20話 ローゼンクランツ
私が放った弾丸はバロックが展開した濁流を突き破る。割れた銑鉄の破片は宙を舞い、弾丸は鉄鎧の胴体に吸い込まれていった。
ガキィーン!
金属が擦れる音を響かせながら鉄鎧を貫通した弾丸は、バロックの腹に大きなダメージを与えた。
「ナイスベット!予想通りの硬さだ!」
バロックの鉄鎧の硬さは、バカラで威力を2倍にする事を前提におよそ金貨30枚分だとアタリを付けていた。どうやらいい塩梅だったようだ。
しかし安堵したのも束の間。バロックは穴が空いた鉄鎧を黒鉄で修復し、さらに全体的に補強したのか一回り大きくなった。
「調子に乗るなよ売女風情が!!!鉄中錚錚に劣る貴様の価値を自覚しろ!!!」
ドスの利いた重低音ボイスでブチギレたバロックは、右腕に大量の黒い銑鉄を凝縮し殴りかかってきた。
私は狭い室内で懸命に避けるが、避けた後の家具も壁も、全て叩き壊されていく。
刻印魔術の為に良く使っていた作業机が壊されていくのは、涙なしには見ていられない。
さらば愛用したデスク!ぶっちゃけ少し使いづらいと思ってた!これを機に良いやつに買い替えるよ!
リビングと寝室の垣根がなくなった私のアパートの一室は、屋外との垣根もなくなることで青空教室と成りかけていた。
「よくもヒトんちで暴れやがって!ここアパートだぞ!賠償が請求されたらお前の懸賞金から払ってやるからな!」
軽口を叩きながら、目を晦ませる目的で頭部を射撃する。
チャンバーが空になったら即座にシリンダーを交換し、出来るだけ自由に動く隙を与えない。
広い場所で戦うためにベランダの割れた窓から脱出しようとしたら、いつの間にか壁の内側を侵食していた銑鉄がハンマーのように跳び出して私を殴り飛ばした。
「ぐべッ!」
予想外の攻撃を食らった私は間抜けな声を出し、空中を落下する。
地面に叩きつけられる直前に姿勢を制御し、全ての手足を地面に設置することで柔らかく音が立たない着地を決めた。
「あの銑鉄はあんなに自由に動かせるのか。いや、鎧を作れるくらいだから予想すべきだったね」
手についた砂利を払いながら3階を見上げ、独りごちる。
「それについ最近何処かで見た構図だ」
のっそりと出てきたバロックも地面に着地し話しかけてくる。
「次は逃さん。特班もこの際無視だ。俺の価値を毀損する貴様だけは生かしておけん」
「安心しろよ、逃げも隠れもしない。私もここで終わらせるつもりだ」
向かい合った私達は一拍置き、正午を告げる鐘が鳴るのと同時に駆け出した。
【ベット、儀礼用短剣!】
M.M.で起動している身体強化の効力を強化するために、懐にしまってある装飾過多な短剣を賭けた。
しかし、どうやらハズレたようだ。
不発となり、短剣の重さだけが無くなった私は慌てずにもう一度試す。
【ベット、アクアマリンの首飾り!】
重さだけが消えた!どうやらハズレのようだ。数秒の内に金貨換算で100枚以上、ルド換算で500万ルド以上が塵となった。
本来であれば超絶強化された身体能力でバロックを打ちのめす予定だったのに、不発に終わったせいで泣きそうな私は、呆気なくバロックに殴り飛ばされた。
「ぎゃふん!」
野球選手のレーザービームの如く飛ばされた私は民家の壁を突き破り、血反吐を吐いてぶっ倒れた。
身体の痛みよりも、カッコつけたのに呆気なくやられた心の方がイタイ。ついでに懐の財布事情もかなりイタイ。
3番術式を起動して治癒を行うが、完治までは少し時間がかかる。
もちろんバロックは追撃をしてくるので、私は至って冷静に、クールに、落ち着いて、二分の一の確率が収束する事を願って賭け事をする。
【ベット、クリビリア手稿】
実用性はないが歴史的価値が非常に高い掘り出し物である手稿が、なんの成果も残さずに消えていく。私は泣いた。
「ふぁっ◯ゅー!このクソ魔法が!2度と使うもんか!」
一瞬の内に1千万ルドに迫る資産を失った私は、使い勝手の悪すぎる"たった一人のカジノ"を恨む。
私は大本命であったクリビリア手稿を失ったことで、遂に魔法無しで対峙する事を覚悟した。
禍々しい濁流と共に現れたバロックは、濁流から大量の槍を生やして波状攻撃を仕掛けてくる。
「所詮貴様は三流だウェンデル!享楽に生きる貴様では真に価値ある者には敵わない!そこが貴様の限界だ!」
私はグッと唇を噛み締め、心の叫びに蓋をする。
言われなくてもわかってる。私は地道を嫌い、楽観的で享楽に流され、刹那に生きている。
そんな私が日々を懸命に生きてる人より価値が劣っているなんてこと、嫌になるほどわかってるんだ。
私は迫りくる槍の津波を必死に避ける。
だけど、だけどな、
「テメェに言われる筋合いはねぇんだよ!人様に迷惑かけるクソ四流が!"真に価値ある人間"は人を殺したことが無い奴だけだ!お前のような贋作じゃ断じて無い!私の三流の"価値"に屈服しろ!
