第12話:お前を使って、俺は勝つ
駅前の喫煙所に、亮はいた。
相変わらず猫背で、目の下にクマを作ったまま煙草を吸ってる。
ひと月前と比べて、さらに痩せた気がした。
「……久しぶりだな」
俺が声をかけると、亮はゆっくりと振り向いた。
だけど、何かが違っていた。
笑ってるのに、目だけが笑っていない。
明るい言葉を使ってるのに、声が乾いてる。
「直人、お前……なんか顔色悪いな。大丈夫か?」
それはこっちの台詞だと思ったが、何も言わなかった。
亮は俺の反応を気にせず、煙を吐きながら勝手に話し始めた。
「最近、いろいろあったからさ。まぁ、仕方ないよな」
「……いろいろ?」
「ほら、ニュース見てりゃわかるだろ。あちこちで燃えてんじゃん。
もう限界なんだよ、皆」
亮の口ぶりは軽いけど、そこには一種の確信があった。
自分が“この流れの一部”だと理解している人間の言葉。
「今度のやつな、かなり本格的だって話だ。
ちゃんと組織されてるし、ルートも決まってる。
……俺も、参加する」
俺は、眉ひとつ動かさずに訊いた。
「ターゲットは?」
亮は一瞬だけ口をつぐみ、そして笑った。
「さすが直人。そういうとこ、昔から変わらねえな」
彼はスマホを取り出し、画面を見せてきた。
そこには、某政財界の重鎮の名前と、
その自宅の住所、屋敷の見取り図までが載っていた。
「ここが標的。日曜の午後、予定通りにいけば、
あいつが外に出るタイミングがあるはずなんだと。
……そのとき、やる」
俺はスマホの情報を、何気ない素振りでスクショに収めた。
手が震えそうだったが、なんとか押し殺した。
「なあ、直人」
亮が唐突に声を落とす。
「……未央、元気か?」
その名前が出た瞬間、喉の奥がカラカラに乾いた。
だが、俺は黙ったまま、彼の目を見つめ返す。
「俺さ、昔から思ってたんだよ。あの子、ずっと苦しそうだっただろ。
でも、笑っててさ。ああいう子って、守られなきゃいけないよな。
……そういう子が生きられる世の中に、なればいいなって」
亮の言葉は、まるで独白だった。
俺に向けたものじゃない。
まるで、自分自身を説得するような。
「今度、見舞いに行ってもいいか? 一目だけでいいんだ。
……最後に、話しておきたいことがある」
何が“最後”だ。
何をするつもりだ。
心の中で怒鳴っていたが、表情は崩さなかった。
「……ああ。時間が合えば、な」
そう返すのがやっとだった。
今、怒りを出したらすべてが台無しになる。
こいつが持ってる情報、それが今の俺にとって唯一の鍵なんだ。
亮は、煙草を最後まで吸いきってから、立ち上がった。
「じゃあ、またな。日曜、そっちも気をつけろよ。
……多分、笑えないくらいの地獄になるから」
そう言って、彼はふらふらと人混みに消えていった。
——俺は、立ち尽くしたまま、スマホの画面を見つめた。
“日曜午後、世田谷区の私邸”
ターゲットは、確定した。
利用できる情報は、全部揃った。
次は……営業だ。
バイヤーに、“一発当てたい”って顔でメッセージを送ってやろう。
あんたが用意した“仕組み”を使って、
あんた自身を終わらせるために。