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蝉鳴村殺人事件  作者: 奥田光治
第二部 殺戮編
21/57

第七章 蝉地獄

 榊原と海彦は、しばらく目の前に広がる惨劇にどうする事もできず、ただその場に佇んでいた。が、いつまでもこうしているわけにはいかない。状況こそ異常かつ猟奇的ではあるが、これは明らかに変死事件であり、状況的には殺人の可能性さえある。だとするなら、一刻も早い捜査が必要だ。

「ど、どうしたら……」

 震える声でそんな事を言う海彦に、榊原は努めて冷静に告げた。

「……ひとまず警察に通報を。明らかに変死もしくはそれに相当する状況ですので」

「い、医者を呼ばなくてもいいんですか? もしかしたら、彼女がまだ生きている可能性だって……」

 海彦がすがるように言うが、榊原は無言で頭を振ってこう告げた。

「できる事なら私もそう思いたいですがね……眉間に穴をあけられて生きている人間がいるとはとても思えませんのでね」

「え……」

 そう言われて慌てて海彦は懐中電灯を空蝉で彩られた稲美の死体へと向ける。すると、空蝉がくっついていてわかりにくいが、確かに眉間にぽっかりと穴が開き、そこから血が糸のように垂れているのが見えた。空蝉の事がなくとも、これだけでも充分に猟奇的な犯行である。

「銃で眉間を一発。ほぼ即死でしょうね。もちろん正式な司法解剖は必要でしょうが……少なくともあの状況ではこの距離からでも生きていない事は確実です。むごい話ですが……」

「そんな……」

「やはり蝉が鳴き出す前に聞こえた破裂音は銃声だったのでしょう。問題は、被害者を殺した銃がどこから出てきたのかという事です」

 そして、それを考えた場合、ある最悪の可能性が浮かび上がってくるのだ。何にせよ、こうなった以上は身分を隠している場合などではない。榊原は携帯を取り出すと、すぐに柊に電話をかけた。相手はすぐに出る。

『柊です』

「榊原です。今、神社の境内を確認しました。結論から言えば……最悪の事態です」

『何かあったんですか?』

 電話口の向こうで柊の声が厳しいものになる。榊原は余計な前振りは無用と考え、この場では端的に事実だけを述べていく事にした。

「境内に死体が転がっています。被害者は蝉鳴学校教師の飯里稲美と思われ、銃で眉間を撃たれて即死と思われます。その他、境内はやや異常な状況が広がっていますが……詳しくは直接現場を見て判断してください。とにかく、現場の指揮監督役がいりますので、すぐに来てもらいたい」

 飯里稲美の遺体がある……それを聞いて柊は一瞬息を飲んだが、さすがに県警本部刑事部の警部だけあってすぐに気持ちを切り替えたようだった。

『わかりました。すぐに向かいます』

「お願いします。それと……大津留巡査は見つかりましたか?」

『いえ、それが……さっきから探しているのですが、どこにも見当たらなくて……』

 それを聞いて、榊原は自身の「最悪の予想」が的中した事を悟った。

「村人に言って、大至急探し出すように言ってください。この犯行には銃が使用されています。日本の、それもこんな山奥の山村では、銃器は限られた場面でなければ入手できません。もしこの犯行が村人の所有する猟銃などによるものではないなら、凶器の銃の入手先は……」

『……』

 柊は黙り込む。彼もその「最悪の可能性」に気付いているようだった。

「とにかく現状、神社の遺体を最優先に捜査するしかありません。一刻も早くお願いします。それと、岐阜県警本部にもこの状況を連絡してください。こうなった以上、我々だけで事件に対処するのは不可能に近い。県警の応援が必須です」

『了解しました。では、後で』

 電話が切れる。とにかく、大切なのはこの異常な犯行現場を保存しつつ、御神木まで近づいて至近距離から遺体の確認をする事だが、それらは正式な司法警察職員である柊が来てから行うべきだろう。

「とにかく、こう暗くてはどうにもなりません。明かりか何かはないんですか?」

 榊原が尋ねると、海彦は声を引きつらせながらも何とか答えた。

「しゃ、社務所の明かりを点ければ少しは明るくなると思いますが……」

 見れば、蝉の亡骸や空蝉は社や御神木の辺りに集中しており、社務所の方にはそこまでないようだ。社を避けるように大回りすれば、何とか現場を荒らす事無く社務所までたどり着く事はできそうだった。

「行くしかなさそうですね」

 榊原はそう言うと、海彦と共に社務所の方へ移動し始めた。できるだけ蝉の亡骸や空蝉を踏まないよう慎重に大回りで移動し、数分かけて何とか社務所の入口まで到達する。そしてすぐに海彦が鍵を開け中に入り、榊原立会いの下で社務所内のあらゆる部屋の電気をつけると、窓から漏れる光で何とか境内の様子が懐中電灯なしでも確認できるようになった。

