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死に際マシナリー  作者: 桐ケ谷漣
〈顧客file.01 窓辺の君へ〉
3/6

データログ3 出発

用語

ADaNS:Auto Driving and Navigation System(自動運転機構)

アダンスと読みます

『残余命 三十二日』


 まだ朝日が出たばかりの頃。 

「それじゃあ夜見さん、よろしくお願いしますね」

 私は自分の病室で車椅子に乗りながら夜見さんの方を向きそう言います。

「もちろんです。お任せください」

 そう言って夜見さんは私の後ろにまわり車椅子を押し始め、ゆっくりと車椅子は進み始めます。

「まさか外出の了承が降りるのに三日もかかるだなんて思いませんでした」

「それに関しては完全に私も想定外でした。そのせいで準備に十分な時間があったにも関わらず準備ができませんでした。申し訳ございません」

「別に気にしてないですよ。顔を上げてください」

 担当のお医者様から外出の許可をいただくのに三日もかかっちゃいました。その間、私たちは互いのことについて質問したりして、お互いの仲を深めあいました。それを考えれば決して無駄な時間だとは思いませんでした。

「…………」

「…………」

 でも、それからしばらく私達の間に会話はありませんでした。私はただただ、自分の足ではないとはいえ、動いていることに感動して言葉を発せられずにいました。

 エレベーターに乗り、一階まで降りしばらく進むと外に出ました。時間にして六年ぶりの外の空気はただただおいしかったです。きっと獄中の人の言う娑婆の空気がうまいというのはこのことなのだろうと、感動しました。しばらく進むと日陰から出て私の肌を日の光が刺します。肌が焼ける感覚。それもただただ懐かしく、気がつけば私は頬を濡らしていました。

「あれ、なんでだろう。なんで泣いてるんだろう」

 急いで袖で目元を拭う。それでも絶えず涙が溢れてきます。

「早見様、その涙はこれから向かうところにとっておきましょう」

 そう言って夜見さんはハンカチを取り出し私の目元を拭ってくださいました。

「ありがとうございます」

「どういたしましてです」

 そう言って夜見さんはまた車椅子を押し始めます。部屋の中では感じることのできない風が、私の頬を撫でます。もちろん病室の窓を開ければ風は感じられますが、それとは違う、自分で動くことによって感じる風は心地良かったです。

「このあとはどうするんですか?夜見さん」

 私が夜見さんに問いかけると(あいもかわらず)無表情のまま夜見さんが答えます。

「取り敢えず、車に乗りましょう」

「え、車」

 嫌なことを思い出してしまいました。事故の日。私が足を失った日。それは言うなれば恐怖でした。

「……大丈夫ですよ」

 そう言って夜見さんは私の頭を撫でてくれました。頭をなでられていると不思議とさっきまで感じていた恐怖の波が引いて行くのを感じました。それと同時に酷く懐かしい感じがしました。

 夜見さんは慣れた動きで車椅子の私を車の後部座席に座らせ、車椅子をトランクに入れ込み、運転席に乗り込んでエンジンを掛けます。

 ブルルル、という排気音とともに車にエンジンがかかりナビから機械音声が聞こえてきます。

『おはようございます。永世夜見様』

 抑揚のない機械音声が車内に鳴り響きます。

「おはよう。ADaNS」

 夜見さんは短くそれだけ返してハンドルに手を掛けます。

「え、夜見さんが運転するんですか?」

「……何か問題でも?」

 自動運転が主流の今の時代にハンドルに手を掛ける人なんてそんなにいません。私がまだ小さかったころでさえ自動運転というのは結構メジャーなものになっていました。

「いや、自動運転じゃないのかなって」

 私がそう答えると「自動運転は信用できないでしょう」と返ってきました。

その時私ははっとしました。この人は私のトラウマを呼び起こさないようにしてくれているんだと。私はこの時、本当の意味でこの人に私の最期を、私の生きた証を見ていてほしいと感じました。

