友達といえど、僕に他人を見送る日が来るとはね
あれから二週間が過ぎた。
「あっ、粉城。来てくれたの!」
「餅宮が僕を呼んだんだろ」
ハロウィンの翌日。フィンランドへ留学に行く餅宮の見送りのため、僕は空港のロビーに足を踏み入れた。こちらに手を振る餅宮の姿を見付けて近寄る。寒い場所へ行くからか、厚着のコートやマフラーを身に着けたモコモコと雪だるまのように膨らんだ格好だった。
「確かに呼んだのは私だけど、素直に来てくれると思わなかったの」
「…そうか、これが普段の行いってやつか」
「ふふっ、粉城も変わってるってことじゃないかな?」
これまでの僕なら、空港での見送りなんて行かなかっただろう。他者との繋がりを希薄にしている者にとって。無事に帰ってきて、と他人に願うことは大それた行為だと思っていたから。
朝の九時という早朝ながら、旅行ケースを片手に忙しなく歩き回る人々で辺りは混雑していた。行き交う人の波の邪魔にならないよう、そっと二人で柱の陰に移動した。
「三ヶ月の留学か。頑張ってな」
「うん、粉城も頑張ってね」
「僕は要領がいいから平気だよ」
そう平気な顔で嘯く。餅宮が苦笑した。
この気の置ける友人がいなくなるのは寂しいが、わざわざ見送りの場で伝える言葉でもないだろう。芽生えた感傷を振り払うように、ロビーの周囲を見渡した。
「今日、寧々子さんは来てないのな」
「仕事が忙しいって。空港まで送ってくれて、そのまま職場へ行ったよ」
「なるほどね」
納得して頷く。それを見た餅宮が、にやっと口角を吊り上げて猫のように笑った。
「会いたかったんだ?」
「なっ…違うよ」
この二週間、寧々子さんとは会っていない。あの時に連絡先は交換したけど、餅宮の旅行準備や仕事ということもあって随分と忙しそうな様子だった。
「まぁ、今夜あたり晩酌に誘われるよ」
「何を根拠に…」
「だから」
少し声の低くなった餅宮が僕の言葉を遮る。少し低い目線にある真剣な眼差しを見つめ返した。
「お姉ちゃんを、よろしくお願いします」
そのまま一礼して、餅宮は重そうなスーツケースの取手を持った。彼女が顔を上げると、いつも通りの天真爛漫な表情がそこにあった。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
搭乗口へ向かう餅宮の背に手を振った。
その時、ポケットの中のスマホが通知で震えた。画面を開くと「寧々子さん」の文字。
…どこまでが餅宮の計算の内なのだろう。シスコンというか、なんというか。
遠ざかる後ろ姿に僕は苦笑して、空港の出口へと向かった。
この日から。
自分を雑魚と称する僕と、猫を被った彼女が繰り広げる物語の幕が上がる。ただ、寧々子さんが酔い潰れた僕を介抱するシーンで始まるという不名誉な序章の開幕だった。