『小里ノート』記録
『蝉鳴村事件取材記録~涼宮事件の謎を追って(取材期間:二〇〇四年五月)』
今から五年前、一九九九年の七月末日に、岐阜県のある小さな山村で前代未聞の猟奇殺人事件が起こった事を覚えているだろうか。通称・涼宮事件。岐阜県蝉鳴村で、当時十七歳だった涼宮玲音という少女が、槍で串刺しにされて神社の社の中で磔状態にされていた事件である。警察は犯人として当時村内に在住していた加藤柳太郎氏を逮捕したが、加藤氏に対して岐阜地裁、名古屋高裁は無罪判決を下し、昨年最高裁判所も無罪を言い渡した事で彼の無実が確定した。
筆者自身、今回この事件を調べてみたが、やはり警察の見解は間違いで加藤氏が無罪であるという裁判所の判決は正しいものであるという事実は覆しようがないと考えている。しかし、そうなると「では誰が涼宮玲音を殺したのか」という謎が再び立ち上がる事となってくる。古今東西、この手の冤罪殺人事件に置いて、冤罪確定後に真犯人が逮捕された事例はほぼ皆無であり(唯一「弘前大学教授夫人殺害事件」という事件では、裁判終結後に真犯人が自供した事で当時の容疑者の無実が立証されているが、こんなものは例外中の例外であろう)、このままいけばこの涼宮事件も迷宮入りする公算が強くなるだろう。しかし、それでは亡くなった涼宮玲音が浮かばれないのは確実である。
そこで今回、筆者は加藤柳太郎氏が無罪である事を前提として、改めてこの涼宮事件の真相に迫る事にした。この記事が近い将来、涼宮事件を解決する際の手掛かりになる事を祈って、今回筆を執る次第である。
さて、具体的に事件を調べてみようという事になって、どこから手を付けようかと考えたのだが、ひとまずこの事件の関係者についてざっと洗い直してみる事とした。裁判までひっくるめると事件関係者はかなりの数になるが、その中で今回筆者が注目したのは、被害者・涼宮玲音に関する人間関係である。思えば、事件捜査や裁判においても涼宮玲音はあくまで単なる被害者としか扱われず、その人間関係についてそれほど議論の対象になっていないというのが筆者の印象であった。これは捜査開始段階ですでに加藤氏という容疑者が浮かんでいたためそれほど捜査がなされていないという点に要因があると思われる。しかし、加藤氏の無罪が確定した現状、事件の真実を探るには被害者周辺の人間関係を探っていく必要性があるのも事実である。確かに被害者は事件当時十七歳だが、そこに今回の犯罪につながる何かがなかったとは言い難いのだ。
そこで今回、筆者は事件当時に蝉鳴学校に通っていた生徒に話を聞いてみる事とした。当時、蝉鳴学校は過疎地域にある学校にありがちな小中一貫の学校で、それでも全校生徒は十名以下、教師も一人という小規模校だった。事件当時、涼宮玲音は正式な生徒という形ではなかったが、毎日のように個々の図書室に通って勉強をしていた。十七歳でありながら彼女が小中学生対象の蝉鳴学校の図書室で勉強する事になったのは、彼女が引っ越し前に不登校だった事から学習面を補う処置が必要であり、この村の中にそれが可能な施設がここしかなかったからという特殊な事情があった故である。何にせよ、同じ場所で学んでいた以上、生徒たちが彼女について何か知っているかもしれないと考えたわけである。
もっとも、最高裁で無罪判決が出た現在、村の中でこの事件の事を取材する事はかなり難しくなりつつある。そこで、筆者は当時の生徒の中で村を出ている人間を取材対象にする事にした。すでに村を出ているのであれば、話をしてくれるかもしれないというのが筆者の読みである。そして、筆者はある人物からついに話を聞く許可を得た。
柾谷健介(実際の雑誌掲載時は仮名にする予定)。事件が起こった一九九九年時点で蝉鳴学校の小学六年生(当時十二歳)で、二〇〇四年現在は村を出て富山県内の私立高校に在籍している。事件当時、被害者の涼宮玲音とは同じ校舎に通っており、なおかつ事件当日に被害者が姿を消すまで校庭で遊んでいた生徒たちの一人でもある。二〇〇四年五月某日、筆者は彼と出会うために富山県を訪れる事となった。
待ち合わせ場所となった富山市内の喫茶店にやって来た彼を見た第一印象は、こういっては何だがどこか頼りなさそうなものだった。気が弱そうというか、あまり自己主張をするようなタイプではないと感じたのである。正直、これは話を聞くのに苦労するかと一瞬でも考えなかったかといえば嘘になるが、向こうもある程度覚悟を決めてきたのか、取材は驚くほど順調に進んだ。
以下、その際のボイスレコーダーを元に書き起こした取材会話の内容である。
・筆者(以下・筆):本日は、取材に応じて頂いてありがとうございます。
・柾谷健介(以下・柾):こちらこそ、よろしくお願いします。
・筆:そう固くならないでいいですよ。気楽に答えてもらえれば結構です。さて、早速ですが、事前にお伝えしたように、本日は今から五年前に亡くなった涼宮玲音さんの事についてお聞かせ願いたいと思っています。涼宮さんの事件においては被疑者として逮捕された加藤柳太郎氏の事ばかりクローズアップされて、被害者である涼宮玲音さんの事に関してはほとんど取り上げられていません。なので、今回は事件の事ではなく、生前の涼宮さんに関する事について聞かせてもらえればと思います。それでよろしいですか?
