第二十二章 四年前の真実
柾谷家を出ると、榊原と亜由美は未だ混乱状態の村の方を見やった。
「いいんですか? このままで」
「別に構わんだろう。彼らは別に何か罪を犯したわけではない。むしろ、友人を殺されたというなら純粋な被害者と言い換えてもいい。わざわざ警察に知らせて彼らをさらに苦しめる必要はないさ」
「……」
「それに、これはあくまでも前座だ」
「え?」
「明らかにすべき事はもう一つある。むしろ……そちらの方が問題だ」
そう言うと榊原はどういうわけか真剣な表情で歩き始め、亜由美も慌てて後を追った。そして、しばらく歩いた末に行きついた先は、あの怪奇小説家・夕闇逢魔が住んでいる家だった。
「ここって……」
「さて、次の仕事を片付けるとしようか」
そう言うと、榊原は意を決したように家に乗り込んでいったのだった。
「これは、これは。朝からこんなところまで御足労な事ですなぁ。何もない所ですし、地震で色々散らかっていますが、まぁ、ゆっくりなさってくだされ。と言っても、小生の本当の家ではないわけですがな」
相変わらずの格好の逢魔は、そんな事を言いながら榊原たちを座敷に招き入れた。榊原は無言で頭を下げ、しばし無言のまま両者は対峙する。
「……奥さんはおられないんですか?」
榊原が最初に逢魔に尋ねたのはそんな事だった。無論、「奥さん」というのは、担当編集者の不破関美の事である。
「あぁ、そう言えば探偵殿は我が妻にして担当編集者である彼女に会っていたのでしたな。ふむ、我が妻は取材で村中を走り回っていますぞ」
「取材というと、事件のですか? それとも地震の?」
「両方ですなぁ。いやはや、我が妻ながら、小生とは違って活動的で頭が下がります。参った、参った」
ハッハと軽く笑い声をあげてから、逢魔は改めて榊原の目を見据え、何気ない口調で口火を切った。
「で、この期に及んで、小生なんぞに何の用ですかな。探偵殿の活躍で、事件は解決したはず。これ以上、明らかにする事などないではないですかな?」
挑むように逢魔が言うと、榊原は静かに逢魔との『勝負』を開始した。
「いいえ、まだ残っている謎があります」
「ほう、聞かせて頂きますかな。これだけあらゆる謎を片っ端から解決しておきながら、まだ何が残っているというのか?」
「言うまでもありません。『関ヶ原アベック殺害事件』……通称『関ヶ原事件』についての話です。あなたが小説の題材にした、あの事件ですよ」
その単語が出た瞬間、室内の空気がピンと張り詰めた。
「……謎も何も、その事件は当に解決しているはずではないのですかな。であるからこそ、小生も小説の題材にしたわけですから。にもかかわらず、探偵殿は何が不満なのですかな?」
「それは、あなたの方がよくご存知でしょう」
今度は榊原から逢魔に対する試すような発言だった。
「小生、ですか?」
「えぇ。何しろ、この事件を元にした小説を書いた経験があるんですからね。当然、事件について色々お調べになったはずですが」
「まぁ、それは……何も知らずに小説は書けませんからな」
そんな答えを返す逢魔に、榊原はさらにこう続ける。
「ならば、この事件の不審な点に気付いたはずです。いや、あなたほど頭がいい人間なら、気付かないはずがない」
ここで初めて、逢魔は眉をひそめた。
「どういう意味ですかな?」
「あの事件、関係者の動きに不審な点があります」
単刀直入な榊原の言葉に、亜由美は改めて関ヶ原事件についての記憶を思い出す。確か、事件の関係者は江橋統一と高円仄美という若いアベックで、江橋が高円を殺害して遺体を運んでいる途中に事故死したという構図だったはずだ。
「一体何が不自然なのでしょうか? 小生にはさっぱりわかりかねますなぁ」
逢魔はとぼけたような返事をするが、榊原の表情は真剣だった。
「では、一度事件を振り返ってみましょう。そもそも問題の関ヶ原事件は、二〇〇三年の八月一日に関ヶ原インター近くの名神高速道路上で関ヶ原町在住の江橋統一という男が事故を起こして死亡し、事故車のトランクから恋人の高円仄美の他殺体が発見されたというものです。事件当日、二人は一緒にどこかへドライブに出かけており、警察は江橋が何らかの理由で高円仄美を殺害し、その後の遺体運搬中に事故を起こして死亡したと判断しています」
「まぁ、妥当な線でしょうな」
逢魔は頷きを返す。
「しかし今回、蝉鳴村の事件の解決に伴って、今まで明らかになっていなかったいくつかの新事実が明らかになりました。その新事実によって、関ヶ原事件について今まで抱かれていた認識が大きく覆される事となったのです」
「その新事実というのは何ですかな?」
「一番大きいのは、江橋統一と高円仄美のカップルが、関ヶ原事件当日にこの村を訪れていた可能性が浮上した事です」
