8話 相対
そして向き合う3人
ドクター「・・・・」
ウェンデル「(もう泣いていいかな…)」
ソニア「(え、誰コイツ)」
そして沈黙する3人
微妙な空気が場を支配した!
時は少し遡る。
死屍累々となった港湾管理局跡地にて私は救助活動を行っていた。
「生きてるー?」
瓦礫をどかし、人を発掘し、怪我をしていたら治療を行う。不幸中の幸いなことに、死者は少しぽっちゃりなジョンだけだった。
「地下室は無事か、よかった。あとは気絶してる人は叩き起こして怪我人は背負ってさっさと離脱かな」
あたりを見回すと、周囲には大きな貨物用木箱が転がってる。原型が残っている物から無残に破壊された物まで、中身がバラ撒かれて小山を形成している。
「余波だけでこれか」
実際のところ、初手に飛んできた砲弾以外は付近に着弾していない。全て私たちの上を通り過ぎ、向こうの倉庫群や道路に着弾している。
「もしかして倉庫に逃げ込んだ水夫達は全滅か?!」
まさかのフレンドリーファイアによる、大量キルの自己ベスト更新でも狙っていたのだろうか?そんな疑問に戦慄していると、答えを教えてくれる人がいた。
「あ、あのぉ、そ、倉庫には大型の地下冷蔵庫があるので、多分大丈夫だと、思いますよ。」
「おはようお姉さん。立っても大丈夫?」
先程まで腕から血を流し、気絶していた猫耳のお姉さんが私の疑問に答えてくれる。
「でもさ、急に砲撃が来たから巻き込まれた人もいるんじゃない?」
「え、ええと、本来はパイロットの人たちから砲撃前に通信が来るはずだったんですけど…」
「…」「…」
お互いに魔術に詳しいせいで、気づかなければ良かった私の重大なミスに気がついてしまった。
「なるほど?つまり、そういうこと?」
「うぇ!え、ええと、いや、貴方は悪くありましぇん!事前に言わなかった私の責任でしゅ!」
つまり"投げられた電波"を避けたわけか、ヘルスガードの奴。
はぁ、これだから古い奇跡は扱い辛い。
奇跡とは魔術の中の一分野に過ぎないのだが、習慣で分けて言われる。
奇跡と魔術の違いはいくつかあるが、奇跡のイメージとしては、なんかお婆ちゃんが使ってそうな古くて凄いヤツ。それに加えて、ケニングとか言葉遊びだったりが強く影響する術だ。
反対に魔術といえば、一般的には現代魔術を指し、"完全に同一の安定した現象"を効率よく起こせるメリットがある。威力や効率とかだけで言えば、現代魔術の圧勝だ。
今回は言葉遊びが悪い方に働いたらしい。良い術だと思ったんだけどな。
安心しろヘルスガード、お前は2度と呼ばん。
「取り敢えずさ、皆つれて避難しようか」
「そ、そうですね。で、でも、道が塞がってます」
衝撃で吹き飛んできた木箱が視界を拒み、出口が見えない迷路になっている。
この辺りに砲撃が飛んでこなかったということは、付近に運が良いマフィアが生き残っていても、おかしくはない。
「どうしよっか」
そして時は冒頭までスキップされる
ドクターと、実物を見るのは初の今代キャプテンに見つめられながら、私はあの後の行動を思い返した。
あの後の私は、子供連れでも通れる道を探し一人偵察を行っていた。
そしたらまた砲撃が始まったらしく、運悪く私の近くに着弾した。
そして、衝撃で吹っ飛んできた木箱の群れに、私は揉みくちゃにされた。哀れな私。
なんとか這い出てきたら、木箱が動くことに興味を持ったのか、目の前で待ちまえていたペスト医師の格好をした変態。泣きそうになる私。
誰かが助けに来てくれたと思ったら、規格外の魔力をうねらし、錨を背負った可愛らしい女の子。泣くまで秒読みの私。
そして始まる沈黙。
「誰だ貴様、名と所属を名乗れ」
どうやらキャプテンは私をいないものとして扱ってくれないらしい。
「た、ただの一般人ですぅ。運良く生き残っただけの」
「舐めているのか?」
見た目に反して圧が強すぎる。押し潰されるようなプレッシャーが、息を圧迫する。
「グウェンドリンです!グウェンドリン・スミシーです!こ、ここにいるのは本当に偶々です!所属はちょっとアングラなとこだけど、ドクターとは関係ありません!」
暗殺事務所に所属していますなんて言ったら、十中八九、黒死会の関係者だと思われる。だからオブラートに包み、言い逃れを試みる。
「我に嘘は通用せん。所属以外は全て嘘だなジェーン・ドゥ」
内心冷や汗ダラダラの私。
そういえば聞いたことがある。キャプテンは嘘を見抜く聖遺物を所持していると。おかげで諜報員が苦労してるとも言っていたっけ。
本当のことを言おうと嘘を言おうと、あのデッカな錨で、木箱と私のパティが完成する未来しか見えない。
だったら誤魔化す!全力で!
