27話 領主はお菓子が大好き
「…開けたくない」
モノクルを仕舞い、トップハットを脱いだ私は、この扉の先にいる筈のデュークを思い浮かべ、途方に暮れていた。
ここはデュークの館。事務所から徒歩10分の、グラフ公爵家の本拠地。
貴族街の中央であり、魔都の中心に位置する塀付きの豪邸。敷地内の広い庭園には、整然とした芝生と花壇。それらが、規則的かつ対称的な幾何学模様で植えられている。
庭園に囲まれた館は、落ち着いた色合いのフェデラル様式をしており、クラシカルな印象を来た者に与える。
そんな館の3階にあるデュークの私室。そこの両開きの扉の前で、私は右往左往していた。
「落ち着け、落ち着け私。大丈夫だ、大丈夫。…問題無い。出会い頭に尻尾を切られる事も、生首を渡される事も無いはずだ。……多分」
私は過去に経験したトラウマを思い浮かべ、やっぱり帰ろうかなと、考えを改める。
「いや、でも、帰ったら私が剥製にされるかも…」
うぅ…と唸りながら、扉に手を伸ばしては引っ込める動作を繰り返す、可哀想な私。
そんなふうにグダグダしていると、ここまで案内してくれた背の低いメイドの娜娜が、舌打ちをしてきた。
「おい、ウェンディ。さっさと行けよ。そんで、ねこまんまにでもされて来い」
丸眼鏡をかけ、黒髪をボブカットにしているナーナは、ケケケと笑いながら催促してくる。
黙っていれば清楚系でも通用するのに、このメイドは口が残念すぎる。
「それってさ、私がグチャグチャに成ってない?」
ため息を付いた私は、覚悟を決めて扉を少し開けた。
「失礼しま〜す。あの、デューク。いますか〜?」
私は小声で声をかけながら、ヒョッコリと顔を出して辺りを見回す。
室内は広く、キングサイズのベッドに執務用の机。部屋の中央に置かれる円形のテーブルには、お菓子が積まれたティースタンド。
そして、部屋の主たるデュークは、質の良い大きなソファに寝転がりながらケーキをつつき、だらけきっている。
彼女の名前はフリーデリーケ・K・グラフ。
暗いバイオレットの髪をミディアムにし、黒い布で両目を覆うように巻き付けて眼帯にしている変人だ。身長は165cm程で、30代のハズなのに、私と同年代にしか見えない程、若々しい。
私は恐る恐る近づき、ラフな部屋着姿の彼女に声をかけた。
「お久し振りですデューク。召喚に応じ、参上致しました」
私の仰々しい挨拶に、デュークは上半身を起き上がらせて振り向く。
「久しいねウェンディ。まぁ、座れよ」
デュークは手に持っているフォークで、自分が寝転がっていたソファを指し、空いているスペースに座れと言外に示した。
私は静々と指示に従う。
「なぁ、ウェンディ。聞いた話によると、中層区画の一部を農地にしたんだって?ボクの庭を耕すなんて、いったい何時からそんな殊勝な心掛けを持ったんだい?」
ギクッ!
デュークの隣に座った私は、冷や汗をダラダラ流しながら縮こまる。
(やっべぇ、怒られる。室長は大目に見てくれたから、セーフかと思ったのに…)
誤魔化すか。
「あの!」
私が言い訳をしようとしたら、デュークはフォークを私の顔にビシッと向け、話を中断させた。
「食べる?これ。好きだったろ?」
フォークの先には、一口サイズの美味しそうなチーズタルトが一切れ刺さっていた。
私は緊張と食欲で喉をゴクリと鳴らし、チーズタルトを凝視する。
「早くお食べ、ボクの腕が疲れる前に」
長いベビのような舌を出してチロチロさせながら、私の口にフォークを近付けてくるデューク。
「はい、あ〜ん」
私は無意識に大きく口を開け、チーズタルトを一口でパクッとした。
瞬間、湧き上がる苦みと酸味。そして、舌を焼く辛味。
私はソファからひっくり返った。
「ぐふぉあ!!!あがががが!」
口がぁ゙!口がぁ゙ぁ゙ぁ゙!!
ゲラゲラ爆笑するデューク。
人は私の事をクソガキだと言うが、私はデュークの方がクソガキだと思う。
「あっハッハッハ!いやぁ、いつ見ても君のリアクションは傑作だね!毎回引っかかてくれる!ボクを愉しませる道化としては満点だよ!」
私!コイツ!!キライ!!!