・柾:はい。最初から、僕もそのつもりで取材をお受けする事にしましたから。
・筆:……つかぬ事を聞きますが、どうして今回、この取材を引き受けようと思ったのですか? 正直に打ち明けると、私自身は断られると思っていたのですが。
・柾:僕も最初は断るつもりでいました。でも、これが彼女に対する僕の「償い」になるかと思って。
・筆:償い?
・柾:……何でもありません。話を進めてください。
・筆:そうですか……。わかりました。では前置きはこのくらいにして、早速いくつか質問をさせてもらいます。まずはそうですねぇ……あなたから見た、涼宮玲音という人物に関する印象のようなものを聞かせてもらえませんか? 涼宮さんは、確か死の三ヶ月ほど前にあの村に引っ越してきたんでしたよね?
・柾:その通りです。当時僕は小学六年生で、僕から見た彼女は年上のお姉さんという印象でした。あの学校では小学一年から中学三年までのすべての学年が一つの教室で授業をしますから、随分賑やかな教室だったんです。だからそれ以上の……本当だったら高校生くらいの人がやってきたという事自体が大ニュースでした。彼女がやってきた日の印象は……そうですね、何というか、村の人間とは少し雰囲気が違うなって感じでしたね。
・筆:雰囲気が違う、というのは?
・柾:何というか、都会で洗練されているというか……馬鹿馬鹿しいと思うかもしれませんけど、本当にそう感じたんです。彼女、名古屋の生まれ育ちでしたから。でも、その表情に何というか影みたいなものがあって、僕はちょっと近寄りがたいと思いました。
・筆:生徒たちとは馴染めたんですか?
・柾:最初のうちは何とも言えない状態でした。彼女は基本的に教室じゃなくて図書室で勉強していたから、必要以上に僕たちと接触する事もなくて、互いに様子を伺っている感じでした。けど、一ヶ月くらい経ってから急に風向きが変わり出して……。元々あの学校は村の子供たちしか通わない学校でしたから、少し排他的な空気があったんです。
・筆:排他的、ですか……。
・柾:記者さんにはわからないと思いますけど、あぁいう田舎ってそういうところがあるんです。その分、同郷の人間同士のつながりは深いものになりますけどね。
・筆:涼宮さんも、その空気に馴染めなかったと?
・柾:元々、彼女は積極的に話すようなタイプじゃなかったし、やっぱり年上の自分が一人こんな所で勉強している事に引け目はあったみたいです。それでも一応、彼女の父親はこの村の生まれでしたから僕たちも最初は何とか話そうと努力したりはしていたんです。それが変わったのは、転校してきてから一ヶ月くらい経った頃でした。
・筆:何かあったんですか?
・柾:……記者さんはあの村の事は調べてくれたんですか?
・筆:一通りは調べていますが。
・柾:じゃあ、蝉鳴神社の「巫女」の話は知っていますか?
・筆:巫女、ですか? いえ、初耳です。そんなものがあるんですか?
・柾:蝉鳴神社は伝説の上で内ヶ島氏が地震で滅亡した十一月二十九日を祭典の日としていて、そこで蝉の呪いで死んだ者たちを供養するための舞を踊る巫女がいるんです。巫女は村の若い女性から選ばれ、一度選ばれるとその女性が二十三歳になるまでその役が変わる事はありません。だから普通はより長く巫女を演じられるように選出の際は小学生くらいの女の子が選ばれるんですけど、実はあの時、先代の巫女が事故で巫女を演じられなくなっていて、二年程巫女の座が空白になっていたんです。
・筆:そんな事が……。
・柾:一応、建前上はその事故で動けなくなった先代の巫女が怪我の回復を待つ形で巫女の地位を継続していたんですけど、二年経過しても回復の目途が立たなかったので、特例として彼女が二十三歳になる前に巫女役を他の人間に譲ろうという話がちょうど村の寄合の中でも出ていたみたいでした。あの頃は誰が次の巫女になるのかという話題が、学校の女の子たちの間でよく話されていたと記憶しています。
・筆:待ってください。もしかして……。
・柾:そうなんです。涼宮さんが転校してきてから大体一ヶ月後、村の寄合で新たな巫女役が決まったんですが、それがなぜか転校してきたばかりでしかも一番年上の涼宮さんだったんです。それで、選ばれなかった女の子たちと涼宮さんの間で亀裂が走っちゃって……。
・筆:それは……何となく予想が付きますが、しかしどうして彼女が巫女役に抜擢されたんでしょうか?