突然そんな事を言い始めた榊原に、傍らに控える亜由美は驚いた顔を向けた。が、逢魔はその余裕めいた表情を崩さない。
「ほほう、それは面白い。一体なぜそんな可能性が浮上したのですかな?」
「あなたにもらった事件についての資料の中に、いくつか見過ごせない点があったのです。それを今から説明しましょう」
榊原は普段通りの口調でそう言うと、その『見過ごせない点』を列挙し始めた。
「第一に、問題の自動車が関ヶ原町から約一五〇キロメートルの場所を往復している疑いがある事。事件発生までの間、江橋統一と高円仄美がどこで何をしていたのかについては当時の捜査でもはっきりしていません。ですが、今回の事件を受けてふと思いつきで調べてみたのですが……関ヶ原町から白川村近くにあるこの蝉鳴村まで車を利用して移動した場合の走行距離を確認したところ、概ね一五〇キロメートル前後なのです。つまり……この二人が事件当時、蝉鳴村を訪れていたとしても、理論的には何の矛盾もないという事になります」
「……」
「その上で第二に問題となるのが、事件が起こった日付です。関ヶ原事件が起こったのは二〇〇三年八月一日。一見すると何でもない日付ですが、実はこの頃、この蝉鳴村でもある『事件』が起こっているのです。先程の距離の一致の件もあり、私からするとこの日付の一致は見過ごす事のできないものでした」
だが、逢魔はニヤニヤ笑いながらこう反論する。
「おかしな話ですなぁ。小生も小説を書くにあたってこの村の事はいくらか調べましたが、二〇〇三年にこの村で何か事件が起こったというような話は聞いた話がありませんぞ。探偵殿の言う『事件』とは一体何の事なのでしょうか?」
「本当に何の心当たりもありませんか?」
逆に榊原が試すように問いかける。
「ふむ……そうですな。あえて言うなら、最高裁が涼宮事件の被告人・加藤柳太郎に無罪判決を下し、加藤氏の冤罪が確定したのがその年だったと記憶しています。ですが、それが探偵殿の言う『事件』であるとはとても思えないのですがなぁ」
ところが、榊原の反応は思わぬものだった。
「えぇ。確かに無罪判決そのものは『事件』ではありません。ただし……その無罪判決は『事件』と無関係ではありませんが」
「……ほう?」
興味深そうな声を上げる逢魔に対し、榊原はあっさりとネタ晴らしをする。
「隠す意味もないので正解を言いましょう。私の言う事件……それは二〇〇三年七月に、涼宮玲音の父親・涼宮清治が『失踪』した事件の事です」
「……ふむ。確かに最高裁の判決が出た直後にそのような事があったという話は小生も人づてに聞いていますが、しかしそれは、清治氏が無罪判決に失望してつらい思い出のあるこの村から自発的に出て行ったというだけの話ではないのですかな?」
逢魔は意味深な視線を榊原に向け、榊原は事情を説明する。
「えぇ、確かに今まではずっとそう思われていました。しかし今回、美作清香が全て話してくれましたよ。あの無罪判決を受けて、涼宮清治自身も娘の死の真相に疑問を持っていた事。そして、美作清香と共にそれを調べようとした矢先に、突然清治氏が謎の失踪を遂げた事と、その失踪にどうやら今回殺害された堀川、安住、雪倉の三家が絡んでいる可能性がある事」
「ほう……それは初耳ですなぁ」
逢魔は面白そうな表情でそんな事を言い、榊原は構う事なく話を続けていく。
「今、この件に関して生き残った堀川盛親氏に事情聴取が行われています。現時点で堀川氏はまだ何も話していませんが、事がここに至ればある程度の状況を推理する事は可能です」
「……お聞きしましょうか。その推理とやらを」
逢魔の試すような言葉に、榊原は『関ヶ原事件』……否、昨日、美作清香についに語る事ができなかった『涼宮清治殺害事件』の真相を語り始めた。
「関ヶ原事件のあった二〇〇三年七月三十一日から八月一日にかけての状況を改めて整理してみるとこうなります。第一に、涼宮清治は葛原光明の言葉を受けて涼宮事件に疑問を持ち、改めて事件を調べ直そうとしていた事。第二に、この涼宮清治の心変わりは、涼宮事件の隠蔽工作に加担していた堀川、安住、雪倉の三家からすれば身の破滅以外の何物でもなかった事。第三に、問題の三家は目的のためなら殺人もいとわなかった事。そして第四に、関ヶ原事件の関係者である江橋統一と高円仄美がドライブでこの村を訪れた可能性が存在するという事。ここまでは理解できますか?」
「無論ですな。それで?」
「まず、美作清香の発言及び第一から第三の状況から、七月三十一日に問題の三家が涼宮清治を村のどこかで殺害した可能性を事実と仮定します。しかし、そうなると大きな問題が一つ発生する事になる。言うまでもなく、殺害した涼宮清治の遺体の処理です」