「私、敵じゃないです!本当です!」
必死に言の葉を紡ぐ目の前の女。
ボサボサになってる金髪にモノクルをかけ、お洒落だったろう服装は見る影もない。
こいつは一体何者だ?
我がここに来た時、ドクターと対峙しながら練り上げていた魔力は、かなりの強者に分類される練度を誇っていた。
無論、我には届かないが警戒に値するレベル。
ドクターと手を組まれたら面倒だ。
それに先程から女が言っている我の"敵ではない"という発言は真だ。
「だから今はそこの人たちを避難させれるルートを探してて」
「ならば疾く失せよ。二度はない」
オーバーな身振りで潔白を証明しようとする女を退かす。
「は、はい!それじゃ!」
パッと花の咲いたような笑顔を浮かべた女は、瓦礫の上をひとっ飛びし走り去っていった。
女が瓦礫を越えたその瞬間、ソニアは音も立てずにドクターの懐に踏み入り、錨でドクターを殴りつけた。
衝撃で瓦礫の山が吹っ飛び、ドクターは見事なまでのホームランボールになって飛んでいく。
追撃をしようと足を出した瞬間、
左腕が地面を転がったいた。
「?!」
吹き出す血潮をみながら唖然とする。
ドクターの能力は先代から聞いている。圧倒的な身体能力、薬学のプロフェッショナル、いくもの強力な聖遺物。
そして固有魔法"魂に感染する病"。
ドクターは常に周囲に対し、範囲は狭いが強力な認識災害をばら撒いている。
そのため、彼が街を歩いても"認識されない"なんてことが起こる。
先程の女もおそらく、ドクターがいることに気が付かないまま接近してしまったのだろう。
しかし、魔力を高密度で練り上げることで対策できる。····筈だった。
本当に自分が情けなくなる。
先代のときはドクターがわざわざ挑発してくる事なんてなかった。
つまり、舐められているのだ。
受け継いだ艦隊にも被害を出し、素の実力では"魂に感染する病"を克服できる力は無いと、落ちた左腕が物語っている。
深呼吸して冷静さを保つ。
「プライドは捨てよう。我ではヤツを殺せん」
ソニアは先代から譲り受けた錨を見た。
数多くの傷がつき、最も古い型番のストックアンカー。
様々な想い出が籠もった、この世で最も"価値"あるもの。
最も古き時代の名残り。
【主は約束を受け継ぐ人々に計画は不変であることを説いた。そして主はそれが真だと自らを指し、誓いを持って保証した。我々の心の希望は、魂の錨によって確かに揺るがず、約束の時を待つ】
「船出のときだ。破泊せよ、
"希望を留める魂の錨"」
啓かれた知識
希望を留める魂の錨
第一変革歴時代の聖遺物。
普段は係留し、出航の時を待つ。
どのような苦難に会おうとも希望が失われることはない。
約束の日が訪れる時、彼らの罪は赦され、大いなる祝福を受けるだろう。
『ヘブライ人への手紙』第六章より