・柾:僕も後になって両親から聞いた話なんですけど、一つは外部から来た涼宮さんを巫女にする事で話題性を集め、村の活性化を促そうという側面があったみたいです。涼宮さんのお父さんは村の観光案内所の人間だったし、あの神社が県の有形文化財に登録されたばかりだという事もあって、そういう打算的な部分も働いていたと思います。でもそれ以上に、村の人たちが彼女に巫女としての素質を見たというのが一番大きかったと思います。
・筆:巫女の素質、ですか?
・柾:正直、僕にはそれが何なのかわからないんですけど、この話をしてくれた両親はそう言っていました。とにかく、いくつかの条件が重なって涼宮さんは巫女役になったんですけど、その結果、涼宮さんとそれ以外の女の子の仲が険悪化してしまいました。表向きは隠していましたけど、裏ではひどい嫌がらせがあったんです。僕も……それを傍観していました。
・筆:もしかして、最初に言った「償い」というのは……。
・柾:僕はその嫌がらせに対して何もできなかった。彼女が死んだ後、僕は逃げるようにあの村を出て富山の中高一貫の私立高校に入りました。でも、逃げてばかりじゃいけない。その償いはしないといけないんです。だから、こうして取材を。
・筆:そうだったんですか。……それでどうなったんですか?
・柾:候補に漏れた女の子たちとの間でかなりもめていました。相手の名前は……すみませんが勘弁してください。さすがに僕の口からは言えませんから。
・筆:わかりました。それで?
・柾:涼宮さんも必死でした。嫌がらせの事もありましたけど、多分、本人も村の人間でない自分が巫女役になった事に相当プレッシャーを感じていたと思います。でも、チラッと僕に漏らしてくれたことがあるんですけど、涼宮さんは今までずっと逃げ続けてきた自分を変えたいと考えていて、巫女役はそのきっかけになると思っていました。だから……。
・筆:……(彼はしばらく口にしようかしまいか葛藤している様子だった。そのまま沈黙がしばらく続く)。
・柾:……彼女、毎日練習していたんです。
・筆:練習?
・柾:巫女役の練習です。さっきも言ったように、巫女役は供養の舞を舞う必要がありますから、その練習を必死にやっていました。その……あの神社で。
・筆:待ってください。じゃあ、彼女は毎日現場となった神社で巫女役の練習をしていたというんですか?
・柾:そうです。
・筆:という事は、彼女は誰かに連れられて神社に行ったわけではなく、自分から神社に行って、そこで事件に巻き込まれたと?
・柾:……そこまでは僕にはわかりません。僕が言えるのは、あの事件の前後、涼宮さんが毎日のように神社に行っていたという事だけです。
・筆:どうしてその事を今まで言わなかったんですか?
・柾:言えませんよ。村の中で加藤さんが涼宮さんを連れて行ったみたいな流れになっていたし、それに……そもそも涼宮さんが普段から神社に行っていた事自体、知っている人間は限られていたと思います。
・筆:その事を知っていたのは誰なんですか?
・柾:わかりません。僕はたまたま神社に用事で行ったときに鉢合わせして知りました。もちろん神主さんは知っていたと思いますけど、あのころ神主さんは病気がちで、事件が起こる少し前に亡くなってしまいましたから……。
・筆:確か、京都にいた神主の息子さんが帰ってくるのを待っている途中で、神主さんの死後しばらく神社は無人になっていたとか。
・柾:そう聞いています。すみませんけど……僕が話せるのはこれくらいです。
・筆:……最後に一つだけ。柾谷さんは涼宮さんが誰に殺されたと考えていますか?
・柾:わかりません。確かに巫女役をめぐる学校での嫌がらせがあったのは事実です。でも、だからと言って殺すほどまでエスカレートしていたとは思えません。だから、僕にもわからないんです。あの事件は一体何だったのか。まるで……。
・筆:まるで?
・柾:……まるで、涼宮さんがあの神社に祀られている神の怒りに触れたとしか思えなくて。
……以上が取材の内容である。この後、彼はそのまま無言で席を立ち、逃げるように喫茶店を後にしてしまった。
今回の取材で新たに分かった新事実がいくつかある。被害者が村の「巫女役」に内定していた事。それをめぐって同じ学校の少女たちからいじめを受けていた事。そして、巫女役の練習のために現場となった神社に頻繁に出入りをしていたという事実である。特に最後の事実は事件の状況を大きく変えるほどの重要な情報と言っても過言ではないだろう。
これらの事実が涼宮事件にどう関与しているのか。今後の取材で、それが明らかになればいいと考える次第である。 二〇〇四年六月一日 小里利勝 記