「鍵がかかっていて、他にも侵入した形跡がないという事は……事件発生時、社務所に侵入した人間はいないようですね」

「えぇ。見た限り、ここを出た時と様子は変わっていないと思います」

 そんな事を言いながら再び社務所の入口に戻り、改めて現場となった境内を見やる。明かりが照らされた事で現場の異常さはなおさらよくわかるようになっていたが、それでも真っ暗闇の中でこの光景を見せつけられるよりははるかにましだった。

「次はどうします?」

 海彦の問いに、榊原は即座に応える。

「社務所内にカメラ、もしくはビデオカメラはありますか?」

「え、えぇ。私物のカメラならありますが……」

「後の捜査のために、この現場を撮影しておく必要があります。県警本部の鑑識が来るまで時間がかかるでしょうから、できる限り我々で写真を撮影しておきましょう」

「わ、わかりました。すぐに持ってきます」

 海彦は一度引っ込むと、すぐにカメラを片手に戻って来た。

「フィルムは二、三本まだ予備がありますので、遠慮なく撮ってもらって結構です」

「ありがとうございます」

 そう言うと、榊原はまず社務所の前から連続して現場の写真を何枚か撮影し始めた。それが終わると再び慎重に入口の鳥居の前まで戻り、そこからもさらに撮影を続ける。その上で、海彦にはさらに指示を出していた。

「あと、ホウキを用意しておいてください」

「何に使うんですか?」

「柊さんが到着したら、飯里さんの遺体に近づいて状況を確認します。現場の写真を撮影して現場状況の保存を終え次第、ホウキで蝉を掃いてあそこまでの道を作り、遺体の死亡確認を行いますので」

 その言葉に、海彦が再び社務所内に引っ込んでホウキを持ち出したところで、ようやく石段の方から柊が登ってくるのが見えた。

「榊原さん!」

「来ましたか。まぁ、これを見れば状況は一目瞭然ですよ」

 そう言って境内を示す榊原に対し、実際の境内の様子を見た柊は、さすがに一瞬呆然とした表情を浮かべていた。

「これは……一体何がどうなって……」

「それをこれから我々で調べなくてはなりません。県警本部への応援は?」

「あ、あぁ、大丈夫です。さっき済ませました。うちの刑事部長がすぐに捜査一課に出動命令を下して、朝になったら主要な捜査員を航空警察隊のヘリで先行させて、他の捜査員は陸路で適宜入村するとの事です」

 確かに、この村に続くあの細い山道を考えるとそれが最善の方法ではあるだろう。

「この村にヘリが着陸できる場所は?」

「緊急事態ですので、昼間訪れた蝉鳴学校の校庭に着陸する事を許可してもらおうと思っています。あの校庭のスペースなら問題ないでしょう」

 と、ここで榊原は声を潜めて尋ねた。

「それで、大津留巡査は?」

「まだ連絡がつきません。正直かなり心配ですが、この状況では我々にはどうする事もできません。対処するには捜査する人間が少なすぎます」

 大津留の所在が不明である現状、それができるのは柊と榊原だけである。状況は明らかに緊迫していた。

「ひとまず目の前の状況に対処する必要がありますね。まぁ、御覧の有様なわけですが……何にしても、御神木の遺体に近づく必要があります。そのためには、この蝉の亡骸の海を突っ切る必要があるわけですが、そのために現場に手を加える許可及び立ち合いを警察の柊警部にしてもらわなければなりません。無許可でやると、後で証拠隠滅の疑いが発生してしまいますから」

「……そうですね。わかりました。記録を残し次第、必要最低限、遺体に接近するためにこの現場に手を入れる事を警察官として許可します」

 柊ははっきりとそう言った。これで、遺体に接近するための法的な障壁は消え去った。と、そこへ困惑した様子の海彦が近づいてくる。

「あの……さっきから気になっていたんですが、あなたたちは一体? ただの探偵さんじゃないんですか?」

「失礼」

 そう言うと、柊はこの村に来てから大津留以外には見せなかったもの……『岐阜県警警部』の文字が書かれた警察手帳を海彦に示した。

「け、警察の方だったんですか?」

「えぇ。ついでに言えばそちらの榊原さんも、今でこそ私立探偵ですが、かつて警視庁刑事部捜査一課で警部補をされていた方です。事がこうなった以上、もう身分を隠す意味もないでしょう。これから県警本部が来るまで、この事件に対する責任は警察官である私が持ちます。油山さんも指示に従ってください」

「それは、もちろんですが……」

 そんな事を言っている間に、榊原は概ね現場の写真を撮り終えたようだった。

「ひとまず、必要な記録は残せたと思います」

「では、始めましょうか」

 そう言うと、榊原と柊はそれぞれホウキを持って、いよいよ遺体のある御神木に近づく作業を始めた。さすがに海彦は鳥居の辺りで待機となったが、榊原と柊はホウキで慎重に蝉の亡骸や空蝉を掃きながら、それでもなるべく証拠を消さないように御神木の遺体へ続く小道を作っていく。そして、それから十五分ほどかけて、ようやく彼らは蝉の亡骸や空蝉に埋もれた飯里稲美の遺体のすぐ近くにまで到着した。この時点で、すでに遺体発見から三十分以上が経過していた。

