12話 水先案内人
時刻は正午。
私は甲板にデッキチェアを設置し、出航前にゴネまくって手に入れたトロピカルジュースを片手に日光浴を楽しむ。
アビエイターサングラスを額に掛け、ラフな格好をする私は完全なるOffを満喫していた。
この1週間、色々あった。
なに、時間はたっぷりある。
この雄大な水平線を眺めながら、おハナシしようじゃないか。
そう、あれはソニアの治療が一段落した翌日の朝。
ソニアと一緒に戦艦ラーンの医務室で聞いたお医者さんのお話から始まる。
「ウェンディさん、ソニアちゃん。特にウェンディさん?もう一度言うので、良く聞いてくださいね。あなたね、ソニアちゃんの手を離したらね、死にます」
不健康そうな体躯に白衣を着て、黒縁の四角いメガネをクイクイしながら話すのは、呪いに詳しい先生らしい。
「え〜と、ですからね。ウェンディさんは右腕の前腕部が深度4、そこから全身に侵蝕が広がって今は深度3ですね。えぇっと因みに、魔力回路が開いていても深度3で死に至りますから、今のあなたは死ぬ寸前ですね、ええ、はい。」
どうやら私は死ぬ寸前らしい。
貸してもらったセーラー服に、嫌な汗が滲む気がする。
魂には天然の防壁が幾つもある。その防壁が幾つ突破され、どの程度汚染されたかを測るのが汚染深度だ。
「ソニアは大丈夫なんですか?お腹に腕、貫通してましたけど」
ソニアちゃんの手をギュッと握りながら、ちらりと横を見る。
私の左隣に座って、右手の爪を弄るのに集中しているソニアちゃん。解る。気になるよね、爪。女の子だもん。でも、今はお話聞いたほうが良いんじゃないかな?
「普通は大丈夫ではありませんが、この子にはメシアがありますから」
所有者をあらゆる不利益から守護する聖遺物、メシア。
今も鎖を腕に巻き付けることで効果を発揮しているその祝福は、ソニアちゃんを蝕んでいたドクターの呪いを浄化し、その余波で私の呪いの進行を抑止してくれている。
「ああ、だから我の事は気にするな。それよりもウェンディ、手を離すなよ。パスを繋いだとはいえ、祝福を受けるのに接触は必須だからな」
上目遣いで忠告してくるソニアちゃん。
もしかしてこの子、いい子では?
そうして始まった、私とソニアの共同生活。
「そっちは機関室だ!我の執務室はあっち!
勝手に行くな!見てみたいとかワガママ言うんじゃない!」
「も〜!許可なく機関部に触れるな!計器をいじるな!そこのパイプは熱いから触るんじゃない!」
「ええ〜い!撫でるな!匂いを嗅ぐな!子供扱いはヤメロ!」
なんだこのカワイイ生き物。
共同生活一日目、私はソニアを愛でていた。
え?キャプテンに対する畏怖はどこに行ったって?いや、最初はあったんだよ?ただ、身内と認めた相手に対してはかなり甘いことがすぐにわかった。
こっちをチラチラ見ては「具合は大丈夫か?」「無理はするなよ」「少し気分転換でもしようか」そんな具合に気遣いをされていたら、遠慮するのは逆に失礼だと思い、コミュニケーションを積極的に取ることにした。
主にスキンシップで。
ここはキャプテンの艦長室兼執務室。
本来はソニアが座る椅子に私が座り、私の膝上にソニアが座っている。マトリョーシカ方式だ。
「なあ、ウェンディ。先程からお腹を撫でるのは止めてくれないか?擽ったいのだが」
「あ〜、お腹に穴空いてたし、大丈夫かなって」
暖かく、触り心地の良いお腹を堪能していた私は、咄嗟に思いついた言い訳を口にする。
「そうか、心配してくれるのは嬉しいが執務の邪魔だ。それに、スーカも問題ないと言っていただろう」
あのお医者さんの先生はスーカというのか。出会い頭に自己紹介された気がするが、その時の私は元気になったキャプテンにいつ殺されるのかと、気が気じゃなかったから聞いていなかった。
「う〜ん?そうだったかも?」
ヤバい、眠い。私は自分の因子のせいで、冬場に暖かいところに来ると眠くなってしまう。
「どうした?眠いなら寝ておけ。どうせやることも無いのだからな。それとも子守唄が必要か?」
少し馬鹿にするニュアンスで言われた。
「ぜひ頼むよ!ホットミルクも付けてくれ!」
ゴツン!
