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死に際マシナリー  作者: 桐ケ谷漣
〈顧客file.01 窓辺の君へ〉
2/6

データログ2 「旅行計画」

『残余命 三十五日』


 あれから三日後

「早見さん。お客さんが来ていますよ」

 その日の朝はその声で目覚めました。気が付くと、私の隣には看護師のお姉さんがいました。

「んん、おきゃくさん?」

 まだ微睡の中にいる脳を必死にたたき起こす。

(おきゃくさん、お客さん……あ、今日って看取り人さんが来る日だ!)

 私は急いでカレンダーを確認します。

(やっぱり!)

「通してください!」

 私は看護師のお姉さんにそう伝えます。

「分かりました」

 そう一言私に返すと看護師のお姉さんは病室から去っていきました。いつもなら少し寂しく感じる足音が今日はとても明るく感じました。


 暫くすると、病室のドアからコンコンと、ノックの音がしました。

「どうぞ」

 半分緊張、半分興奮といった気持ちでベッドの上からそう答え、入室を促します。

「失礼します」

 透き通った声がドア越しから聞こえました。

 ドアが開いて入ってきたその女性に私は思わず息をのみました。写真でも見ましたが実際に見ると彼女から目を離すことができません。

 朝日を反射して艶やかに煌めく黒髪に綺麗な瞳、きめの細かい肌は髪とは対照的に朝日を反射して白く美しいです。一歩歩くごとになびく髪の毛は細くしなやかで歩く姿はまるで芸術品かのような気品を持って見えました。

 そんなことを考えているうちに、彼女はいつの間にか私の横まで来ていました。

「この度はご依頼いただきありがとうございます。『死に際マシナリー』所属、看取り人『永世夜見』と申します」

 そう言うと、彼女は私に向かって深々とお辞儀をしてきました。

「…………あ、こ、こちらこそ、その、お願いします!」

 私もお辞儀をします。もちろん、脚がないので胸から上だけになりますが。

顔を上げると、そこには既に背筋を伸ばし、こちらに視線を向ける夜見さんがいました。

(本当に綺麗な人だなぁ)

 私は暫く夜見さんの顔から目を離す事ができませんでした。

「あの、私の顔に何か付いていますでしょうか」

「え?」

 つい間抜けな声を出してしまいました。

「い、いえ。何でもありません」

 私は俯きながらそう答えた。あまりに綺麗さに見惚れてしまっていたなんて、口が裂けても言えないですからね。

「そうですか、ではここで利用規約に関しての確認をいたします」

そう言うと、夜見さんは自分の鞄から四枚の紙を取り出しました。

「こちらをどうぞ」

そう言うと、私の目の前に白い手に乗った二枚の神が差し出されました、残りの二枚は夜見さんが胸元にもう一方の腕で抱えていました。

「あ、ありがとうございます」

 私はその紙を受け取ります。

(電子コンソールが主体の今時、紙だなんて珍しいな)

 そんなことを思いながら私はその二枚の紙に目を通します。二枚のうち一枚目には利用規約が書かれていて、二枚目には本契約と書かれてありました。私がその二枚を確認し終わると同時に、夜見さんがその文章を読み上げていきます。


「では一つ一つ読んでいくので手元の資料と照らし合わせながら確認してください。

『看取り人』利用規約(以下「本規約」)は、株式会社死に際マシナリー(以下「弊社」)が提供するサービス「看取り人」(以下「本サービス」)の利用に関する基本的事項を定めたものであり、本サービスを利用するユーザー(以下「ユーザー」)と当社との間に適用されるものとします


 本規約の注意事項

ユーザーが本サービスを受けるにあたって、以下の事項に関しては絶対順守とさせていただきます。

第一条 ユーザーが旧人類であること

第二条 ユーザーに四親等未満の親族がいないこと

第三条 ユーザーが亡くなった際、料金を払う手段が用意されていること

第四条 ユーザーが奉仕者の許可なく性行為、及び暴力行為など奉仕者の人権を損なう行為、あるいは事前に提示されてある許容できない事項に記載されてある行為を行わないこと

第五条 以上の四条に関して規約違反が見られた場合、即『死亡』していただくこと

第六条 本契約はユーザー本人の死をもって終了となること


 個人情報の取り扱いに関して

ユーザーが本サービスを受けるにあたって弊社に提供してくださった個人情報に関しては、ユーザーの死後五十年間は保管され、以下のことにのみ使用することとし、それ以外の用途で使用することを否定いたします。

第一項 ユーザーの年齢と、性別の統計

第二項 ユーザーの享年と生年月日の統計

第三項 顧客ファイル


以上をもって、本サービスを受けるにあたっての利用規約といたします」


 夜見さんが読み終わったとき、私は冷や汗でいっぱいでした。

「どうかなさいましたか?酷く汗をかかれているようですが」

「い、いえ!何でもありませんよ!」

(まずい!利用規約なんて確認していなかったから守れてるか分からないんだけど!)

