33話 むかしむかし、あるところに。
私とツァラ、そしてデュークは、お茶会を続けていた。え?ヒサメはどうしたって?デスクッキーを食べて死んだよ。ナーナが引きずって行った。
「それで?最近は穴蔵にエーグルとオーロニアンが集まってるんだって?ボクだって昼間から酒は呑まないのに、暇な奴は自由でいいね」
いや、アンタの場合、昼は寝てるだろ。
私とツァラは空気が読めるので、ツッコまないけど。
穴蔵とは、地下にある酒場のことで、主に反体制を掲げる活動家達の溜まり場である。
「僕も中層区画まで行くと実感するよ。治安は確実に悪くなってる。何ていうかな、身なりの良いホームレスが増えたとでも言うべきか」
身なりの良いホームレスとは、一見すれば、矛盾して見える。だが、実際問題、中流階級の人間が急な転落をすれば、身なりの良いホームレスの出来上がりだ。
「うん。確実に多くなってるよ。やっぱり、バベルが崩れたのが原因だね」
ソニアさぁ…いや、ホント…。
もう少し我慢とか…………ディーラーとは無縁の言葉だったわ。
「ウェンディはその張本人と一緒に過ごしたのだろう?あのお嬢さんは元気にしてたかい?」
室長には報告書を上げているし、デュークも当然知っていたか。
「僕も聞いた時は耳を疑ったよ。よくあの偏執的なキャプテンが、パイロットのクルー以外に心を開いたね」
ツァラは脚を組み、ティーカップを少し傾けて聞いてくる。その様があまりにも似合い過ぎて、もはや1枚の絵画である。
「ソニアね〜。可愛かったよ。元気にもしてた。…お腹に穴空いてたけど。湯たんぽとしては過去最高を記録したしね」
「湯たんぽ?彼女を抱き締めたのかい?」
「そうだよ。毎日抱き締めて寝てた」
パリン、ティーカップが割れる音がした。
割った犯人は、滅茶苦茶深呼吸してる。
「耐えろ、耐えるんだ、僕。彼女が愛するモノも、愛せなければ、それは愛じゃない……耐えろ」
なんかブツブツ言い始めたツァラ。今日は調子悪いみたいだし、放っておこう。
「他に最近変わったことは無かったかい?ナハトの奴も報告は上げてくるんだけど、味気なくてね。もっとこう、刺激的な話題が欲しくてさ」
刺激的かぁ…今更銃乱射事件の話をしても、ニーズヘッグじゃ日常だからなぁ。
「事件とかじゃなくて、私の悩みなんですけど。最近、私が血統魔術使ったじゃないですか。それで、祈りのスタック切らしちゃってて、次必要になった時に無いままだと、不安なんですよね」
私の相談にデュークは、毒にも薬にもならない慰めをかける。
「血統魔術ほど時間が掛かるモノは無いからね。諦めてコツコツ溜めな。ボクは裏技識ってるけど、教えては上げないぜ」
私のローゼンクランツで咲かせる薔薇の花畑は、私の日常における祈りの回数の蓄積で範囲が決まる。ただ、キチンと感謝を込めないといけないから、基本的には食事の時に、農家に祈ってる。
「もし、ピンチになったら僕を呼ぶんだよ。必ず助けるから」
復活したツァラは、デュークとは比べ物にならない程男前で、頼りになるセリフを吐いた。同性なのにツァラに惚れている人を、私は何人か知っている。
「ボクが呼んでも構わないかい?」
デュークが戯言を吐いている。まぁ、一応、ツァラはデュークの護衛ではあるのだが。
「当然助けますよ。ウェンディがピンチで無い限り」
ディーラーがピンチとか言う冗談にも、返しがイケメン過ぎる。これがモテる理由の一端か。
その後、ヒサメが起きてきたのでお茶会は解散と相成った。
…あれ?今回ってヒサメの顔合せでは?ヒサメ殆ど話して無くない?
帰り道、私とヒサメはダラダラと駄弁る。
「お茶会楽しかったね。私に被害が及ばないお茶会が、こんなにも楽しいなんて知らなかったよ」
ブスッとしているヒサメは、文句を垂れる。
「コナタはクッキーを食べようとした後からの記憶が無いのですが…。ウェンディ、知ってましたね?お菓子にナニかが仕掛けられてる事」
頬膨らませたトカゲは、ハリセンボンの真似だろうか。ハリセンボンに鱗は無かった筈だが…
「過ぎたことは気にするな!明日からも魔術の勉強頑張ろう!」
私は無理矢理話を切り上げた。
薄暗いワンルームのアパート。部屋の隅にはホコリが溜まり、ベッドは黄ばんで汚れている。壁には色褪せた何かの賞状と、手入れのされていない数丁の銃器。壊れたラジオは何も語らず、掛け時計の針は動かない。部屋の主はいつから針が止まったのかも、覚えてはいない。
彼の目は落ち窪み、背筋は曲がり、無精髭が生えたその姿は、実年齢よりも彼を年老いて見せた。
彼は動くたびに軋む左脚の義足を、引き摺るようにして歩き、玄関に立つ。
擦り切れたコートを羽織った彼は、眩い光が差し込む外界に、何も感じぬまま出ていった。
啓かれた知識
絶望
人はいつ絶望するのか。
人に傷つけられた時、人を傷つけた時、
人に失望された時、人を失望した時、
人に忘れられた時、人を亡くした時。
1つなら乗り越えられた。
彼には全てが立ちはだかった。
英雄は、英雄故に、帰還しない。
語ろう、彼の英雄譚を。




