9 売れたならよし
今日も今日とて俺はミシェルのパンを売っている。と言っても昼を過ぎても未だ客は0だが。ミシェルが申し訳なさそうに俺を見る。
この辺の人にとって馴染みが無いだけで、食べてみたら気に入る人は大勢居ると思うのだが。アリアもリードも気に入ってたし。
試食用のパンも用意しているが、如何せん立地が悪くてそもそも全然人が通らないので、試食してくれる人もいない。かといって、もっと人の多い町の中心部に出向くわけにもいかないらしい。こういう露店商は店の周辺以外での試食販売などの宣伝行為は、商人ギルドによって禁止されている。トラブルに発展しやすいからだそうだ。なので試食販売はこの周辺でしかできない。
「…相変わらず客が来ないな、ここは」
「アリア」
クエストに出向いていたアリアが一つも売れていないパンを見て悲しそうに眉を下げる。
「うぅ…はっきり言わないで下さい……」
閑古鳥が鳴いている事を指摘されたミシェルが涙目になる。アリアは慌てて「すまない」と謝罪し、ミシェルを慰める様に背中を摩る。
「_____あれ、取り込み中だったかな?」
落ち込んでいるミシェルを俺とアリアで励ましていると、店の前から爽やかな声が。振り向くとそこにはリードが立っていた。アリアが気まずそうに目を背ける。
「リードじゃないか、どうしたんだ?」
アリアに用でもあるんだろうか。不思議そうにする俺に向かって、リードはクスっと笑ってあんぱんを指さした。
「これを買いに来たんだ。昨日貰ったのが凄く美味しくて気に入ってね」
「え!?」
ミシェルが驚いてリードを見上げる。リードは「君が店主?」と優しい笑顔で尋ねる。
「昨日、売れ残りだというこの……アンパン?をコーヘイから頂いてね。食べた事ない味だったけど、美味しかったから今度はちゃんと店で買わせて貰おうかと思って。
店の場所をちゃんと聞いてなかったから探すのに手間取ってこんな時間になってしまったから、残り少ないかと心配してたんだけど…杞憂だったね」
「ああ、リードが記念すべき今日のお客第一号だ」
「そんなにお客さん来ないの…?」
リードが気の毒そうな顔をする。
「半分以上は立地のせいだな。そもそもこの辺に人が来ないから、試食を勧めることも出来ない。一度食べればやみつきになるだろうに」
「それは言い過ぎじゃないですか…?」
そんな事はないと思うんだが。現に一度食べたリードはこうしてわざわざ店を探してまで足を運んでくれた訳だし。
「まぁ、残っているって言うならオレからしたら好都合だな。
取り敢えず30個貰っていいか?」
「30個もですか!?」
ミシェルが驚く。
30個とはかなりの量だ。ほぼ買い占めに近い。仲間の分も買うんだとしても多い。
もしかしたらあまりにも売れてないから気を使ってくれてるのかもしれない。それでこんなにも買ってくれるなんて、リードめっちゃ良い奴。値引きしてもいいだろうか。
30個購入は店側としては願ってもない話なので、断る訳もなく大きな袋にあんぱんを詰めていく。
「こんだけ買ってくれたし、割引してもいいか?」
ミシェルに聞くと、OKが出たので遠慮なく値引きする。リードは恐縮そうにしていたが、これもリピーターになって貰う戦略って事で。
「…こんなに安くして貰って申し訳ないな」
「気にするな。俺とリードの仲だろ」
「いやまだ数回しか会ってないだろ」
後ろからアリアのツッコミが飛んでくる。友達になるのに会った回数なんて関係ない。一緒に並んであんぱん食った仲だから、それはもう友達、仲良し。
「毎度どうも。また来てくれ」
「勿論」
沢山のあんぱんを抱えてリードは町の中心部へと消えていく。
「あのあんぱん、パーティの人達と食べるんでしょうか…。それにしても多いですよね。食べ切れますかね……」
「それは大丈夫だ。そもそも___
30個くらい、アイツ一人で食えるぞ」
「え!?」
驚いた。リードは意外と大食漢なのか。まぁ見た目は高校生~大学生くらいだし、冒険者として活動してるし、腹も減るか。若い男の胃袋に限界なんてない、多分。
「なんにせよ今日は売れて良かったな」
俺がそう言うと、ミシェルは「……そうですね!」と笑った。
「やっとコーヘイさんにお給料が渡せます!少しですけど…」
「貰えるだけありがたい」
リードが支払った硬貨が何枚かそのまま手渡される。俺はそれをありがたく受け取った。
「それはそれとして、今日も残ったあんぱん持って帰ってもいいか?」
リードがほぼほぼ買い占めたとはいえ、まだあんぱんは残っている。
「え…良いですけど、食べ過ぎて飽きてないです?」
「全然。むしろミシェルのあんぱん食わないと落ち着かないかもしれない」
ここ暫くずっと食っていたからな。それでも飽きないのだから本当にミシェルのパンは凄い。
「あ、ありがとうございます…。いくらでも持って帰って下さい………」
消え入りそうな声でミシェルが言う。俯いていているせいでどんな顔しているのかは分からない。
俺は遠慮なく残りのあんぱんを貰って、帰り支度を始める。
「それじゃまた明日な、ミシェル」
「は、はい!明日もよろしくお願いします」
頭を下げるミシェルに手を振って、アリアと一緒に宿へと戻る。
さて、今日はあんぱんも売れたしちょっと豪勢な飯にするか。




