第13話:メゾン・ド・サトウ防衛線! 家電たちよ、牙を剥け
深夜二時。 草木も眠る丑三つ時だが、メゾン・ド・サトウ203号室は、電子の熱気でサウナのようになっていた。
「……来たわよ。一階の植え込みに二名。裏手のゴミ捨て場に一名」
赤外線サーモグラフィの映像を見ながら、未羽が緊張した声で告げる。 画面には、赤く光る人影が、音もなくアパートを取り囲んでいく様子が映し出されていた。 プロだ。足音ひとつ立てない。
「チッ、ゴキブリみたいに湧きやがって……」
俺はPCの前で舌打ちした。 結衣はベッドですやすやと寝ている。この安眠を妨害する奴は、たとえ神でも許さない。
「佐藤、どうするの? ここの壁、蹴れば穴が開くくらい薄いわよ?」
アリスが不安そうに壁をコンコンと叩く。 失敬な。確かに築四十年だが、俺の青春と怠惰が染み込んだ聖域だ。
「安心しろ。物理的な壁は薄いが、電子の壁は要塞並みだ。――エヴァ、防衛モード『ホーム・アローン』起動」 『了解。スマート家電リンク、オールグリーン。いつでもいけます』
俺は不敵に笑い、エンターキーに指を置いた。
「ようこそ、我が家へ。お茶は出せねぇが、ビリビリくる刺激はたっぷり用意してあるぜ」
***
敵の第一波は、玄関のスマートロックへのハッキングから始まった。
「へえ、ブルートフォース(総当たり攻撃)? 芸がないわね」
未羽が鼻で笑いながら、キーボードを叩く。 彼女が仕込んだのは、パスワードを間違えるたびに、敵の端末に『大量のネコの画像』を送りつけてメモリをパンクさせるカウンタープログラムだ。
外から「くそっ、なんだこの猫は!」という小さな声が聞こえる。
「よし、次は物理攻撃だ。ベランダ側の窓に張り付いたぞ」
俺は画面を切り替えた。 ベランダに潜む黒服の男が、特殊なカッターで窓ガラスを切ろうとしている。 甘い。そこはすでに俺の支配下だ。
「エヴァ、ベランダの『人感センサーライト』を……ストロボモードで全力照射!」
カッ! カッ! カッ! 直視できないほどの強烈なLEDの点滅が、暗闇の中で炸裂した。
「ぐあぁっ! 目が!」 「追撃だ。スマートスピーカー、音量最大!」
部屋の外に設置してあるスピーカーから、デスメタルの重低音が爆音で轟いた。 近所迷惑? 知るか、今は非常事態だ!
男が怯んだ隙に、俺は次の手を打つ。
「いけっ、ルンバ一号改め『キラー・ルンバ』!」
ウィイイイン! ベランダに放置していたロボット掃除機が起動した。 そのバンパーには、護身用のスタンガン(改造済み)がガムテープで固定されている。
ルンバは猛スピードで男の足元に突撃した。 バチバチバチッ!
「ぎゃああああ!?」
男は感電し、白目を剥いてベランダの手すりを乗り越え、一階の植え込みへと落下していった。 ドサッ、といういい音が響く。
「……えげつないわね」 アリスが若干引いている。
「褒め言葉として受け取っておく。だが、まだ終わりじゃないぞ」
正面玄関。 しびれを切らした本隊が、ドアをバールでこじ開けようとしていた。 ガンッ! ガンッ! ドアが歪む。さすがに物理攻撃はずるい。
「未羽、時間を稼げ! アリス、例のモノはまだか!」 「今、到着するわ! 座標ズレなし!」
アリスがスマホアプリの画面を見せる。 その瞬間、夜空から重厚なプロペラ音が響いた。
ブォォォォォン……! アパートの上空に現れたのは、冷蔵庫でも運べそうな巨大なドローンだ。 機体には『SAIONJI LOGISTICS』のロゴ。
「西園寺特急便よ。お届け物は……『小麦粉(業務用20kg)』!」
ドローンのアームが開き、玄関前で密集していた敵部隊の頭上に、白い粉袋が投下された。 バフンッ!! 袋が破裂し、あたり一面が真っ白な煙幕に包まれる。
「げほっ! ごほっ! なんだこれ!?」 「視界ゼロだ! 退避しろ!」
粉まみれになった黒服たちが、たまらず後退していく。 俺たちの完全勝利だ。
「やった! 撃退したわ!」 未羽がガッツポーズをする。 アリスも「ふふん、私の財力を思い知ったかしら」と扇子を開く。
だが。 俺の表情は晴れなかった。
「……いや、まだだ。奴らは諦めてない」
モニターを見る。 一度退いた敵部隊が、遠巻きに再集結している。 そして、その中から現れた一台のワゴン車。 屋根には、パラボラアンテナのような装置が積まれている。
『マスター。強力なジャミング波(電波妨害)を検知。……通信、切断されます』
プツン。 エヴァの声が途切れ、モニターの映像が砂嵐に変わった。 スマホも圏外。Wi-Fiもダウン。
「なっ……電波を切られた!?」 未羽が悲鳴を上げる。 俺の最大の武器であるネットワークが封じられた。 IoT家電も、ドローンも、もう操作できない。 ただのボロアパートに逆戻りだ。
「……本気ってわけか。なりふり構わず、物理で押し潰す気だ」
俺は唇を噛んだ。 このままここにいれば、じり貧だ。 夜が明ける前に、突入されて終わりだろう。
その時。 ベッドの方から、衣擦れの音がした。
「……んぅ……お兄ちゃん? なんかうるさいよぉ……?」
結衣が目を覚ました。 眠い目をこすりながら、起き上がってくる。 俺たちは慌てて殺気立った顔を隠し、笑顔を作った。
「あ、ああ、ごめんな結衣ちゃん。ちょっと……ゲームで盛り上がっちゃって」 「ゲーム? ……あ、アリスちゃんと未羽ちゃんもいる。お泊り会?」
結衣は状況を理解していない。 無垢な瞳。 この瞳を、恐怖で曇らせるわけにはいかない。
俺は覚悟を決めた。
「……ここを出るぞ」 「え?」 「このままだと、近所迷惑になるからな。場所を変えて、決着をつける」
俺はクローゼットから、埃を被ったバックパックを引っ張り出した。 中には、かつて俺が世界中を放浪していた頃の装備――サバイバルキットと、特殊な通信機材が入っている。
「アリス、未羽。結衣を連れて裏口から逃げろ。俺が囮になって正面から出る」 「はあ!? あんた死ぬ気!?」 「死なねぇよ。俺は『Unknown』だぞ? 逃げ足の速さは世界一だ」
俺はUSBメモリを首から下げ、ジャージのチャックを上げた。
「それに……反撃の狼煙を上げる場所は決めてある」
俺は壁に貼ってあった東京の地図に、ダーツの矢を突き立てた。 そこは、敵の電波妨害が届かない場所であり、日本最高の通信設備がある場所。
「目指すは『東京スカイゲート・タワー』。……あそこの放送設備をジャックして、奴らの悪事を全世界にばら撒いてやる」
ニートの籠城戦は終わった。 これより、反撃作戦を開始する。




