37話 名
「ええか、通信兵。これが最新のM.M.や。随分と小さいが、効果はバッチシや。まぁ、ウチのには敵わんけどな」
そう言って魔術兵は、懐中時計型のM.M.を通信兵に渡した。
彼は踏み出す。錆びた旧式のM.M.を握り締め、身体強化の魔術陣を輝かせながら。
彼は駆ける。強化された身体能力を駆使し、エーグル語を話すやつを片っ端から撃ち抜いて。
人々は逃げ惑う。拳銃で反撃する者もいるが、最前線で戦う彼にとって、その程度の弾幕では到底止まらない。
「いいか、通信兵。生き残りたければ動け。塹壕を出た時、最も注意しなければならないのは狙撃だ。強化された俺たちにとって、バラ撒かれる小口径の弾は脅威じゃない。だが、強化された狙撃弾は俺達の身体を容易に貫く」
そう言って曹長は、彼に戦場での生き方を教えてくれた。
彼は大通りからジャンプし、テラスに座って商談をしている身なりの良いエーグル共に向かって銃を乱射した。
「耳かっぽじってよく聞くニャ新兵!オートマチック系はとにかくバラ撒くニャ!当たれば良いのニャ!当たれば!それでお前もトリガーハッピーニャ!」
そう言って機関銃手は、接近戦における銃の撃ち方を指導してくれた。
彼の前に、武装した一人の巨漢が立ちはだかった。身体強化をしているその男は、何事かをエーグル語で叫び、ジグザグに動いて接近してくる。
だが、彼は冷静に照準を頭部に定め、強化した銃弾を放った。
「鵜呑みにすんなよ、新入り。強化された奴は、只の弾じゃ殺せねぇ。機関銃手は撃つ弾全てを魔術で強化できるようなバケモンだ。だからあんま参考にすんなよ。そういうのを相手にする時は、よく視て、よく予測する事だ。一瞬動きが止まる、そのタイミングを」
そう言って狙撃兵は、人の動きのリズムと、予測の仕方を教えてくれた。
彼は屋根を飛び越え走る。彼の愛する魔都に入り込んだ敵兵を殺す為に。
──ザ…ザザ…ジー…──
砂嵐の音がする
『こちら巡回8班より本部へ。緊急事態発生、応答願う』
──ザザ…──
『こちら本部。何事か。』
『8番地区にて銃撃事件発生。対象は1名。目撃者によると、対象はセミオートライフル及びM.M.で武装しているとの事。現在はオルマー通り入口の南方面から北上中。至急応援を求めます』
『了解。至急、鎮圧部隊を送る。市民の安全を最優先に、現場の確保に努めよ』
『…了解です』
15分後。
『こちら鎮圧部隊4班。部隊の展開を完了。一般の警官は直ちに撤退しろ。ここからは、俺達の仕事だ』
7分後。
彼は見晴らしの良い広場にて、追い詰められていた。
スリーマンセルを組みながら彼を囲む鎮圧部隊は、カービンライフルと分厚い盾を構え、背中に"ANTI-RIOT POLICE"と書かれた隊服を着ている。
彼は身体の節々から血を流し、朦朧とする意識は常に過去を思い起こす。
「この戦争の理由?知ってるだろ?エーグルとオーロニアンは気に食わないのさ。関税が在ることが。意味わかんないよな。ニーズヘッグは俺達のだってのに」
「そうだニャ!ニーズヘッグはニャー達のお父さんが造った都市ニャ!それなのに関税を撤廃しろとか議会に参加させろとか!意味わかんないニャ!」
「まぁ、あんちゃんらとしては、ウチ等だけが開拓できてる現状が妬ましいんやろなぁ。ここ以外の開拓拠点は何処も上手くいかんかったし」
「だとしてもニャ!港の使用と商業の許可を出してるだけ、有り難く思えニャ!」
「はは、そう言ってやんな。アイツ等が言うには、国際的開拓機会格差における平等の為なんだからよ。笑えるよな。平等の為には、殺しもOKなんだから」
「本当にクソばっかニャ!通信兵!お前の魔法で伝えてやるニャ!お前達は、只の侵略者だって!…ニャ!」
彼は佇んでいた。腕をおろし、顔を伏せ。
だが、鎮圧部隊に屈したのではない。彼は、怒りに震えていたのだ。
それは帰還した敗残兵に石を投げた民衆に。我が物顔で街を闊歩する敵国民に。
もはや、彼の感情は支離滅裂であった。
そして、彼の長年溜め込んだ感情は遂に、彼の魂を呼び起こした。
彼は顔を上げ、世界に叫んだ!
「巫山戯るな!巫山戯るな!巫山戯るな!
お前達に分かるか!友と誇りを喪った、あの茶番劇を!
