47話 マネー
私は今、銀行の入口前に来ている。
私が来たのはノルトシュテルン・バンク。
外観は30mほどの高さで、格式高い大理石を主としたネオ・ゴシック様式の建物だ。入口ではスーツを着こなしフェドラハットを被った若いサラリーマンや、くたびれた様子でキャスケット帽を被った中年のサラリーマンなど、様々な業種や年齢の労働者達が活発に出入りしている。
そして、そんな労働者達の一人である私は、開け放たれた大きな銀行の入口を通り中に入る。中には受付の窓口がいくつも並び、その全てがフル稼働して対応に追われている。待合用の椅子やソファに座る男達は新聞を読み、紙タバコを吹かしている。
私はお金をおろしに来ただけなので、10人ほどが並んでいる出入金専用の窓口に並び、順番が来るのを待つ。
「くっそ!最悪だ!なんで上がってんだよ!」
スーツに着られている感じのする若い男が、受付前で何か喚いている。
「どうした兄ちゃん?やけに元気だな。良いことでもあったか?」
近くのソファに座ってタバコを吹かしていた白いスーツの身なりの良い男が、若い男にゆったりとした声で話しかける。
「貴族街の土地の使用権で空売りを仕掛けたんだよ!デュークの一件があっただろ?!あんなおっかない奴がいるんだ!絶対地価は下がると思ってさ!」
将来買い戻すことを条件に今持っていない商品を売るのが空売りだ。だから高い時に売り、将来その商品が安くなれば買い戻した時に差額で儲けることができる。彼はデュークが鏖殺をした影響で貴族街の土地の価値が下がると考え、変動リスクのある土地使用権の空売りを仕掛けたらしい。
「ハッハッハ!それは大きな勘違いさ!君、何故富豪たちが貴族街に集中すると思う?」
白いスーツの男は白いフェドラハットを脱帽し、少し口角を上げて質問した。
「は?そりゃあ、街の中心だからだろ。港や列車までのアクセスもいいしインフラも整ってる。それに商業の中心地でもある。だから殺しが行われた貴族街は、住民の生活と商業活動において無視できないリスクになり得る!だから地価は下がる!違うか?!」
熱弁する若者。一見して彼の主張はとても正しい。だが、
「ああ、その通りだ。此処が"魔都"と言われる都市でなければの話だがね。富豪や資本家と言われるような人種はね、ちょっとした利便性の為に年間数千万ルドもする固定資産税を払ったりしないのさ。彼等にとって最も重要なのは小手先の端金ではなく安全。つまり、そういうことさ」
「だから、どう言うことだよ?」
身なりの良い紳士によるゆったりとした余裕のある会話は、彼に落ち着きを齎した。
「資本家たちがこの地に定住するにあたって最も治安がいいのは貴族街である事に変わりはない。そうだろ?そして、彼等資本家たちが恐れているのはデュークではなく、職を失い暴徒とかした下層市民たちの方だ。だから、貴族街に住む者たちにとって、デモを起こすような暴徒の虐殺は喜ばしい事であって悲嘆するものではないのさ」
うわぁ…。ホントひどい理論だな。ヒサメが聞いたら怒り出しそう。
「…まじかよ。………くっそぉおお!!!買いが正解だったかぁ!!!次は絶対間違えねぇ!!!」
「ハッハッハ!励めよ若者!この魔都はハイリスク・ハイリターンの儲け話がゴロゴロ転がっているぞ!若い内のチャレンジにはもってこいの都市さ!」
受付のロビーに待機している年配の身なりの良い男達が、新聞から顔を上げて笑っている。
「ハハハ!頑張れよ〜、若いの!ガッツが在るやつは成長するぜ〜!」
何人かが口笛を吹き、若者の新たな門出を応援している。
此処は"魔都"ニーズヘッグ。人殺しなんて日常茶飯事の渾沌の街。カネは舞い、商人は踊り、銃弾が鳴り響く最高にイカした愛すべき街。今日も魔都は乱高下する株価を背景に平常運転だ。
「次のお客様どうぞ〜」
受付のお姉さんに呼ばれた。
「引き出しを。100万ルドで」
私は通帳と身分証を提示する。身分証はパスポート形式で、白黒の自画像の写真と、私がニーズヘッグ統計調査委員会に所属する公務員である事が記載されている。
「はい。確認しました。ではこちらを」
受付の女性は身分証と小切手である引き出し伝票を差し出し、私はそれに100万と数字を書き込んだ後にサインをした。
「はい。ありがとうございます。では少々お待ちください」
受付の女性は受付の奥にある別室に行き、少し待ったら戻ってきた。そして、私の通帳に万年筆で出入金の記録を記述し、いくつかの判子を押した。それから、机の引き出しにしまってある札束を出し、パラパラと数えた後にトレーに乗せ通帳と一緒に渡してきた。
「どうも」
私は現金と通帳を受け取り、軽くトップハットを脱帽して会釈した後に、受付を離れた。
「さてさて、いくら入ってるかな?」
私は通帳を開いて出入金の記録を見る。
(ふむふむ。3月31日に290万の入金がある。その内、260万は危険手当込みの私の給与だな。それで残りの30万がヒサメの分。まぁ、ヒサメは研修生だしこんなもんか)
さて、ここからまだやる事がある。ヒサメの実家に仕送りだ。ヒサメから送り先の情報は得ている。別の銀行だし手数料も結構するけど、約束だからしっかり振り込もう。
私が今度は、他国との取引専門の別の受付に並ぼうとしたら、隣で自分の通帳を眺めていたオッサンがため息を付いた。
(おやおや、随分と草臥れたスーツを着ちゃって。口座の残高が寂しいのかな?)
私は自分の通帳に記載されていた残高437万という数字に優越感を覚えながら、コッソリとオッサンの背後に忍び寄る。
(どれどれ、残高はいくらかな?100万切ってたら笑ってやろう!基本給だけで年収1,000万超えの私がな!)
オッサンの背後に立った私は横目でコッソリと通帳を覗き見る。
(一、十、百、千、万……………………なるほど、1億か。……………靴舐めたら許してくれるかな?)
私は何も見なかったことにして受付に並びに行った。
啓かれた知識
税
『現在、ニーズヘッグの税率は驚異の0%である。ではグラフ公爵家に歳入が無いのかと問われればそうではない。ニーズヘッグの領地は全てグラフ公爵家の所有物であり、貸し出しが行われている。その使用料である地代は評価額の1%。これが実質的な固定資産税と言われる所以である』
ヌガエ新聞社によって発行された地方紙より一部抜粋




