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ペルカリア

 理容師である親父の背中を見て育った。自然と、いつかは俺も理容師になるものだと思っていたので、親父の店を小学生のころから手伝っていた。


 幸い、お客さんには可愛がってもらった。友達にも「かっけーじゃん」と言われたこともあり、俺の理容師になる決意は時が経つにつれて、強固なものになっていった。


 高校卒業さえ出来れば理容学校に通えるとはいえ、勉強を蔑ろにはしたくなかった。中学、高校時代は勉強も部活も手を抜かなかった。


 高校を卒業し、念願の理容師学校に通う。充実していた。クラスメイトも前向きな連中ばっかりで、自分も負けられないと頑張れた。


 理容師学校を卒業し、無事に理容師の資格を取れた。そして親父の店で働きながら経験を積む。その合間に、通信課程で美容師の勉強もする。修了後、美容師の資格も得ることが出来た。


 それから数年。独立を考えはじめていた俺に、一通の手紙が来た。


 曰く、そこは床屋がない地域のようで、ぜひ俺のような腕の良い理容師に来てほしいと、熱烈なラブコールが三枚の便箋にこれでもかと詰め込まれていた。


 人間、ここまで褒められ求められたら、悪い気はしない。しかも、物件も用意してくれるという。古い建物だが、リフォームを施して綺麗にしてくれるそうで、ライフラインや転入の煩わしい手続きも、先方でやってくれるとのこと。


 ここまでくると逆に怪しいが、騙されたときはそのときとばかり、行ってみることにした。その旨を返信し、引っ越しの準備を整える。


 親父にそのことを話すと、背中を押してくれた。この店は俺が守っておいてやるから、思う存分やってこい。腕を求められるのは、職人冥利に尽きる、と。


 それからしばらくして、準備を終えた俺は現地へと向かった。


 到着してみると、確かに田舎だがそんなに不便でもなさそうな、山の麓にある小さな集落。コンビニは遠いが、個人商店があり日常の買い物には不自由しなさそうだ。


 手紙に同封されていた地図を頼りに、自分の城になるはずの物件へと向かう。途中で、床屋をみかけた。はて? 床屋はないと聞いていたのだが。


 疑問に思いながらも、目的地へと向かう。これがまた遠い。まだ着かないのか…そう考えながら歩いていると、俺の横に車が停まった。


「失礼ですが、理容師の方ですか?」

「そうです。今、店舗まで向かっているのですが」

「これは申し訳ありません。駅でお待ちするようにと言われていたのですが、待っている場所が悪かった。どうぞお乗りください。お送りいたします」


 渡りに船とばかり、乗せてもらった。そこから30分ほど走った山の中で、車は停まった。眼の前には、立派で洒落た佇まいの、二階建ての建物がある。ここが店舗兼住居になるらしい。


「お待たせいたしました。こちらが手紙にありました物件となります」

「はあ。しかし、こんな山奥で、お客さんは来てくれるのでしょうか?」

「もちろんです。ここから町の床屋までは遠いですし、何より理由あって、あまり町中へ下りられない方々も多いですから」


 なるほど? そういうものなのかな。


「お約束通り、ライフラインは全て問題なくお使いいただけます。周囲は庭として、ご自由にお使いいただいて構いません。セキュリティも万全です。私の名刺を置いておきますので、もし買い物や困ったことなど、ご入用がありましたらご遠慮なくお電話ください。あ、もちろん理容師さんが町中へと下りて買い物等をなさるのも問題はございません」


 至れり尽くせりだ。


「ありがたいのですが、俺はただの理容師です。なぜ、そこまでしていただけるのですか」

「そうですね。この山の持ち主の方が、貴方の噂を聞き、どうしても貴方にこちらで腕をふるっていただきたかった。ですが、無理やり縛り付けるのではなく、のびのびと自由にやっていただきたい。あの方は、そうお考えなのです」


 あの方。


「恐らく、すぐにお会いすることになると思いますよ。これが建物の鍵となっております。お引越しの片付けが大変でしたら、お電話ください。スタッフを向かわせますので。それでは、良いお仕事を」


 そう言って、彼は帰っていった。改めて名刺を見ると、どうやら役所の人らしい。所属は『山林管理課』。床屋となんの関係があるのだろう。


 来てしまったものは仕方がない。住居部分はとりあえず置いておいて、まずは一階の店舗部分を使えるようにしなければ。


 とはいえ、掃除も行き届いており、必要な設備は全て揃っている。ハサミやカミソリといった、自前の道具さえあれば、すぐにでも開業できそうなので、表のプレートを『OPEN』にし、お客さんを待ってみた。


 カランカラン。


 一人目のお客さんはすぐに来た。まるで待ち構えていたようだ。


「いらっしゃいま―――――」


 そこにいたのは、巨大で白い狼だった。人間、本当に驚いたときには固まってしまうものなのだと、このときわかった。


「ああ。驚かせてすまない。私が君を呼んだのだ。来てくれてありがとう。早速、この伸びた毛を切ってくれないか。生え変わりがあるとはいえ、暑くてたまらんのだ」


 そういって、狼は床に寝転がった。


 人の言葉を話す大きな狼に、毛を切ってくれと頼まれている。もはや何がなんだかわからない。わからないが、大事なお客さんだ。理解や恐怖、常識といった、通常の人間が持ち合わせているものを一度かなぐり捨てて、眼の前のお客さんに対処する。


 毛質はさらさらでとても美しい。ただ、確かに伸び過ぎている。俺は全身を一律にカットし、毛をすき、涼しげながらもスタイリッシュに仕上げた。シャンプーは店舗内では無理なので、庭で行った。仕上げに乾かして、完了だ。


「いかがでしょうか?」

「ふむ。悪くない。君を呼んで正解だった。なにしろ、みんな私の姿を見るなり、逃げ出してしまってね。困っていたところに、君の噂を聞いたんだ」

「失礼ですが、貴方は?」

「私はこの山を中心とした、辺り一帯の主。人間からは守り神だとか、妖怪だとか呼ばれている」


 そう言われてみると、確かに神々しい。


「重ねてになるが、来てくれてありがとう。この山と我ら同胞は、君を歓迎するよ。これは引っ越し祝いも兼ねての代金だ。取っておいてくれ」


 決して少なくない量の札束が、俺の手の中に現れた。


「君は腕が良い。ここのことは、もう山のみんなも知っている。忙しくなるだろうが、よろしく頼む。また来る。ではな」


 主は、大きく跳躍し、山の中へと帰っていった。


 それからというもの、ひっきりなしにお客さんが訪れた。ヒト型のあやかしもいるのだが、妖狐、化け狸、化け猫、すねこすりと言ったもふもふ妖怪の数が多いようだ。


 もちろん代金もくれるが、それとは別に、野菜や肉、酒などといったものを差し入れてくれるので、食べ物にも困ることはなかったし、たまの休みには山の中を案内してくれたり、退屈はしなかった。


 さて、そんな俺がここに来て、そろそろ半年が過ぎる。相変わらず、妖怪たちの毛を切る毎日だ。慣れてはきたものの、この技術で良いのかと悩みが出てきたのも確か。


 なので最近、俺はトリマーの勉強を始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  展開、心情描写が丁寧なので、すんなり物語の世界に入れるし、納得してしまいます。  そうはならんやろ?って気持ち、起きませんでした。私も書く側でもあるので、それってなか…
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