「どうですか?」

 柊が遺体を調べる榊原に尋ねるが、榊原は黙って首を振る。遠目から見てもわかっていた事だが、はやり彼女はすでに死亡しているようだった。

「詳しくは解剖してみないとわかりませんが、死後一時間以内でしょう。破裂音が聞こえた瞬間が死亡時刻と見て間違いないと思います。死因は……」

 榊原はそう言って彼女の額に開いた銃創を見やる。

「一発ですね」

「即死と見て間違いないでしょう。焦げ跡がないから至近距離からの発砲ではなさそうです。ただ、弾はどうやら頭部を貫通して後ろの御神木の幹にめり込んでいるようですね。至近距離からではありませんが、だからと言って遠距離からの狙撃でもない。発砲距離は一メートルからせいぜい五、六メートルと言ったところでしょうかね」

「そしてこの口径……明らかに猟銃ではなさそうですね。猟銃だったらもっと散弾状の銃創になるはずですから」

 柊が少し深刻そうな表情で告げる。

「えぇ。おそらくは……小口径の拳銃」

「……だとするなら、事件はまだ終わっていないかもしれませんね。残念ですが」

 と、その時不意に榊原の携帯が鳴った。取り出して画面を出ると、そこには『宮下亜由美』の名前が躍っている。榊原が電話に出ると、電話口から切羽詰まった声が聞こえてきた。

『あ、榊原さん! 私です!』

「何かあったかね?」

『そ、それが……大変な事に……』

 どうやら、亜由美の方でも何かがあったらしい。

『さっき連絡があって……西の橋の方で駐在さんの遺体が見つかったんだそうです! 今、村中が大騒ぎになっています!』

「大津留巡査の遺体?」

 その言葉に、傍で聞いていた柊もギョッとする。

『今、村人たちはそっちに集まっています! わ、私はどうしたらいいですか?』

 少し声を上ずらせながら亜由美が問う。それに対し、榊原は独り言のように呟いた。

「どうやら、恐れていた事が現実となってしまったようだ」

 いずれにせよ、駐在である大津留が殺されたという話が本当なら、現場を取り仕切る人間がいないという事に他ならない。そうなれば、混乱状態の村人によって現場が荒らされ、証拠が散在してしまう危険性さえあった。こうなっては、現職の警察官である柊か、元警視庁の刑事である榊原のいずれかが現場に行って現場の封鎖作業を行うしかないが……

「一人だけ行くという選択はないですね。ただでさえ我々は余所者ですから、一人では村人たちを押さえきれない可能性があります」

 榊原の言葉に、柊がすかさず反論する。

「だからと言って、この神社から二人とも離れるわけにもいきません。少なくとも、ここに残って誰も境内に入らないよう見張る役目が必要です」

 と、その言葉に近くにいた海彦が恐る恐る手を上げた。

「な、なら、私が残ります。そもそもここは私の神社ですし……」

 だが、榊原の表情は厳しかった。

「ありがたいですが、それでも一人だけというのはまずい。失礼な事を言いますが、あなただけでは村人に押し切られる可能性がありますし、万一後の捜査でこの現場から何か不正のような物が見つかってしまった場合、見張っていたあなたに不正を実行した疑いが発生してしまう可能性がある。そうした事態を避けるためにも、二人以上でここを見張る必要があるんです」

 もっとも、実際に口には出さなかったが、榊原としては実際に海彦が何らかの形で犯行に関与していて、自分たちが離れた後に現場に細工をする可能性を捨てきる事ができないという思いもあった。もちろん、事件当時自分たちと一緒に行動していた海彦が犯行に関わっている可能性は限りなく低いが、それでも探偵として、万が一の事は考えなければならない。向こうも暗にそれに気づいたのか、しかし榊原の立場もわかるだけに、何とも複雑そうな表情を浮かべる。

 と、その時だった。

「だったら、私も一緒に残ります」

 そんな声が石段の方からし、振り返ると青ざめた表情ながら、この神社の現巫女である左右田常音が鳥居の下に立っているのが見えた。

「君は……」

「神社で何かあったと聞いて来ました。想像以上にひどい状態のようですが……」

 そう言いながら、常音は境内の惨状を見ながらも、巫女としての立場があるのか気丈に振る舞う。

「巫女の私なら、村人たちが無茶を言っても説得する事ができます。見張りにはうってつけだと思いますが」

「それは……そうだが……」

 だが、いくらこの村では巫女として崇められているとはいえ、彼女自身はあくまで一介の女子大生に過ぎない。そんな彼女に現場を任せる事に一瞬榊原も躊躇したが、同時にそれしか手がない事もわかっていた。

