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死に際マシナリー  作者: 桐ケ谷漣
〈顧客file.01 窓辺の君へ〉
5/6

データログ5 外泊です!

おひさしぶりです

「早見様起きてください、もうそろそろですよ」

 私はその声で目が覚めました。いつの間にか車の中で眠っていたみたいです。

「……私、どれくらい寝てました?」

「三十分ほどですね」

 窓の外を見るとまだ山の中にいましたが、葉っぱの間から西陽が強くなっていて空が真っ赤に焼けているのがわかりました。

「もうそろそろ見えてきますよ」

 夜見さんがそう言った瞬間、目の前の木々が無くなり、私の目に直接陽の光が入ってきます。

「うっ」

 あまりの眩しさに一瞬目を閉じてしまいましたが、それも一瞬のことですぐに目を開けました。

「夜見さん、ここって……」

「はい、海です」

 私の最初の目的地、海につきました。私は目の前の景色から目を離せませんでした。だって、こんなに美しいのですから。


『数日前』

「夜見さん、私海に行きたいです。ついでに言うならキャンプもしてみたいです!」

「海にキャンプですか、かしこまりました」

 私は夜見さんが準備するまでの数日間で行きたいところを夜見さんに伝えていました。

「それと、家族のお墓参りにも行っておきたいです」

 足を失ってからというもの私は病院にずっと入院していたので家族のお墓参りに行けていません。それどころか、私は家族の葬式にも参加できていません。家族の最期を見ることはできませんでした。

「私が死ぬ前に、一度でいいから行っておきたいんです……それに、入院している私がいきなり現れたら家族もびっくりしてくれますよ!」

 私はそう、夜見さんに言いました。

「かしこまりました。具体的な場所をお教えください」

 夜見さんはいつも通り、受け答えしました。


 私たちは車を降りて、浜辺にやってきました。

「綺麗ですね、夜見さん」

「そうですね」

 偶然にも水平線の方向が西だったので真っ赤な夕焼けの陽が水平線に半分だけ隠れていて、その半分の太陽から私たちの方向に一直線の茜色のカーペットを海の上に敷いています。

「夜見さんは、海の中を見たことがありますか?」

 私は夜見さんに問いかけました。

「もちろんございます。ですが、あまり良いものではございませんね」

「やっぱりそうですか」

「人類間戦争で海は汚染されてしまいましたから。今では浜辺から見る分には綺麗に見えますけど入ってみれば金属片やマイクロプラスチックなんかが散乱してます」

「……戦争なんていいこと一つないんですね」

 私は小さくつぶやきました。

「本当に、そうですよ」

 夜見さんにはそれが聞こえていたらしく、夜見さんも小さくそう返しました。私たちはその後口を開かず、沈みゆく夕日を眺めていました。


 しばらくの沈黙の後、私は口を開きました。その頃にはすっかり夕焼けの太陽も水平線の下に沈みきり、辺りには夜の静寂が広がり、少し涼しい風が吹いていました。

「私は、例え海の中が汚れたものだとしても綺麗だと思います。だって、この汚れた海は考え方を変えれば私たちの先祖が次の世代に命を繋ごうとした証だと思います」

「証……ですか」

「そうですよ。さっき、夜見さんが名前を挙げた永瀬愁斗さんも、そんな思いだったはずです。その証が、例え今の私達にとって良くないものだったとしてもきっと、これは意味のある事ですよ」

 夜見さんは私のその言葉に対しては答えませんでした───


『いつか、この地で生きることになる子供たちのために、俺は戦うんだ』

 早見様の話を聞いたとき、ふと彼の言葉を思い出しました。

(未来の世代のため、ですか。それが永瀬様の人生の意味だったのですか?)

 私はすっかり暗くなってしまった夜空を見上げ、そう思いました。

(いつになったら私はあなたと会えるのですか?)

