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7 バイトを始めよう

アリアの異世界講座を受け、とうとう働く場所を見つける段階にきた。宿屋から昨日も行った露店エリアへ移動し、そこかしこから美味しそうな匂いが漂う魅惑の空間へとやって来る。宿で朝食を食べていなかったら今頃俺のお腹は大合唱を奏でていただろう。




心配だから、と付いて来てくれたアリアは先程朝食を食べたのにも関わらず露店で串焼きを買っていた。うん、いっぱい食べる子は見ていて気持ちがいい。俺の分も買ってくれようとしたが、あまりお腹も空いていないので遠慮しておいた。




ずらりと並ぶ露店を眺め、さてどこで働こうかと考える。アリアの助言に従うなら作り置きを売る店か、作るのに特別な技術が必要ない店が良い。両方に当てはまりそうな屋台といえばお祭りのチョコバナナが思い付くが、昨日見て回った限りだとチョコバナナの店はなかった。というか、食事系が基本でおやつを売っている露店は少なかった。



うーん…どうするべきか。……取り敢えず働けそうな店に片っ端から雇って貰えないか聞いてみよう。うん、考えるより行動だな。



という訳で早速アリアが買った串焼きの店に、人が途切れたタイミングを見計らって声をかけ___ようとした所をアリアに止められた。




「お前、まさかあの店に雇って貰えるよう頼み込もうとしてるのか」

「そうだけど?」

「あのなぁ…あの店は確かに忙しそうに動き回ってはいるが、客はしっかり捌けているし、回転も早い。つまり、人手は十分に足りているという事だ。お前が行った所で追い返されるだろう」




それもそうか。十分に店を回せているのなら、これ以上人手を増やす必要は無い。人件費がかさむだけだしな。




「先ずは露店を見て回り、人手が足りなさそうな店を見つけるのが良いだろう。その候補からお前でも働けそうな所を選べ」

「それもそうだな」




アリアの助言に従って、とりあえず昨日と同じように露店を回る。今度は店の様子を意識しながら、客を捌ききれていない店をいくつかピックアップしていく。





一通り歩いていくと、段々と人気のない場所になってくる。露店の数も客の数も少なく、串焼き屋があった地点と違って閑散とした雰囲気だ。



たが、そんな静かな空間に、突然誰かの怒鳴り声が響いた。




「ふっざけんなよ!!何だよこのパンはよォ!何だよ中の黒いのは!炭でも入れてかさ増ししてんのか!?」

「ち、違います……。それは、そういうパンで…!」

「はぁ??こんなパン見たことねぇよ!クソまずいしよォ!!とにかく金返せ!」




どうやらクレームらしい。詳しい事情は分からないが、美味しくないから金返せは違うよな。好みに合うかどうかは食べてみないと分からないし。



店の子らしい女の子は男の怒鳴り声にすっかり萎縮してしまっている。女の子相手にあんな風に威圧するのも良くない。とりあえず助けに入ろう___と声をかけようとしたが、その前にアリアが前に出た。




「そこのお前。事情は知らんが、女性相手に怒鳴り散らすな」

「あぁ"??何だお前、関係ねぇ奴はすっこんでろ!!」

「そうはいかない。苦情を言うにしてももっと落ち着いて話をしろ。いい大人がみっともないぞ」

「テメェ…!!」




クレーマーがアリアに殴りかかろうとする。危ない!咄嗟にアリアを庇うように前に出る___よりも早く、アリアが男の拳を掴んで止めていた。呆気にとられる男の腕をアリアが捻りあげる。