「……この状況です。ここに二人で残るとなると、いささか辛いかもしれませんが、それも覚悟の上ですか?」

「構いません。これも巫女としての責務です」

 常音はあくまで表面上は冷静に言う。ここまで言うなら、それを断る理由はなかった。

「いいですか、あくまで見張るだけにしてください。現場には絶対に足を踏み入れない事。そして、交代要員が来るまで絶対に互いにその場を離れない事を約束してください。一人きりになる時間を絶対に作らない事。もしどちらか一人の時間ができてしまうと、後で警察から痛くもない腹を探られることになりかねません」

 榊原の忠告に、海彦と常音は深く頷いた。

「向こうの捜査が一通り終わり次第、私か柊さんのどちらかがここへ戻ってきます。それまで我慢できますか?」

「もちろんです」

「では、話は決まりです。少しの間、お願いします」

 そう言うと、榊原は再び電話の向こうの亜由美に話しかけた。

「君は今どこだ?」

『ええっと……どうすればいいかわからないので、ひとまず現場の方へ向かっていますが』

「それでいい。現場に着いたら、村人たちが現場に手を出さないか見張っておいてくれ。ただし、見張るだけでいい。下手に前に出ると危険だから、後で誰が現場に立ち入ったのかを教えてくれるだけでいい」

『わかりました』

「我々もすぐにそっちへ行く。現場はどこだ?」

『えっと……村人の人たちは、『白虎橋』がどうとか言っていますが……』

 榊原が海彦と常音の方を見ると、幸いその名前に心当たりがあるのかすぐに答えてくれた。

「この村を流れる瀬見川の一番西にかかっている橋です。川伝いの道を西へ進めば到着するはずです」

「ありがとうございます。では、ここを頼みます」

 そう言うと、榊原と柊は海彦と常音に後を任せ、急いで神社の石段を駆けおり始めたのだった……。


 すでに述べてあるように、蝉鳴村には役場などがある中央の集落と一番北にある蝉鳴神社の間の辺りを、東から西へ「瀬見川」という川が村を横切るように流れている。今朝方、榊原たちは蝉鳴神社へ向かうのに中央の集落から神社へ向かう村の中央の橋を渡ったわけであるが、当然ながらこの川を渡る橋はこれ一本というわけではなく、村の要所に合計五本ほどの橋が架かっていた。便宜上、村人は榊原たちが利用した中央集落から蝉鳴神社へ直通する真ん中の橋を「中央橋」と呼び、この橋を基準に、その西側にある橋を「西橋」、逆に東側にある橋を「東橋」、そして西橋のさらに西方にある橋を「白虎橋」、逆に東橋のさらに東方にある橋を「青龍橋」などという呼び方をしているようだった。つまり村を上から見た場合、西から順番に「白虎橋」「西橋」「中央橋」「東橋」「青龍橋」の順番に並んでいるという構図である。

 そして、今回大津留巡査の遺体が見つかったのは、村の一番西にある白虎橋下の河川敷においてであった。榊原たちが駆け付けた時には、すでに現場の辺りには何人もの村人たちが集まっており、どう対処すべきかわからず遠巻きに見守っているようだった。

「あ、榊原さん!」

 その野次馬の中に混じっていた亜由美が大きく手を振り、榊原と柊は訝しげな表情の村人たちをかき分けて、橋のたもとに出た。そしてその瞬間、橋の下の河川敷に見覚えのある警官の制服を着た男が倒れているのを見て取っていたのである。

「大津留巡査……」

 それは紛れもなく大津留巡査だった。うつぶせに倒れている彼は頭が割れて血を流しており、すでに事切れているのは遠目でも一目瞭然だった。

「ひどいな……」

 榊原は一言、そんな感想を漏らす。見ると、彼の遺体の傍に林業用と思しき鉈が血まみれになって転がっているのが見える。凶器はこれで間違いなさそうだった。

「誰が彼を見つけたんですか?」

 柊が周囲の村人たちに尋ねる。突然仕切り始めた柊と榊原に対し、正体を知らない村人たちは「何だ、こいつは?」と言わんばかりの白い目を向けているが、やがて何人かの村人が渋々と言った風に答えた。

「竹橋さんと名崎さんだよ。一緒に堀川のお嬢様を探している時に偶然見つけたらしい」

 そう言いながら後ろの方に視線を送ると、そこに懐中電灯を構えて蒼ざめた表情を浮かべている二人の中年男性の姿があった。そして、その名前に榊原には心当たりがあった。

「竹橋さん……というのは、もしかして役場近くの食堂の?」

「あ、あぁ。竹橋食堂の竹橋和興たけはしかずおきさんだ」

「もう一人の名崎さんというのは、役場勤務の名崎義元さんですか?」

「そ、そうだよ」

 それは、昼に大津留から聞いていた、堀川頼子以外の巫女候補者である竹橋美憂と名崎鳴の父親二人だった。特に、名崎鳴の父親である役場職員・名崎義元は、涼宮事件で問題となった「名崎証言」を証言した張本人であるはずである。名前だけは聞いていたが今初めて会うこの二人は、竹橋が作業服っぽい服に黒縁の眼鏡をかけた、いかにも田舎のおっちゃんと言った風貌の男性。名崎の方は公務員らしくスーツを着た、いかにも真面目そうな風貌の凡庸な雰囲気の男性だった。

