10話 佳境
「ほ〜ら!みんな急いで急いで!」
私は避難民を急かしつつ、瓦礫を吹き飛ばしながら突き進む。
先程から結界にガツガツと瓦礫の破片が戦場方向から飛んでくるが、結界が破れる様子は無い。
結界を張りながらの避難は実にスムーズに行った。少し前のウジウジ悩んでた私が馬鹿みたいに見えるほど。
「キャハハハ!お姉ちゃんすごい!すごい!」
この通りリリーちゃんも私の周りをぐるぐる走り回るほどご機嫌だ!
褒められた私の鼻はロケットエンジンに火が入り、地球脱出に向けてリフトオフ3秒前。
「フハハハハハ!!!やはり天は私に味方した!まさか最高級の触媒用インゴットがあるなんて!しかもダースで!」
管理局跡地に戻って来る途中、私はひたすら"価値"あるものを探した。
取り敢えず触媒になれば何でも良いとばかりに金貨や宝石、高そうな剣と片っ端から風呂敷に投げ入れる。
火事場泥棒をしていたら倉庫跡地にて、見るからに頑丈そうな鈍色をした貨物用の箱を見つけた。
砲弾の雨には耐えられなかったのか外郭は壊れ、中も滅茶苦茶になっていたが一つの欠片が目に付いた。
私は自分が用いる魔法の性質上、それが一目でピンときた。
「これ、最高級の触媒用インゴットの欠片だ!」
魔術で触媒を用いる際、効果を安定させるために均一の"価値"になるものが求められた。金のみを用いるのは安定しなかったため、新たに触媒専用の合金が作られたのだ。
それが、触媒用インゴット。
さらに、その最上級ともなれば1gあたりの"価値"は金を優に超えている。
そんなこんなで、1ダースのインゴットを発掘した私は触媒をふんだんに使用し、私の固有魔法も加えてかなり強力な奇跡を連発しながら避難していた。
「ぐへへへ、このペースだと余ったのだけで10億ルドは超えるぞ。最高の臨時収入だ!」
これまで一度も手にしたことが無い大金に目を輝かせ、火事場泥棒って儲かるんだなと暗殺事務所からの転職を検討する。
そして、道から瓦礫が少なくなり始め、開けたところまで来ることができた。
「よぉ〜し、お前たち!ここまでくれば大丈夫だろ!あとは各自で奥へ逃げていけ!私はやることがあるからな!」
私は胸を張り、シッシッと避難民を散らしていく。
「お姉ちゃん!また会おうね!ぬいぐるみ忘れちゃだめだよー!」
リリーちゃんは手を振りながら港を離れていき、他の人達からも感謝の声が次々と届く。
それを背にして、私は高台を目指す。
「さてさて、ドクターとキャプテンの一騎打ちだ。これを高みの見物できるとは、今日は実にツいてる」
原型をかろうじて留める建物の屋上に飛び乗った私は観戦モードに入ろうとしたが、一つ気付いたことがある。アチラコチラで観測用魔術が展開されていることだ。
朝のバベル開通工事から始まってかなりの時間が経過している。おそらく街中の諜報員や腕自慢、学者に怖いもの知らずが野次馬しに集結していることだろう。
これほど人が集まれば渦中の彼らも観られている事には気づいてる筈だ。
いつ彼らの矛先が無粋な見物人に向くか分からないが、野次馬している私達の心は一つ。
『野次馬してる誰かが死んだら逃げよう』
まさに"赤信号、みんなで渡れば怖くない"の精神だ!
さらに、現在の戦場はここだけじゃない。かなり遠くの方では未だに砲撃戦が続いている。
おそらく黒死会の幹部が出張ってきたのだろう。
あちらはお互いに決定打に欠けるのか、少し膠着気味だ。
意識をこの場の主役に戻す。
先程からずっと感じていたが、魔力濃度が異次元のレベルに増え続けている。
「頭おかしいな。どれほどの聖遺物を使ってるのか想像がつかん。」
通常、聖遺物なんて人が使えて1個か2個だ。それ以上はあまりの"価値"の高さに魔力回路が保たない。強力な物なんて特にそうだ。
本来であれば最高級の触媒用インゴットも、私みたいにバカスカとは使えない。
そしてどうやら戦闘は佳境に入ったようだ。
キャプテンが空に炎の絨毯を敷いた。
一つ一つに途方も無い魔力が込められたその火炎弾の弾幕は、ドクターを木っ端微塵にするかと思われた。
しかし、火山が噴火したようなキノコ雲の中から、傷を負いながらも出てきたドクターに対し、これにはオーディエンスからもどよめきの声が。
『おお〜!』
「観測班!記録してたか!?」
「まさか生きてるとは」
「嘘だろ!?魔力時計がカンストしてんだぞ!」
「化け物共め」
様々な感想が囁かれる中、観察に集中していた私はキャプテンの錨に今まで以上の魔力が溜まっていくのが見えた。
「あ、やば」
咄嗟に屋根から飛び降り、防御魔術を多重展開し伏せる。
直後、地面が揺れ衝撃は都市を震わせた。
衝撃波はオーディエンスを吹き飛ばし、スタンディングオベーションを強制させた。
暫くして衝撃波が通り過ぎた後、私は急いで屋根に登り戦闘の結果を見る。
大量の土煙がようやく晴れ始めた頃、そこにはボロボロになり、"ドクターの左腕に胴体を貫かれ"、そのまま持ち上げられているキャプテンがいた。
「ウソだろ…」
その光景を私の脳が理解したがらない。
先程まで気楽に見ていたのはキャプテンが優勢だったからだ。もし、キャプテンが死んだらこの街の経済は崩壊する。
ドクターが死ぬのは大歓迎だ。アイツは百害あって一利無しだから。
しかし、キャプテンは違う。
キャプテンが死ねばパイロットは総力をかけて報復し、港湾都市の輸送網は壊滅的なまでの戦禍を被る。
何が何でもキャプテンを助けねば、この魔都の未来は物資が不足し略奪が横行する、飢餓に飢えた地獄とかす以外に無い。
しかし、私には魔都の運命を変える"力"がある!
