表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/14

第10話:何も変わらないふりをして

風が強かった。

ビルの上にある病院の屋上は、外気にさらされていて、そもそも患者が出ていい場所じゃない。

けど、未央はこの場所が好きだった。


「風、気持ちいいね」


車椅子の背もたれにゆるくもたれかかって、毛布にくるまれたまま、未央は空を見上げて言った。

こんな天気で、そんなセリフ出てくるのかよ、って思ったけど、俺はうなずくしかなかった。


「……そうか」


最近、こいつがこうして穏やかな顔をするのは久しぶりだった。

ニュースやSNSで流れてくる陰鬱な事件の数々を、なるべく見せないようにしてる。

“殺人権”とか、“暴動”とか、“社会崩壊”とか、そんな言葉とは無縁でいてほしかった。


「たまには外もいいよ。病室って、時間止まってるみたいだもん」


そう言って笑う未央の横顔が、なんだか壊れ物みたいに見えた。

今、この時間がずっと続けばいいのに、なんて。俺にしてはらしくないことを思ってた。


 


「そういえばさ、先生変わったんだよ」


不意に出たその一言に、俺は一瞬だけ思考が止まった。


「……先生?」


「うん。前の、ちょっと変わった喋り方の人。いきなりいなくなって、新しい人が来たの。若くて優しいんだけど、なんか不慣れっぽい感じ」


俺は反応に困った。

医者が異動になるなんて、別に珍しいことじゃない。

けど、このタイミングで、“いきなり”ってのが引っかかる。


「なんか言ってた?その、理由とか」


「ううん。みんな何も言わないの。でも……看護師さんも減ってる気がするんだよね」


嫌な予感がした。

もしかして、その医者——

いや、考えたくはないけど、今の状況ならありえる。


殺人権での指名。

もしくは、殺人権すらない“無敵の人”による暴走。

どっちにしても、“医者が狙われる”ってのは、完全に一線を越えてる。


もう、「社会的地位があるから安全」っていう前提は崩れてる。

未央の病院も、そのうち何か起きるかもしれない。

そのうち、じゃないな。……もう、起きてるのか。


 


***


病院のエレベーターを待ちながら、スマホを開いた。

ニュースアプリには、朝からヤバい見出しが並んでる。


「富裕層、殺人権の買い占め加速。市場は過去最高額を更新」

「“親族間プロテクト”が新トレンド。互いを指名して防衛網形成か」

「医師襲撃事件、犯人は精神疾患で不起訴の見通し」


どう見ても、もう崩壊の入り口。

人を殺すのに“権利”がいる社会で、その権利を守るために人が殺されてるって、なんだよそれ。


エレベーターのドアが開いた。

乗ってきた男が二人。

私服だけど、妙に落ち着かない様子。

ただの見舞い客には見えない。目つきが違う。


——自警団か、もしくは何か武器を持ってる可能性すらある。

病院の中で、だぞ?


心のどこかで、「もうここは安全じゃない」ってわかってたけど、こうして目の当たりにすると、現実感がエグい。


 


正面のガラス越しに、病院の敷地の外が見えた。

道路沿いに若いやつらが数人、たむろしてる。

タバコ吸ってるやつ、コンビニ袋をぶら下げてるやつ、笑い声がやけに大きい。


……なんだろうな、あの空気。


ただ騒いでるだけの若者、じゃない。

どこか張り詰めてて、でも退屈そうで。

「何かあればすぐ暴れるぞ」って雰囲気が滲んでる。


 


もう、“異常”はすぐそこまで来てる。


誰が殺されてもおかしくない。

未央も、俺も、あの医者も。

順番なんてない。ただ、タイミングの問題。


社会ってのは、ある日いきなり壊れるんじゃない。

壊れ始めてるのに、それに気づかないまま、日常を続けてしまうから手遅れになる。


でも俺は、もう気づいてる。

そして、それが一番怖い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