何が政治!何が平等!屍で踊るッ屑どもめ!!!」
彼の心からの叫びを聞いた鎮圧部隊は頭を抱え、膝を屈した。
彼の固有魔法であり、彼の好きだった司会者が、お便りを読む直前の決め台詞。それは──
【What's your name?】
彼の固有魔法は、お互いに名前を知っている人物同士を繋ぎ、テレパシーでの会話を可能にすること。
そんな連携において無類の強さを発揮する固有魔法も、彼の歪みすぎた精神に侵され、今では変質していた。
彼の言葉、感情、秘めたる想い。それらは全て周囲に伝播し、人々の心を抉る。
「なんだ!…これは!?頭が、心が、魂が、壊れるッ!」
鎮圧部隊の面々は地面をのたうち回り、涙を流し、頭を抱え慟哭する。リーダーは歯を食いしばりなんとか耐えるが、立ち上がる事は出来ない。
彼は走り出した。戦争はまだ終わっていない。
彼が通り過ぎた道では人々がバタバタと倒れ、其処彼処で啜り泣く声が聞える。
彼は走りながら思い出す。あの日、この街に帰還した時の事を。
帰還した軍人達に向けられていたのは、冷淡な目だった。
「あれだけ戦費を費やしたのに負けたってマジかよ。この先どうすんの、俺達?マジで終わりじゃん。誰のせいだよ」
民衆の誰かがボソッと呟いた。
松葉杖で偏った重心を補佐しながら歩く彼は、唇をきつく結んだ。
こんな筈では無かった。こんな惨めな筈では。戦争は終わったのだ。敗戦ではなく、講和という形で。ならば、華々しく迎え入れられるべきなのだ。
なのに何故…。
「英雄達は頑張ったのに、コイツラは一体、何をしてたんだ?」
そして彼は理解した。
英雄は、英雄故に、帰還しない。
帰還した兵とは、只の兵。
只の、死に損ないだと。
「俺は死にたかった!英雄に成りたかった!あの戦場で!曹長達と一緒に!!!こんなに惨めな人生が待ってるなんて、知らなかったんだッ!俺は!俺は!俺はッ!!!」
彼は思い出す。医者にPTSDを宣告された事を。そして、財政難を理由に、大した補償が受けられなかった軍人達を。
彼等はみな、戦争の後遺症に苦しんだ。仕事に就くも上手くいかず、アングラな組織に所属するか、彼のような底辺に身を置くか、現実を受け入れられずに命を絶つか。みなが何かに落ちぶれた。
彼は言葉にならない絶望を周囲に拡散させる。
彼は叫びながら街を走り、衝動に駆られるまま、エーグル語を話す奴等を撃ち続けた。
それだけが英雄になる、ただ一つの方法だと信じて。
そして遂に、魔術で反撃を受けた。
大きな質量を持った土塊にふっ飛ばされた彼は義足を粉々にし、道路に面したカフェに頭から突っ込んだ。
木屑と埃が舞い、灯りが点滅する店内。
「オッサン、大丈夫?」
そこには、突如としてカウンターに突っ込んできた男に手を差し伸べる、金髪の天使がいた。
「…衛生兵?」
彼はその女を視る。
「衛生兵?違うけど?それよりさ、なんか認識災害の一種が起きてるっぽいんだけど、オッサンはなんか知ってたりする?」
いや、衛生兵ではない。衛生兵はこんなに雑な口調ではない。それに、同じブロンドの髪ではあるが、目の色が違う。
その時、エーグル語を話す複数の男達が店に入ってきた。
「うわ、あの入れ墨、黒死会かよ。オッサン何やらかしたん?」
そう言って彼女は、太ももに着けたガンホルダーから、衛生兵が持っていた"K&K28"を引き抜いた。
「まぁ、いいや。どうせ黒死会がテロでも起こしたんでしょ?とっとと殺そうか」
彼女は気負った様子なく、リボルバーを構えた。
未だに立ち上がれない彼は、震えながら彼女を見上げ、名を問う。
「…君の……君の、名前は?」
彼女はこちらを振り返り、逆光に照らされながら答えた。
「私?私の名前は──」
「まだ名前が決まっていません。皆さんに何か良い案はありますか?」
衛生兵はニーズヘッグに帰還する前日、曹長と共に分隊員の前で、生まれてくる子の名前がまだ決まっていない事を打ち明けた。
各々は好き勝手に変な名前を言い合い、まともに答える気があるのか、甚だ疑問な名付け合戦を行う。
年長者達の悪巫山戯を見ていられなくなった通信兵は、真面目に考えた。
そして、曹長と衛生兵のファーストネームから文字を取り出し、一つの名前を答えた。
それに衛生兵は考え込み、頷いた。
「いいですね。女の子ならばそうしましょう。この子の名前は──」
「ウェンディーナ。愛を込めて、"ウェンディ"と呼んでくれ」
啓かれた知識
デュークの館に保管されている手紙
『愛する娘へ
まだ、生まれて間も無い貴女を置いていく母を赦してください。貴女の父は今も、最前線で戦っています。貴女の名前はウェンディーナ・ローゼンクランツ。愛を込めて"ウェンディ"。これが私達から貴方に贈る最初のプレゼント。私達は必ず貴女の下に帰還します。それまでどうか健やかに。
リディーナ・ローゼンクランツより』
──…ザザ…ザ…──
砂嵐の音がする。
『こちら中央警察所よりニーズヘッグ議会へ』
──…ザ…ザザ…──
『こちらニーズヘッグ議会秘書室です。ご用件をどうぞ』
『銃乱射事件が発生した。犯人は魔法使い。推定魔法ランクは3。こちらでは手に余る。特班の出動を要請する』
『了解しました。担当者に代わります』
──ザ…ザザ…──
『こちらニーズヘッグ議会。応答せよ』
『こちら司法局特別行動課。用件どうぞ』
『8番地区にてイ号事案が発生。状況はパープル。本件は修正第16条、第5項、第1号に従い、議会によって可決された。
法と議会、正義と秩序のもと命じる。
特殊法務執行班、出動せよ』
──…ザザザザ…ザザ…ザザ…………………──
『了解』




