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死に際マシナリー  作者: 桐ケ谷漣
〈顧客file.01 窓辺の君へ〉
6/6

データログ6 一ヶ月

用語の注釈集をいつか作ろうと思います。説明不足が続きますがごめんなさい

『残余命三十一日』


 テント越しにもわかる明るい日差しを感じて私は目を覚ましました。

「おはようございます、早見様」

「おはやうござぁます」

 まだ冴え切れない頭のまま私は挨拶をしました。布団から這い出ると少し冷たい風が肌をなでていきました。

「海際の朝は冷え込みます。上着をご用意いたしましたのでどうぞお使いください」

「ありがとうございます」

 私は一言お礼を言って上着を羽織りました。自力でテントの出入り口まで這っていくと夜見さんが「失礼します」と、一言言って私を抱きかかえて車椅子まで運びました。

「次の目的地が遠いので早めに朝食といたしましょう」

 夜見さんは、そう言うと車椅子を押し始めます。潮風の少し湿った空気が心地いいです。息を思いっきり吸うと肺全体に海のにおいが広がって、私はまだ生きているんだということを実感させてくれます。

「朝の海、気持ちいいですね!」

「そうですね、実際に入ることができたらもっと気持ちいいのですけど」

「夜見さんは、まだ海がきれいだったころに入ったことがあるんですか?」

 私がそう問いかけると、夜見さんは足を止めて考えるそぶりを見せました。

「そうですね、入っていた気もしますし、そうでなかったような気もします」

 夜見さんから返ってきた返答は曖昧なものでした。

「そんなことより、朝食にいたしましょう」

 夜見さんはすでに支度を終えている机の横に車椅子を止め、料理を並べていきます。

「本日の朝食はスクランブルエッグにアボカドトースト、それにフルーツヨーグルトをご用意しました、お飲み物として紅茶、オレンジジュース、アップルジュース、そしてコーヒーをご用意しております。どうぞお召し上がりください」

 毎度のことながら洗練された夜見さんの動きには驚くばかりです。そうそう、この日の朝食は夜見さんが実際に昔会社の同僚と一緒にキャンプをしたときに作ってもらったメニューだそうで、ここまで考えてもらえると私、とっても嬉しくなっちゃいました。

 私が特に気になったのはアボカドトーストです。アボカド自体がこの時代珍しいし、それをトーストにのっけているというのを始めてみました。こんな料理があるなんて、世界はまだまだ広いですね! トーストの上にアボカドがのっかっていて、その上にはマヨネーズと海苔が掛けられていて少し、ソースみたいなのがかかっててとてもおいしそうです。

「夜見さんも一緒に食べましょ」

 私がそう言うと夜見さんは「かしこまりました」と言って隣に座りました。それを見て私は心の底でやった、と思った。

「いただきます!」

 私は初めにアボカドトーストを口いっぱいに頬張ります。はじめて食べる物だったのでどんな味か気になっていたんです。味の感想はもう、素晴らしい以外にありません!

「夜見さんこれおいしいです! このソースみたいなのは醤油ですか?」

「お口に合って何よりです。今回あらかじめ醤油にアボカドをつけた後にトーストの上に乗せ、マヨネーズと海苔をかけた後にもう一度軽く焼いたものになります

 皆さん知ってましたか! アボカドと醤油の相性はすごいです! 抜群です!

「すごくおいしいです!」

 私はそれはそれはガツガツと、どんどんと、口を進めました。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」

 ご飯を食べ終わったらいよいよ次の目的地に出発です。夜見さんは再び私の後ろに回り込んで車椅子を押し車まで運びます。

「では少々お待ちください、道具の後片付けをしてまいります」

 夜見さんはそう言うと私を車に残して戻っていきました。別に、寂しいとかは無いんですが何となく車の中が冷たく感じました。きっと海風のせいだと思います。

 しばらくすると夜見さんは荷物を背負って戻ってきました。

「では、参りましょうか」

 夜見さんは荷物を乗せ、運転席に座るとそう言いました。

「はい!」

 私の返事を聞いて夜見さんはカーナビに次の行き先の案内の指示をして運転を始めました。



 暗い

 とても、暗い

 私は、ビルの明かりに囲まれる、都心ど真ん中の歩道橋に立っていた。

(ここから落ちれば)

