少女たちのお買い物には黒目がやって来る
ショッピングモールの中央通路は、土曜の午後らしい賑わいに満ちていた。
そんな中、りり、うさ、のどかの三人は足元に紙袋を並べて座り込み、疲れた様子で他の二人を待っていた。
「やっときた。」
りりが手を振ると、通路の向こうからあいすとのあが満面の笑みで手を振り返しながら現れた。
「お待たせー!」
「いやぁー、可愛い絆創膏がいっぱいあって迷っちゃったの。次からはケロケロカエルのにしたの~」
のあが嬉しそうに話す。
「あのねあのね!アイス屋さんできてた!今日オープン、今日オープン!行かなくちゃ行かなくちゃ!あっちあっち!」
あいすが興奮気味に指を差す。
「本日オープン?それは是非行かなくちゃだわ。」
とうさが頷き。
「確かに逆らえん。」
とりりが笑う。
「アイス!アイス!食べなきゃアイスー!」
のどかとのあが手を取り合ってスキップしながら騒いだ。
だが、その軽やかな空気は一瞬で砕けた。
突如、ショッピングモールの床が鈍く音を立てて崩れ、巨大な穴が口を開けた。悲鳴とともに、五人と周囲の買い物客たちがその穴へと落ちていく。
巨大な穴の中へ落下しながらも五人は即座に動いた。
宙を蹴って瞬時にあいすがのどかのもとへ移動し、その腕に触れる。
その瞬間、二人はふわりと空間をすり抜けるように地上へ瞬間移動し、無傷で着地した。
のどかはすぐに能力を発動させ、透明な四角いクッションをいくつも作り出して、次々と落ちてくる人々を優しく受け止めた。
「どすこいっと!」
見かけに似合わない掛け声を出しながら、うさは五人の買い物客を抱えて平然と着地した。
一方、りりは回転しながら華麗に着地。
その真上から「わわっー!」と悲鳴を上げながら落ちてきたのあをしっかりキャッチした。
「はいはい、泣かないの」
「びっくりしたのー。」
のあは涙を拭いながら「あ、アイス屋さん無事かなぁ。」とケロっと言った。
その一方でりりはふと空気の異変を感じ、表情を引き締めた。
「そこ!」
突如、槍を具現化させたりりは、のあを後ろに投げ出すと同時に穴の底の暗闇へと突っ込んでいった。
しかし。
「うわっ!」
りりは勢いよく跳ね返され、吹き飛ばされた。
「りり!」
他のメンバーの視線が一斉に集中する。
暗闇の中から、ひとりの半透明な少年が姿を現した。
彼の瞳は深淵のように真っ暗で、どこかこの世界に属していない感覚を覚えさせた。
「黒目!」
のどかがそう呟くと、彼女は即座に買い物客と黒目との間に立ち、皆を守る構えを取った。
「こんのぉっ!」
再び槍を手に、りりが突進する。しかし黒目の手前でまたもや弾き返された。
「私が捕まえる!」
続いて飛び掛かったうさも同様に吹き飛ばされる。
あいすは何かを確認するように、クナイを投げた。
だがそれも黒目に届く前に跳ね返された。
「跳ね返ってる?」
黒目の少年は彼女たちに気づいていないのか、きょろきょろと辺りを見回しながらゆっくりと歩き出す。
そして、彼が通ると地面も壁も、何もかもが静かに、音もなく消失していく。
のあはぽかんと口を開けて、目の前を歩いて行く黒目の少年の後ろ姿を見つめた。
「いや、無視かい!」
あいすが首をかしげながら、慎重に目を細める。
「見えてないのかも、私たちのこと。」
りりは眉をひそめ、槍を強く握り直す。
「無視かよ、ふざけんな。」
りりの怒りが一気に爆発した。
「こんのやろうっ!」
りりは再び黒目に向かって突進した。
「りり待って!」
あいすが叫んだ。
りりが再び黒目の少年に突っ込むが、やはり弾き返され吹っ飛ばされる。
「私が捕まえる!」
うさが捕まえようと飛び掛かるがやはり弾き返される。
「このぉ、りりとうさの敵っ!」
今度はのあがどこから取り出したのかバズーカを構えた。
その瞬間。
「のあ、だめ!」
あいすが瞬間移動でのあの前に現れ、撃とうとする手を止めた。
「でもぉ、どうしたらいいの~?」
「のどか、何かわかる?」
「あの黒目の周囲、空間そのものが違う。他の宇宙の空間をまとってる感じ。この宇宙の法則が通じてないわ。」
「つまり打つ手がない?」
「でも、あいつが歩き回ったら、全部消えちゃうよ。家も、人も、地面も!」
黒目の少年は相変わらずメンバーが見えてないようににキョロキョロしながら歩いている。
「へん!空間だか何だか知らないけど、全部ぶっとばーす! こういうのは力任せで壊すのが一番だって決まってんの!うさ、一緒に一点突破いくよ!」
「わかった!」
槍と拳、二人の力が一点に集中し、黒目の少年に迫った。
「うわぁっ!」
二人は再び弾き返され、宙を舞った。
「りり!うさ!」
のどかが作ったクッションが、彼女たちを柔らかく受け止める。
「ありがと、のどか。」
「はぁはぁ。こいつ。まだまだぁ!」
「りり、落ち着いて」
「やっぱりバリアとかじゃない、物理法則そのものが違う空間なんだわ」
「つまり、りりがどれだけぶち切れても無駄ってこと?」
「そういうこと。」
りりは唇を噛み締めた。
「あいつ、半透明だったし攻撃的じゃないのが救いね。」
あいすがぽつりと呟く。
「でも、なんだか不安定な感じがするわ」
と、うさも同意するように言った。
その瞬間だった。
ふわりと空気が揺れ、黒目の少年の姿がまるで幻だったかのように消え失せた。
「えっ…?」
「本当に、消えた。」
全員がその場に立ち尽くす。
「宇宙の重なりが離れたのかもね。準結晶の影を調べればわかるけど今はモニターがないし。」
のどかが静かに分析する。
「すべての攻撃を弾き返す黒目。」
うさが呟いた言葉に、重たい沈黙が落ちた。
「帰ったらさ、みんなでお勉強部屋にこもろっか。」
りりが疲れたように肩をすくめて笑う。
「あ、その前に皆を地上に戻さなきゃね。」
あいすが周囲を見渡す。
「私も手伝うわ。」
うさが一歩前に出る。
「待って待って待って! うさが手伝うって。もしかして、お客さん皆を上までをぶん投げる気!?」
りりが目を見開いた。
「うん。私がぶん投げて、のどかが上でクッションを作れば、完璧じゃない?」
うさは真顔で言った。
全員の脳裏に、うさが次々と皆を五十メートル上の元のショッピングモールまで放り投げるというシュールすぎる光景が浮かんだ。
「いや~~~、だめだろ、それ!」
「うん、あいすに任せよう。」