44話 言い訳
「お前、熟れてるな」
黒いサングラスに着崩した背広を着たジークバル部長は腕を組み、コナタの射撃を見て少し驚いている。此処は秘匿調査室地下3階の射撃訓練場。
コナタはSchütze-77をスムーズに構え、もう一度射撃をする。そして撃ち出された弾丸は、50m先にある人型の的の頭を正確に撃ち抜いた。
「この程度の交戦距離でしたら、嫌になるほど撃ったので」
思い出すのは塹壕戦。交戦距離にして200m未満の激しい撃ち合い。何度も撃たれ、何度も撃ち返した二度と経験したく無い思い出。
「先日の催眠事件で学習したのか?」
「わかりますか?」
「嗚呼。立ちながら速射してるだろ。それは狙撃手本来の戦い方じゃない。塹壕戦でのやり方だ」
言われてみればそうだ。塹壕は高さがあるから頭1個出しになるまで立ち上がり、即座に狙いを付けて撃つ。その繰り返し。
「確かにそうですね」
「近距離ならそれでも良いが、500や1,000を超える長距離射撃ならバイポッドを使う必要がでてくる。他にもお前の撃ち方には問題がある。1つずつ修正していくぞ」
「お願いします」
部長はコナタの腕や腰に手を当て姿勢を矯正していく。
「体力作りはやったか?」
部長は作業をしながら質問してくる。
「いえ、やっていません」
「そうか。銃器の手入れは?」
「一通りはウェンディに教えてもらいました」
「身体強化と刻印魔術は?」
「刻印魔術は覚えました。でも、身体強化の方はM.M.をまだ貰ってないので使ったことが無いです」
「分かった。…取り敢えず姿勢はこれで良い。撃ってみろ」
コナタは教えられた通りに構え、4倍スコープを覗き、撃つ。
反動が身体全体を伝い、綺麗に抜けていく。
「大分楽になっただろ?立ち射ちはそれでいい。ただ、実戦では相手が動く。その時は」
「よく視て、よく予測する。ですか?」
部長は眉をピクッと動かした。
「なんだ、よく分かってんじゃねぇか」
鼻で笑った部長は続ける。
「いいか、長距離狙撃の真価は最初の一発。不意打ちによる確殺。コレに尽きる。その為には場所の選定、長時間の潜伏に耐えうる体力と忍耐力、そして弾道計算のための数学。経験、肉体、精神、頭脳。全てが必要だ」
「はい」
「ウェンディからお前に関するある程度のレポートは提出されている。その上で言うが、お前には全てが足りていない」
「自覚は…あります」
「それじゃあ、具体的に何処が足りない?」
部長はパイプ椅子に座って問いただしてくる。
「え〜と、身体能力とか長距離狙撃の経験とか?」
「まぁ、それもある。だが、それ以上に必要なのは人を殺す感覚だ。こればかしは何度か経験しないと身に付かない」
天井を仰ぎながら説法をする部長。
「感覚ですか?覚悟とかじゃなくて?」
「ああそうだ、感覚だ。覚悟なんてカッコつけるつもりはねぇ。ウェンディの馬鹿を見てみろ。アイツに覚悟があるように見えるか?ねぇよアイツには。だが、アイツは人を殺す事に長けている。良いことではないがな。アイツは意識の切り替えが上手い。だから撃てる。要は、この意識の切り替えが人を殺す感覚だ」
「は、はぁ…そうですか…?」
コナタは部長の話があまりピンと来ない。
「ほとんどの人間はどんなに覚悟を決めていても、いざ人を殺せば罪悪感で眠れなく成るもんだ。だから、自分を正当化できる言い訳を探す。戦場であれば国の為とか家族の為とか。人ってやつは、自分にとって都合の良い言い訳が出来れば、大抵の事は出来るってもんさ」
「うっ、なんだか最近同じ様なことを聞いた気がします」
「覚悟が必要無いとは言わないが、お前も事前に納得できる言い訳を考えとけって事さ。じゃあ次いくぞ。次は弾道計算のやり方だ。計算に必要な要素がなにか理解るか?」
部長は前屈みになり、指を組みながら質問する。
「風向と風速、距離と重力ですよね?」
「ああ、そうだ。だが、長距離狙撃の場合はそこに気温と気圧、それと湿度も加えとけ」
「湿度もですか?」
狙撃において空気中の湿気が関係あるのでしょうか?あまり聞いたことが無いのですが…。
「湿度もそうだが、気温と気圧も全て空気密度に関係する。気温が高いと空気が膨張し、気圧が低いと空気の密度が低くなる。空気っていうのは銃弾に対する抵抗力が大きくてな。空気密度が低いと、より遠くまで弾が飛ぶようになる。湿度が高い場合ってのは、空間に占める水蒸気が多いって事だから、必然的に空気の量が減る。だから、この場合も湿度が高ければ遠くまでフラットに飛ぶ」
「ごめんなさい。もう少しわかり易くお願いします」
「チッ、だから、気温が高い、気圧が低い、湿度が高い。この3つが銃弾の軌道をフラットにし、より遠くに飛ばす。長距離射撃の場合は、風速と風向だけを意識してたら弾が行き過ぎたり手前に落ちたりするってわけ。Are you OK?」