「確かに、それはそうでしょうなぁ。もし探偵殿の推理が正しいのなら、涼宮清治はあくまで『失踪』扱いにしなければならない。となれば、遺体は誰にも発見されないように処分する必要がある。可能であるなら、村の外に運び出して村とは無関係の場所に処分したいところですなぁ」
「えぇ、万が一にでも村の中で遺体が見つかるような事があれば、嫌でも涼宮事件との関連を疑われてしまいますからね。さて、問題はこの状況に『第四の事実』……つまり『江橋統一と高円仄美が事件当日に蝉鳴村を訪れた可能性がある』という状況を加えると、どのような結果が生じるかという事です」
「……」
「状況的に、江橋統一と高円仄美が村を訪れた目的は純粋な観光……言い方を悪くすれば『興味本位』か何かだったのでしょう。で、ここからは推測になりますが……もし、この二人が村内のどこかで涼宮清治が殺害される瞬間を偶然目撃してしまったとすれば、どのような事が起こるでしょうか?」
「二人が涼宮清治の殺害を目撃した、ですかな?」
逢魔は呟くように榊原の言葉を繰り返す。
「えぇ。当然、犯人である三家の面々は目撃者である彼らを逃がさなかったはずです。そして同時に、先程も言ったように犯人たちは可能であるならば遺体を村外のどこかに遺棄したいと考えていた。そこで彼らは、目撃者である江橋統一たちに涼宮清治の遺体の遺棄を強要したのではないでしょうか」
「ほう」
逢魔は興味深そうに眼を見開き、榊原に先を促す。榊原もそれに応じて、自身の推理を話し続けた。
「恐らくは、捕まえた江橋統一と高円仄美の二人を引き離した上で、江橋統一の方に清治氏の遺体をどこか村から遠く離れた場所に捨ててくる事を命じた。脅迫材料は『言う事を聞かなければ、お前の彼女の命がどうなるかわからない』といったところでしょうか。相手は実際に目の前で一人の人間を殺害している上に、自分の命ならともかく、愛する彼女の命を盾にされては、江橋統一も言う事を聞かざるを得なかったはずです」
と、ここで逢魔が待ったをかけた。
「しかし、肝心の高円仄美は他ならぬ江橋統一の車のトランクから他殺体となって見つかったはずですぞ。これまでは『江橋統一が高円仄美を殺害して運んでいる途中で単独事故を起こした』という解釈が『関ヶ原事件』の真相という事になっていましたが、探偵殿の推理が正しいとすれば江橋統一に高円仄美を殺害する動機はなく、従ってこれまで考えられていた事件の構図が成立しなくなってしまいます。この点について、探偵殿はどう考えているのですかな?」
だが、榊原は全く動じる事なく真相を告げる。
「それは簡単な話ですよ」
「お聞きしましょうか」
「単純な事です。犯人である三家の面々は目撃者である江橋統一と高円仄美を自分たちが殺害した涼宮清治の遺体を遺棄するために利用しましたが、当然ながら目撃者である彼らを生かしておくつもりなど最初からなかった。そこで彼らに清治氏の遺体を処分させた上で二人を殺害し、その上で全ての罪を被害者である江橋統一に着せるという、彼らからすれば一石三鳥、我々から見れば残虐極まりない計画を立案したのです」
榊原の言葉に、逢魔は興味深そうな顔をする。榊原はそんな逢魔にさらに推理を続けた。
「先ほど言ったように、彼らは清宮氏殺害を目撃した江橋統一と高円仄美を捕まえた上で二人を引き離し、江橋統一の方には高円仄美の命を盾に清治氏の遺体の遺棄をするよう脅迫した。しかしその一方で、高円仄美の方についてはすぐにその場で殺害してしまい、江橋統一から車の鍵を奪った上で、彼に知らせる事なく車のトランクに彼女の遺体を入れておいたと考えれば、全てに説明がつくのです」
「ほう。高円仄美はその場で殺害されていた、ですか。随分と思い切った推理ですなぁ。それがもし正しいのならば、江橋統一はすでに死んでいる高円仄美を助けるために、清治氏の遺体の遺棄を引き受けた事になってしまいますぞ」
逢魔は皮肉めいた口調でそう言うが、榊原は気にする事なく推理を進めていく。
「恐らく、犯行はこのような手順で行われたのでしょう。まず、三家の面々は目撃者の二人を捕まえた上で引き離し、江橋統一から彼の車の鍵を奪いました。この村は車の乗り入れが禁止されていて、外部から来た車は南北の入口にあるいずれかの駐車場に停められている。そこで彼らはまず高円仄美を江橋統一に知られない場所で容赦なく殺害し、その遺体を江橋統一のトランクに隠した後に、何も知らない江橋統一の方には恋人の命を盾に清治氏の遺体を村から離れた場所に捨ててくるよう強要したのです。恋人を人質に取られた江橋統一はその要求を呑むしかなく、彼女の遺体がトランクにしまわれている事など知らないまま、後部座席に清治氏の遺体を乗せて村を出発。そのまま土地勘のある関ヶ原町まで戻り、町内のどこかに清治氏の遺体を埋めたのでしょう。そして、人質になっている恋人の高円仄美を取り戻すために彼らの指示に従って再び村に戻ろうと高速道路に入った所で、彼らがあらかじめ車に仕掛けておいた何らかの細工を作動させられて事故を起こし、そのまま死亡してしまったのです」