「とにかく、近くで見てみないと何とも言えませんね」

「同感です」

 そう言うと、二人は頷き合って遺体に近づこうとしたが、それを見た村人たちが慌てた様子で二人を止めにかかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 勝手に近づいちゃ駄目じゃないか!」

「そうだ、そうだ! 余所者が勝手に出しゃばるんじゃねぇ!」

 その言葉に、柊がじろりと村人を見やる。

「余所者とかそんな事を言っている場合ではないでしょう。警官が殺されているんですよ! まさかとは思いますが、彼をこのまま放っておくつもりですか?」

「そうじゃねぇ! 今、猪熊さんが出島先生を呼びに行ってるところだから、戻って来るまでおとなしく待っていてくれ!」

 その答えに、榊原たちの表情が一気に厳しくなった。

「猪熊……というと、もしかして警備会社の猪熊亜佐男さんですか?」

 昼頃、左右田元村長と一緒に役場にいるのを見た、涼宮事件の冤罪を引き起こした元岐阜県警警部の顔が頭に浮かぶ。

「そうだ! 猪熊さんは昔、県警の刑事さんだった人だからな。大津留さんが死んじまって、この村にはもう警官はいねぇ。だったら、経験のある猪熊さんの指示に従うのが一番だ!」

 村人は興奮した風に言うが、柊や榊原からすれば看過できない話だった。何しろ相手は、涼宮事件において強引な捜査で加藤柳太郎を冤罪に追いやってしまい、それが原因で失職した元刑事なのである。しかも、昼間の様子を見れば、彼は現在、この村一番の権力者である左右田元村長と繋がりがあるようだ。そんな人物に捜査の指揮権をゆだねれば、左右田元村長ら村の有力者の都合で簡単に真実を捻じ曲げたり、情報を隠蔽されたりする可能性が出てきてしまう。古き良き推理小説でありがちな、村で起こった都合の悪い事を隠蔽されるなどという事が実際に起こり得てしまうのだ。この猪熊亜佐男という男には、それを警戒するだけの充分すぎる前歴があった。

 それだけに、この場では何が何でも猪熊から主導権を奪わなければならない。そう判断し、柊は毅然とした態度で村人に告げた。

「申し訳ありませんが、彼の指示に従う事はできませんね」

「よ、余所者が何を言って……」

 そう言って反論しようとする村人の鼻先に、柊は黙って警察手帳を突き付けた。それを見て、村人たちの顔色が変わる。

「な……」

「改めまして、岐阜県警本部刑事部捜査一課警部の柊です。今から、この場の指揮は現職の警察官である私が採ります。すでに県警本部にも連絡を取りましたので、朝には県警から捜査員たちがやって来るはずです。皆さんもご協力いただきたい」

「ほ、本部の刑事さんがなぜ……」

 あまりの急展開に、誰もが唖然とする。

「詳しい話は後です。ひとまず、遺体を調べさせてもらいます。一応聞きますが、誰も遺体には触れていませんね?」

「あ、あぁ……」

 村人は目を白黒させながらも答える。

「第一発見者の竹橋さんと名崎さんはどうですか?」

「お、俺たちも近づいてない! そんな……近づくなんてとんでもない……」

 竹橋が叫び、名崎も必死になって首を縦に振る。どうやら、あまりに残虐な死体過ぎて、発見者の二人も近づくのをためらってしまったようだ。

「では、猪熊さんも近づいていませんね?」

「あぁ、近づいていない。それは俺たちが保証する。この距離でも見ただけで死んでいるのはわかったから、死体を見つけてから、誰も河川敷に降りちゃいない」

 念のため、柊はこの場で村人たちの様子を見張っていた亜由美の方を見やるが、亜由美も小さく頷いて彼らの証言を肯定した。

「間違いありません。少なくとも私が来てから、遺体に近づいた人間はいないはずです」

「結構。榊原さんからは何か?」

 そう言われて、榊原はすかさずこんな事を聞いた。

「今、出島先生とおっしゃいましたが、どなたですか?」

「で、出島博邦でじまひろくに先生だよ。蝉鳴診療所の先生だ」

 蝉鳴診療所……確か葛原論文における名崎証言にもその名が出てきた、この村の診療所の名前である。以前地図で確認したところで、村の西にある蝉鳴学校のすぐ南側に隣接するように建っていたはずだ。その出島という人物は、現時点における診療所の医者らしい。

「あぁ、お医者さんですか。ちなみに、警察に通報された方は?」

 そう言われて、誰もが顔を見合わせる。

「いませんか」

「いや、気が動転していて……それに、お巡りさんが殺されちまったから意味ねぇと……」

「だとしても通報は必要でしょう。聞きますが、猪熊さんは通報しましたか?」

「い、いや」

 つまり、猪熊はこんな状況にもかかわらず、通報よりも医者を呼ぶ事を優先したわけである。事態が事態だけに、警察にこの村の状況を知られるのを嫌がったととられても仕方がない行動だ。

