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猫と雑魚  作者: ふくマカロニ
スイミー
18/38

猫の贈り物


 クリスマスから二日後の晩、僕は餅宮家の前に立っていた。数週間ぶりの宅飲みだった。

 急くように呼び鈴を鳴らすと、懐かしい声が出迎えてくれる。


「いらっしゃい、粉城君!」


 寧々子さんが昨日のうちに購入していたお惣菜を冷蔵庫から出す。僕はそれを電子レンジで注意深く温める。レンジを待つ間に部屋の照明を消して、押し入れの奥から発掘したらしいアロマキャンドルで洒落た雰囲気を作った。寧々子さんが二人分のグラスに白ワインを注ぐ。


「それじゃ、乾杯!」

「乾杯です」


 こつんとグラス同士がぶつかる音がした。なみなみと注がれた液面が揺れる。


 クリスマスから二日が経っても、僕はチキンを食べる気分にはなれなかったので、寧々子さんと相談して、ローストビーフやフライドポテトを購入してきた。本日の主役であるチーズケーキは、冷蔵庫で己の出番を待っている。


「ふふっ、御馳走がいっぱいだねぇ」


 ローストビーフを頬張りながら、寧々子さんは幸せそうな顔をした。短く首肯する。


「やっぱり、誰かと食べる料理が一番美味しいよ。粉城君、今日はありがとう」


 美味しい、美味しいと微笑みながら、寧々子さんが礼を言う。花が綻ぶような可憐な笑みからにドギマギしながら、味の分からないワインを一口飲んだ。


「まぁ、約束しましたからね」


 そういって約束を強調する僕は可愛くなかった。それでもだよ、と寧々子さんは無邪気に笑う。


「ふふっ、粉城君は素直じゃないねぇ」


 ふにゃっとした柔らかい笑みを直視する。微笑ましいものを眺めているかのような彼女の眼差し。既にアルコールが回ってきたのか、僕は両頬に熱が集中するのを感じた。


「そういえば!」


 そう言って、寧々子さんが部屋を出る。ぱたぱたっと軽快な足音が帰ってくると、その手には二つの手袋が握られていた。黒色と白色のバリエーション、黒色は猫の手を模したデザインとなっている。


「プレゼントのミトン、こっちの白色が粉城君へ買ってきた方だよー」

「あ、ありがとうございます」


 突然の贈り物に驚いて、口ごもりながら受け取った。


「黒色は私用だよ。鍋つかみに使おうかな。あ、そっちは普通に外でも使えるからね」

「…寧々子さんは、外出で手袋を着けないんですか?」

「んー、通勤とかの時にはちょっとね。ほら、会社では猫被ってるからー」


 寧々子さんは微笑しながら、手に嵌めたミトンを左右に動かした。確かに一見してもフワフワ感が伝わる肉球の手袋は、職場での彼女のイメージを変えてしまうのかもしれない。


 そう思いを巡らしていると、大変な事態に気付いた。恐る恐る口を開く。


「…僕、プレゼント用意してないです」

「ふふっ、大丈夫だよ。私がサプライズしたかっただけだから!」

「むむ…」


 何とも腑に落ちない思いで口を噤む。僕の納得いかない様子が表情に出たのか、寧々子さんが苦笑して提案した。


「じゃあさ、大晦日って空いてる?」

「空いてますよ」


 冬休みの予定は無い。今年も一人の時間を満喫するつもりでいた。


「じゃあ大晦日にさー、行きたい場所は日帰りで行ける距離なんだけど、一緒に出掛けない?」

「いいですね」


 それでプレゼントを忘れていた罪が帳消しなら安いものだ。寧々子さんと二人だけの外出なら、流石の僕でも緊張しない。寧ろ、彼女となら気楽まである。


 ほんの一瞬、自分に違和感があった。同級生の誘いは断るのに、目の前の彼女との外出は厭わない思考回路。どこから気楽という感想を導き出したのだろうか。


 抱いた違和感は、すぐに頭の隅へと追いやる。この場で考えても仕方ないことだ。


 視界の端で黒猫の前足が存在感を主張していた。寧々子さんがミトンを嵌めた手をゆらゆらと泳がす。部屋の暖房が暑すぎるのか、既に酔いが回ったのか、汗ばんだうなじに後れ毛が張り付いていた。


「ふふっ、今年の冬も楽しくなりそう」


 照明はキャンドルのみで薄暗い中、熱気を逃がすように喉元を手で仰ぐ彼女。


「じゃあ決まりだね。行先は当日まで内緒ー。楽しみにしていてね?」

「はい、楽しみにしておきます」


 素直にそう答える。心の底から嬉しそうに微笑んだ寧々子さんは、猫の機嫌がしっぽに出るように体を左右に揺らした。

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