「ほほう? つまり、あの事故も偶然ではなく、三家の差し金によって引き起こされたものだったと?」
「えぇ。事件についての報告書を読む限り、ブレーキ部分に破壊の痕跡が認められたようなので、恐らくは仄美の遺体をトランクに隠した時にブレーキ系統に何らかの細工をしたのだと考えられます。その数年前に美作清奈と清香の母子が乗っていた車に細工をして崖から転落させた可能性が高い彼らなら、同じような細工を統一の車にする事は可能だったはず。恐らく、統一が遺体を処分して高速に入った辺りを見計らって遠隔で細工を作動させたのでしょう。もしかしたら、見張りの意味も込めて三家の誰かが密かに彼の車を尾行してタイミングを見計らっていた可能性もありますね。そして、その状況で警察が事故車両を調べれば、見つかるのは運転席で死亡している江橋統一と、トランクに隠されている高円仄美の他殺体です」
「なるほど、確かにそれだけを見れば、江橋統一が高円仄美を殺害して遺体を隠そうとしている途中に事故で死亡した、と解釈されても何の不思議もありませんなぁ。いやぁ、なかなかに上手い事を考えたものです」
逢魔は感心した風に言ったが、すぐに意地悪そうにこう続ける。
「ですが、確かに面白いものの、今までの話はあくまで探偵殿の推測に過ぎません。その推理が正しいという証拠はあるのですかな?」
「もちろん。この推理が正しいとすれば、事故を起こした江橋統一の車から毛髪や皮膚片など涼宮清治の痕跡が見つかるはずです。もちろん、肝心の事故車そのものはもうすでに処分されているはずですが、同時にこの車は高円仄美殺害事件の証拠物件そのものですから、事故直後に鑑識が車内を徹底的に調べて押収した微細物などが今も警察か検察の証拠保管庫に保管されているはず。その押収物の中から清治氏に繋がる何らかの痕跡が見つかれば、少なくとも江橋統一が清治氏の失踪に関与していた事は立証できると考えます」
「ふむ……」
逢魔は榊原の指摘をやや真面目な顔で考え込む。
「それに、遺体の隠し場所はともかく、犯人たちは村の中で少なくとも涼宮清治と高円仄美という二人の人間を殺害しているはずです。この村で人知れず殺害が実行可能で、なおかつ江橋統一たちのような外部の人間に偶然目撃されてもおかしくない場所となるとかなり限られる。人知れず殺害するだけなら彼ら自身の屋敷という可能性も考えられますが、この場合だと江橋統一たちが偶然目撃できたとは考えにくい。涼宮清治氏本人の家の中という可能性も同じ理由で排除できますし、そもそも実際に家の中を調べてみましたが、殺害の痕跡は確認できませんでした」
「そうなると、考えられる場所は……ふぅむ、千願寺、くらいなものでしょうかなぁ」
逢魔の言葉に榊原も頷く。確かに榊原の言う条件に当てはまりそうな場所となると、人が滅多に立ち入らず、事情を知らない外部の人間が怖いもの見たさ、あるいは肝試し目的で訪れる可能性がある千願寺くらいしか考えられなかった。
「私もそう考えます。となれば、千願寺に二人を殺害した何らかの痕跡が残っている可能性があるという事です」
「しかし、肝心の千願寺は焼け落ちてしまいましたぞ。仮に痕跡があったにしても、今さら証拠も何もないのではないですかな」
逢魔のもっともな指摘に、しかし榊原はひるまない。
「確かに。ですが、そこで問題になるのが、そもそも昨日、堀川盛親がなぜあのタイミングであの廃寺に行ったのかという点です。本人はその点について今も口を閉ざしていますが、身柄拘束後に行われた身体検査の結果、不審な所持品が発見されたのです」
「不審な所持品、ですかな。一体それは?」
「一種の『血判状』とも言えるものです」
「ほほう」
逢魔の目が一瞬光ったのを亜由美は見逃さなかった。
「血判状とは……随分古風な話ですなぁ」
「正確には、堀川家、安住家、雪倉家の主要人物の名前と血判が押された手ぬぐいのようなものでしてね。どうやら犯人の三家は、一連の犯行を終えた時点で今後この中から裏切り者を出さないように血判状のようなものを作り、それを千願寺の境内に隠しておいたらしいのです。まぁ、そうしたくなる気持ちもわかります。本来利害が対立している三家の人間がこれだけ大人数の共犯で殺人をする以上、裏切り対策は事実上必須とも言えますから。しかも、その血判状に使われた手ぬぐいからは、高円仄美のものと思しき皮膚片が検出されているのです」
