38話 電波ジャック
彼は壊れたカウンターで身体を支え、立ち上がる。外では彼女とエーグルが戦闘を行っている。
「そうか……。俺の…俺達の…戦いは…」
"無価値"では無かった。
言うんだ。全てを。
語るんだ。俺が見てきた英雄譚を。
彼は片足で歩き出す。コケないように、ゆっくりと、一歩ずつ。
そして彼は、開け放たれた店の扉から、眩い外界に飛び出した。
「俺は視た!英雄達の誕生を!」
彼は思い出す。
死んでいった戦友達を。
仲間を支え続けた魔術兵を。
彼を砲弾から庇った機関銃手を。
時間を稼いだ衛生兵を。
そして、聖人となった曹長を。
「お前たちに理解るか!曹長の命の灯火が!地平線まで咲き誇った、薔薇の美しさが!」
彼の想いは魔法となって都市に伝播する。
彼は思い出す。
戦後、軍人達は触れられる事なく、忘れられていった。
まるで、歴史の汚点や国の恥部のように。
だが、彼等を人前で語った者もいた。
それは、街頭で演説する一人の政治家だった。
だが、そんな政治家の演説に登場する英雄達は、戦果報告書に書かれたモノをそのまま読み上げた様な、酷く陳腐なモノだった。
そしてその政治家も、議員になった後は、彼等について触れる事は一切なかった。
だから彼は語る。誰もが語らなかった、あの戦争を。
そして、彼しか知らない物語を。
「お前達は今!識る事になる!知られざる英雄譚を!忘れられた英雄達を!
俺はッ!
"名も亡き英雄譚を語る者"!
只の死に損ないの、
通信兵だ!!!」
ウェンディは驚愕する。
「な、なんだ!この情景!?私は今、何処にいる?!」
視界には視たことのない荒野が広がり、乾いた風が肌を撫でる。
空には飛び交う砲弾と天を覆う攻勢魔術。線を引く曳光弾の軌跡が目に焼き付く。燦々と照らす太陽からは、甲高い音を立てて急降下してくる攻撃機の影。
「落ち着いてください!付近に着弾しただけです!頭を上げないで、冷静に!」
ウェンディの肩を持つ金髪の女性。
「塹壕の歩き方は習ったな新兵!身を屈めて付いて来い!」
先導する白髪の男性。
「私は、今、何を?」
ウェンディは周囲の静止を無視し、立ち上がる。
その瞬間、こめかみを撃ち抜かれた。
「起きろ!リンネ!」
軍港にて、ソニアは倒れた黒髪の女性の肩を揺らし呼びかけるが、うめき声を返すだけで効果は無い。
そして、彼女は周囲を見渡し苦虫を噛み潰す。
「一体、何が起きている…」
一般人よりも遥かに強靭な魔力回路を保有するクルー達が、軒並み倒れ伏している。
「思念を送る事に特化した魔法か?だが、この範囲に効力。使用者の魔力回路はどうなっている?」
同じディーラーに、この手の魔法使いは居ない。ならば在野の魔法使いだが、これ程の魔法が使えるならば名が知られている筈。
「どこのどいつかは知らんが、我のクルーに手を出したのだ。必ず報いは受けさせる」
ソニアは目に殺意を込めて呟くが、それよりも先にやるべき事があると、意識を切り替え軍港全体に対魔術用結界を張っていく。
「あははは!観ているかいナハト!サイレント映画とは比べ物にならない程の臨場感だ!これだから自由な奴は最高だ!!さぁ!もっともっと!この魔都を混沌に叩き落としてくれ!ボクが統べる、新たな秩序の為に!!!」
誰よりも混沌を願う領主は、荒れ狂う街並みを見て哄笑する。
「いやはや、まいった。デュークが好きそうな状況だ。君は大丈夫か?ベル」
フクロウ頭の男性はタバコを吹かし、隣で眉間を押さえる女性に声を掛ける。
「はぁ…それって最悪って意味じゃない。やっぱり、今代のデュークは好きに成れそうにないわ。それよりも、心配すべき相手は私だけではない筈でしょ?」
ベルは対魔術用結界が常時展開されている本部の窓から、阿鼻叫喚と化した街並みを眺め、外で仕事をしている同僚たちを心配した。
