22話 緞帳は開き、役者は舞台に上がる
時刻は深夜。
私は目だけが出るようにスカルマスクを巻き付け、道中で買ったダボ付いてるパーカーを着ながら付属のフードを目深に被っている。
色は全体的に暗く、少しパンクなファッションは普段なら絶対にしないコーデだ。
そんなヤンキーみたいな格好をして路地裏を歩いているのには理由がある。
バロックの取り巻き共を皆殺しにするためだ。
一人でも残せば確実に遺恨となり、最悪は他の組織を引っ張ってきての暗殺パーティになる。
現在生きている取り巻きは3名。他にも1名保留している人物がいるが、この3人は確実に殺る。
私は目の下に巻いてあるマスクを微調整し、作戦を開始する。
最初のターゲットは今日が非番だった護衛の2人だ。彼等についての詳細は省くが、実力で言えばガルウィッチと同等のレベル。
つまり、私の敵では無い。
事務所で身体検査をされた時、素直に従っていたのは、身体強化をする素振りを見せた瞬間に撃ち殺されるのが分かっていたからだ。
流石に強化されていない生身で銃弾を撃ち込まれたら私は死ぬ。というか、ディーラーを除くほぼ全人類は普通に死ぬ。
つまり奇襲は強くて、これから奇襲する私は負けようがないってこと。
M.M.にセットしてある、私謹製の隠密に優れた身体強化の魔術陣を起動する。起動時に魔力が少し湧き出たが、以降は漏れることもなく稼働を続ける。効力があまり出ないデメリットはあるものの、便利なため重用している魔術だ。
目標は目の前にあるアパートの4階、その405号室と406号室にいる。
近くの店舗は閉まり、ガス灯だけが揺らめき地面を照らす。そんな暗闇を、私は灯りを持たずに歩いて行く。
アパートの壁面に着いた私は、階段を用いずに壁のとっかかりを利用してスイスイと登る。
そして405号室のベランダに音もなく着地した。
ベランダからの侵入には何パターンかある。
1つ目は窓ガラスが割れないように細工しながら孔を開け、その孔から攻略するパターン。
2つ目は魔術で物を動かして上手いことやる、人によって千差万別なパターン。
そして最後3つ目は、叩き割って入るシンプル・イズ・ベストのパターン。
今日はバロックとの格闘戦に逃走劇。仕舞には固有魔法の連発に、事前準備が必要な血統魔術まで使う羽目になった大盤振る舞いだ。
とても疲れている私は3つ目のパターンで行きたい誘惑に駆られるが、対象が2人いるのが面倒だ。気付かれて逃げられでもしたら、余計に疲れてしまう。
孔を開ける為の道具を持っていない私は、2つ目のパターンを選択するしか無い。
ただし注意点があり、サイコキネシスのように直接鍵に干渉して回す手段は警報がなって普通にバレる。
だから部屋の物をサイコキネシスの要領で動かし、間接的に鍵を押したりして開けるのが主流なのだが、勿論これも対策されている。鍵が人の手でなければ開けることが難しい構造になっているからだ。
こういった生物の様に動く必要がある臨機応変さが求められる事柄に対して、現代魔術はトコトン向いていない。
何故ならば、現代魔術は事前に決められた動作しか出来ないからだ。
例えば攻勢魔術の場合、飛距離と威力ならM.M.を操作することで容易に変更できるが、火炎弾の形を星形にする事までは出来ない。
そんな時に役に立つのが奇跡の存在だ。
奇跡の良さはなんと言っても臨機応変に対応してくれるとこ。
悪い点は事前に緻密な魔術陣を刻めない事。
魔術陣を詳細に記述してしまうと、メリットの臨機応変さが激減してしまう為だ。
だからといって祝詞だけを用いるのは難易度が高い。その為、奇跡も基本的にはハイブリッドで行使される。
他にもデメリットは多くあり、比較的多くの触媒が必要になる事や、不発の可能性がある事。知識量や時勢によって効果が大きく変動する事など、挙げだせば切りが無い。
奇跡が廃れ、現代魔術が旺盛を極めて行ったのは自然の成り行きだった。
だが忘れること無かれ、私はヘクセの名を冠する魔女の一人。
この程度の鍵開けならばチョチョイのチョイだ!
【開けゴマ!】
ガシャーン!
鍵開けの祝詞を考えるのが面倒になった私は、究極の鍵開け魔法"窓を蹴破る"を使った!
窓ガラスが割れる事で警報がアパートに響き渡るが、全てを無視して寝室を目指す。
警報がなってから寝室の扉を蹴破るまで、時間にしておよそ3秒。
まだ寝ぼけ眼な対象の顔面に1発、心臓に1発の合計2発を撃ち込む。
そして即座に406号室と隣接する壁に向かい、補助魔術をブッパする。
【6番術式起動】
範囲を指定した分解の補助魔術で壁にヒト一人分の穴を開け、406号室に侵入する。
侵入した先も丁度寝室だったらしく、緊急用の身体強化の補助魔術を起動している対象と目が合った。
「誰だ!」
金髪を長く伸ばした男は誰何してくるが、無視して距離を詰める。
身体強化の補助魔術は起動してから最高潮に達するまで時間がかかる。彼はまだまだ人の域を脱していない。
人外の速度で近づいた私は、彼の首の骨を手刀で叩き折った。
「はい、終わり。卑怯とは言わないでおくれ、私も言わなかったんだから」
そして私は今度こそ室内からベランダの窓ガラスを丁寧に開け、夜の街にダイブした。
「さて、次は三人目。さっさと終わらそうか」
それから三十分後、とあるアパートで警報が鳴り響いた。
ここは"魔都"、ニーズヘッグ。
悪意を溜め込み、欲望が蔓延る悪徳の街。
マフィアも商人も、人も金も、全てが集まるヨルムンド大陸の玄関口。
終末思想が謳われた狂騒の時代。
時は第七変革歴999年3月7日。
私の名はウェンディーナ・ヘクセ・ローゼンクランツ。
愛を込めて"ウェンディ"と呼んでくれ。
「うぅ…寒いよぉ。ウェンディ、どこですかぁ〜」
何故か大量の木版を持ち、路地裏に敷き詰めて横になっている黒いドラゴニュート。
優雅にホテルでシャワーを浴びる飼い主は気が付かない。
新しく出来たばかりの、もう一人の同居人の事を。
「はぁ〜!寒い日のシャワーは最高だね〜。疲れた身体に染み渡るよ。なんか忘れてる気がするけど、明日起きたら考えよ!」
啓かれた知識
ウェンデル・フェアラート
ウェンデルは男性名、フェアラートは裏切りを意味する完全な偽名。
彼女が偽名を使う時、いつもウェンディの愛称になるように決めている。
それは"ウェンディ"に特別な思い入れがあるからか。
プロローグの終わり
"人の価値"は1つ識った。
だけど神秘も、秩序も、信仰も、そして歴史も。彼女はまだ探究していない。
彼女が自らの蓄積された人生の"価値"を賭けるその日まで、深き探究を。