私はリボルバーK&K28を引き抜き構える。
そしてリボルバー本体に刻印された、"銃弾の威力を増幅させる"攻勢魔術を起動する。
【28番術式起動】
リボルバーの本体に金色の文字が浮かび上がり、周りに幾つもの黄金色の魔術陣が展開されリボルバーを囲んで廻る。
しかし、これだけならキャプテンの火炎弾の10分の1にも満たない。
息を一つ吸う。
ドクターと敵対する覚悟は、今、決めた。
【プレイ・バカラ!ベット、触媒用インゴット5本!】
宣言と同時に残していた触媒用インゴットが塵となっていく。
私の固有魔法は"たった一人のカジノ"。
自分の所有物をすべて触媒にでき、賭けた"価値"の分だけ魔術の効力を加算させる。そしてバカラは当たれば加算された効力を2倍にし、ハズレれば不発となる。
銃弾にかけた場合、ハズレかどうかは銃弾が当るか当たらないかで判断される為、当たらないと意味の無い銃類とは相性がすこぶる良い魔法だ。
所有物がどれほどの"価値"を持っているのかは賭けてみたときに初めて判り、魔力回路の負担なしに上限なく賭ける事が出来る。
そして、一度賭けたものは消滅し2度と戻らない。
凡そ10億ルド分のこれまでに感じたことのない"価値"の重みが、この弾丸に乗っているのが感覚でわかる。
消耗しているドクターにならこの弾丸は必ず届く。
距離はおよそ300m、外すことは許されない。
「風向きは南西、風速は少し速いかな?」
しかし、外れる気はしなかった。
なぜなら
「今日の私は最高にツいている!!!」
バァン!
すべてがスローモーションに見える。
撃鉄は火花を散らし、.45口径の弾丸は回転する。
真っ直ぐ飛んでいった黄金の弾丸は、狙いより少し落ちてドクターの脇腹に突き刺さった。
肉をエグり、内臓を破裂させ、衝撃で血を沸騰させた弾丸は、大きな風穴を開けそのまま外に抜けていった。
ゴボ、ドクターの口から血が噴き出る。
ズドン!と、土煙を立て、膝をつく。
ズルリと左腕からキャプテンが抜け地面に落ちる、その瞬間。
私はキャプテンをお姫様抱っこしていた。
風呂敷にあった残りの全ての触媒を、身体強化の補助魔術に賭けてきた。
そのままキャプテンを持ち去ろうとしたその時、とんでもない憎悪と殺気をドクターから感じた。
視られている。
それがわかった瞬間私は恐怖で動けなくなった。ガチガチと歯がひとりでに拍手し、足は一歩も前に進んでくれない。頭は真っ白、冷や汗をかき過ぎて吐き気がする。
ドクターから黒いモヤのような魔力が漏れ出し、こちらに滲み寄ってくる。
「や、やめ」
ようやく動いた脚は、覚束ない足取りで後ずさることしかできない。
目の前まで来たモヤに、私は反射的にキャプテンを左手で抱え、右手でモヤを掻き消そうとした。
「ぐきゃあああああ!!!!あ、あああ、イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!!!アアアァァァ!!!!!」
私は絶叫し、キャプテンを投げ捨て地べたをのたうち回っていた。
それは、これまでに経験したことのない"魂が腐っていく痛み"だった。
「あ、アァ、ぁ」
語彙力もなくなり、涙も鼻水も流し、口を大きく開け痛みに喘ぐことしかできない。
きっと私は調子に乗っていたのだろう。
今日はツいているとか妄言吐いて。
ディーラーから逃げられたから彼らを甘く見ていたのかもしれない。
彼らの恐ろしさは、良くわかっていたはずなのに。
痛みに屈し、私は意識を失った。
啓かれた知識
たった一人のカジノ
低くしわがれた声で老婆が囁く。
『ああ、ウェンディ。
愚かで大馬鹿者のウェンディーナ。
お前のそれは可能性だ。
だけど勘違いするんじゃない!
可能性があるから勝てるなんて、そんな事はあり得ない!
全てを賭けるのもやめておけ。
阿呆なお前でも、命までは捨てたくないだろう?』




