ありふれた大学生の話
飲み会の翌日、寝坊することなく午前の授業に出席することができた。
「よし、これで今日は帰れる」
ぼっちは一回の欠席が致命的になりかねないので、生活リズムの管理には自信があるのだ。昨日の倦怠感が尾を引く胃腸を休めようと、普段より量を減らした天ぷら定食を食べ終わって。
「ねぇ見て、バイト先の装飾かわいくない!?」
「えっ、マジ可愛いんだが。一緒に行こうよ!」
カレンダーの暦は十月下旬に差し掛かり、大学内では、お化けとカボチャが狂喜乱舞するイベントの訪れに浮き立つ学生が増えていた。様々な思惑で浮かれた空気の中を一人で歩く。
「ふぅ、今日は学食も混んでたな」
コミュニケーションが苦手、いわばコミュ力が雑魚の僕は食堂でも、ラウンジでも、空き教室でも、
大学の敷地内で他の同級生と関わることが皆無だ。だから感情を共有する相手もいないし、こうした心が湧きたつ行事への関心も薄い。
当日の仮装代も友達に配るお菓子代も考えなくていいのは孤独の利点かもしれない、と強がってみる。そういった突発的費用の負担も、友達がいれば楽しいんだろうけど。
「あっ、粉城だ!」
急に視界の外から、自分の名前を呼ばれて驚くのは一瞬。この快活そうに跳ねた声音には聞き覚えがあって、背後から声をかけてきた人物の正体を看破した。
僕の数少ない、というより大学で唯一の友人。ゆっくり振り向くと、餅宮寧央が立っていた。彼女は僕が昨日の飲み会に参加した原因でもある。
こんなに人の往来が多い場所で、名前を大声で呼ばれると恥ずかしい。しーっと指先を立てて注意すると、へへっと照れ笑いを浮かべる餅宮。
「おはよう、餅宮。びっくりしたよ」
「ごめんごめん、今日は学校来ないと思っていたからさ。私もびっくりして、咄嗟に声かけちゃったの!」
彼女が手を合わせながら、ふふっと小さく息を漏らす。ここまで走ってきたのか、息を整えるように肩を上下させると、軽いパーマをかけた亜麻色の毛先がふわりと揺れた。ほっと桜色の唇から呼気が零れる。
そういえば今朝、今日は学校に来るかどうか、と餅宮からの通知が自分宛てに届いていた事を思い出す。見事な二日酔いで朝の支度もままならなかったので、通知を開くことなく無視したのだった。
「あぁ、そういうことね」
僕は気まずくなって目を泳がす。その様子で、餅宮も連絡が返ってこなかったのは故意の未読無視だと感じ取ったらしい。
彼女は、いじけたように可憐な頬を膨らませて、僕の肩を小突いた。
「粉城が滅多に連絡返さないのは、もう知っているけど。一応、心配したんだからね!」
「悪いって、頭痛がしんどくてさ」
素直にそう返すと、餅宮は顔を一転させ、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。返信しなかった理由をぼやかすべきだったなと、後悔したがもう遅い。
「やっぱり、昨日の飲み会で私を庇ったせいだよね…」
俯いた表情は確認できずとも、その声音は湿り気を帯びていて。
「あそこにいるの、餅宮ちゃんじゃね?」
「誰だアイツ、餅宮ちゃんの隣にいる男は」
「知らね、何を話してんだろうな」
誰にでも分け隔てなく接する餅宮は学年を問わず人気があるので、彼女が沈んだ表情を浮かべていると周囲からの視線が痛い。ざわざわと広がる囁き声に飲み込まれそうな感覚。
僕は溜息を零しながら、昨日の飲み会で起きたことを回想する。