6 アリアの異世界講座
アリアに投げつけられたタオルで汗を吹き終え、ようやくアリアによる異世界講座が始まる。アリアをベットに座らせ、俺は教わる側なのでカーペットの上で正座をする。
「…そんなに畏まる事無いだろう」
「いや、この世界で生きていくには大事な事を教えて貰う訳だし、ちゃんとしないと」
「そうか…?まぁ良い」
アリアは空気を切り替える様に咳払いを一つして、口を開く。
「一から全てを教えていたのでは時間がいくらあっても足りない。職探しにも時間を当てたいだろうから、働く上で必要な常識だけ教えていく」
「お願いします、アリア先生!」
アリアは“先生”呼びに満更でもなさそうな顔をする。“師匠”とどっちで呼ぼうか迷ったが、講義っぽい感じから“先生”にしてみた。お気に召した様で何よりだ。
「まずは通貨からだな。通貨は銅貨、銀貨、金貨の3種類が存在する。銅貨一枚で1G、銀貨で10G、金貨で100G。まぁ露店の品物は基本的に安いから、銅貨で支払われる事が多いだろう。
それと、滅多にお目にかかる事は無いが金貨の更に上としてプラチナで作られた硬貨もある。これは一枚で1000G、貴族や銀行商位しか見る事も持つ事も無いだろうから気にしなくていい」
露店で売られていた品物は昨日見た限りだと、大体1~5G、高くても8Gだった。宿屋の代金と合わせて考えると、元の世界の感覚で銅貨=100円、銀貨=千円、金貨=1万円ってとこかな。プラチナ硬貨はさしずめ札束ってところか。確かに露店の買い物では銅貨くらいしか使われなさそうだ。
「硬貨については理解出来たか?
では問題だ。銅貨10枚はいくらだ?」
「10G。銀貨一枚と同じだな」
「その通りだ。因みに換金所に持っていけば銅貨10枚と銀貨一枚を交換してくれる。銀貨を金貨に交換するのも可能だ」
つまり換金所は銀行の様な場所ってことか。
アリアによると換金所では他にも金塊の買い取りなんかもやっているらしい。金塊か。一攫千金はロマンだな。金塊探しの冒険に出るのもアリかもしれない。まぁ早急にアリアへのお礼もしたいし、取り敢えずは予定通りバイトしながら腕を磨く事にするけど。
「次は…そうだな。どの様な店で働く事になるか分からないが、この町の露店の傾向を教えておくか。店を決める時の参考にもなるだろう。
この町の露店は大まかに分けれと飲食系とそれ以外、だな。食文化が盛んだからか飲食系が多い印象がある」
確かに昨日見て回った店は飲食系だったな。まぁ食事が目的だったし、飲食系が多い通りを選んで歩いたってのもあると思うが。昨日のケバブっぽいの美味かったな。あそこで働くのもありかもしれない。賄いであのケバブ(仮)が毎日食べられるかもしれないし。
「飲食系は、昨日食べたものの様にその場で食べることを前提として作られたものを売る店、持ち帰って食べる事も出来るものを売る店、あとは野菜や果物といった食材そのものが売られている店もある。お前が働くなら作り置きを売る店か、食材を売る店が良いだろう。調理技術を求められる事が少ないからな」
確かにまともに料理もしたことのない俺がケバブ(仮)を作るのは難しいか…?いや、丁寧に教えて貰って練習すればワンチャンあるか?でもそれはそれで店主の迷惑になるからやめておこう。これから料理の基礎を学んである程度の技術を手に入れてから出直すとしよう。
「飲食系以外の店は、魔道具や魔導書、宝飾品を売っている店だ。
だが、これらの店ではぼったくりを行っていたり、偽物を売っている店もある。しかも、店主が騙されて偽物もそうとは知らずに売っている場合もあり、良い店と悪い店の見極めが難しい。面倒ごとに巻き込まれない為にも飲食系以外で働くのは止めておけ」
異世界でも詐欺ってあるんだな。しかも魔法が存在する以上、魔法で元の世界より簡単に精巧な偽物作れそうだよな。鑑定スキルとかがあれば見抜けるんだろうけど。