「シートベルトはつけましたか?」

「つけました!」

 前から夜見さんが聞いて来た夜見さんに対して大きく返事をしました。

「では、出発します。ADS、目的地一番ナビゲーション開始」

『承知いたしました。目的地一番ナビゲーション開始します』

 夜見さんが車内のカーナビに話しかけると、カーナビから機械音声が返ってきました。


 出発してから一時間ほど経ったとき。

「早見様」

「なんですか?」

 夜見さんが運転席から話しかけてきました。

「そろそろ十二時になります。お昼ご飯をご用意しておりますのでこの先で休憩しませんか?いい場所を知っているんです」

「本当ですか?それならお願いします!丁度お腹へってたんですよー」

 ぐううぅぅ、と大きくおなかから音がしました。冗談で言ったつもりだったんですが気が付かないうちにしっかりとおなかは空いていたようです。

 それから程なくして夜見さんは駐車場に入り、車を停めました。

「着きましたよ」

 そう言って夜見さんは車から降りてトランクから車椅子を取り出して私を抱えて車椅子に座らせます。

「ありがとうございます」

「いえ、問題ありません」

 夜見さんが私の後ろに回り込み、車椅子に手を掛けると同時に車椅子がゆっくりと進み始めました。

「んーー、ここの空気は美味しいですね!」

 私が大きく背伸びと深呼吸をすると新鮮な空気が私の鼻腔をくすぐって、胸いっぱいに入り込みます。

「このあたりは昔から空気が澄んでいるんですよ。私も昔、よくここに出かけに来てました」

 夜見さんの声はどこか悲しみを含んでいる気がしました。

「仕事でうまくいかなかった時にここに来ると不思議と心が軽くなっていくような気がしたんです」

 でも、それも一瞬のことですぐに夜見さんの声調はいつも通りに戻りました。

「夜見さん」

「何でしょうか」

「夜見さんについてもっと教えてください」

「……何故ですか」

「なんとなくです!」

 少し悲しげに答えた夜見さんに対して、私は努めて明るく答えました。

 どうしてそんな事を言ったのか、どうしてそう思ったのかについてその後考えましたが、ついにはわかりませんでした。でも、きっとこの発言は間違っていなかったと思います。

「わかりました。昼食を食べながら話しましょう」

 その言葉からは先程から感じた少しの悲しみは感じられませんでした。


 それからしばらく移動したあと、展望台らしきところにつきました。

「わぁー!綺麗ですね!高いですね!壮観ですね!」

「早見様、あまりはしゃがれますと落ちてしまいますよ」

 初めて見る壮観な眺めに、私は興奮が抑えられずにいました。

「だって、私こんなの初めて見ました!」

 目の前には草原が広がり、太陽の光をその黄緑色の小さな葉っぱで反射してキラキラ輝いていて、それでいてもう少し奥に目をやると山々が連なっており、森林が広がって奥側から手前に向かって綺麗な緑色のグラデーションが出来上がっています。少し目線を上げれば青い空が広がっており、手を伸ばせば空に浮かぶ雲にも手が届くのではないかと思うほど深く、そして綺麗な青色が広がっています。

「ここは何百年も前に火山が噴火した事によってできたカルデラなんです。向こうに見えるのは外輪山ですね」

「カルデラ?」

 初めて聞く単語でした。

「カルデラとは地下深くにあったマグマが全て出てしまい地下に大きな空洞ができたことによって上に土が落ちてくることでできる大きな窪地のことです」

 夜見さんが丁寧に解説をしてくれました。なら、外輪山というのはきっとこの窪地を取り囲んでいる山みたいなものなんですね。

「昼食をご用意いたしますので少々こちらでお待ち下さい」

 夜見さんはそう言うと近くにあった席にテーブルクロスを敷いて滑らかな手つきで食事を用意します。

「勝手に使ってもいいんですか?」

「問題ありません、ここは私の所有地なので」

「………参考に、どこからどこまでが夜見さんの土地なんですか?」

「駐車場からあそこの奥にある小屋までです。小屋に関しては今は別の人が使っているので入れませんがその小屋も私の所有しているものです」

 私の疑問に対して夜見さんは驚きの回答をしました。そういえば、ここの駐車場に入ってきたとき私達以外にも何台か車が止まっていることを思い出しました。

(すごいなぁ)