 夜空には星がたった一つ小さく光るだけでした。


「早見様、夜も更けてまいりました。そろそろ夕食を摂りましょう。明日は早めに出発したいと思いますので、早めにお休みになられてください」

「はーい」

 今日はいわゆる野宿です。一度はしてみたいと思っていたキャンプ!楽しみすぎてちゃんと寝られるか少し心配です。

 夜見さんはあっという間にテーブルと椅子、そしてテントを用意しました。その準備の素早さにはほんとに感服します。

「夕食のご用意ができました」

 あっという間に私の目の前にはテーブルとそれに備えられた椅子、加えてテーブルの上には料理も用意されていて、白い湯気が出てます。

「失礼します」

 そう言って夜見さんは私を抱えて椅子に座らせてくれました。

「ありがとうございます」

 私がそう言うと、夜見さんは一礼して私の隣に立ちました。

「本日の夕食は、カレーライスにサラダでございます。お飲み物にはコンソメスープをご用意しております。メインのカレーライスは、人工培養食品を使用せず、スパイスをブレンドするところからこだわった今夜限りの特別メニューでございます。どうぞ、お召し上がりください」

 昼食のときと同じように夜見さんは料理の紹介を済ませると私の向かいの席に座りました。

「いただきます!」

 まずはメインのカレーライスをスプーンで掬い、一口いただきます。

 私はカレーを口の中に入れた瞬間驚きました。それは私のお母さんがよく作ってくれていたカレーと同じ味がしたからです。

 少し辛めの味付けのはずなのに何故か辛みはあまり感じず、ほのかに甘い味が同時に口の中で広がる味付け。もう二度と味わうことのできなかったはずの味。

「どうかなされたのですか? 泣かれているようですが、味付けがお口に合いませんでしたでしょうか?」

「え?」

 私はその言葉を聞いて初めて自分が泣いていることに気が付きました。

「いや、なんでもないです!」

 私はすぐに袖で目元を拭いました。

 しばらくすると涙は収まってきました。その頃にはお皿に盛ってあったカレーは全て無くなっていました。

「このカレー、お母さんが昔よく作ってくれていたカレーと同じ味がします。このレシピどこで知ったんですか?」

 私が質問すると夜見さんは一拍おいて口を開きました。

「そのカレーはと市川ナズサ様という方に教わいました」

「私のひいおばあちゃんじゃないですか!」

「そうですね、私も早見様の血縁関係を調べているときに気が付いて驚きました」

 そう言い、夜見さんはカレーをスプーン一杯分口に運びます。

「やっぱり、このカレーは美味しいですね。もうこの味を誰かに与えてもらうといことはできなくなってしまいましたが、あのとき無理を言って教わって良かったと心から思います、こうやって誰かにご馳走することができるのですから」

 そう言って、夜見さんはまたカレーをひとくち食べました。

 そこから私達の間に会話はありませんでした。私はおかわりをお願いして、無我夢中でカレーを食べ、夜見さんも夜見さんで静かに食事をしました。私たちの耳に入ってくるのは風によって音を立てる木々の葉の音と、少しの虫の声、それと小波の音だけでした。