「わかりました」

「あ、あんたは何なんだ? ただの探偵じゃねぇのか?」

 榊原が探偵である事はすでに村中に広まっているらしいが、こうなった以上、榊原の事もある程度話しておく必要はあるようだった。柊が代わりに説明する。

「確かに彼は探偵ですが、かつては警視庁刑事部捜査一課でノンキャリアながら警部補まで上り詰めた伝説の刑事でしてね。今回、県警として協力してもらっているわけです。捜査能力は県警が保証しますよ」

 その言葉に、村人に動揺が走る。

「元警視庁の刑事……」

「な、何でそんな人がこの村に……」

 事態が思った以上に深刻である事、そしてもはや事件が村の中だけで抑え込めるような状況でない事を、村人たちもようやく悟ったようだった。

「ま、待ってください。だったら、同じ立場の猪熊さんにも協力してもらった方が……」

 なおも村人の一人がグチグチいうが、柊はそれを一蹴した。

「残念ながら、それはできかねますね」

「なぜ!」

「理由はあなた方が一番よくご存知でしょう。岐阜県警はかつてこの村で起こった事件の関係で、彼の事は全く信用できないと判断していますのでね」

 その言葉に、誰もが押し黙った。涼宮事件の事は今でも村人たちの間ではタブー視されているようだが、当の県警の人間にそう言われてしまっては、さすがの村人たちも反論はできないようだった。

「もう文句はありませんね?」

 柊がそう言うと、二人は今度こそ河川敷に向かって慎重な足取りで降りて行った。橋のたもとに天然のスロープとでもいうべき土手に沿った坂道があり、この坂道を進めば河川敷に降りる事ができる。住民たちはこの坂道より先には入っていないらしく、誰もが固唾を飲んで榊原たちの様子を見つめていた。もちろん現場保存の必要があるため、榊原たちは念のために持参しておいた靴カバーや手袋をつける事を忘れていなかった。

 遺体に近づくと、まず二人は大津留の生死を確認したが、やはりというか何というか、すでに事切れている様子だった。

「詳しくは解剖が必要ですが、死因は多分、脳天をかち割られた事による撲殺ですね。凶器はそこに転がっている鉈で間違いなさそうです」

 柊が軽く遺体を見ながら言う。

「どうも何回も殴られているようですね。最初に脳天を一撃、倒れたところをさらに何度も殴りつけられた……と言ったところでしょうか。かろうじて人相はわかりますが、頭蓋骨が粉砕していてもおかしくありません。むごい事をします」

 そして、腰の辺りを確認した柊の顔が曇った。

「予想はしていましたが……事態は最悪ですね。ホルスターに拳銃がありません」

 見ると、確かに彼が腰につけていたホルスターは空っぽで、切断された拳銃とホルスターを繋ぐコードだけがむなしくぶら下がっているだけだった。犯人は、大津留を殺して拳銃を奪っているのである。

「となると、神社で飯里稲美を殺した銃は……」

「ここから奪われた拳銃である可能性が一気に高くなりました。正確な所は線条痕の検査が必要ですが……ほぼ間違いないと思います」

 そして、あの神社の境内からは拳銃らしきものは見つからなかった。すなわち、犯人はまだ銃弾が入った拳銃を所持したままなのである。

「急いで犯人を特定しないと、さらなる犯行が誘発される可能性があります。事態は切迫していますね」

「そうなる前に色々調べたいところですが……この排他的な村では、それもかなり困難になるかもしれませんね」

 榊原が厳しい顔で評する。と、その時だった。

「おい、お前ら! 何やっとるんや!」

 突然、橋の上からそんな声がかけられ、榊原たちは一度上を見上げた。すると、橋の上から険しい顔をした男と、三十過ぎと思しき若い男がそろってこちらを見下ろしていた。そのうち一方は榊原たちもよく知る顔……あの涼宮事件の冤罪を引き起こした元岐阜県警警部の猪熊亜佐男だった。

「遺体に近づいてはならんとあれほど言うたのに、勝手に近づいて何をしとるか!」

 猪熊は怒り心頭にこちらに近づいて来ようとするが、そうなる前に、柊と榊原は自分から河川敷を上って猪熊の方に近づいた。少なくとも、彼を遺体に近づけてはならないという事で二人の意見は一致していた。

「おう、お前ら、何者や? 余所者が勝手なことして、どうなるかわかっとるんやろうな?」

 やや関西弁めいた口調で恫喝するようにそんな事を言ってくる猪熊に対し、柊は冷静に切り返す。

「随分偉そうですが、逆に聞きますがあなたにここを仕切る権利があるのですか?」

「はっ、俺はこう見えても元刑事でな。肝心の警官がこうして死んでしまった以上、元とは言え捜査の経験者が仕切るのが当然やろう。それを言ったら、余所者のお前らが仕切る権利なんかないはずやけどな」