 私は手と頭を全力で横に振りながらそう言った。そんな私の姿を不思議そうに夜見さんは見つめてきましたが、すぐに視線を紙のほうに戻しました。

「まぁ、多少の規約違反は私の裁量に委ねられているので特に気にすることはありませんよ。こちらのほうでも早見さんについては大方調べさせていただいているので問題ありません。今回の契約に関して、早見さんが規約違反をしているとは認められませんでした。」

 そう言うと夜見さんは鞄から赤い手帳を取り出して何か書きだしました。

「あの、調べたってどういうことですか?」

 私が質問を投げかけると夜見さんは手帳を閉じ、私の目を真っ直ぐ捉えてこう言いました。

「言葉の通りです。早見さんの出身地、年齢、性別、名前、家族構成、血液型、これまでの経歴、どういった経緯でこのサービスを受けるに至ったか。まぁ、数えていけばきりがありません」

 そう言うと、夜見さんは私の手元にあった二枚の紙のうち、利用規約が書かれた方の紙を回収しました。

「まぁ、利用規約に書いてある通り、あなたの個人情報をほかの会社に流したり、売ったりすることはないのでご安心を。では、利用規約違反がありませんでしたので本契約に入りたいります。二枚目の紙を見ていただけますか?今、手元にあるやつですね」

 私が視線を手元に移すと、そこには先ほど確認した「本契約」と書かれた紙がありました。

「本契約に関してですが、しっかりとお読みになったうえで名前の記入をお願いします」

 そう言うと、夜見さんは私に一本のペンを手渡してきました。私は契約書にざっくり目を通し、契約書にサインをしました。

「私が死ぬまで、よろしくお願いしますね」

 そう言って私は夜見さんに契約書を渡します。

「えぇ、こちらこそ」

 こうして私と夜見さんの雇用関係が始まりました。


「えーっと、夜見さん?」

「はい、いかがなさいましたか?」

 私が話しかけると、夜見さんはまっすぐ私の目を見据えていました。

「具体的には、夜見さんって何ができるんですか?」

「私に出来ないことは世界でたった二つです。人生の中である程度のことは経験してきましたから」

 そう言う夜見さんの表情は変わりません。まるで氷の仮面を被っているかのように一切表情が変わりません。

「へぇ〜。そうなんですね」

 そう言って私はまた、手元で光る電子コンソールに目をやります。今日から日記をつけようと思ったからです。その時、本当に聞きたかったことが浮かんできました。

「あっ、そういえばこんなことが聞きたいわけじゃなかったんです。なんで、夜見さんは依頼料が無料なんですか?」

 その質問に対して、少し夜見さんの瞼が動いた気がしました。

「何故か、と聞かれましても、困りますね。強いて言うならお金を得ることが私の目的ではないから、ですかね」

 その時の目を、私は一生忘れることはないでしょう。

「なんで夜見さん、泣いてるんですか?」

「え?」

 私はこの日初めて夜見さんの涙を見ました。


 「先程は失礼しました。改めて、私は今日から早見様にお仕えするわけになりますが、何をすればよろしいのでしょうか?」

 目元を拭き、夜見さんは私にまっすぐ視線を向けます。何をしてほしいかと聞かれればこれをしてほしいというのはありませんでした。強いて言うなら、

「私、外に出てみたいです」

 外、皆にとっては当たり前の世界だと思いますが、足を失いここに入って五年もなれば外の世界はただ眺めることしかできない縁遠い存在となってしまいました。

「わかりました。では、ご用意をいたします。目的地などはありますか?」

「それじゃあ……」

 私が目的地を言うと夜見さんは少しだけ難しい顔をしました。

「お言葉ですが、そちらでしたら準備に数日いただくことになります。ですので、私から一つご提案があるのですが、今から三日ほど頂いて準備をいたします。その三日間で他に赴きたい場所などございましたらご案内いたします。いかがでしょうか」

「お任せします」

 私は笑顔で夜見さんに微笑みました。

「その代わりしっかりエスコートしてくださいね」

「もちろんでございます」

 こうして私の人生最後の旅行が始まりました。

眠い

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