いつものおやすみを
今年の終わり、そして新年を迎えるまで三時間を切った刻限。
「水族館の後に魚食べるのって、変な感じがするね。背徳感みたいな?」
「蟹は食べる気満々でしたよね」
「…確かに?」
かにーっと、手をチョキにして首を傾げる寧々子さんが可愛かった。僕の反応を気にせずにチョキチョキしているから、無意識にやっているんだろう。本当、あざといくらいに無邪気な顔を見せてくる。
「そんなこと言ってると、鍋が冷めちゃいますよ」
「かに、かに、たしかに…って、違うよ、今のは狙ってないって!」
不意の言葉遊びが故意かどうかは判断が難しいし、今は空腹でそれどころではない。いつも通りの賑やかな雰囲気に包まれる食卓。水族館から帰った僕達は夕食にしては遅めの鍋をつついていた。
「たらに味が染みてて、美味しいね」
「あ、それ最後の一つじゃないですか!?」
「ふふーん、早い者勝ちですっ」
魚や蟹のつみれを入れた海鮮鍋が外出で冷えた体を暖める。向かいに座る寧々子さんが、ふぅふぅと息を吹きかけながら具材を口に運ぶ。濃縮された美味しさが舌の上で弾けたのか、湯気で上気した頬を綻ばせた。午前中に寄ったドライブスルーから何も食べていないこともあって食欲は限界だった。
「…」
お互いに無言で箸を動かす時間が続く。大半の具材を食べ切って鍋の底が見えそうになった頃、ふと思い出したかのように寧々子さんが口を開いた。
「あ、明日は初詣だけど。私は行きたいと思ってて…」
一緒に、と柔らかな唇が動く。少しだけ検討する振りをした。既に僕の返答は決まっていた。
「いいですね、行きましょうよ」
寧々子さんの顔がぱっと輝く。ここまで素直に感情が表情に出る人が、外では上手に猫を被っているなんて不思議だ。
「じゃあ、明日もお出掛けだし、今日はもう寝ようか」
「そうですね、片付けておきますよ」
ゆっくりと立ち上がって背伸びする。
「私もやるよ」
「いやいや、寧々子さんには明日も運転してもらう訳ですし。今日はゆっくり休んで下さい」
大丈夫です、と軽く手を振った。僕に譲る気が無いと理解したのか、寧々子さんが微笑んで頷く。
「ふふっ、お言葉に甘えようかな」
「はい」
歩き出す後ろ姿を見送った。いつも通りにドアの前で立ち止まる。
「おやす…うーん、おやすみすゞ!」
「…毎回これ即興で考えてるんですね、詩人さんでしたっけ」
「そうそう、素敵な詩を作る人だよー」
今宵の挨拶に選ばれたのはうろ覚えの名前だった。うーんと記憶を辿る僕を見て、寧々子さんは楽しそうに笑った。
「さてさて、思い出せるかなっ」
歌うように、煽るように、軽やかな声音で言い残して、寧々子さんはドアを閉めた。ぱたぱたと弾むスリッパの音が廊下に響く。
「みすゞ、みすゞ…っと」
興味を惹かれてスマホに頼ると、検索対象の詩人はすぐに見つかった。液晶を指でなぞって、ずらりと並ぶ代表作を眺める。すると画面の一番上に表示されている詩に目が吸い寄せられた。
「あははっ」
僕は思わず笑ってしまった。僕達の在り方を示すのに、これ以上の言葉は存在しないと思ったからだった。
みんなちがって、みんないい。




