたちだった。  どうやら合流地点であるコインパーキングで鉢合わせしてしまったらしい。


「佐藤! あんた遅いわよ!」 「うるせぇ! 俺の肺活量はハムスター並みなんだよ!」 「お兄ちゃん、大丈夫!?」


 結衣が心配そうに駆け寄ってくる。  だが、安堵している暇はない。  路地の前後から、黒服たちが現れた。完全に包囲された。


「……万事休す、か」


 俺は歯噛みした。  俺一人ならどうとでもなるが、子供たちがいる。  強行突破はできない。


 黒服の一人、リーダー格の男が銃口を向けて歩み寄ってくる。  サイレンサー付きの拳銃だ。本気で殺る気だ。


「遊びは終わりだ、Unknown。そのUSBを渡せ」 「断る。……と言いたいが、命には代えられねぇか」


 俺はポケットからUSBを取り出し、ゆっくりと手を挙げた。  結衣が俺の服をギュッと掴む。


(……ごめんな、結衣)


 俺がUSBを投げようとした、その時だった。


 キキキキキキッ――!!!  耳をつんざくようなブレーキ音と共に、一台のセダンが路地に突っ込んできた。  覆面パトカーだ。  車体はドリフトしながら俺たちと黒服の間に割り込み、車体を横にして急停止した。


 バンッ!  運転席から飛び出してきたのは、パンツスーツ姿の女性。  公安警察、氷室冴子だ。  彼女はニューナンブ(拳銃)を構え、凛とした声で叫んだ。


「警察だ! 全員、動くな!」


 黒服たちが動揺する。  まさか警察が、しかも公安が介入してくるとは思わなかったのだろう。


「チッ、警察か……! 引くぞ!」


 リーダー格の男が判断を下した。  彼らは素早くバンに乗り込み、タイヤを鳴らして去っていった。  嵐のような撤収劇だった。


「ふぅ……。間に合いましたね」


 氷室刑事は銃を下ろし、カッコよく髪をかき上げた。  そして、俺の方を振り返り、キメ顔で――


「さあ、乗りなさい。話は車の中で……きゃっ!」


 自分の車のタイヤにつまずいて、盛大にズッコケた。  ……台無しだ。


 ***


「……で、なんでアンタがここにいる?」


 狭い覆面パトカーの後部座席。  俺と結衣、未羽、アリスがギュウギュウ詰めにされながら、俺は運転席の氷室刑事に尋ねた。  車は首都高を猛スピードで走っている。


 氷室刑事はバックミラー越しに俺を睨んだ。


「勘違いしないでください。私はあなたを逮捕しに来たわけじゃありません。……まだ、証拠不十分ですから」 「じゃあ、なんで助けた?」 「『上』の動きがおかしいからです」


 氷室刑事の表情が険しくなる。


「一連のサイバーテロ。現場からは『ヨルムンガンド』の痕跡が出ているのに、警視庁上層部は捜査を縮小しようとしています。まるで、誰かに圧力をかけられているように」


 なるほどな。  敵の手は警察内部にまで伸びているってわけか。


「私は正義を信じて警察官になりました。組織の論理で、子供たちが危険に晒されるのを見過ごすわけにはいきません」


 彼女はハンドルを握り直した。  ドジっ子だが、その眼差しは真っ直ぐだ。  少しだけ、見直した。


「行き先はどこです? 安全な隠れセーフハウスまで送りますが」 「いや、隠れている場合じゃない。反撃だ」


 俺は前方を指差した。  夜空に突き刺さるような巨塔、東京スカイゲート・タワーが見えてきた。


「あそこへ行ってくれ」 「スカイゲート・タワー? あそこは現在、テロの影響で封鎖中ですよ?」 「だからいいんだ。敵の妨害電波ジャミングを突き破って、真実を拡散できるのは、日本で一番高いあの場所しかない」


 氷室刑事は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑った。


「不法侵入に、電波法違反。……私の目の前で、堂々と犯罪予告ですか?」 「現職警官を共犯にするつもりだ。乗るか?」


 しばしの沈黙。  そして、彼女はアクセルを深く踏み込んだ。


「……いいでしょう。今回だけ、私は『何も聞いていない』ことにします。あとで始末書を書くのは私なんですから、しっかり世界を救ってくださいよ!」


 Gがかかり、車が加速する。  頼もしい味方だ。


 だが、そう簡単にはいかないらしい。  後方から、ハイビームの光が迫ってきた。  さっきの黒いバンだ。しかも三台に増えている。


「しつこい男は嫌われるわよ!」  アリスが窓から後ろを見て叫ぶ。


「ぶつけて止める気だわ! 氷室さん、振り切って!」 「無茶言わないでください! これでも公務員運転なんです!」


 ドンッ!  後ろから追突された。車体が激しく揺れる。  結衣が「キャーッ!」と悲鳴を上げ、俺にしがみつく。


「くそっ、このままだとタワーに着く前にスクラップだ!」


 俺は膝の上のノートPCを開いた。  ジャミングの影響で通信は不安定だが、近距離ならハッキングできるかもしれない。


「未羽! 後ろの車の制御系を乗っ取れるか?」 「無理! 奴らの車、旧式のアナログ車よ! 電子制御が入ってない!」 「チッ、用意周到な奴らだ!」


 現代のハッカーにとって、電子制御のないクラシックカーは天敵だ。  物理で殴り合うしかないのか?


 その時。  アリスが窓を開け、夜風に髪をなびかせながらスマホを取り出した。


「仕方ないわね。……私のとっておきを使うわ」 「とっておき?」 「ええ。パパに内緒で買っておいた、私の『お小遣い』よ!」


 アリスが画面をタップした瞬間。  高速道路の側壁の向こうから、黒い影が飛び出してきた。


 ズドォォォォン!!!


 それは、並走していた敵のバンの一台を横から吹き飛ばした。  火花を散らして転がる敵車。  現れたのは――真っ黒な装甲に覆われた、装輪装甲車(APC)だった。  車体には『SAIONJI SECURITY』の文字。


「……は?」  俺と氷室刑事の声が重なった。


「私兵団の装甲車よ。公道を走ると怒られるから隠しておいたんだけど、緊急避難だからセーフよね?」


 アリスが悪びれもせずに言う。  小学生が装甲車を「お小遣い」で買うな。


「さあ、道は開けたわ! 氷室さん、突っ走んなさい!」 「も、もう何が何だか……! 分かりました、行きます!」


 装甲車が殿しんがりとなって敵を食い止める中、俺たちの覆面パトカーはスカイゲート・タワーの地下駐車場へと滑り込んだ。


 キキーッ!  急停止する車。


「着いた……」  俺はドアを開け、フラフラと降り立った。


 目の前には、天を摩する巨大な塔。  ここが最終決戦の地だ。


「行くぞ。ここを登り切れば、俺たちの勝ちだ」


 俺、結衣、アリス、未羽。そして氷室刑事。  奇妙な五人組パーティは、暗闇に沈むタワーのエレベーターホールへと走り出した。

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