「ああ、その通りだ。特に、彼の安否は確認せねばな」
ナハトフォーゲルも目を細め、遥か遠くに薄っすらと佇む塔を眺めた。
ウェンディは自らの魔力を励起させることで魔法に対抗し、現実に戻ってきた。
「うぅ…頭痛が酷いな。さっきのは誰かの記憶か?」
ウェンディは自らのこめかみを撫でて、頭部に負傷を負っていない事を確認する。
「まさか、私の防壁を突破してくるとは。流石に笑えんぞ」
だが、彼女にも分かった事がある。
「あれは多分だけど、第二次ニーズヘッグ戦争の記憶。まさか、ドキュメンタリー映画を丸々一本観せられるとは…。それに、最後のあの薔薇の花畑。私の血統魔術に似ていた。効果も範囲も、全くの別物だったけど」
彼女は頭を振り、考察を後回しにした。
「それよりも、あのオッサンだな」
ウェンディは推定元凶である彼に目を向ける。
口から血を吐き、長い銃身を杖代わりにしてかろうじて立っている彼と、目が合う。
「オッサンが視てきた光景は、よく分かったよ。この魔都から軍隊が喪われて16年。オッサンは最後の兵隊だったんだね」
あの戦争の後、講和の条件に則り、ニーズヘッグは軍隊および戦力の保有を制限された。だから、この魔都に軍人を名乗る人間は居ない。あの戦争に取り残された軍人達を除いて。
そして、当時の住民は、彼等の事を記憶から消した。彼等は住民にとって、敗戦の象徴だったから。
その後、エーグルやオーロニアンなどの各国からの人の流入が加速し、現在ではあの戦争を語れる者は埋もれていった。
「俺は、語り継いで欲しかったんだ。忘れて欲しくなかった。英雄たちの事を。彼等が居たお陰で、ニーズヘッグは存続したのだと。だけど民衆は、、俺達を、英雄を、」
彼は口を噛み締め、目をきつく閉じた。これ以上、彼女に無様な姿は見せたくはなかったから。
そして、絞り出すように、小さく呟いた。
「俺は、英雄に、、成りたかった…」
ウェンディは彼を真っ直ぐ見つめ、問う。
「貴方の、名前は?」
彼は咄嗟に、自分の名前を言いそうになった。
だが、彼は迷った。
良いのだろうか。名を残させなかった英雄達を差し置いて、こんな俺だけが名を残してしまって。
彼は葛藤する。
でも、でも!この子になら!
せめて…俺達の、希望になら!俺の名を!
「俺の!俺の名は!」
『ヒット。対象、後方に倒れる。頭部からの出血を確認。対象の無力化に成功と判断』
──…ザザ…ザ──
『ナイスショット、ブラボー1。こちらでも対象の無力化を確認した。ミッションは完了だ。撤退準備に入れ』
『了解。……女が蘇生を試みているが、どうする?』
『放っておけ。脳幹を貫いた。あれで蘇生は無理だ』
『了解。帰還する』
短距離用通信の魔術陣がセットされたM.M.を停止した狙撃兵は立ち上がる。
「お嬢ちゃんの知り合いだったのかもしれないが、悪く思うなよ。これも秩序の為だ」
1km先の女に向かって呟いた彼は、建物の屋上から飛び降りた。
其処からさらに2km先、バベルの塔。その頂上である、灯台も兼ねた展望台。
強い風が吹くその場所で、サングラスを片手に、独りの男が佇んでいた。
「逝ったか」
太陽が沈むその刹那、最後の輝きに照らされた彼は、茶色の髪をかきあげ、深い息を吐いた。
「あばよ、■■■■。地獄で会おうぜ」
そして、そのスーツを着崩した男は、色が入ったサングラスをかけ直し、背を向けて灯台を降りていく。
啓かれた知識
【帰還を告げるラジオ放送】
固有魔法【What's your name?】から派生した魔法。
それは引退した司会者の復帰を望んだものか?
過ぎ去った時代を懐かしんだものか?
戦友達の帰りを報せるものか?
彼は、名も無き誰かの帰還を世界に告げた。