 夕食を終え、お風呂(と言っても、湯船なんてものはないのでタオルをお湯につけてそれで体を軽く拭く程度です)も済ませた私たちはテントの中で横になっていました。

「早見様、もう電気を消しますがよろしいですか?」

「はーい、お願いします」

 夜見さんがテントの天井から垂らしてある電気のツマミを回して電気を消します。

 電気は消えましたが、テントの中は月の光が透けて入ってきてまだほのかに明るいです。

「私は外の片付けをしますのでお先にお休みになられてください」

「はーい、おやすみなさい。夜見さん」

「おやすみなさいませ、早見様」

 そうして、私は眠りにつきました。


「おやすみなさいませ、早見様」

 私はそう言ってテントを後にしました。

「さて、片付けをしましょうか」

 そうして私は片付けを始めました。食器などの食事に使ったものは先に済ませてあったので私がすることと言ったらテープルと椅子を片付け、服を洗濯して干すことくらいです。

 もう百何十年とこの仕事をしていると手慣れたものでこの程度のことはあっという間に済ませられるようになりました。

「さて、これで最後でしょうか」

 そうして私は最後に私の仕事服を干し、本日分の給仕を終えます、しかし私の仕事はここで終わりではありません。

 私はスカートのポケットから携帯端末を取り出して電話をかけます。

『はいはーい! 死ねないみんなの永遠のアイドル! 晴香ちゃんです!』

 電話の向こうから明るい女性の声が聞こえてきます。

「定期連絡の時間です」

『あの華麗にスルーしないでほしいのですが』

「お言葉ですが、毎度毎度変わらないそのネタを聞き続けてもう五十七年が過ぎました」

『あ、はいすみません。では本日分の報告お願いします』

 少し強く言い過ぎてしまったでしょうか。端末から聞こえてくる声が少し曇って聞こえました。

「はい、先ずは……」

 とりあえず、私は今日の分の活動内容を報告しました。

「本日分の活動報告は以上です」

『承知しました。それと前おっしゃっていた移動手段の件ですが、明後日には実行できます。移動時間は十日です。よろしいですか?』

「はい、ありがとうございます。では明後日の昼頃お願いしてもいいですか?」

『はい、問題ありません。位置情報は端末を参考にしますのでなくさないようにしてくださいね』

「承知しました」

 そうして私が報告を終わろうとし、少し耳から端末を離した途端、また声が聞こえてきました。

『あ、そうそう夜見さん』

「どうかしましたか?」

『特にこれといった話ではないのですし、わかっているとは思いますが、あと少しで例の時期ですので準備しておいてください』

 私が彼女に問いかけると彼女は声のトーンを落としてそう答えました。

「……かしこまりました。では次は事務所での仕事になりそうですね。手土産を少し持って帰ります」

 彼女からの話を聞いて、もうそんな時期なのかとふと懐かしく思います。

『ありがとうございます、私たちもだいぶ回数を重ねましたがなかなか慣れないものですね……では、しっかり伝えましたよ。また明日の定期報告の時間で』

「はい」

 そこで通話は打ち切られた。

 ふと空を見上げてみると、月が夜空高くに上がっていました。

(あの日もこんな感じの夜でしたね)

 私は昔の思い出を懐かしみながらテントの中に入り込みました。

ーーーー

ーーー

ーー

「永瀬様、人が生きる意味とは何なのでしょうか?」

 侍女は男にそう聞いた。

「なかなか、難しいことを聞くな」

 男は少し考えた後、こう言葉を続けた。

「俺が思うに人間の生きる意味というのは二つあると思う。厳密には二種類あると言ったほうがいいだろう。俺達人間、まぁ旧人類に関してだが、旧人類は死ぬために生きる物だと思っている。つまり、生きている間に生きる意味なんてものは俺達には付属しない。俺達が死ぬときに初めて俺達は自分の生きた意味、価値をその人生に見出す。悲しいが、死ぬことが旧人類にとっての生きる意味だと思う」

 男は侍女に対してそう答えた。

「では、新人類の生きる意味というのは一体何なのでしょう? 死ぬことのない、死ぬことのできない私達は何のために生きているのでしょうか?」

「そうだな」

 そう言って男は顔を上げ空を見上げた。

「もう一つの人間の生きる意味。それは、人生の終点を探すこと、かな」

ーーーー

ーーー

ーー

 その日の目覚めはいつにも増して鋭くやってきました。

「……こんなに早く起きるなんて」

 時計を見てみると午前三時を少し過ぎた頃でした。昨日寝たのが午前一時半頃でしたから一時間半しか寝ていないことになります。一時間半しか寝ていないというのに不思議なくらいに頭が冴えています。

(久々に、あなたの夢を見ました)

 ここ数十年見ることのなかった夢、もうとっくに自分の中で解決しきった疑問だと思っていた。

(意外にも私も悩んでるのでしょうね)

『人生の終点』

 彼はそれを探すことが私の生きる意味だと語った。しかし、その話を聞いてから数十年経つが彼の言っていたことが何なのか、未だにわからない。

(……悩んでもきりがありませんね)

 私は冷水で顔を洗い未だかすかに残る微睡みを洗い流す。

(仕事でもしておきましょう)

 朝の海辺はひどく冷え込んでいた。

ありがとうございます

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