「イタタタ!!」

「その程度の実力で私を害せると思ったか。随分とお気楽な脳をしているようだな?」

「クソッ…!」




アリアが腕を離すと、クレーマーは「覚えてやがれ!」といかにもな捨て台詞を吐いてその場から逃げ去った。流石アリア、カッコよすぎる。




「大丈夫だったか?」

「あ、ありがとうございます…!」



店の女の子は尊敬の目でアリアを見つめる。その気持ちよく分かるぞ。カッコイイよな。俺も早くああなりたいものだ。




「何があったんだ?パンがどうとか聞こえたが…」

「はい…。私は田舎から出てきて、ここでパンを売ってるんですけど…今のお客さんはうちのパンをお気に召さなかったみたいで…」

「好みに合わなかったから怒ったのか?理不尽な話だ。やはり二、三発殴っておくべきだったか」

「あはは…」




アリアの言う通り理不尽な話だ。売られているパンを見る限り、特に何の変哲もない丸いパンだ。この形状、そして上に乗ってるゴマっぽいもの…もしかして、コレって…。




「なぁ、このパンってもしかしてあんパンか?」



ゴマが乗った茶色い生地の丸いパン。顔を近づけて見ればほんのり餡子の匂いも感じられた。うん、やっぱりあんパンだ!この世界にもあるんだなぁ。




「__あんパン、とは何だ?」



え。アリアは初めて聞いたと言うように首を傾げている。何だ?あまりポプュラーな食べ物じゃないのか?




「あんパンっていうのはパンの中に餡子っていう甘いヤツを入れたパンだよ」

「パンの中に?パンに塗るのではなくて入っているのか」

「うん。俺の世界じゃ“菓子パン”って呼ばれてる」

「菓子なのにパン……?」




アリアはあまりピンと来ていないらしい。見かねた店の子が「お礼にお一つどうぞ」とあんパンを俺とアリアに渡してくれた。俺もいいの?何もしてないけど。でも貰えるのならありがたく貰っておこう。



あんパン食べるの久しぶりだなーと思いながら大きく齧り付く。1口目は餡子まで届かなかった。でもこのパン生地美味しいな。ふんわりしていて、小麦のほのかな甘さが感じられる。

そのまま食べ進め、ようやく餡子にたどりつく。ならめかなこし餡の優しい甘さが口の中に広がって多幸感に包まれる。やっぱり餡子って美味しいよな。



そういえばアリアはお気に召したのだろうか。あんパンを齧りながらアリアの方を見ると、黙々と食べ進めていた。ペースが早い。




「___甘いパンというのは初めて食べたが、中々美味いな」



あっという間に食べ終わり、しみじみと呟く。お気に召したようで何よりだ。




「___嬉しいです、そうやって美味しく食べて貰えて。ありがとうございます、えっと……」

「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はコーヘイ・イヅキだ。コーヘイって呼んでくれ」

「私はアリア・シュザイン。アリアで良い」

「コーヘイさんとアリアさんですね。私はミシェルです」




お店の子___もといミシェルは丁寧に頭を下げて挨拶してくれる。礼儀正しくていい子だな。三つ編みという髪型もあって、素朴な少女感がある。





「それにしても、こんなに美味しいあんパンなのにさっきの客はなんであんなに怒ってたんだろうな?」

「___恐らくだが、パンの中に餡子とやらが入っていせいだろう」

「え…餡子が口に合わなかったって事ですか?」

「確かにアイツの味の好みが分からないので違うとは言えないが…そもそも、中に何かが入ってるパンなんて私も初めて見たしな」

「「え!?」」




ミシェルと同時に驚きの声を上げる。餡子に馴染みがないどころか、パンの中にクリームやらジャムやらが詰まっているのも珍しいって事か?




アリアに詳しく聞いてみると、この世界のパンはロールパンやバケットなど、所謂食事パンが殆どらしい。加えて、生地にドライフルーツやナッツを混ぜる事はあっても、パンの中に何かを詰めるという事はない。

更に、甘いパンというものもない。好みでパンにジャムやクリームを塗る事はあるらしいが。




「という事はあんパンは勿論、クリームパンとか他の菓子パンも存在しないのか」

「クリームパンとやらが何かは知らんが、まぁそうだな。パンは食事の時に食べるものでおやつとして、スイーツとして摂取する事はない。



先程の男も、このあんパンとやらを普通の丸パンだと思って買ったのだろう。加えて言えば、露店で何の変哲もない丸パンを買う場合、大抵他の露店で買ったスープや煮込み料理と食う為に買う。恐らくその男もそのつもりであんパンを買って、何かしらのスープにつけて食べたのだろう。だから“まずい”と言ったんだ」