 そう思い私は、歩道橋の手すりに足をかける。

 足をかけた途端

『何を、するつもり?』

 私の心が私に問いかけてくる。その声はとても切なく聞こえた。

「ここから落ちるのよ」

 私は返す。

『そう、それがあなたの決断なのね』

 私の言葉に対する返答はより一層切なく聞こえてきた。

 そして私は、手すりに座っていた。すぐ下には往来の車、トラック、バスがそこそこのスピードで走っている。そのまま地面にぶつかるよりも先にそれらに当たる確率のほうが高いだろう。

 私は────




「早見様、大丈夫ですか? 大変(うな)されておられましたが、体調が優れないようでしたら少しお休みになられてはいかがですか?」

「……え?」

 いつの間にか目的地についていました。夜見さんの心配そうな顔を見て、私は寝ていたんだということが分かりました。

「大丈夫ですよ、変な夢を見ただけですから」

 そう、ただ変な夢を見ただけ。昔の、私の夢。

 私は夜見さんにお願いして車椅子に乗せてもらうと自分で車椅子を動かして進み始めます。夜見さんが、慌てて押しますと言ってくれたけど今だけは譲れません。

 しばらくすると私は目的の場所につきました。

「久しぶり、お父さん、お母さん、お姉ちゃん」

 私の眼の前には「早見優作」「早見奏美」「早見彩希」の三人の名前が彫られた墓石があります。私は、持ってきたお線香に火をつけて手を合わせてお参りします。

「久々に来てびっくりしたでしょ? ……そうそう、今日は人を連れてきたんだ! 紹介するね、夜見さんっていうの! ほらぁ、すっごく美人でしょ! これから一緒に過ごしてくれるんだ!」

 私がそう言うと夜見さんは私の隣りに立ってお辞儀をしました。

「お初にお目にかかります。死に際マシナリー株式会社所属看取り人、永世夜見と申します」

 私はその後しばらく夜見さんについての話を続けました。決して言葉が返ってくることはありませんが、それでも昔みたいに家族と話している気分がして楽しく思えました。


「それじゃあ、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。私、そろそろ行くね。残りの人生悔いのないものにしてみせるよ……そっちに行ったらまたいっぱいお話しよ!」

 私はそう言って墓石に背を向けました。次に向かうところもまた思い出の場所。


「着きました。ここです、夜見さん」

「ここが早見様のご実家ですか?」

「言うほど来てませんし住んでませんけどね」

 私はそう言って鍵を開けます。

(ただいま)

 私は心の中でそう言って扉を開け中に入りました。

 中に入って始めに感じたのは埃っぽい匂いでした。そんなに時間があったのかと、五年ってやっぱり大きいなと、思いながら私は夜見さんに話しかけました。

「埃っぽくてすみません」

「いえ、こういう時こそ私の出番です。早見様はしばらく外でお待ち下さい」

 そう言うと夜見さんは家の中に入っていき家中の窓を開け換気を始めました。家の中を空気が通るようになった瞬間家中のホコリがぶわっと舞いだして私に襲いかかります。私は慌てて外に出ました。車椅子だとたったこれだけの動きで相当な労力が必要だから不便ですね。

 夜見さんは窓を開けたあと一度車に戻って掃除道具を持ってきました。マスクを付けた姿がどうもおかしくて私は思わず吹いてしまいました。こう、ぷぷぅって。私のそんな様子を気にもとめず夜見さんは家の中に戻っていきました。その時の横顔と言ったらさながら戦場に向かう兵士みたいでした。実際に見たことなんてありませんが……。

