第4話:これはもう偶然じゃない
コンビニを出た後も、亮の言葉が頭から離れなかった。
「指名されたけど、何も起きてない」
それが一人なら、ただの偶然かもしれない。
だが、俺も同じ状況だった。
しかも、亮は言っていた。
「最初の一週間は警戒したけど、結局何も起こらなかった」
だから、安心して、前よりいい暮らしを始めた、と。
——本当に、それで済むのか?
俺はスマホを取り出し、「殺人権取引プラットフォーム」を開いた。
自分の売却履歴を遡り、バイヤーの名前を確認する。
「……こいつは、一体どれだけ買ってるんだ?」
購入履歴を開いた瞬間、目を疑った。
100件以上 の取引が、ずらりと並んでいる。
期間はこの数ヶ月間。
「個人で買うには、明らかに多すぎるだろ……」
普通、殺人権は「一生に一度の権利」だ。
自分で使うなら、多くても数件もあれば十分なはず。
それを、100以上?
コレクターか?
それとも、転売目的?
しかし、こいつは「指名」している。
転売するなら、指名する理由がない。
なら——
俺は考えを振り払うように、売主の一覧をスクロールした。
100人以上の名前が並んでいる。
その中には、当然、俺と亮の名もあった。
「こいつら、一体どんな奴なんだ?」
俺は売主の名をいくつかピックアップし、検索をかけた。
***
まず出てきたのは、SNSのアカウントだった。
「……これか?」
投稿を遡ると、「日払いバイトの愚痴」が大量に並んでいた。
「マジで給料安すぎる。死にてぇ」
「これで生きていけってか、笑わせんな」
続いて別のアカウント。
家賃の滞納通知の写真。
「ヤバいなこれ……」というコメント。
さらにもう一つ。
「借金が返せねえ。もう終わりかも」
冷や汗が滲む。
バイヤーが買ったのは、全員こういう奴らだったのか?
たまたまか?
それとも——意図的に?
***
もっと調べるべきだ。
俺は売主の名前をさらに検索し、過去の投稿やニュース記事を漁った。
その中で、一つの共通点を見つけた。
「こいつら、ほぼ全員が『指名』されてる……」
それも、俺や亮と同じように、「殺されずに生きている」。
SNSの投稿を見る限り、彼らは普通に日常を過ごしているようだった。
いや——むしろ、前より生活が良くなっているようにすら見えた。
「美味いもん食った!」
「最近、ちょっと余裕出てきたかも」
指名されたはずなのに?
金を手にした上に、生活まで良くなってる?
俺の中で、強烈な違和感が広がっていく。
***
そして、もう少し過去の投稿を遡ったとき、
さらに引っかかるものを見つけた。
何人かの売主は、最近になって「仕事を辞めた」と投稿していた。
「もう嫌になったから辞めたわ」
「しばらくゆっくりする」
——亮と同じだ。
亮は、「指名されたけど何も起こらなかった」と思い込んでいた。
だから、金が入った勢いで工場の仕事を辞めた。
だが、今は就職できていない。
そう考えると、SNSの「余裕出てきた」という投稿も、
本当にそうなのか怪しくなってくる。
彼らは、本当に「余裕が出た」わけじゃない。
「金が入ったことで、一時的に気が大きくなっただけ」。
***
さらに、別のパターンも見つけた。
「会社に指名されたのがバレて、クビになった」 という投稿。
「昨日、社長に呼び出されてさ……」
「お前みたいな”指名者”を置いておくのはリスクだってよ」
「最悪だ。なんでこんなことになった……」
金は入った。
でも、仕事を辞めたか、クビになったか。
どちらにせよ、まともに働ける状況じゃなくなっている。
これは——バイヤーの狙いなのか?
***
俺はスマホを閉じた。
指名されて、何も起きない。
でも、それで済んでいるわけじゃない。
「指名された人間」は、
時間が経つごとに、追い込まれていっている。
これは、ただの偶然なのか?
それとも——
寒気がするのを感じた。
まるで、見えない蜘蛛の巣に、ゆっくりと絡め取られていくような感覚。