あんパンとスープ…。確かにあまり美味しくなさそうだ。コーンポタージュみたいに甘めのやつならギリいけるかもしれないが…。




「知らなかった…まさかあんパンがそんなに珍しいなんて…」




ミシェルも知らなかった様で、落ち込んだ様子だ。




___ん?そういえばなぜミシェルはこの世界には存在しないはずのあんパンについて知っているんだ?どうしてそれが作れるんだ?



まさか彼女は___。




「なぁミシェル。もしかして君も異世界人か!?」




まさかこんな所で同じ境遇の人間に出会えるとは…!感激する俺とは裏腹に、ミシェルはキョトンと首を傾げた。




「異世界人、ってなんの事ですか?」

「え!?違うのか?ならなんであんパンについて知ってるんだ?」

「ええっと、あんパンは私が育った村の伝統的なパンなので…」





ミシェルの話によると、彼女が育った村は初代村長が開拓し、作り上げた村らしい。初代村長は開拓に長けたスキルを多く有しており、その力で瞬く間に開拓を進め、その途中に助けた人々が村人となり、今の村が出来上がった。



初代村長はパン作りが好きだったらしく、特にあんパンをはじめクリームパンやジャパン、メロンパンなど菓子パンが得意でよく作っていた。村人達も初代村長から作り方を教わり、そのレシピは彼らの子供達、そして子孫に伝えられていった。



パン作りの為、村の畑の殆どがパンの材料となる小麦や、菓子パンに使う砂糖、果物などを育てており、貴重な砂糖を扱う事もあって田舎であるがそこそこ栄えているようだ。

余った作物は村で共同管理され、村人達はそれを使って自分たち用に菓子パンを作り続けていた。その為、ミシェルにとっては菓子パンは、幼い頃から身近な存在だった。




時が経ち、ミシェルも自分でパンを作りようになると、そのパンをもっと色んな人に食べて欲しいと思うようになった。そして、村を出て村の外で菓子パンを売る商売を始めた___。





「___成程。恐らくその初代村長とやらは異世界人だな」

「え!?そうなんですか?」

「菓子パン、などと言う見た事もないパンを知っており、尚且つ作れるのだからその可能性が高いだろう。まぁ私も世界中を知っている訳ではないから、どこかの地域の伝統的なパンという事も有り得るが」

「ミシェルは何か聞いた事ないのか?初代村長が異世界人だーみたいな伝承とか」

「特には…。初代村長はどんなに汚染された土でも浄化する、そして彼が耕した畑で育てた食物は物凄いスピードで成長するので、豊穣の神様だ、とか言われてはいましたけど…」




便利な開拓スキルといい、アリアの言う通り初代村長は異世界人で、チート能力持ちだったんだろうな。


それにしても一から村を作るというのも楽しそうだ。開拓スキルを身に付けてチャレンジしてみるのも良いかもしれない。



まぁなんにせよ、まずはお金がなくては始まらない。早くバイトを見つけなければ……あ、そうだ!




「ミシェル、君はまだあんパンを売る気はあるのか?」

「はい。皆さん馴染みがないようなので、厳しいかもしれませんが……だからこそ、尚更この美味しいパンの存在を知って欲しいです」



クレーマーにあっても、売るのが難しいと分かっても、ミシェルは諦めない。自分の好きなあんパンをもっと色んな人に知って欲しいから、そして好きになって欲しいから。うん、良いね。真っ直ぐ頑張る子は素敵だ。





「なら、ミシェルさえ良ければ俺を売り子として雇ってくれないか?」

「え!?で、でも全然売れてなくて赤字なのでお給金もまともに払えるかどうか分からないので……」

「給金は少なくても良いし、なんなら無くても良い。その代わり、売れ残りでもいいからパンを分けてくれないか?菓子パンでも、普通のパンでもいいからさ」




とりあえず食べ物さえ確保出来れば生きていけるし。ミシェルのパンは文句なしに美味しかったのでいくらでも食べられるし。菓子パン生活というのも楽しそうだ。健康面に不安はあるが、まぁ何とかなるだろ。




「__本当に、良いんですか?」

「あぁ。俺も菓子パンを知ってる身として、これが世界中に広まってくれたら嬉しいし。俺個人としてもこのパンが気に入ったから、毎日食べたいし。



ミシェルさえ良ければ、雇ってくれないか?」

「__!ありがとうございます!よろしくお願いします!!」




そうして、俺はミシェルのパン屋の売り子として働くことになった。目指せ、あんパンブーム!目指せ、菓子パンブーム!

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