表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/51

27話 領主はお菓子が大好き

「…開けたくない」


モノクルを仕舞い、トップハットを脱いだ私は、この扉の先にいる筈のデュークを思い浮かべ、途方に暮れていた。


ここはデュークの館。事務所から徒歩10分の、グラフ公爵家の本拠地。

貴族街の中央であり、魔都の中心に位置する塀付きの豪邸。敷地内の広い庭園には、整然とした芝生と花壇。それらが、規則的かつ対称的な幾何学模様で植えられている。

庭園に囲まれた館は、落ち着いた色合いのフェデラル様式をしており、クラシカルな印象を来た者に与える。


そんな館の3階にあるデュークの私室。そこの両開きの扉の前で、私は右往左往していた。


「落ち着け、落ち着け私。大丈夫だ、大丈夫。…問題無い。出会い頭に尻尾を切られる事も、生首を渡される事も無いはずだ。……多分」


私は過去に経験したトラウマを思い浮かべ、やっぱり帰ろうかなと、考えを改める。


「いや、でも、帰ったら私が剥製にされるかも…」


うぅ…と唸りながら、扉に手を伸ばしては引っ込める動作を繰り返す、可哀想な私。


そんなふうにグダグダしていると、ここまで案内してくれた背の低いメイドの娜娜(ナーナ)が、舌打ちをしてきた。


「おい、ウェンディ。さっさと行けよ。そんで、ねこまんまにでもされて来い」


丸眼鏡をかけ、黒髪をボブカットにしているナーナは、ケケケと笑いながら催促してくる。

黙っていれば清楚系でも通用するのに、このメイドは口が残念すぎる。


「それってさ、私がグチャグチャに成ってない?」


ため息を付いた私は、覚悟を決めて扉を少し開けた。


「失礼しま〜す。あの、デューク。いますか〜?」


私は小声で声をかけながら、ヒョッコリと顔を出して辺りを見回す。


室内は広く、キングサイズのベッドに執務用の机。部屋の中央に置かれる円形のテーブルには、お菓子が積まれたティースタンド。

そして、部屋の主たるデュークは、質の良い大きなソファに寝転がりながらケーキをつつき、だらけきっている。


彼女の名前はフリーデリーケ・K・グラフ。

暗いバイオレットの髪をミディアムにし、黒い布で両目を覆うように巻き付けて眼帯にしている変人だ。身長は165cm程で、30代のハズなのに、私と同年代にしか見えない程、若々しい。


私は恐る恐る近づき、ラフな部屋着姿の彼女に声をかけた。


「お久し振りですデューク。召喚に応じ、参上致しました」


私の仰々しい挨拶に、デュークは上半身を起き上がらせて振り向く。


「久しいねウェンディ。まぁ、座れよ」


デュークは手に持っているフォークで、自分が寝転がっていたソファを指し、空いているスペースに座れと言外に示した。


私は静々と指示に従う。


「なぁ、ウェンディ。聞いた話によると、中層区画の一部を農地にしたんだって?ボクの庭を耕すなんて、いったい何時からそんな殊勝な心掛けを持ったんだい?」


ギクッ!


デュークの隣に座った私は、冷や汗をダラダラ流しながら縮こまる。


(やっべぇ、怒られる。室長は大目に見てくれたから、セーフかと思ったのに…)


誤魔化すか。


「あの!」


私が言い訳をしようとしたら、デュークはフォークを私の顔にビシッと向け、話を中断させた。


「食べる?これ。好きだったろ?」


フォークの先には、一口サイズの美味しそうなチーズタルトが一切れ刺さっていた。


私は緊張と食欲で喉をゴクリと鳴らし、チーズタルトを凝視する。


「早くお食べ、ボクの腕が疲れる前に」


長いベビのような舌を出してチロチロさせながら、私の口にフォークを近付けてくるデューク。


「はい、あ〜ん」


私は無意識に大きく口を開け、チーズタルトを一口でパクッとした。


瞬間、湧き上がる苦みと酸味。そして、舌を焼く辛味。


私はソファからひっくり返った。


「ぐふぉあ!!!あがががが!」


口がぁ゙!口がぁ゙ぁ゙ぁ゙!!


ゲラゲラ爆笑するデューク。


人は私の事をクソガキだと言うが、私はデュークの方がクソガキだと思う。


「あっハッハッハ!いやぁ、いつ見ても君のリアクションは傑作だね!毎回引っかかてくれる!ボクを愉しませる道化としては満点だよ!」


私!コイツ!!キライ!!!


