28話 王子様
「落ち着いたかい?」
デュークはティーカップに紅茶を注ぎ、私に勧めてくる。
「はい。みっともない失態をお見せして、すいませんでした」
私は恭しくカップを受け取り、匂いを嗅ぐ。
(よかった。普通のダージリンだ)
デュークのティーカップにも同じモノが入っているのを確認した私は、チビチビと舐めるように味わう。
「なぁ、いい加減話し方を戻してくれないかい?君の堅苦しい話し方には、距離を感じるよ。昔みたいにリーデお嬢様って呼んでくれてもいいんだぜ?若しくは、リーデお姉ちゃんでも。」
「何年前の事を言ってるんですか。それに、アナタはお嬢様って歳じゃないでしょ」
「ホントにそう思う?」
デュークは手をすくめる様に上げ、長い舌でチロリと唇を舐めた。彼女の仕草と外見は、子供と大人の狭間を揺れ動く様な、神秘的な雰囲気を醸し出す。
「うっ、そう言われると若く見えますけど、実年齢を考えるとちょっと…」
私は目を逸らして答えた。
「あ!言ったなぁ!相変わらずデリカシーの無い奴だなぁ、君は!」
デュークは気にしていないのか、アハハと楽しそうに笑いながら話す。彼女にとって、他者の意見など最初からどうでも良いのだろう。
「そうそう!それと、用はまだあってね。もうそろそろ、ナーナが連れてくる頃だろうぜ」
連れて来る?それって、もしかして!
私は期待に膨らんだ目で、部屋の入口に目を向ける。
コンコンコン
「デューク、お連れしました。開けてもイイっすか?」
ナーナのやる気のなさそうな声がした。きっと、主人に似たんだな。
「ああ、良いよ。入っておいで」
デュークの許可がおりて、ガチャリと扉が開いた。そして、其処から出て来たのは。
「よぉ〜ウェンディ〜。元気してたか〜」
茶色の髪をかきあげ、横を刈り上げた長身の男。色が入ったサングラスを掛けてスーツをダラシなく着崩している姿は、まさにチャラ男である。20代から30代に見えるこの男は、工作部の長である"U・ジークバル"工作官。
アロハシャツを着ていた方が、それらしい人だ。
「チッ、部長かよ」
私は思いっ切り舌打ちをし、ゴミを見るような目で吐き捨てた。
「あっれぇ〜?なんか反応酷くな〜い?俺、君の上司なんだけど〜」
頬を掻きながら苦笑する部長。
「相変わらずウェンディはクソガキ感満載だね〜。給料減額って、うぉッ!?」
誰かに後ろから蹴り飛ばされた部長。
「ウェンディ!」
蹴り飛ばした張本人である彼女は、ジーク部長を無視し、私に向かって走ってきた。
「ツァラ!」
私は待望の待ち人に目を輝かせ、ハグをする為に両手を広げた。
「嗚呼!逢いたかったよ!僕のウェンディ!」
「私も会いたかったよ!ツァラ!」
そして、お互いにガシッと抱き合う。
彼女の名前はツァラ・ハルトマン。
身長は私よりも少し高い178cmに、ピシッと着こなした事で、胸を押し潰しているメンズスーツ。ハンサムショートの黒髪には、アクセントとして紫のインナーカラーを入れている。そして、小さなピアスと左目の泣きぼくろが、最高にイカしてる。万人を魅了するイケボを備えた彼女は、まさに男装の麗人という言葉が相応しい。
ジーク部長なんかのパチモンとは比べ物にならない程イケメンである。
「黒死会の幹部と殺り合ったんだって?大丈夫だった?怪我はない?」
ツァラは私の身体をペタペタ触りながら、私の無事を確かめる。
「アハハハ!擽ったいよ!大丈夫だから、落ち着いて!」
私は、久し振りに会った親友とのじゃれ合いを楽しんだ。
僕の名前はツァラ・ハルトマン。役職はデュークの護衛。ウェンディとは幼馴染ってやつさ。
1年ぶりに愛しのウェンディに出逢えた衝動で、つい、はしゃいでしまったが、普段はクールを演じてる。ホントだよ?