そこで逢魔は何かピンときたようだ。
「なるほど。その手ぬぐいは高円仄美を殺害した凶器、ですかな」
「えぇ。捜査資料によると、高円仄美は布状のもので首を絞められて殺害され、その凶器は見つかっていないという事ですのでね。恐らく、関ヶ原事件の真の犯人である三家の面々はこれをずっと千願寺の本堂のどこかに隠しておいたのでしょう。しかし、事件が長引き、村のどこで次の事件が起こってもおかしくなくなった事により、将来的に千願寺が警察に捜索される危険性が出てきてしまった。だからこそ犯行に加担したメンバーの最後の一人である堀川盛親は、地震で村が混乱状態に陥ったあのタイミングを見計らって、関ヶ原事件の決定的な証拠となるこれを絶対安全な場所へ移してしまおうと考えたのです」
「絶対安全な場所というのは?」
「言うまでもなく、堀川家の屋敷内です。あの屋敷は堀川頼子の死が確定した時点で警察による家宅捜索を受け、徹底的な捜索がなされています。逆に言えば、一度捜索した場所であるが故に、今後事件が起こったとしても屋敷内が現場になりでもしない限りは警察が再捜索する可能性はかなり低い。だからこそ堀川盛親は危険を冒して千願寺へ向かい、そこを機会をうかがっていた美作清香に襲撃されてしまったのでしょう」
「ふむ、もっともらしく聞こえますが、何というか、素人の浅知恵としか思えない話ですなぁ。その程度の工作で警察が誤魔化されるわけがないでしょうに」
「確かに、これは素人の浅知恵でしょうね。とにかく、経緯はどうであれ堀川盛親がこの決定的な証拠を所持していた以上、言い逃れはもはや不可能と思われる次第です」
榊原はさらに指摘を続けていく。
「さらにもう一つ。仮に犯行が千願寺で行われたとして、関ヶ原町から来た江橋たちは自分たちの車を南側の入口にある駐車場に停車していたはずです。しかし、千願寺から南の駐車場までは距離がある。最終的な遺体の遺棄は江橋の車で行ったとしても、千願寺から江橋の車がある駐車場まで二体の遺体を人目に触れないように運ぶ必要があるわけです。ですが、問題の三家が犯人なら、林業や建築業といった業務目的で村の中を移動できる車を持っていたはずですから、この問題は解決します。これらの業務用の車で千願寺から南の駐車場まで遺体を運搬すればいいだけの話なのですから」
そこまで説明した時点で、逢魔は何かピンときたようだった。
「……なぁるほど。つまり、その三家が所有する業務用の車にも何らかの痕跡が残っている可能性があると?」
「えぇ。具体的には涼宮清治や高円仄美の遺体の痕跡、さらに言えば拘束した江橋統一の痕跡などですね。それらのうち一つでも見つかれば、彼らがこの一件に関与していた立派な証拠になるはずです」
「いやはや、確かにそれは決定的な証拠でしょうな。いやぁ、こうして考えてみると、証拠というものは思いの外出てくるものなのですなぁ」
ククッと笑いながら、逢魔は改めて榊原を見やる。
「話はわかりました。それで、この後『関ヶ原事件』はどうなるのですかな?」
挑むような逢魔の言葉に、榊原はあくまで冷静に答える。
「こうして新事実が明らかになった以上、確実に再捜査になるでしょうね。これだけ大事になっている以上、どれだけ過去の膿が出ようと、県警も再捜査を躊躇する事はないでしょう。心配なのは関ヶ原町のどこかにあると思われる肝心の涼宮清治氏の遺体が見つかるかどうかですが……それは、生き残った堀川盛親の証言次第でしょうね」
「堀川氏は遺体の隠し場所を知っていると?」
「えぇ、必ず江橋統一に報告させているはずです。遺体の場所がわからないというのは、いざという時の事を考えると、彼らからしてもまずい話のはずですから」
「ふむ、なるほど。一理ありますな」
そう言ってから、不意に逢魔は声のトーンを変えてこんな問いを発する。
「しかし妙な話ですなぁ。確かに驚きの真実ですが、わざわざその事件についての話をするためだけに、こうして小生の元を訪れたというのですかな? 親切にもネタを提供しに来てくださったというわけでもないでしょうし、何か他に目的があるのではないですかな?」
表面上はおどけつつも、その視線をジッと榊原に向ける逢魔に対し、榊原はそれに気付かぬ風に何気ない口調でこう続けた。
「話は変わりますが、事件の捜査をする中であなたに関わる事で少し気になる事がありました」
「気になる事、ですかな? それこそ小生が気になる話ですなぁ」
茶化すように言う逢魔に対し、榊原は淡々と事実を告げていく。
