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5話 号砲

突然だが少し魔術の話をしよう。

なに、簡単なことだけ。

魔術陣と祝詞の関係性についてさ。


ある魔術を行使するにあたって、同一の効果を齎す方法は理論上、魔術陣と祝詞のどちらを用いても可能とされている。

もちろん、組み合わせることも可能だ。というか、それが主流だ。

組み合わせのメリットは双方の負担を5:5や3:7といった具合に、好きに調節することができる点。

例えば、祝詞を唄うことが下手くそな奴は、魔術陣を頑張ったりね?


なぜこんな話をしたのかと言うと、今回は複雑な魔術陣を書く時間が惜しいからだ。


「諸君、準備はできた?」


エントランスの中心にクレセンタの煤で円を描き、その中に11本のワインと小物類を少々。護りに関する呪文と図形を、陣にいくつか書き加えたら、不格好だが完成だ。


「簡易的な魔術陣だが、クレセンタは浄化を意味し、転じて護りにも応用できる。あとは祝詞しだい。間違えるなよ?」


「ああ、大丈夫だ。始めてくれ。」


私達は六人で魔術陣を囲み、最後の確認をする。それを小太りのおっさんが力強く頷いたことで了承を示した。


「よし、始めるぞ」


事前に打ち合わせた通りに声を合わせ、魔力を魔術陣に通し、唄う。


【【【ヘルスガードよ、隠れた民の守護者よ、森の息吹は戸を叩いたぞ。あなたの家はここにある。賊心ある人は宝を狙い、彼らは石を投げた。11の聖なる血、帰りを待つぬいぐるみ、故郷に帰るための六分儀。代價は示した。我が家を隠し、我が家を護りに、いざ賜え!】】】


魔術陣から深緑の光が漏れ、薄い霧が床を広がる。どこからか香る白樺の香りは、ここが針葉樹林の奥地だと錯覚させた。


「成功だ」


静まり返っていたエントランスは、私の言葉で喝采に包まれた。


今行使した奇跡は、古きエルフを呼ぶもので、彼らは人の目には映らないが家を護ってくれる。しかし、目に見えないせいで石を投げたらあたってしまうという伝承があり、そういう存在を嫌っている。


そのため、外でドンパチ鉛玉を投げあっている彼らからこの家の存在を隠し、結界を張って物理的にも防いでくれるのだ。


「ありがとな!お嬢さん!」


周りの人々が次々とお礼を言いながら頭をガシガシと撫でていく。


「ええーい!やめい!やめい!髪が乱れる!」


身長170もある私ですら、ゴツい水夫の筋肉ゴリラからしたらガキンチョらしい。振りほどこうとする私が、まるで駄々をこねる子供みたいだ。


「大人気じゃねぇかお嬢ちゃん。それにしても良くあんな古い奇跡使えんな!驚いたぜ」


「です!です!わ、私も驚きました!あんなのアカデミーじゃ習いませんでしたから!」


「ま、まぁねぇ!私!天才(自称)ですから!あのぐらいチョチョイのチョイですよ〜!」


普段披露することのない特技を人前で見せた挙げ句、褒められまくったせいか私の鼻は成層圏を突破し、あわや太陽に焦がされるほどまで伸びていた。


「うぅ…ぐすん。まりーちゃん…ぐすん」


私の伸びきった鼻は、女の子の泣き声を聞いて急激に縮み始めた。


「ご、ごめんね。リリーちゃん。ぬいぐるみは今度お姉さんが買ってあげるからさ」


実は、儀式に用いたクマのぬいぐるみは、このリリーちゃんの持ち物で、私が言葉巧みに譲ってもらったモノだったりする。


我慢して譲った友達が儀式で消えていく光景は、正直言ってトラウマものだろう。


そして、有用な触媒とは、想い入れが深く、長い年月が経った物だ。

だから無くなることを教えずに、縫いぐるみを譲り受けて触媒に用いたのだ。まさに外道。


縮みすぎて無くなっていないか心配な鼻を確かめながら、私は女の子が落ち着くまで必死に慰めるのだった。




ゴオオオオ…


重低音が響き続ける戦艦ラーンの艦橋は今、緊張に包まれていた。


その理由はたった一つ。


艦長席に御座す御方が不機嫌だからだ。


いつもは寛容な彼女が不機嫌だという事実は、バベルの塔とかいうニーズヘッグの頭蓋に砲弾で開通工事を命じられるよりも、よっぽどおっかない。



海賊のような赤黒の三角帽子には大きな虹色の羽根が一枚刺さり、デフォルメされた錨や髑髏の刺繍がされている。

白いシャツの首元には群青色のネッカチーフが巻かれ、年季が入った赤い裏地を持つ黒の艦長コートは、数々の勲章を輝かせ威厳バッチリ。

そして、その威厳全てを無に還す漆黒の膝上プリーツスカート。ブラックのニーハイソックスを履いているところに少し遊び心が見え隠れする。

日に焼けた褐色の肌は美しく健康的。

はねっ毛のあるプラチナブロンドを腰まで伸ばし、右側の長いサイドバングには深紅のメッシュが一房入っている。

そしてルビーのように輝く、メッシュと同じ深紅の瞳は陸を睥睨する。


15歳にしては低い153cmの身長に、普段は庇護欲がくすぐられるだろう童顔が、今ばかしは何の感情も表さない。


そんな彼女の名は"ソニア・C・モーガン"


溟海を導く者


希望を留める魂の錨の後継者


海運を司るディーラー


"キャプテン"






啓かれた知識

ディーラー

魔都ニーズヘッグには5人の支配者がいる。

人の価値を探究し、暴力を司るドクター

海の神秘を探究し、海運を司るキャプテン

無の秩序を探究し、密謀を司るデューク

萬の信仰を探究し、自己を司る超人

朧の歴史を探究し、開拓を司るエントデッカー

彼らは答えを求め、争い、殺し合う。

"支配者とは唯一人"

この魔都の全ては彼らのテーブルの上。

チップもカードも、全てはディーラーの匙次第。





「面舵いっぱい」


キャプテンの可愛らしい声が艦橋に響く 


Roger(了解)


ガラガラガラガラッ!

グガガガガガ!


舵を右に取り、左舷についている副砲を港に向ける。機関部が駆動し船体が軋むような音がする。


この(戦艦ラーン)は何をするにも爆音を奏でるロックなやつだ。そしてソニアはこの娘が奏でるロックが大好きだった。


「我は出る。通信士、地上部隊からの支援砲撃要請は聞き逃すなよ。水測班、警戒は厳にせよ。機関長、常に動けるように」


「「「Roger」」」


それだけ言うと彼女はさっさと艦橋から降りていった。


この程度の戦闘にいちいち細かい指示など不要だ。やるべき事など全員が分かっている。

艦橋にいる全員ではない。

戦艦一隻、巡洋艦二隻、駆逐艦六隻、艦隊にいる計2,825名、全員だ。

全員が地獄の習熟訓練をくぐり抜けたパイロットの精鋭だ。




甲板は良い。


開けた視界からは、海の鼓動と空の息吹を感じる。揺れる木製の甲板を軍用のゴツい革製のデッキブーツで踏みしめ、衝撃に備える。


そして、魂に響く音色(砲撃音)がした。


艦隊による一斉支援砲撃が始まったのだ。

壮大なオーケストラは無数の敵を跡形も無いパテに変えていく。


「だけど、お前じゃない、お前たちじゃない、お前たちごときではない。我のクルーを、我の家族を殺したのは」


そして、ここに宣戦を告げる号砲は鳴り響いた。





「来い、ドクター。コロしてやる」



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