僕は彼女の無事を確かめる素振りを見せ、彼女の全身を触って回る。
(うん、大丈夫。髪型も変わらずシニヨンで、爪にネイルはされてない。唇も乾燥対策のリップだけ。匂いは……うん、香水は使ってないね。相変わらずお日様みたいな良い匂い。男の影は無しっと。)
僕はウェンディの首筋から顔を離して、彼女を真正面から見据える。
澄み渡った青空を思わせる綺麗な瞳。健康的な肌は美白に輝き、黄金のシニヨンはお姫様のようだ。
「…可愛すぎる…」
ボソッと本音が漏れた。
「えへへ!ありがとツァラ!最近は誰も褒めてくれなくてさー。ちょっと自信が一人旅に出てたんだよねー」
彼女は照れ臭そうに、にへらと笑った。
僕は失明した。
さて、自己紹介と行こうか。俺の名は"U・ジークバル"。おっと、勘違いすんなよ?勿論、偽名だぜ?ウェンディやツァラの新参組と違って、ナハトフォーゲル統括官やベル・クッシュマン諜報員を含む、俺達古参組は全員偽名だ。
昔の名は捨てたってな!…これ、一回言ってみたかったんだ。
まぁ、そんなどうでも良い事は、どうでも良く放っておこう。重要なのは、なんで俺が此処に居るのかって事サ。
俺は起き上がり、盛り上がってるテーブルに近づく。
「おはよう、リーデお嬢ちゃん。淑女が寝巻姿を披露するもんじゃないぜ」
ウェンディの馬鹿は未だにツァラに好き勝手されてるし、ナーナは俺の後ろでナイフを弄り、手慰みをしているのが見なくともわかる。
「ウェンディ曰く、ボクはもう淑女という歳じゃ無いらしい。ならば構わないだろう?」
リーデお嬢ちゃんは手をフリフリして、適当にはぐらかす。
「どうせさっきまで寝てたんだろ?そのチーズタルトは朝食か?もうすぐ昼だぜ」
あ〜あ、こんなクソガキが一番上の上司のだなんて、嫌な職場になったもんだぜ。今更愚痴っても、10年ばかし遅いがよ。
俺は不規則な生活をするガキンチョを懲らしめる為、皿に手を伸ばし、残してあったチーズタルトを奪う。
「まったく、寝起きからお菓子なんて食べんなよ。これは俺が戴くぜ?」
「「あ」」
ウェンディとお嬢が驚いているが、構わず口に放り込んだ。
俺は死んだ。
「で、なんでジーク部長は此処に来たの?デスタルトを食べるため?」
私は理由を知ってそうなデュークに問いかける。ツァラは私と一緒にソファに座って、私の肩に手を回している。ナーナは、白目を剥いた部長を引きずって消えていった。
「君の休暇とか、次の任務を相談する為だった筈だよ。反逆者は死んだ事だし、次期工作部長は君がやってみるかい?」
「やめとく」
あんな面倒臭そうな役職、誰がやるか。私は公爵家への育ててもらった恩を返したら、魔術道具を造る技師にでも転職するつもりだ。
「ウェンディ、口調戻ってるよ」
ツァラが私の耳元で囁いた。ツァラは普通の人よりも距離感が近い。ソファに座るときは、いつも私に引っ付くように座ってる。
「あ、やべ」
私はチラリとデュークの様子を伺うが、気に障った様子はなさそうで一安心する。
「別に、好きに話せばいいさ。ボクは君達を縛るつもりは無い。ありのまま接してくれて良いんだぜ?」
それが一番怖いから敬語使ってるんだよなぁ。縛るつもりが無いとは、タブーの境界線が不明だという事。好きに接した結果、デュークに笑顔で殺される未来が、見える視える。
「でも、デュークって気に入らなかった言動は、直ぐに罰しそうじゃん?ウェンディはそれが怖いんだよ」
流石、我が親友ツァラ。頼りになる。私の意見を奥せず代弁してくれた。だけど、先程から身体を撫でるのは止めてくれ。くすぐったいぞ。
「そりゃあ、ボクも好きにやるからね。ボクだけが我慢する謂れは無いだろ?君達も好きにやればいいさ」
「私達の"好きにやる"と、ディーラーの"好きやる"の重みを、同じにしないでください」
私は諦めを込めて抗議する。
法も道徳も好き勝手できるディーラー共と、地べたを這う一般人を同列に語ったら、その差に押し潰される。
「そうそう、話を戻すけど、ウェンディの休暇のことだ。何日欲しい?」
「一ヶ月!」
私は手を挙げて即答した!流石はデューク!自由に選ばせてくれるなんて、なんて懐が寛大なんだ!
「いいよ」
やったー!天は私に休暇をくれた!やっぱり、リーデお嬢様は優しかったんだ!
「じゃあ、一ヶ月暇になったろうから、ボクが呼んだら直ぐに駆けつけてくれよ。好きに断ってくれてもいいけど、その時はボクも好きにするから」
私はむせび泣いた。
ツァラが恍惚とした表情でウェンディを慰め続ける様子を見て、デュークは目を逸らした。
啓かれた知識
秘匿調査室工作部工作官"U・ジークバル"
本名、出身、年齢、因子、全て不明。ウェンディは意識していなかったが、初めて出会った幼少の頃から一切老けていない。15名いる工作員のトップであり、何時から所属しているのかも不明。業務内容は工作員の人事評価から、現場での単独ミッションなど多岐に渡る。