「ある人物に話を聞いた時の事です。その時偶然、今回の事件を捜査している柊警部の話になったんですが、私が『柊警部も大変です』というような事を言った時に、その人物は『それが彼の仕事だ』というような答え方をしたんです」
「ふむ……一見すると何もおかしくないやり取りに聞こえますな。しかし、探偵殿が目を付けたという事は、何かあるのでしょうなぁ。ぜひとも小生に教えて頂けますかな?」
逢魔は試すように言う。榊原はそれに正面から答えた。
「話は簡単でしてね。その人物、まだ一度も柊警部に会った事がないにもかかわらず、なぜか柊警部の事を『彼』……つまり、『男性』と明確に認識していたのです。不思議な話だとは思いませんか?」
その瞬間、榊原と逢魔の視線が鋭く交錯した。
「……単にイメージの問題ではないのですかな? 誰がその言葉を言ったのかは知りませんが、こう言っては何ですが、『警部』と聞いてそれが女性だと思う人間はそう多くないと思うのですが」
「えぇ、確かに。しかし、かすかな違和感とはいえ気になったのも事実。だから県警に頼んで、その人物について急遽調べてもらいました」
と、逢魔は首を振りながら肩をすくめるようにして告げる。
「回りくどいのはなしにしましょう。単刀直入に聞きますが、その『ある人物』とやらは誰ですかな? まさか、小生とでも言うおつもりですかな?」
からかうような口調ではあるが、すでに逢魔の目は笑っていない。そんな逢魔に、榊原は遠慮なくその名を告げた。
「では、はっきり言いましょう。その発言をした人物……それは事件の途中でこの村にやってきたあなたの担当編集者にして妻でもあるという……講英館の不破関美さんです」
その言葉に、逢魔はスッと目を細める。
「ほう。探偵殿は彼女が……小生の妻が怪しいとでも言うつもりですかな?」
「何分、今回の事件では様々な人間が様々な裏の顔を持っているものでしてね。とにかく、調べてもらった結果、戸籍の情報から彼女の『本名』がはっきりしました。そしてその『本名』を知った時点で、私は彼女がこの事件でどんな役割を担ったのかも、はっきりと理解できたのです」
「ほう? ではお聞きしましょうかな。小生の妻の『本名』とは、一体何だったのですかな?」
挑むような逢魔の問いかけに、榊原はあっさりと答える。
「彼女の本名は『江橋節美』。関ヶ原事件の被疑者・江橋統一の妹で、その後に起こった日沖勇也による江橋一家殺害事件……通称『日沖事件』における唯一の生存者だった女性です」
榊原の言葉に、逢魔は何の反応も見せずに話の先を促した。
「そもそも、名前からして意味深でしたからね。『不破関美』……関ヶ原事件の舞台が『岐阜県「不破」郡「関」ヶ原町』である事を知っていれば、そこからつけた偽名ではないかと考えても不思議ではありません」
「……」
「それに、不破関美が江橋節美だとするならば、彼女は柊警部の顔を以前から知っている可能性が高い。柊警部は日沖事件の担当刑事でしたからね。唯一の生存者だった彼女には確実に話を聞いていたはずです」
「ふむ、なるほど。論理的帰結という奴ですなぁ」
面白そうに言う逢魔に対し、榊原は一気に切り込んでいく。
「そして、彼女が江橋節美だと考えると、あなたが関ヶ原事件を題材とした小説を書き、そして新作を書く名目でこの村に滞在していた理由にもおぼろげながら説明がつく。あなたの目的は妻である江橋節美の兄であり、その後起こった日沖事件の遠因にもなった江橋統一に対する汚名を返上する事。そのために関ヶ原事件を題材とした小説を書くという名目で取材を行い、さらにそこから蝉鳴村で起こった事件とのつながりを掴んでこの村での調査を続けていた。違いますか?」
「……」
逢魔は一瞬、真面目な顔をして黙り込んだ。が、すぐに元の表情に戻ると、ポツリと呟くように言った。
「……そうですなぁ。戸籍まで調べられている以上、これ以上、探偵殿に言い逃れはできそうになさそうですなぁ」
そして逢魔は芝居がかった仕草で一礼し、真実を告げた。
「いかにも、探偵殿の言う通り。小生がこの村に来たのは我が愛する妻『不破関美』改め『江橋節美』の実家にかぶせられた悪しき汚名を晴らす事が目的でした。今回の一件でその目的は何とか達せられたようで、探偵殿には感謝を述べねばなりますまい」
「……詳しく教えてもらえますね?」
榊原の言葉に、逢魔は素直に頷いて、事の真相を話し始めた。