涙目でカーペットの上を転げ回る私。汚してはならないと、吐くのを我慢している事を褒めて欲しい。


お腹を押さえて笑い続けているデュークを睨みながら、私は無理やりトロイの木馬を飲み込んだ。


「おや?飲み込んだのかい?吐けばよかったのに」


コイツっ!ほんっとにッ……!!!


実績解除!ウェンディは葛藤する殺意を覚えた!


頬膨らませて抗議の目を送る私。


「おいおい、ウェンディ。寛容になれよ。寛容こそが、自由への第一歩だぜ?」


だが、デュークにはまるで効かない。


「じゃあ、デュークは同じ事されたら笑って許すんですか?」


ジト目で問う。


「ああ!勿論!笑って許した後にぶち殺すさ!」


知ってた。この人はこういう人だと。この人は傲慢であり、自由。人を見下し、それでいながら平等だと謳うような、多くの矛盾を孕んでいる不思議な人だ。


私はノロノロと起き上がり、デュークの横に座った。


「もしかして、これをしたいが為に呼んだんですか?」


もしそうなら、まだマシな方だ。彼女のドッキリにしては心臓に優しい。


だが、どうやら違うらしい。デュークは首を横に振って答えた。


「いや違うよ。ボクから知らせとく事が幾つかあってね。1つがベル・クッシュマンについてだ」


「ベル、ですか?」


ベルはバロックの準側近と言える立場であり、私が口封じすべきか保留にしていた人物だ。


「君のことだ。優しくしてもらったからって、殺るのを躊躇っていたのだろう?未熟な工作員あるあるだよ」


デュークが私を見つめてくるが、眼帯のせいでどのような表情をしているのか分かりずらい。


「でもまぁ、今回に関してはラッキーだったね。彼女はウチの諜報員だ。殺りに行ったら、君が返り討ちにされていただろうさ」


アッサリと、ベルが機密に分類される筈の諜報員である事を明かされた。


「えぇッ!所属のこと、教えて良いんですか!?」


破壊工作や特殊な作戦を旨とする工作員と違って、諜報員は完全に市井に溶け込んでいる。その為、私達工作員は、必要がない限り諜報員に関する情報は与えられない。


「君に教える理由は2つ。1つはこの後、ベルを見かけても殺しちゃいけないから。2つ目は、君が何故、工作員なのに長期に渡る潜入任務に従事していたかを説明する為」


デュークはティーカップを片手に持ち、もう一つの手で持ったティースプーンを、私の前でクルクル回す。


「1つ目は分かりましたけど、2つ目は何か理由があったんですか?私の仕事が遅くて、長引いただけじゃ…」


私はデュークがクルクル回すスプーンを目で追い、頭もクルクル回ってきた。


「そもそも、君をバロックの下に送り込んだ理由は、バロックの注意を潜入していたベルから引き剥がす事にあった。君が送り込まれる前に、総務部がミスをしちゃってね。情報が漏れている事に、バロックが勘付く恐れがあったんだ。だから、意図的に経歴不明な君を送り込むことでバロックの注意を逸らし、ベルが君の詳細な情報を調べ上げた事にして、バロックに報せる。そうして、ベルはバロックから信用を得る。まぁ、要するに、君が道化の如く怪しまれてスケープゴートになっていれば、ボク達の思惑としては充分だったって訳さ。お花畑な君の脳味噌でも、理解できたかい?」


ぐるぐる回る頭で、よく考える。


「もしかして、真面目に仕事をこなしていただけなのに、私がずっと警戒されていたのは?」


「そうだね。定期的に有りもしない君の不信な動きを、ベルがバロックに報告していたからだね」


ぐるぐるぐるぐる。


「ベルが、私の事を気にかけてくれていたのは?」


「秘匿室の後輩だからじゃない?」


「それなのに、裏で有りもしない私の悪行を言ってたって事ぉ?」


「そうだね。任務だしね。ボクに免じて許してあげな」


つまり、1年間、私は知らずに道化を演じていた訳か。


「…ぐすん。」


私は異国文化における、了承の返事をした。





啓かれた知識

秘匿調査室諜報員

工作員と諜報員では、求められる資質が異なる。

工作員は純粋な戦闘能力と、現場に応じた臨機応変さを。

諜報員は長年に渡る忍耐力と、あらゆる状況で生還するための知恵を。

また、これらの性質から、工作員がデュークの私兵だと発覚しても最悪問題はないが、諜報員が特定されるのは避けなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