 そう言ってじろじろと榊原たちを見やり、さらにこんな暴言までぶつけてきた。

「知ってるで。伝承の調査とか何とか言って、随分色々嗅ぎまわっているようやないか。何が目的や? 何しにここに来た? ……いや、もしかしてお前らがこの事件の犯人なんとちゃうか? 見るからに素性の知れへん怪しい輩やしなぁ。そう考えるのが一番しっくりくるような気もするけどなぁ!」

「……証拠は?」

 好き勝手に言う猪熊に対する柊の問いに、猪熊は嘲るように答える。

「証拠? はっ、んなもんは後から調べたらええ。今は、怪しい人間を捕まえておくのが先決や。何やったら、今この場でお前らを拘束してもええんやぞ!」

「……そしてまた、証拠や証言を捏造して冤罪を生み出すつもりですか? 猪熊さん」

 その言葉に、猪熊は初めて訝しげな顔を浮かべた。

「……お前なんや? なんで俺の名前を知っとる?」

「それはまぁ、あんな大失態をしでかしてくれた刑事の名前くらい、県警の関係者は全員知っていますよ」

 そう言いながら、もう何度目かわからない警察手帳の提示を行う。それを見て、今まで高飛車に出ていた猪熊の表情が変わった。

「お前……県警の刑事か!」

「えぇ。県警刑事部捜査一課の柊です。随分好き勝手やってくださったようですが……元刑事とはいえ、今のあなたは民間人。しかも事件関係者と繋がりがある。捜査は現職に任せて、引っ込んで頂きましょうか」

 静かではあるが、はっきりとした拒絶を示す言葉に、猪熊はたじろぐ。

「や、やったらそっちの得体の知れん探偵は何なんや?」

「彼は警視庁の元刑事で、県警の捜査に協力して頂いています。もっとも、あなたと違って現役時代はおろか、探偵になった後も数々の難事件を解決して来た方ですので、我々としては充分に信用に足ると思っていますがね」

「わ、若造が粋がりよってからに……」

 憤慨する猪熊に、柊はさらに追撃を加えた。

「では、猪熊さん。元刑事だというなら、あなたは当然、この一件を警察に通報したのですよね?」

「な、そ、それは……」

「していないのですか?」

 猪熊は口ごもる。どうやらこの様子では、最初から通報する気はなかったようだ。

「まさかとは思いますが、あなたはこの一件を警察に知らせずに処理しようとしていたのですか?」

「そ、そんなわけは……」

「少なくとも、事件を通報もせずに勝手に調べようとしている人間に協力を求める事ができない事は、元刑事であるあなた自身がよくおわかりかと思いますが?」

 何をしようとしていたかはわからないが、すでに本職の刑事の登場で猪熊の筋書きは完全に破綻しているようだった。

「あぁ、安心してください。すでにこちらから通報は済ませてあります。村人の方には言いましたが、朝になれば県警刑事部の精鋭が村にやって来るはずです。それまでは、私がこの事件を担当しますので、この場はどうぞお引き取りください」

「……」

 こうなれば、もう猪熊に反撃の余地は残されていないようだった。苦々しい表情をしながらも、猪熊は舌打ちをして踵を返し、そのまま後ろに引きさがってどこかに去っていく。後には彼が連れてきた若い白衣を着た男だけが残された。

「それで、あなたは?」

「わ、私は診療所の出島と言います。猪熊さんに言われて来たんですが……」

 どうやらこの男が、蝉鳴診療所の医師・出島博邦らしい。

「せっかく来て頂きましたので、一応、検視をして頂けますか? もちろん、我々立会いの上で、という条件が付きますし、正式な検視は朝になって県警本部の検視官が来た時に行いますが」

「は、はい」

 出島はそう言うと前に出て、そして目の前に広がる光景に思わず口を押える。

「うっ……これは……」

「念のため、手袋と靴カバーを履いてください」

 すかさず柊がそう言ってそれらを手渡し、出島は言われるままにそれをつけると柊と榊原の誘導に従って遺体の傍に近づいていく。そして、恐る恐る遺体に手をやったが、すぐに黙って首を振った。

「確認するまでもなく、亡くなっています」

「でしょうね。死因はわかりますか?」

「えぇ……頭部の他に外傷らしい外傷もありませんし、毒物の兆候もない。頭部を殴られた事による撲殺と考えるのが妥当でしょう。死亡推定時刻は……」

 そう言いながら、体温や遺体の硬直具合を確認する。

「……多分、亡くなってから一時間から三時間くらいしか経っていませんね。ちゃんとした数字はそれこそ解剖が必要になりますが」

 榊原は自分の腕時計を見やる。時刻は現在午後十一時半。神社であの遺体を見つけたのが確か午後十一時頃だったので、あれからまだ三十分くらいしか経過していない。しかしそのわずかな間に、事態は驚くほどに進行していた。