「事の発端は、あの関ヶ原事件でした。妻の節美は大学卒業と同時に大手出版社の講英館に就職し、そこで新米編集者として充実した毎日を送っていたのですが、就職から一年程が経過した頃にあの関ヶ原事件が起こり、彼女の兄の統一殿が被疑者死亡のまま殺人犯として疑われる事になってしまったのです。彼女の家族はそれでも統一殿の無実を信じていたのですが、その態度が世間からバッシングを浴び、ついには日沖事件などというふざけた事件が起こる事になってしまいました。事件当時たまたま帰省していた彼女もそれに巻き込まれて死にかけ、何とか編集者として復帰はしましたが、以降は世間からのバッシングから逃れるために『不破関美』のビジネスネームを使うようになったと聞いています」
そこで一度言葉を切り、榊原たちの反応を伺ってから逢魔は話を続ける。
「小生が妻の江橋節美と出会ったのは、関ヶ原事件が起こってから一年ほど経った頃でしてなぁ。その当時、小生がデビューした時の担当編集者が昇進で担当を外れて、入れ替わりで小生の後任担当編集者になったのですが、そこで次の小説の題材を探していた小生に対し、彼女は自身の正体を明かした上で『関ヶ原事件を題材にしてみないか?』と持ち掛けてきたのですよ」
「彼女が自分から言い始めたと?」
「はい。その目的は取材名目で関ヶ原事件をもう一度調べ直し、事件についての新たな資料を入手することでした。江橋家の人間である彼女自身が事件を調べ直す事は、日沖事件が起こってしまった事を考えるとかなり危険が高く、いらぬバッシングを引き起こす可能性もある。だからこそ、事件とは関係のない小生が取材名目で調べた方がいいと彼女は考え、進んで小生の担当編集になるよう志願したという事です。概要を聞いて、小生もこの事件には何かあると思いましたのでな。彼女との取引に応じ、小説を書く傍らでこの事件について調べる事にしたのですよ」
「そして、あなたは関ヶ原事件を題材にした小説『呪武者』を発表した」
「秘密裏に調べている以上、小説の内容はこれまでの『江橋統一犯人説』をベースにしたものにせざるを得ませんでしたが、確実に事件についての情報は集まっていて、小生もこの事件には何か裏があると確信するようになっていました。まぁ、あの内容の小説を発表する事で、世間の目をそらせたかったという意味合いがあった事も事実ですが、そんな中で小生は彼女と結婚しました。何といいますか、一緒に事件を調べている間にかなり馬が合いましてなぁ。いつしか互いに魅かれあうようになって、めでたく結ばれた次第です」
「……」
「そして、集まった情報を調べているうちに、関ヶ原事件にこの蝉鳴村が関わっている可能性が浮かび上がった。しかも、蝉鳴村では過去にいくつも事件が起こっていてかなりきな臭い状況だった。ここに至って、小生と妻はこの村に何かあると確信するに至ったというわけです」
「あなたが、関ヶ原事件と蝉鳴村の関連に気付いたきっかけは何だったのですか?」
榊原の問いかけに対し、逢魔は肩をすくめながら答える。
「なぁに、特別な事は何もしていませんぞ。ただただ、探偵殿と同じような思考回路で論理を積み重ねただけでしてな」
「論理、ですか」
「左様。まず、関ヶ原事件を調べるにあたって気になったのは、やはりあの報告書にも書かれていた『事件前に江橋統一氏の車が往復約三〇〇キロメートルを移動している』という事実でした。結局、捜査では彼らが事件当時どこに行ったのかはわかっていないようでしたので、まずはその場所を特定する作業から始めたわけです。江橋統一が犯人でないとするなら、その訪問先で関ヶ原事件の原因になった何かが起きたと考えるのが一番自然でしたのでなぁ。なので、関ヶ原から半径一五〇~一六〇キロの場所にある自治体をピックアップし、二〇〇三年七月三十一日の午後にそのピックアップした自治体で起こった事件を片っ端から調べたというわけです」
逢魔は何でもない風に言っているが、それがどれだけ大変な作業だったのかは亜由美にもよく理解できた。
「関係ない事がすぐにわかる事件も多かったですが、曖昧なものは直接調べに行ったりもしました。まぁ、そんなこんなで一年ほどかけて条件に当てはまるあらゆる事件を調べ上げたわけですが、そんな中で最後まで残ったのが、この蝉鳴村で起こったという一人の男の失踪事件でした。言うまでもなく、涼宮清治氏の失踪事案です。新聞にも載らない小さな事件でしたが、きな臭さという意味では他の追従を許さない案件だと直感しました」
「その理由は?」
「いくつかありますが、失踪した当人があの有名な涼宮事件の被害者の父親だったという時点で、怪しさがプンプン漂っていました。しかも最高裁で加藤柳太郎氏の無罪が確定した直後の失踪です。無罪が確定したという事は、言い換えれば涼宮事件が未解決事件へと戻った事を意味する。その未解決事件の関係者が関ヶ原事件と同じ日に行方不明になっていた。確かに繋がりは細いですが、何かあるかもしれないと思うのは自然な成り行きだと思いませんかな?」