ソニアの頭頂部が私の顎を強打した。
「調子に乗るな。シュラーフミュッツェ」
体が重い。
目が覚めると舷窓から見える景色は暗くなっていた。
「起きたか」
私の膝上に座り、書類仕事をしていたソニアはシュラーフミュッツェが起きたことに気づいたらしい。
「おはよ〜」
「ああ、おはよう。では食堂に行くか。楽しみにしていいぞ。我が艦隊の給養員は全員、国際調理師検定を取得済みだ。食には一家言ある」
そう言ってニヒルに笑ったソニアは、私の膝から飛び降り、壁に立てかけてあったメシアを背負った。
「そりゃ楽しみだね」
手を繋いで一緒に食堂を目指す。
「これ、美味しいね!」
ショウガ入りの甘酸っぱいソースで味付けされた、ビーフのザウアーブラーテンを頬張り、ニッコニコの私。
「ふふふ、まあ当然だな。それにどうやら今日は特に張り切っているようだぞ?」
私はトレーの上に並べられたメニューを確認する。
前菜の真っ赤なグーラッシュスープに、ザワークラフト入りのサラダ。
メインディッシュのザウアーブラーテンに、付け合せとしての山盛りなマッシュドポテト。
それになんと、今日は特別に豪華なデザートがついているらしく、とろける断面がステキなアップルパイ。
そして、それらを全て台無しにするラードル酒。
私はラードルを睨みつける。
「ねぇソニア、飲み物って他にない?」
「?、ラードル以外の飲み物って、何だ?」
キョトンとした可愛い顔で、この世の常識を改変するのはやめてほしい。
「いや、水とか、ジュースとか、ミルクとか」
「ミルクは入っていないが、水と果汁ならラードルにも入っているぞ」
ラードルをグビグビ呑みながら答えるソニア。
これはあれだろうか、この私の酒が呑めないのかと、暗に問われているのだろうか?
でも私これ苦手なんだよなぁ。
麦の苦みとりんごの甘味が喧嘩をし、しつこく下に残るのだ。それをレモンで雑に誤魔化してる感じが特に。
でも出されたのを飲まなかったら印象悪いよなと、ウジウジ悩みながら、私は食堂をキョロキョロ見渡す。
やっぱり注目されてる。
私が部外者だからか、それとも皆のキャプテンと手を組みながら食事をしているせいか。
絶対後者だな。
「ええ〜い!ままよ!」
ぐびっとイッキする。
「ぐはッ」
バタン!ウェンディのHPは0になった!
「おいウェンディ、食事中に行儀悪いぞ」
なぜ国際調理師検定を持っているはずのシェフは、このダークマタを許容しているのだろうか。彼らの味覚が正常なのは料理が証明しているのに。
きっと船乗りの皆は、ラードルに頭をやられてしまったに違いない。哀れな。
結局最後までラードルをちびちび舐めながら私は食事を終えた。
味?全部ラードルだったよ。
その後、一緒にシャワーを浴びて、一緒の布団に包まって寝た。
え?詳細はどうしたって?教えるわけ無いだろ。女の秘密だぞ。byウェンディ
啓かれた知識
女の秘密
『それはベットの上の残り香。
それは女にとってのアクセサリー。
紳士足り得たいのなら貴方の腕で抱きしめて。』
とある伝説的な女傑のインタビューより
共同生活3日目
「付き合い、長かったんだっけ」
ここは港湾の北部にあるパイロットが所有する軍港。
「そうだな。班長のリックとは、6年と半年だ。バルバーニ、ニコラス、アイリス、スフィアは同期でな、入隊して2年になる。まだまだヒヨッコ共だ」
私達は今、ドクターに殺された事で戦争の引き金になった5人に加え、今回の戦闘におけるパイロットの戦死者の葬儀の帰り道にいる。
「リックは機関士でな、今度建造する駆逐艦の機関長を任せる予定だったのだが、はぁ…全く。ままならんものだな」
海賊帽子を目深に被ったせいで、ソニアの表情は見えなくなった。
「リックからはよく縫いぐるみ貰ってましたもんね」
フフ、と笑いながら話しかけてきたのは、通信士の職種徽章を着けた若い女性だ。
「リンネ、頼むからそういう事を人前で言わないでくれ。どういう顔をすればいいのか分からなくなる」
ベットの横の棚に沢山置いてあった縫いぐるみは、やはりプレゼントされた物だったか。
随分可愛らしい一面があると思っていたが、クルーからの贈り物であれば処分は出来まい。
今回の戦闘では、撃破された駆逐艦一隻に乗艦していた126名の内、13名が亡くなった。
しかし、パイロットはその事を後悔していないし、戦死した彼らも恨んではいないだろう。
5人の敵討ちのために、13人が死んだことを馬鹿だと笑う者もいるかも知れない。
しかし、パイロットにとって彼らは昏き海を照らす灯台となったのだ。
彼らは自らが所属する組織が真っ当だとも思ってないし、恨まれ、妬まれ、無惨に殺されることがある事も十分に理解している。
だから時折不安に思うのだ。
この航路は正しいのかと。
故に水先案内人は示すのだ。
『もし、諸君らの白紙の余地が残る海図が、嵐によって失われようとも、恐れることは無い。
諸君らが辿った勇気ある航路は、我々の海図に確かに記述される。
諸君らは我々を導き、約束された海の水先案内人となる。
進め、我らこそ神秘の海の探究者。
迷うな、我らこそ大海に希望を灯す者。
誇れ、我らこそが"溟海を導く者"
初代船長 ハリソン・キャプテン・モーガン』