涙目でカーペットの上を転げ回る私。汚してはならないと、吐くのを我慢している事を褒めて欲しい。
お腹を押さえて笑い続けているデュークを睨みながら、私は無理やりトロイの木馬を飲み込んだ。
「おや?飲み込んだのかい?吐けばよかったのに」
コイツっ!ほんっとにッ……!!!
実績解除!ウェンディは葛藤する殺意を覚えた!
頬膨らませて抗議の目を送る私。
「おいおい、ウェンディ。寛容になれよ。寛容こそが、自由への第一歩だぜ?」
だが、デュークにはまるで効かない。
「じゃあ、デュークは同じ事されたら笑って許すんですか?」
ジト目で問う。
「ああ!勿論!笑って許した後にぶち殺すさ!」
知ってた。この人はこういう人だと。この人は傲慢であり、自由。人を見下し、それでいながら平等だと謳うような、多くの矛盾を孕んでいる不思議な人だ。
私はノロノロと起き上がり、デュークの横に座った。
「もしかして、これをしたいが為に呼んだんですか?」
もしそうなら、まだマシな方だ。彼女のドッキリにしては心臓に優しい。
だが、どうやら違うらしい。デュークは首を横に振って答えた。
「いや違うよ。ボクから知らせとく事が幾つかあってね。1つがベル・クッシュマンについてだ」
「ベル、ですか?」
ベルはバロックの準側近と言える立場であり、私が口封じすべきか保留にしていた人物だ。
「君のことだ。優しくしてもらったからって、殺るのを躊躇っていたのだろう?未熟な工作員あるあるだよ」
デュークが私を見つめてくるが、眼帯のせいでどのような表情をしているのか分かりずらい。
「でもまぁ、今回に関してはラッキーだったね。彼女はウチの諜報員だ。殺りに行ったら、君が返り討ちにされていただろうさ」
アッサリと、ベルが機密に分類される筈の諜報員である事を明かされた。
「えぇッ!所属のこと、教えて良いんですか!?」
破壊工作や特殊な作戦を旨とする工作員と違って、諜報員は完全に市井に溶け込んでいる。その為、私達工作員は、必要がない限り諜報員に関する情報は与えられない。
「君に教える理由は2つ。1つはこの後、ベルを見かけても殺しちゃいけないから。2つ目は、君が何故、工作員なのに長期に渡る潜入任務に従事していたかを説明する為」
デュークはティーカップを片手に持ち、もう一つの手で持ったティースプーンを、私の前でクルクル回す。
「1つ目は分かりましたけど、2つ目は何か理由があったんですか?私の仕事が遅くて、長引いただけじゃ…」
私はデュークがクルクル回すスプーンを目で追い、頭もクルクル回ってきた。
「そもそも、君をバロックの下に送り込んだ理由は、バロックの注意を潜入していたベルから引き剥がす事にあった。君が送り込まれる前に、総務部がミスをしちゃってね。情報が漏れている事に、バロックが勘付く恐れがあったんだ。だから、意図的に経歴不明な君を送り込むことでバロックの注意を逸らし、ベルが君の詳細な情報を調べ上げた事にして、バロックに報せる。そうして、ベルはバロックから信用を得る。まぁ、要するに、君が道化の如く怪しまれてスケープゴートになっていれば、ボク達の思惑としては充分だったって訳さ。お花畑な君の脳味噌でも、理解できたかい?」
ぐるぐる回る頭で、よく考える。
「もしかして、真面目に仕事をこなしていただけなのに、私がずっと警戒されていたのは?」
「そうだね。定期的に有りもしない君の不信な動きを、ベルがバロックに報告していたからだね」
ぐるぐるぐるぐる。
「ベルが、私の事を気にかけてくれていたのは?」
「秘匿室の後輩だからじゃない?」
「それなのに、裏で有りもしない私の悪行を言ってたって事ぉ?」
「そうだね。任務だしね。ボクに免じて許してあげな」
つまり、1年間、私は知らずに道化を演じていた訳か。
「…ぐすん。」
私は異国文化における、了承の返事をした。
啓かれた知識
秘匿調査室諜報員
工作員と諜報員では、求められる資質が異なる。
工作員は純粋な戦闘能力と、現場に応じた臨機応変さを。
諜報員は長年に渡る忍耐力と、あらゆる状況で生還するための知恵を。
また、これらの性質から、工作員がデュークの私兵だと発覚しても最悪問題はないが、諜報員が特定されるのは避けなければならない。




