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猫と雑魚  作者: ふくマカロニ
スイミー
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嘘吐きチキン

 

 あっという間に二週間が過ぎ、いよいよクリスマス当日となった。今日から、大学の日程も冬休み期間となる。今年もこの街には雪が降らなかった。鈍色の空の下で、思い思いの聖夜が幕を上げる。


「寧々子さんも忙しいし、やることがないなぁ」


 今日は塾のバイトは休みだった。家に帰ってもやることが無い僕はクリスマス気分だけでも味わおうと思い、駅前へ向かった。

 星の飾りやベルで彩られたツリー。行き交う人目を惹く点滅を続けるイルミネーション。延々とクリスマスキャロルが流れていた。

 孤独でも、こうした非日常感に浸っていると楽しいと思える。お腹の音が鳴って空腹を思い出した。 

 それと家にある食材を切らしていることも。真っ白な息を吐いては、また吸い込む。


「今からスーパーに一人で行くっていうのもな」


 一人寂しい晩御飯用に肉汁溢れるチキン、ドーナツなんかの甘いものでも買っていこうと考えた。駅内にある大手チェーン店へと目星を付けて歩き出す。


「あっ…」


 小さく驚いたような声が聞こえた。顔を上げると三人組で談笑している女子グループがいて。

 声の発生源はその内の一人で、僕にとっても見覚えのある女子だった。


「…芹江さん?」

「やっぱり粉城君だった、こんばんは!」


 僕がぎこちなく名前を呼ぶと、彼女は愛想よく手を振って挨拶してくれた。そのまま小走りに駆け寄ってくる。


「粉城君は何か予定あったの?」

「いや、チキンとか夕食を買おうと思ってて」


 おっ、と芹江さんの眉が動いた。


「ちょうど私達も予約したチキンを取りに行くところなんだよ!一緒に行かない?」

「…あぁ、行こうかな」


 普段接したことのない女子三人に囲まれると、簡単な返事をするだけで気恥ずかしい。意味もなくマフラーを巻き直して、彼女達に同行した。多分違う学部の女子二人が前の列へ、芹江さんと僕が後ろの列に。二組ずつの構図で歩き出す。


「二人は私の高校の友達なんだよー、今日は皆でパーティしようと思って」

「へぇ、そうなんだ」

「明日からも授業休みだしさ、なんかテンション上がるよねー」

「うんうん、わかる、気が楽だよね」


 芹江さんが僕に話しかける。それに単調な相槌を返す。放課後でも授業中と変わらない気遣いによって、初心者が経験者と打ち合うような会話のラリーが続いていく。お互いに距離感を詰めかねているような、当たり障りの無い話題が瞬く間に消費されていく。


「二人とも、着いたよー」


 前の女子二人が振り返る。列はかなりの長蛇の様子で、この混み合うクリスマスシーズンに安易にチキンを選んだ己の判断を後悔した。幸いにも売り切れや品薄といった表示はされてなくて、気を取り直して財布を取り出す。


「粉城君はこの後、予定あるの?」


 自分達の順番を待っていると、隣に立つ芹江さんが話しかけてきた。僕が首を傾げていると、駅内でごった返す周囲の群衆を気にしてか、そっと耳元で囁かれる。


「もし予定無かったらなんだけど、一緒に…遊ばない?」


 やっぱりコミュ力の低い僕は、こんなに女子と距離が近い状況が苦手だ。心臓が早鐘を打つ。優しい芹江さんのことは嫌いではないが、ここは丁重にお断りさせていただこう。突発的に女子の輪の中に馴染んで、ハーレム雰囲気を楽しめる自信も無いし。


「あー…」


 普段通りの言葉を吐き出して、そつなく誘いを断ろうとしたところで思い出す。二週間前の他愛無い雑談中にも、芹江さんにクリスマスの予定を聞かれたことを。

 あの時、僕は「予定は無い」と答えたのだった。背中に流れる冷や汗を感じる。


「粉城君?」


 返答に詰まった僕に首を傾げる同級生。

 きっと芹江さんは、あんな短い会話など覚えていないだろう。既に忘れているから、僕の予定を聞いているのだ。…それなら、あの時と矛盾する答えでも構わないはずだ。


「ごめん、予定あるから」


 そう短く返した。芹江さんの目ではなく鼻先を見るようにした。まっすぐな瞳を見つめ返したら、やましい自分の吐いた嘘が悟られないように。そのまま僕は店員にこう言った。


「チキンバーレルでお願いします」


 かしこまりました!という声を背にして、僕は芹江さんに向き直った。今度は出来るだけ彼女の目を見て、嘘がバレないようにする。彼女は曖昧な笑顔を浮かべていた。


「悪い。バイト先の先輩との予定があってさ…」

「そっか、そうだったんだね…いやぁ、ごめんね。急に誘っちゃって!」


 取って付けた理由と、一拍遅れた芹江さんの返事。僕達の間に流れる気まずさをかき消すように、彼女は快活な声を出した。


「じゃあ、チキンも買えたし行くね」

「うん!また大学でね!」


 明るい声音は別れるまで続いた。それに押されるように、僕は彼女達から離れた。


「…重いな」


 チキンの入った髪袋を持ち直して、思わず独り言が零れた。一人では食べきれない量の鶏肉。僕が一緒に夕食を食べる先輩が帰ってくるのは、まだまだ先の話となる。


「はぁ…」


 優しい同級生相手に嘘を吐いた。それだけでなく、嘘の信憑性のためだけに小賢しい真似をした。その馬鹿な代償は、己の胃袋で支払うことになりそうだと溜息を吐いた。


「ああいうとき、どうするのが正解なんだろうな」


 身悶えしたくなるほどに、人付き合いが不器用な自分の言動を思い返して。一人で冷静になった頭でシミュレーションする分には、そつなく誘いを断ることが出来るのに。


「これだから、他人の優しさに気を遣わせるのは嫌なんだ」


 歩道を重い足取りで進む。意味もなく空を見上げた。とっくに太陽は沈んでいるのに星は見えなかった。

こういう挙動不審で多感な時期が誰にでもあったと思うと、微笑ましいような、自分も身悶えしたくなるような

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