【クレドを掲げ主へ祈り、アヴェ・マリアを唱えグロリアへと至れ!ローゼンクランツ!】」
私は胸の前で十字を切り、決められた祝詞を詠唱する。
「儀式魔術か!?いや違う!簡易的すぎる!何を使った!ウェンデル!!!」
バロックの攻撃の手は烈火の如く激しくなり、私の肌は鋭い銑鉄に切り刻まれる。
全身から血を滴らせ、シニヨンがほどけた黄金の長髪が風になびく。
垂れた血が重力に逆らい浮遊し、天の光に照らされた私は、さぞ神秘を宿した上位の存在に見えることだろう。
私のあまりの威容に、バロックも動きを止めている。
相手に対する精神的な威圧も、この魔術の副次的な効果だ。
そして、私の肌を黒い薔薇のタトゥーが侵食していく。頭上には血に濡れた紅い薔薇の冠が出現し、周辺の地面や壁には煉瓦を突き破った美しい薔薇の花が咲く。そして薔薇は周囲を侵食していき、蕾が広範囲に芽を出した。
「喜べ、生誕の神秘の目撃者よ」
私は警戒しているだろうバロックに圧をかけるため、出来るだけ厳かな雰囲気をだす。
これこそがローゼンクランツ家に伝わる血統魔術。そして私がヘクセを名乗ることが許された決定的な理由であり、儀式を用いることで行使が可能となる薔薇の花畑を創り出す魔術だ。
副次的な効果によって私や周辺が神秘的に見えたり、少しハッピーな気持ちになったりと、相手の精神に少しだけ干渉するが攻撃能力やバフ能力とかは特に無い。
つまりラブ&ピースの素敵な魔術だ!
そして私は考える。どうやって花畑が満開に至るまでの時間を稼ぐかを!
「ごほん。話をしようじゃないか、バロック・ロック」
ウィンクをして話しかけてみる。
「死ねぇ!虚仮威しのピエロが!」
ムリだった!
バロックは花畑を踏み潰しながら殴りかかってくる。
「この野蛮人め!花畑を荒らすんじゃない!」
コッソリと治癒魔術を起動し続けたことで完治していた私は、バロックとの殴り合いを再開する。
バロックの拳を避けて懐に入り、リーチの差を埋めていく。
バロックは一撃で私を殺すつもりで殴り、私は鉄鎧を壊しながら内部にダメージがいくように殴る。
鉄鎧を殴るたびにバロックの銑鉄が割れ、私の拳を傷つける。だが、それに構わずやりあえているのは、身体強化の補助魔術の質が私の方が良いからだろう。
バキィーン!
私の拳がバロックの脇腹を殴打し、鉄鎧を陥没せヒビを広げる。
バロックはそれに構わず鋭い蹴りを私のお腹に入れ込み、大きく宙を飛んだ私は地面を転がった。
しかし、そのおかげで私はバロックと距離を取れた。
ペッと口の中の血を地面に吐き出し立ち上がった私は、バロックが先程から濁流を生成していない理由を確信した。
「なるほどね〜、呪法って言うのが気になってたけどそう言うことか。周りの物質を支配下に置いてるんだ。あの生成量は無からの創造じゃなくて周囲の物質の変換。ようやくスッキリしたよ」
バロックの殺意が増していくのをヒシヒシと感じる。
固有魔法の性質がバレるとは、アングラな人間にとっては死と同義だ。
特に固有魔法に頼り切りのやつほど喫緊の問題である。
あのドクターですら最近までは認識災害である事しか分からなかったし、私はそれを解明したことで大金持ちになれると浮かれていたくらいだ。結局、観戦していた奴が多かったからその夢は泡沫と消えたんだけど。
「だから今は使えない。いや、変換出来ないと言うべきかな。ここは今、私の支配領域だ。お前の魔法は支配するための時間や変換する速度はあり得ないほど速いけど、他者の支配権を奪取するのは得意じゃなさそうだね」
魔術における支配権とは非常に重要な概念だ。
所有権とも言われるそれは、港でリリーちゃんに譲ってもらった縫いぐるみが分かり易い。
ある程度"価値"があるものは基本的に誰かの所有物であることが多く、勝手に触媒に用いることは出来ない。
所有権を譲ってもらうか、所有者の死、又は無理やり魔術で奪うくらいでしか所有者が変更されることは無い。
この地一帯は私の花畑であり、私の薔薇を勝手に作り替えるためには私の魔術の"価値"を超えていく必要がある。
呪術は傾向として侵蝕による支配権の奪取が得意ではあるが、バロックの魔法はどうやら私の血統魔術を突破出来なかったようだ。
もちろん全て作戦通りだ!偶々上手くいったとかそんなわけ無いだろ!イチャモンを付けるのは止してくれ。
私はリボルバーをくるくる回しながら調子に乗る。
「物質の変換ができない今、遠距離攻撃はやりにくいよね?」
私はニッコリと笑顔を浮かべてリボルバーを向けた。
「じゃあ、鴨撃ちを始めよっか!」
その直後、飛んできた火炎弾に私は焼かれた。
あ、バロックもM.M.持ってること、忘れてた。
啓かれた知識
調子に乗る阿呆
低くしわがれた声で老婆が囁く
「本当にいくつになっても大馬鹿の阿呆だよ、お前は。
いつも言っているだろう、調子に乗るなと。
お前はそろそろ学習したらどうだい?
あの暑い夏、カジノで全財産スッたときも、冬の海で海水浴を試みたときも、調子に乗ったときはいつも失敗してるじゃないか。
白痴に劣る阿呆だよ、お前は」