そう言ってから、逢魔は声を低くする。
「ただ、一作家に過ぎない小生では調べられる事に限界がありましてなぁ。まして、相手は閉鎖的な山奥の小村。外からでは何もできません。だから、それ以上の事を調べるには、危険を冒してでも懐に飛び込む必要があったというわけです」
「それで、小説の執筆を名目にこの村に?」
榊原の確認に、逢魔は頷きを返す。
「そういう事ですな。ただし、『名目』と言うのは少し違いますぞ。関ヶ原事件について調べ直そうとしたこと自体は事実ですが、同時に涼宮事件を題材に小説を書いてみたかったというのも本心ですからなぁ。小生、嘘をついた覚えは微塵もありませんぞ」
クックックッと気味の悪い笑い声を上げながら逢魔は言葉を続ける。
「もっとも、そこまでしても、残念ながら大した事はわからなかったのですよ。こうして懐に飛び込んでも、この村の抱える闇は想像以上に深かった。無理に調べると冗談抜きで小生や妻の身に危険が及ぶ可能性もありましたので、当面は村に溶け込む事を優先せざるを得なかったのです」
「溶け込む、ね」
榊原が意味深な言葉を返す。正直、彼がこの村に溶け込めていたかどうかについてはいささか疑問符がつくところではあったが、今それを指摘するのは野暮だと思ったのか、榊原はその点についてそれ以上突っ込むような事はしなかった。
「何にしても、この件については長期戦になる事も覚悟していたのですが……まさか、今になってここまで急展開するとは思っていませんでしたなぁ。いやはや、参りましたよ。さすがに本物の探偵殿は違いますなぁ」
そう言ってカッカッカッと笑い声を上げると、逢魔は余裕綽々の表情で榊原を見やった。
「さて、一通りの説明は致しましたが、他に何か聞く事はありませんかな? 今なら出血大サービス、何にでも答えますぞ」
おどけるようにそんな事を言う逢魔に、榊原は遠慮なく質問をぶつけた。
「確か以前聞いた話では、あなたが涼宮事件に興味を持ったのは、知人である写真家の魚肥由紀也氏から事件の話を聞いた事がきっかけという事だったはずですが、それは嘘だったのですか?」
「あぁ、それですかな。断っておきますが、魚肥君が涼宮事件の時にこの村にいた事や、彼が小生の知人であるという話は本当ですぞ。彼から涼宮事件の話を聞いたという点についても嘘はありません。ただ、いささか順番が逆でしてな。正確には、節美君に頼まれて関ヶ原事件について調べているうちに先程の経緯で涼宮清治氏の失踪事件を知り、そこから清治氏の事を調べると、涼宮事件が起きた時にアリバイの証人となった写真家が偶然小生の知人だったとわかって彼から話を聞いたという話です。もっとも、大学の同じ講義に出席して数回話しただけの間柄に過ぎませんが」
「それでよく知人などと言えましたね」
「『知人』には違いないでしょう。小生は彼の事を『友人』とも『親友』とも言った覚えはありませんぞ。単に『見知った人間』だっただけの話です」
逢魔は悪びれもせずにそんな事を堂々と言う。これには榊原も苦笑いする他ないようだった。
「ところで、あなたはこれからどうするつもりですか? こうして関ヶ原事件の真相が明らかになった以上、あなたの目的は達せられたはずでは?」
榊原の確認に対し、逢魔はせせら笑いながら反論する。
「まさか。さっきも言ったように、涼宮事件を題材にした小説を書く事も小生の目的の一つですからなぁ。それが完成するまで、この村を離れる気はありませんぞ。今回の事件で、題材そのものもかなり増えた事ですしなぁ」
「たくましいですね」
「そうでなければ作家などという仕事はやっていけませんぞ」
「そういうものですか」
「そういうものですよ」
そして逢魔は、大きく両手を広げてさっぱりした風に言う。
「さて、小生に話せることは本当にこれで全てです。まだ何かありますかな?」
そう言って話をまとめようとする逢魔に、榊原は静かに言葉を返す。
「では、最後に一つ、お聞きしても?」
「聞くだけならば自由ですが、何ですかな?」
「結局、あなたの本名は何だったのですか?」
その質問は予想外だったのか、逢魔は目を丸くして榊原を見やったが、榊原が真面目な表情で自分を見ている事に気付いたのか、いつも通りどこか皮肉めいた笑みを浮かべてこう答えたのだった。
「そうですなぁ。それは最後まで秘密としておきましょう。作家のはしくれたる小生としては、そういう事件と関係ない小さな謎が残るというのも余韻があってよいものだと思うのですが、いかがですかな?」
逢魔のそんな言葉に対し、榊原はそれ以上何も言う事なく、苦笑気味にゆっくりと首を振ってこの会談を終えたのだった……。