 しばらくすると(大体一時間くらいでしょうか)夜見さんが出てきました。

「家の清掃終わりました」

「おぉ、流石です」

 もう、滅多なことじゃ驚きませんよ。なんてったって夜見さんです。ものの一時間で五年間使われてなかった一般住宅を掃除するなんて訳ありません。

 夜見さんに車椅子を押され中に入るとなんとびっくり、新築みたいではありませんか。埃っぽい廊下は塵一つ落ちておらずピッカピカです。

「もう、流石ですとしか言えませんね」

 私がボソッと言うと「恐縮です」と夜見さんが答えました。

「ただいま」

 改めてそう言って私は家に入りました。

 五年ぶりの実家は少し小さく感じました。

「夕食は何にいたしましょうか」

「カレーがいいです」

「かしこまりました」

 その日あったことと言ったらそれくらいですね。



 夜見さんと出会って今日で結構立ちました、と言っても五日目なんですけどね。

 ここで少し、私の旅路を記録しようと思います。私と夜見さんが出会った井澤病院。別の名前で言えば旧第八研究所。そこはかつて起こった戦争で圧倒的な戦力をもって旧人類を蹂躙していく新人類に対抗するために、人間の遺伝子を調整することでより大きな力を持つ人間を作ることを目的としていた研究所です。

 九州地方にある熊本県の東側、阿蘇市と呼ばれていた場所に旧第八研究所はありました。私の家は中国地方の兵庫県にありました。

 まず始めの三日間は私の体調面を危惧したお医者様から外出の許可を取るのに苦戦しました。と言ってもほとんどの手続きと交渉は夜見さんがしたので私はベッドで寝たきりですね。

 そもそも、なぜ私が井澤病院に居たのかを書いておこうと思います。

 私の曽祖父は『アンピューピル(非人間)』でした。アンピューピルっていうのは遺伝子を操作されて「生まれてきた」人たちのことです。ここで大事なのは産まれたのではなく生まれたことです。つまり、人の子宮を介さずに試験官の中、培養液の中、培養槽の中、そこから生まれてきたのがアンピューピルと言うわけです。

 少し話が逸れましたね。私の曽祖父はアンピューピル、遺伝子操作された人間でした。ここで、アンピューピルには『呪い』と呼ばれる症状が現れます。それらは多岐に渡るのですが曽祖父に現れたのは「遺伝子疾患継承」と呼ばれる呪いです。言葉のままこの呪いを持つアンピューピルの子孫全員に必ず遺伝子疾患が現れるというものです。

 ここまで来たらもうわかりますね。そうです、私も当然、遺伝子疾患を持っています。私の持つ疾患の特殊性と希少性から私は治療を受ける(まぁ、延命にとどまりますけどね)代わりに実験に協力していました。まぁ、そんなひどいことはされたことありませんし、せいぜい血を抜かれたり全身のスキャンをしたりするくらいです。

 私の遺伝子疾患は、「反治療遺伝子疾患」と言います。

 説明すると長くなるのですが、これは当時の戦争で人よりも回復力の優れた人間を作ろうとした結果の遺伝子操作によるものです。

 症状は主に三つ。一つ目は体の再生力が著しく下がること。二つ目は年月をかけて体の特定の部位が衰えていくこと。三つ目は短命であること。

 私の余命は三つ目の特性によるものです。なぜ短命なのかという理屈までは知らないのですが、私の余命というのはどうも正確なものらしいです。そして二つ目に関してはもう、私に衰える部位がありませんので関係ありません。


 ここまでかいてて気づいたのですが、私はこんなこと書きたいんじゃないんですよ!

 少し気分が落ち込むのはあの夢のせいですね。ここからは明るいことを書きましょう。また見直して良かったって思える私の最後の一ヶ月間を。




 そして、私は日記帳を閉じました。

 久々の自分の部屋。足が無いから気が付かなかったのですが、私も色々と成長していたようで昔使っていた机が小さく感じます。

「早見様、お食事のご用意ができました」

 夜見さんがノックをして来たので私は「入ってどうぞ」と答えました。

「失礼します」

 夜見さんはそう言って部屋の中に入り私は夜見さんに腕を伸ばします。そうすると夜見さんは私の腕の下に自分の腕を通して私を持ち上げます。いわゆる「抱っこ」ってやつですね。

 足がなくなって歩けなくなったことをいつも後悔していましたし、恨んでいましたし、憎んでいました。この太ももは私にとって過去の証。無い脹脛(ふくらはぎ)はいつだって私の虚しさの象徴。でも、夜見さんと触れ合っていると少しあたたかい。

(足がなくなったことも悪いことだけじゃなかったよ)

 私はそう思いました。


お久しぶりです。頑張ってますよ。

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