幕間 いやにポジティブで変な奴
アリア・シュザインは元王国騎士の祖父を持ち、自身も騎士に憧れて幼い頃から鍛錬に明け暮れていた。来る日も来る日も祖父の指導のもと鍛錬を行い、騎士の矜恃を教わった。故郷の町には学校こそ無かったが、教会で子供たちを集めて読み書きや歴史などを教える学習会が開かれている為、そこで知識も得た。全ては立派な騎士となり、この国を守る為。
___だが、剣術や知識を学ぶ事に必死すぎて、対人スキルを上げていなかった。
騎士たる者実直あれ、という祖父の教えもあっただろうが、気が付けばアリアの言動は直情的なものとなり、その言動は多くの人との関係に軋轢を生む事となった。
例えば、ある裕福な家庭の女の子が両親に買って貰ったという人形を自慢げに見せて回っていた事があった。「可愛いでしょ?」とニコニコとした笑顔で言う女の子に、殆どの人__特に大人と同性の子供___は同調の返事を返した。が、アリアはその人形が可愛いとは思えず、「いや、可愛くない」と言い放ってしまった。彼女としては、自分の感想を言ったまでで別にその人形を貶める気も、その子を趣味嗜好を悪く言うつもりは無かった。『私には可愛いとは思えないけど貴方にとっては大切なんだね』という気持ちだった。そう言葉にしなかった__否、出来なかっただけで。
だが、アリアの感想を聞いた女の子は当然の事ながら泣き出した。周りにいた子供たちも「アリアちゃん酷い!」と彼女を責めた。__その日から、アリアは同年代の女の子達から距離を取られるようになった。
なら同年代の男の子達はいうと__アリアに喧嘩や剣術の試合で負け、力比べでも負け、かけっこでも負けた。それだけならまだしも、アリアは勝負に勝った後、こう言ってしまった。
「もっと鍛えた方が良い。相手にならない」
男の子達のプライドはバキバキに破壊された。ヤケになった子達が複数人でアリアに襲いかかった事もあったが、返り討ちにあい、アリアを溺愛している彼女の祖父にもこってりと絞られた。やがて勝負を挑む子も居なくなった。
その他、アリアの言動によって浮気や嘘、悪口が発覚して喧嘩になる者達も居た。浮気が発覚して恋人と別れることになった男が彼女に言った。「お前のせいだ」と。完全な八つ当たりだったが、同じ様にアリアの実直さによって被害が出た___その殆どは自業自得なのだが___者達も彼女に当たった。そうしていつの間にか彼女とその家族は村八分状態になっていた。
自分一人が嫌われるだけならまだしも、家族にまで迷惑をかけている。その状況に耐えられなくて、アリアは騎士になる為、冒険者として己を鍛えながら王都を目指す旅に出る事にした。家族はアリアが出て行かなければならなくなった事を酷く悔いていた。
そうして故郷を離れたアリアは幸いにも次の町で同じく王都を目指す者達とパーティーを組む事が出来た。リード達だ。しかしここでもアリアの性格が災いして、パーティーの旅は順風満帆とはいかなかった。意図せず失礼な事を仲間にも他の冒険者にも果ては町の人にも言い放ってしまった。そのせいで他の冒険者や町の人達から避けられ、情報収集に難儀した。人助けの為とはいえ考えなしに魔物に突っ込んでいってパーティーを危険に晒してしまった。反省点を挙げればキリがない。
それでも、最初はアリアの言動に辟易していた仲間達も、彼女はこういう性格なんだと理解すると上手い事間を取り持ったり、失礼な言動をした場合は嗜めたり、兎に角どうにかして上手い事やっていこうとした。アリアもこの悪癖を直そうと努力して、これでも故郷にいた頃よりはマシになった。
しかし、とうとう限界が訪れた。
「アリア…パーティーから抜けてくれないか」
しっかりと自身の目を見て告げられた言葉に、アリアは悲しみや怒りといった感情を抱かなかった。湧き上がる感情はそんな事を言わせてしまった、そこまで追い詰めてしまった罪悪感と、やはり自分に人付き合いは向いていないという諦観だった。だからアリアはただ「分かった。今まで世話になった」と答えて頭の下げた。申し訳なそうにする仲間達___今や“元”だが___から餞別として十分すぎる程のお金と道具を受け取って、アリアはパーティーから離脱した。
パーティーをクビになろうが自分の目的は変わらない。アリアは次の町へ向かう為町の外に出た。
______そして、スライムに苦戦している青年と出会った。
・・・・・
あまりに苦戦しているので思わず助けた青年はどうやら異世界から来たらしい。だが伝承で聞く異世界人とは違って何の力も持っていなかった。それこそスライムすら碌に倒せない程に弱い。しかし、コーヘイと名乗ったその青年は状況に悲観する事もなく、楽しそうにしていた。またスライムに挑むというので、アリアは武器を与え、戦闘指導を行う事にした。こんなに弱い人間を放っておけなかった。
コーヘイは日が暮れるまでスライムと戦い続けた。どれだけ時間がかかっても、諦めず挑み続けた。そんな彼にアリアはいくつもの厳しい言葉を投げかけた。彼女にとってはアドバイスとして投げかけた言葉は、いつもの様に客観的に見て刺々しい、言葉の散弾だった。しかしコーヘイは気を悪くする事もなく、それどころか全く気にせずポジティブな言動を繰り返していた。町に着いてもコーヘイは変わらず、アリアの言動を気にしない。
_____変な奴。だからだろうか、話したくなった。自分の悪癖と、それによってかつての仲間に沢山の苦労を強いてきた事を。それを話しても、彼なら受け入れてくれるのではないかという少しの期待を込めて。たとえ受け入れて貰えず離れていくならそれでも良い。今ならまだ、精神的ダメージは少なくて済む。
コーヘイは、アリアの話を黙って聞いていた。
「それに、アリアのそれは悪い面ばっかじゃないだろ?素直って事は褒め言葉は心からの称賛って事になるからとても嬉しいし。悪い所教えて貰うのも改善する良いきっかけになるしな」
コーヘイはアリアの話を聞いてそう答えた。アリアは思わず笑ってしまった。自分の悪癖をそんな風に考えた事はなかった。というか私の言動をそう受け取る奴の方が稀だろう。あぁ、本当にお気楽で、変で、弱くて、面白くて____良い奴だ。
自分の悪癖を完全に良いものとはやはりアリアには思えない。コーヘイが特殊だという事も分かっているし、これからも自分の言動で人を傷付ける事も、迷惑をかける事もあるだろう。でも、悪い面ばかりでもないのかもしれない。彼の影響か、アリアも少しだけ前向きに考えられる様になった。
コイツと一緒にいれば、もっと自分の事を好きになれるかもしれない。本当ならもう少し指導をして、最低限戦えるレベルになったら____少なくともこの辺りの初級の魔物を倒せるようになったら____予定通り次の町に向かうつもりだったが、もう少しいても良いかもしれない。初心者の指導も初心を思い出して案外有意義だしな。
今日会ったリリードの言葉が浮かぶ。
『良い相手に巡り会えたみたいだね、アリア』
_____全くその通りだ。だから安心してくれ、リード。
かつての仲間に、ある意味でコーヘイとの出会いのきっかけを与えてくれた彼らに、感謝を。そしてもし、またどこか旅の途中で再会した時は…この愉快な異世界人と一緒に、色々な話が出来たら良い。
そんな未来を思い描き、アリアは人知れず口元を綻ばせた。