『葛原論文』 終わりに
終わりに
以上、本事件の謎についてのいくつかの考察を行ったわけであるが、言うまでもなくこの事件は未解決事件であり、遺憾ではあるが本論文で行った検証についてはどれだけ突き詰めてもあくまで私自身の「推察」に過ぎず、本文を一読すればわかるように謎のまま終わらざるを得なかった論点も多数残っている状況である。真実がどうだったのかについては、将来的に実際にこの事件についての本格的かつ大掛かりな検証が行われ、真犯人が明らかにならない限りは明確にならないだろう。ただ、この論文がそうしたこの事件の真相究明の一助になれば、本論文を書いた事にも大きな意義があるものと考える次第である。
この事件を調べるにあたって一番問題になったのは、やはり当事者である蝉鳴村の関係者の口の堅さと、蝉鳴村自体の外部からの閉鎖性であった。このため実際に村に訪れての実地調査においても入手できる情報に限りがあり、これが本事件の真相究明に大きな支障をもたらしている事は疑いようのない事実である。実地調査を行ってあくまで私自身が感じた感触ではあるが、あの村にはこれだけ裁判で徹底的に議論されたにもかかわらずまだ明らかにされていない情報が眠っており、その情報こそがこの事件を解決する大きな鍵になるのではないかと思われる。しかし、一学生に過ぎない私がこの情報に触れる事などできるわけがなく、現段階ではここまでの検証が限界であった。
だが、私は永遠に秘密にできる情報などこの世には存在しないと愚考する次第である。従って今は無理でも、将来的に秘匿されていた事件に直結する情報が明るみになる可能性は捨てきれない。その時こそが、謎のベールに包まれたこの事件を解決する最大にして最後のチャンスになる事は確実であろう。その機を逃さぬよう、今後ともこの事件及び蝉鳴村についての情報を注視し、適宜考察を公開していきたいと考えている次第である。
【参考文献一覧】
渡良瀬恭平『岐阜民族史』 歴民書店 一九九一年
赤座公彦 『日本の伝承』 古来社 一九八六年
湊川千重郎『涼宮事件全記録』 法文館書房 二〇〇三年
長谷川公之『犯罪捜査大百科』 映文社 二〇〇〇年
大野木達郎『日本冤罪史』 法文館書房 二〇〇二年
羽沢福吾郎『論理学的思考学』 講英館 一九九五年
なお、参照した各種文献及び『判例日報』『判例タイム』、国民中央新聞記事等の具体的な引用ページ及び引用部分については、本文及び以下の注釈に記載
【注釈】
(※記載が多いため、以下省略)