アリアへのお礼にお金を貯めてマジックアイテム……アリアが言うところの魔道具か?をプレゼントしようかと思ったけど、露店で買うよりちゃんとしたお店で買う方が良さそうだ。暇をみて町にある宝飾品店を調べておこう。
あと、魔道具って具体的にどんなものなのかも気になるな。俺はまるで授業中の様にピッと手を挙げてアリアに質問をする。
「はい先生!魔道具にはどんなものがあるんですか?」
「魔道具とは魔法や魔法石が込められた道具を指す。例えば、私が使っているこのカバンも魔道具で、空間魔法が込められている。だから見た目よりずっと容量が多い。コレは便利ではあるが、その分高い。私も祖父から譲り受けただけで、自分の稼ぎではそう易々と手は出せん品物だ」
「やっぱり魔道具って高いんだな…」
「安価なものもあるにはあるが…その分質は落ちる。一週間もすれば壊れてしまうなんて事もざらにある。どうせ買うなら高くともきちんとした店でちゃんとしたものを買う方が良いだろう。
まぁ、無一文のお前が生活費を稼ぎつつ魔道具を買う金を貯めたとして、買えるのはいつになるか分からんが」
「大丈夫だ。死ぬ気で働いて直ぐに貯めてみせる」
「お前のその自信はどこからくるんだ。
一応言っておくが間違っても生活費を削ろうとは思うなよ。身体を壊しては元も子もない。特にお前は異世界から来てまだこの世界に慣れていないだろう。ただでさえ慣れない環境というのはそれだけで体調を崩しやすい」
「確かに…。衣食住はしっかり整える事にする。心配してくれてありがとう、アリア」
「………まぁここまで来たら乗り掛かった船だ。私も出来る限りお前の生活をサポートする」
既に色々と世話を焼いて貰っているのに…。アリアは本当に優しい。この借りはいつかまとめて返さないと俺の気がすまない。その為にも頑張ってお金を貯めるぞ…!
「さて、あと話しておいた方がいい事は……あぁそうだ。買い物は基本的に硬貨で行われるが、中には物々交換を頼んで来る奴もいる。主に獣人やエルフといった異人種だな。
物々交換は独自の相場があるに加えて、情勢や季節によって需要も変化するから勘定が難しいと聞く。その様な客が来た場合、大人しく店主に引き継ぐか、換金所に案内してやれ」
異人種…!ファンタジー感溢れる存在だな。一度会ってみたい。
でも、どうして異人種は物々交換が多いんだ?やっぱり森で暮らしていて人間の硬貨を手に入れにくいのか?
その疑問をアリアに問うと、「大体は合っている」と返ってきた。
「……異人種は、国や地域によっては差別の対象になる。異人種を受け入れない国や町も存在する。入国が許されても、差別され同じ存在として扱ってもらえない事や、必要以上に恐れられるせいで厄介者扱いを受ける事もある。
そうした理由から異人種は異人種で人里離れた所に独自の集落を築いている。集落の発展度によっては人間の硬貨を手に入れられる手段が限られており、物々交換で人の作るものを手に入れようとする者が出てくる。まぁ、慣れている奴は換金所や道具屋で金に換えてから買い物をするがな。物々交換を申し出てくる者は大抵まだ人の文化に慣れていない奴だ。
常識知らず過ぎて勝手に売り物を売り物と理解せず、勝手に持って行ってしまう奴もごくたまにいるからそこも気を付けろ」
人種差別か…。異人種なんて俺からしたら憧れの存在だけどな。一目でいいから見てみたい。
アリアの話ではこの町は異人種に寛容なので、町中で異人種を見かける事も多いそうだ。よし、バイトしつつもし異人種に会えたら握手して貰おう。どんな人種と会えるかな。エルフとか獣人とか…。楽しみだ。
「最低限教えておいた方が良いのはこんな所か。時間も時間だ、そろそろ町へ出るぞ」
「分かった。色々ありがとう、アリア。お礼に、給料が出たらアリアの好きな物を奢るよ」
「まだ勤め先も決まってないのに呑気なものだな。だがまぁ、期待しておく。その為にも頑張れよ」
「あぁ、任せとけ!」
そうして俺はバイト先を探しに町へ繰り出した。楽しそうな仕事が見つかると良いな。