「確か、堀川頼子の捜索が始まったのは午後八時頃でしたね?」

「えぇ。当然その時、大津留巡査と飯里さんも生きて捜索に参加していたはずです。大津留巡査に至っては私自身が捜索に出かけるところを見ています」

 榊原の確認に柊は頷く。

「逆に、神社から銃声がした時点ですでに拳銃は奪われていたわけですから、少なくともその時点でこちらの犯行は行われた後だったと考えるべきです。あの銃声が鳴ったのは確か午後十時四十五分頃だったはずです」

「えぇ。となると、死亡推定時刻はその間。出島先生の見立てとも一致しますね」

 周囲の村人の話だと、この辺りは割と最初の方に捜索が終了し、午後九時以降は山中の捜索が中心になったため人通りは少なくなっていたという。つまり、誰にも見られずに犯行を成し遂げる事は充分可能だったという事だ。もちろん、村人全員が村を離れて山中の捜索へ向かうと問題ではあるが、その間の村内の巡回を請け負っていたのが当の大津留巡査だったという。逆に言えば、大津留巡査を狙うにはこれ以上ないシチュエーションだったという事でもあろう。

「ひとまず、現状ではそれ以上の事はわかりかねます。ここは一度封鎖しましょう。後は鑑識が来てから調べた方がいい」

「同感です。では、ここは柊警部と亜由美ちゃんにお任せして構いませんか? 私は一度神社に戻って、あっちの現場保存を請け負います。県警が到着するまで、他の村人を入れるわけにはいきませんので」

「わかりました。ただ、犯人は銃を持ったままです。くれぐれも気を付けて」

「もちろんです」

 簡単に打ち合わせをして、榊原は再び神社へ向かっていく。長い夜はまだ始まったばかりであった……。


 一方、榊原と柊が二人で懸命の捜査を続けていた頃、村の中央にある役場の一室で、左右田元村長、田崎支所長、そして猪熊元警部の三人が極秘の会合を開いていた。

「……うやむやにする事はできなかったか」

 苦虫を噛み潰したような左右田に対し、猪熊はイライラした様子で告げる。

「俺だけしかおらんかったら通報を先伸ばすなり、その間に現場に細工するなりしてまだ何とかできたんやけどな。村ん中に現職の刑事がいるなんて想定外や。奴の連絡ですでに県警本部が動いとる。朝になったら本部の刑事どもがこの村に来るそうや。こうなった以上、これを止めるのはもう無理やろな」

「そんな……」

 田崎が呆然と呟き、左右田は厳しい表情のまま続ける。

「状況が状況であるし、殺された一人はあの事件の関係者でもある大津留巡査だ。警察が介入するとなれば、ほぼ間違いなく、加藤の無罪で未解決状態となっている涼宮事件の再捜査が始まる」

「な、何とかそれを避ける事はできないんですか! この期に及んで再捜査などという事になれば、村の悪評が……」

 田崎がすがるように言うのに対し、左右田は淡々とした口調で言った。

「無論、わしも穏便に済むよう、市議会議員の立場から警察に働きかけてはみるつもりだ」

「働きかけ、ねぇ。俺の時みたいに、また誰ぞやを犯人として突き出してみるか?」

 猪熊が皮肉めいた風に言うが、左右田は気にしない。

「今になってあの事件を蒸し返されるなんてとんでもない話だ。ただでさえ今は次の巫女選びで大変な時期だというのに、これ以上引っ掻き回されてたまるか」

「だ、だったら村の入口を封鎖するのはどうでしょうか? 入口さえ解放しなければ、警察がこの村に入ってくる事も……」

 田崎がとんでもない事を提案するが、それに対して左右田は首を振った。

「無駄だ。さっき県警からこっちに連絡が来て、朝一番で捜査の第一陣を県警のヘリでこの村に送る事になったらしい。着陸場所は蝉鳴学校の校庭。すでに県の教育委員会には根回しがしてあって、おまけに殺人事件の捜査という建前がある以上、いくらわしでもそれを拒否する事はできなかった」

「ヘ……ヘリ……」

 県警の予想以上の動きの速さに、田崎は呆然とするしかない。

「どうも県警側の動きが速い。そもそも現職の刑事……それも警部クラスが事件当時からこの村にいたこと自体、何か仕組まれていたような気がしてならない」

「あいつらに話を聞いた大津留巡査も、その後に報告を求めたらどういうわけか口を濁しとったしなぁ。まぁ、県警刑事部の警部に何か言われたんやったら、職務上、村やのうて県警側につくのは当然やろけどな。下手に隠し事したら俺みたいにクビが飛ぶやろしなぁ」

 猪熊はせせら笑うように言う。一方、左右田はこう告げた。

「こうなった以上、県警は仕方がない。向こうの態度に合わせて、こっちも打てる手を打つしか方法はないだろう。だが、マスコミは駄目だ。奴らは絶対に村に入れるなよ」

「も、もちろんです」

 田崎は素直に頷く。

「一体何がどうなっているのかはわからんが……今回も絶対に乗り切ってみせる。絶対だ」

 左右田の目に怪しい光が宿ったが、それに気付く者はいないようだった……。

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