「おーけーです!」
「昔、俺がSchütze-77を使ってた頃のデータブックをやるからそれで勉強しろ。分からない所があったらウェンディにでも聞け。アイツには一通り教えてあるからな」
「ウェンディも狙撃が出来るのですか?」
ウェンディはリボルバーをくるくる回しながらニシシと笑ってる印象しか無いのだけれど。
「ああ、昔ウェンディとツァラを同時に教えた事があってな。ウェンディの奴は飲み込みは早いが、致命的なまでに忍耐力が無い。狙撃銃を構えてから3分で集中力が切れる。ていうか、俺に何も言わずに帰りやがった。テスト中にだぞ?あんなクソガキを担当したのは初めてだ」
人からウェンディの印象を聞いたのは室長以来ですけど、感想が一致して少し安心します。やっぱり、ウェンディって少し幼いところがありますよね。
「ツァラさんはどうだったのですか?コナタはあの人のこと常識人枠に見せかけた狂人枠にしか思えないんですけど」
「ツァラの馬鹿が狂人って事はねぇと思うが、アイツは真面目にこなしてたぞ。ただ、撃つ瞬間に緊張で手が震えるらしくてな。狙撃を含めて遠距離射撃の才能は無いな。それに、あの二人はカッコだけはつけるが、根っからの脳筋でガキだ。だから、お前みたいな狙撃の適性が高い教え子は久しぶりだ」
「あの、お前じゃないです」
「ん?」
「ヒサメです」
「ただいま帰りました」
コナタは玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えながら帰宅の挨拶をする。
「おかえり〜。部長どうだった〜?胡散臭かったでしょ〜」
リビングのソファーで横になりながらシードルの瓶をあおっているウェンディは、頬を赤らめながら感想を聞いてくる。
「そんな事なかったですよ。口が悪いのが玉に瑕でしたけど、教え方は丁寧でしたし」
「えぇ〜?室内でもグラサンしてるようや奴だよ?教育者以前に不審者じゃん」
「ジークバルさんにも事情が在るのだと思いますよ。ウェンディも教えを受けたらしいじゃないですか。あまり恩師を悪く言うものでは無いです」
「ハイは~い。分かったよ、ママ!」
一人で爆笑してる酔っぱらい。こんな娘は絶対に欲しくない。床にはシードルの瓶が一瓶転がっており、どうやら今飲んでいるのは2本目らしい。
「相変わらずアルコールに弱すぎますよ。どうせその一本も飲み切れないのでしょ?だったら最初から開けないで下さい。聞いてますか?不良娘」
エヘヘと笑いながらソファーで身をよじるウェンディ。シードルの度数なんて3%前後なのに、この不良娘はもう出来上がってる。
「一つ、聞きたいことが在るのですが、ウェンディは……その…人を殺す時、どのような言い訳をしているのですか?」
コナタは少し緊張しながらウェンディの心に触れる。
「え?…あ〜、そういう。え〜とね、私の場合は2つだよ。ていうか、これは重要だからよく聞いて」
ウェンディはソファーに座り直し、少し真面目な顔になって言った。
「人はね、人を殺すことに慣れやすい。所謂モラルハザードというやつさ。だから言い訳は慎重に考えたほうが良いよ。殺しの基準も一緒に考えられれば尚良しかな」
「言い訳と基準を一緒に、ですか…」
「私の場合は、一つが自分だったり友達の命のため。危なくなったら容赦なく撃つべきだって信じてるし」
これはウェンディが常日頃からコナタにも言っている事だ。ウェンディは『この魔都には頭のおかしい奴が多いから、危ないと思ったら直ぐ撃ちなよ』と、銃を買ってくれたその日にも忠告していた。
「2つ目が仕事のため。もしあの世で神様に怒られたら、私じゃなくて、私に命令した部長と室長達を怒ってくださいって言うことにしてる」
「でも、実際にヤってるのはウェンディですよね?」
「マジレスすんなよぉ。こんなのは所詮精神論なんだからさ、自分が納得出来ればそれでいいの!ぜ〜んぶ上司のせい!諸悪の根源はリーデお嬢様!私は悪く無い!以上!解散!」
そう言って、ぐで〜とソファーに横になるウェンディ。
「コナタが撃つ番になった時、コナタはそれで納得出来るのでしょうか…」
啓かれた知識
3月27日
『中央政府である帝国議会は26日、ニーズヘッグにあるバベルの塔の修繕を早める為、追加の資金投入と人材を派遣する事を発表した。これらの決定の裏にはエーグルドレ大王国との外交における緊張状態の緩和が目的だと推察される。また一方で、帝国議会は国際社会において協調性をアピールする事に固執しているとの見解もある。しかしながら、現在も帝国議会及び帝室は22日に起きたマリオネット茶会事件についてのコメントを発表しておらず…』
AIZ新聞によって発行された全国紙より一部抜粋
「あ!一つ言い忘れてた!ウザいやつも容赦なくブッ殺せ!あははははは!」
相談相手間違えたかもしれません…。