 私は心のなかで感嘆の声しか出せませんでした。こんなところにこんなに広い土地を個人が所有しているだなんて一般家庭と病院しか知らない私にとってそれは未知の世界でした。

「ご用意ができました」

 ものの五分ほどで夜見さんは準備を済ませ、私をテーブルの位置に連れて行きます。テーブルには備え付けの椅子が三つあり、テーブルの上は植物が茎やつるを伸ばし天然の屋根ができていていい感じに日陰ができています。

 こんなところで昼食だなんて、と思わずにはいられませんでした。だって、よくアニメや漫画で見るお嬢様たちのお茶会で使われるような場所そのものだったんですから。

 テーブルに付くと、その上には多くの料理が置いてありました。サンドイッチにカップに注がれたスープ、それにケーキスタンドまで置かれていてクッキーが並べられていました。

「今日の昼食はBLTサンドイッチにコーンスープ、それに加えてデザートとしてプリンとクッキーをご用意しております。お飲み物は紅茶、コーヒー、オレンジジュース、アップルジュースの四種をご用意いたしておりますのでお好きなものをお申し付けください」

 私はメイドさんなんて見たことはないですが、きっと現実にメイドさんがいたらこんな感じなんだろうな、というほどに素晴らしい料理の紹介を夜見さんがしてくれました。

 私は恐る恐る(というより、本当に私が食べていいものなのかと少し疑問に思いつつ)サンドイッチに手を伸ばし、掴み、口元に寄せました。鼻腔をくすぐるベーコンの香ばしい香りが一気に私の食欲を駆り立てます。

「………いただきます」

 喉を鳴らして意を決し、サンドイッチにかぶりつきます。

 サクッという音とともに口の中に味が広がります!

「んーーーー!」

 噛めば噛むほど口の中でベーコン特有の香ばしい肉の香りとトマトの甘酸っぱさが踊って極上のハーモニーを奏でます!

「おいひいでふ!よひひゃん!」

 あまりの美味しさに私は口にサンドイッチを含んだまま隣に立っている夜見さんの方を向き言います。

「ありがとうございます。しかし、食べながら話されますと怪我しますよ」

「………ん、それもそうですね」

 私は口に残った分を飲み込みます。

「夜見さんは、食べないんですか?」

「主人を差し置いて食事に手を付けるなど、奉仕者としてあるまじき行為です。私は早見様がお食べになったあとにいただきます」

「えー、一緒に食べましょうよ!」

「いえ、結構です」

 夜見さんは間髪を入れず私に応えました。

 夜見さんの言ってることは夜見さんなりのポリシーと言うべきものだったのだと、今では思います。でも、このときの私はそんなことはどうでも良く、誰かと一緒にご飯を食べると言うことを純粋に心から願っていました。

「誰かと食べたほうが絶対美味しいに決まってます!ソースは私です!」

 私がそう言ったとき、夜見さんの目が普段よりも大きく見開きました。まるで、懐かしい記憶が突然蘇ったようなそんな顔をしてました。

「誰かと食べたほうが美味しい……ですか」

 夜見さんは目を閉じて少し考える素振りを見せました。

「それもそうですね」

 夜見さんはそう言うと私の隣に椅子を持ってきて座りました。

「ご一緒してよろしいですか?」

「もちろんです!」

 私は夜見さんの言葉に大きく頷きました。

少し長かったかな。もう少し短くするつもりでした。

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