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猫と雑魚  作者: ふくマカロニ
雑魚は猫と出会う
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ハプニングは人と人の距離を縮める、そして繋ぐ


「粉城、少し場所変えよっか」


 暫しの回想を経て、餅宮との対話に戻る。彼女も周囲の注目を浴びていることに気付いたのか、場所を変えようと歩き出した。淡々とした足取りに僕も同行しながら弁解する。


「まぁ、本当に平気だよ。あの後も何事もなく無事に帰れたし。そもそも、僕が餅宮と自分のグラスを間違えたまま、一気に飲み干したのが原因だからな」

「ふーん、あくまで間違えたって言うのね」


 僕の方を振り返って、じっと見つめてくる餅宮。次第に彼女の目が細められていくのは、僕の嘘が見抜かれているからだろう。小さく尖らせた唇が音を紡ごうとする。


「Valehtelija」


 ふむ…?


「えっ、なんて?」

「粉城には理解できない言葉ですぅ!」


 聴き慣れない発音。多分、餅宮の留学先のフィンランド語の悪口だろう。ちょっと不貞腐れている彼女の態度に苦笑していると、それに釣られて彼女も笑顔になった。


 やっぱり、餅宮はこういう笑顔が似合う。この話題を早く終わらせるために、留学先の話を振った。


「来月にはフィンランドだろ。綺麗な雪景色撮れたら、写真送ってくれよ」

「いいよ。雪国とは違って、この辺は滅多に雪降らないよね。私の地元だけど、昔から雪が降っても積もらないのは覚えてるんだよ」

「そっか、今年も降らなかったら残念だな」

「…意外。雪好きなんだね。普段冷めてる粉城にも可愛いとこあるじゃん」


 雪景色が好きなのは事実だが、意外な一面を知ったかのように、微笑まし気に顔を覗き込まれると恥ずかしい。ひねくれた返事をしたくなってしまう。


「いや、雪が積もったら、遊びの誘いを断る理由になるから。僕としては、家に引き篭もる好機だからな」

「…理由が思ったのと違う。ていうか粉城、私が初詣に誘った時も、なんだかんだ理由つけて来なかったじゃん!去年は雪降ってなかったのに!」


 熱を帯びた餅宮の気迫に顔を逸らしながら、普段通りの言い訳を試みた。


「餅宮の友達も入れて大人数だっただろ。ああいう場にコミュ力が雑魚の僕が入っても、気を遣わせるだけだ」

「えぇー、粉城が来ないって言ったら、残念そうだった可愛い子いたのにー」

「えっ…」

「嘘だけど」

「…おい」


 少々残念に思ったのは否めないが、先程の言い訳もまた事実だ。

 僕がこうして取り留めのない話をする相手は、この大学では餅宮だけで、他の学生とは、授業中に話す機会があったら、最小限に会話する程度だ。

 誰からも好かれる餅宮だが、意外に集団よりも単独行動の方が多い。餅宮のコミュ力は当然高いし、周囲との協調性もあるが、それを僕にまで求めたりはしない。


 その押し付けがましくない性格が、餅宮を友達として気に入っている理由だ。


「私がフィンランドに行ってる間、粉城は大丈夫かなぁ?」


 この友人のおどけたような、それでいて少し心配そうな声音に苦笑した。


「信用無いな」

「ふふっ、話変わるけど。この後空いてる?」


 時刻を確認すると、そろそろ昼休憩の時間が終わる頃だった。


「空いてる、今日は午後コマ無いから」

「おけ、私も暇だからさ。…ちょっと付き合ってよ」


 僕の返答を待つ大きな瞳が揺れていた。


 これまで餅宮からの大学外での誘いは、なんとなく断っていた。大学で会話をすることはあっても、学校外で踏み込みすぎて何かの拍子に嫌われるかもしれない。それはちょっと嫌だなと。唯一の友人を失いたくないと思っていたから。


 それでも昨日今日と色々あったにもかかわらず、僕たちの距離感は変わらないままだ。

 それなら良いかと、心の底で暴れる過剰な自意識に蓋をした。


「いいよ」


 続く「友達だから」という僕の小さな呟きは聞こえていないはずだ。それでも気恥ずかしくなって、そっと視線をずらす。

 餅宮が驚いた後、満面の笑みを浮かべた。


「そうだね、友達だから!」


 …聞こえてたか。少し熱を帯びた頬を誤魔化すように先陣を切って歩き出した。


「あの、行き先はそっちじゃないんだ」

「……」


 そんなやりとりをしつつバス停へと向かった。


「これ、どこまで行くんだ?」


 大学を出てからバスに乗って、断続的な振動に揺られること十分。餅宮が告げたバス停で降り、そのまま歩いているが、未だに彼女から目的地を聞いていない。


「あぁ、私の家だよ」

「へぇ、餅宮の家か。…えっ?」


 同級生の、それも女子の家に招かれるのは人生初めての経験で、勝手に心拍数が上がる。

 隣を歩く餅宮は平然としていて、これはコミュ力の高い大学生にとっては、普通のことなのだと自分を懸命に納得させた。


 人生初めての経験といえば、昨日も凄い、というか酷く恥ずかしい経験をした。結局、あの女性はどの学部なのだろう。明らかに年上の方だったので、先輩ということは間違いないだろうが。


 また会えるのだろうか。


 そんな取り留めのない思考は、餅宮の家に着いた瞬間に吹っ飛んだ。

 餅宮の家は年季を感じる平屋で、亡くなった祖母の家に住んでいるの、と餅宮は説明しながら、古びた呼び鈴を鳴らした。


 すっとドアが開くと、そこに現れたのは僕を介抱したお姉さんだった。昼寝から目覚めた猫のように、くあぁと欠伸をしながら伸びをする彼女の姿があった。


「ふぁっ、寧央ちゃん。お帰り!」

「ただいま、お姉ちゃん」

「…お姉ちゃん?」


 餅宮に続いて、僕も「お姉ちゃん」と復唱してしまう。声の出処を探って彼女が振り向く。そして僕の存在に気付いた。


「あっ、昨日の子だ!」

「はい、どうも。…昨日の男です」

「いや、ちゃんと自己紹介してよ」


 呆れた顔の餅宮に挨拶を促される。渋々、一歩前に踏み出した。昨日と変わらない優しい表情が目の前にある。


「昨日はお世話になりました、粉城凪です」

「餅宮寧々子です。粉城君って呼ぶね、私のことは寧々子さんでいいよ」


 突然の邂逅に驚きが隠せない。僕としては、昨日の醜態を忘れていて欲しいのだが。彼女は、覚えているよ、と言わんばかりの優しい微笑みで、突然の来客を歓迎した。


「Valehtelija」は「嘘つきっ」と友達間で軽く言うようなイメージで使っています

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