第89話 魔動機械研究所
外側が樹木で囲まれた広い敷地の中心に大きな建物がそびえ立っている。
国立研究開発法人・魔動機械研究所だ。
建物の入口は閉まっている。ガラス戸から中を覗き込むが人の気配はない。
「何か用かい? 今日は星まつりで研究員は皆、不在だよ」
後ろから声がした。振り返ると50代くらいの身なりの整った男性が立っている。
「私はオトナリナ連邦捜査局・特別捜査官のヌルムギチャ・マズッソと申します。所長さんはいらっしゃいますか?」
クグはスマホに表示させたIDを見せながら言った。
「私が所長のラティオだ」
「いくつかお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
「かまわんよ。今日はまつりで皆休みだから、朝はゆっくりしていま出勤してきたところだ」
ラティオ所長はそう言うと、職員用の通用口へ案内してくれた。
所長室は整理整頓されている。クグたちは8人掛けのテーブルに座るよう案内された。
「休みの日まで出勤とは、研究熱心ですね」
「いやいや、今日は書類の整理だけですよ。私が所長を引き継いでから少しずつ書類を片付けまして、ようやく一段落したところです」
「引き継がれたばかりなのですね」
「1年ほど前に事件で前任のロゴス所長が亡くなりまして」
「どんな事件があったのですか?」
ラティオ所長はゆっくり話し始めた。
ある日、出勤してきた研究員が荒らされた所長室と、床に転がり亡くなっているロゴス所長を発見した。
研究所に強盗が入ったようで、所長室にいたところを運悪く強盗と鉢合わせになり殺されてしまった。傷痕から剣で斬られたとみられる。犯人はわからずじまいのままだ。
「というわけで、副所長だった私が引き継いでいます」
「副所長から所長の座につくことができたということは、かなり厳しく取り調べを受けたのではないですか?」
「あのときは参りました。逆に困っているくらいなんですよ。ロゴス所長が中心に進めていた研究はすべてなくなり、どうしたらいいものやら。亡くなって悲しんでいる暇もなかった。それに、私は剣など使えない」
「心中お察しします」
「ところで、聞きたいこととは何でしょうか?」
「このようなものを拾いまして」
クグは教団本部で拾った設計図の切れ端を差し出した。
「これはたしかにうちの研究所の設計図のようだ。どこでこれを?」
「昨日、襲撃事件のあったブレッシング・スター教団です。偶然、近くに居合わせたので救助活動をしていたところ、見つけました。この『超大型魔動機械サイクロプス』というものは何ですか?」
「以前、『サイクロプス計画』という研究をやっておりました……」
ラティオ所長は渋い顔をしながら話し始めた。
超大型魔動機械サイクロプス。
魔動機械を巨大にして高出力にすれば、広範囲に魔法を届けることができるのではないか、という考えから開発がスタートした。
1つのコアとなるエネルギー体を搭載したその機械は、まるで単眼の巨人のよう、ということで「サイクロプス計画」と名づけられた。
「その設計図が教団から見つかったということは、教団と共同で開発をしていたということですか?」
「まさか! あんな怪しい教団なんて関わりをもったことなど一度もない。うち独自の研究だ」
「では、どうしてこの設計図が見つかったのでしょうか?」
教団との関わりを示す決定的な証拠だ。下手な言い逃れはできない。
「うーん。もしかしたら強盗に入られた事件と関係があるのかもしれない」
「どういうことですか?」
「強盗が持ち去ったかもしれないんだ」
「重要な研究の設計図なら、盗まれたとすぐわかるはずでは?」
「事件当時、所長室が荒らされた形跡はあったが、日頃からもともと書類やら資料やらで散らかっていたので、何を盗まれたのかわからない状態だった。時を同じくして、古いバージョンの設計図がどこにいったかわからなくなっていた。それもあって、所長を引き継いだ私は、仕事の合間を見つけては少しずつ部屋を片付けていた。でも見つからなかったので、てっきりロゴス所長が捨てたのだと思っていたんだ」
「つまり、教団関係者が盗みに入ったということですか?」
「もしくは、強盗は金目の物が何も見つからなかったので、適当に金になりそうなものを盗っていった。それが闇ルートで巡り巡ってその教団に渡ったとか」
ラティオ所長の口ぶりや内容から、下手な言い逃れではなさそうだとクグは思った。
「強盗に入られたのは具体的にいつごろですか? 先代勇者フォールズが『不慮の事故で亡くなった』という発表の前か後か覚えていますか?」
「えーっと。ちょっと待ってくださいね」
ラティオ所長はスマホを取り出し何か調べ始めた。
「カレンダーマプリに、日記みたいな感じで出来事を記録しているんです。あった。そうそう、発表の2か月くらい前ですね」
先代勇者フォールズが行方をくらましてから1か月くらい、パシュトが有給消化をしていたころだ。
これまでの情報とまとめると、フォールズが失踪してから王の公式発表のある3か月の空白期間に、教団設立に関する何らかの出来事があった。そして、研究所の強盗殺人事件に、教団の誰かが何らかのかたちで関わっている可能性があるということだ。
教団内に剣を使える人がいて強盗に入り、設計図を手に入れた。もしくは、強盗が手に入れた設計図を、何らかのルートで手に入れた。
そもそも、設計図を手に入れたから教団を作ったのか。教団を作ってから設計図を手に入れたのか。
設計図を手に入れどうするつもりだったのだろうか。教団ができたときにはもうフォールズはいないのだから。
「教団って何かを作ってたんすよね。この機械でも作ってたんすかね?」
「しかし、本部のどこにもそんな大きな機械はなかった」
「仮にその教団が作れたとしても、この古い設計図では動かない」
ラティオ所長が会話に割って入った。
「何がダメなのですか?」
「そもそもの設計に重大な欠陥があるとわかったんだ」
「どんな欠陥だったのですか? 素人が聞いてもわからないかもしれないけど、わかりやすく教えていただけますか」
「筋肉で圧縮するのを忘れてたんすか?」
「いや、圧縮ではない。簡単に言うと、必要な魔力エネルギーの計算が間違っていた。出力の大きさに対する入力が少なかった」
「どれくらいですか?」
「動かすには強大な魔力を宿した物が1つ必要だと試算していたが、計算し直したら最低2つ必要だということがわかった」
「1足す1で2ということですか」
「いや、もっとだ。2つの動力源がお互いの魔力を増幅し合う構造にすることで、足された魔力の2乗くらいになる。そうすることで、全世界に魔法を届けられる出力を得られる」
「そんなにですか」
クグは受け答えをしたものの、大きすぎてどれくらいなのかさっぱり見当がつかない。
「圧縮じゃなくて、増幅って方法もあるんすね」
ゼタは機械ではなく何か別の理解をしているようだ。
「5足す5なら10。10の2乗で出力は100だ。動力源が10倍の50足す50なら100。100の2乗は1万。出力は100倍だ。さらに、500足す500なら1000。1000の2乗で100万。つまり、入力が100倍になると出力は1万倍になる計算だ。動力源になる魔力が大きければ大きいほど、出力は指数関数的に増える」
ラティオ所長は少し興奮ぎみに説明した。
「それが実現したら、かなりすごい魔動機械になりますね」
「しかし、そんな魔力を宿した物が2つもあればの話だ。それに、増幅させるための魔力を外部から流し込み続けなければならない。社会に必要な魔法であれば永遠にだ。そんなことは到底無理。研究は中止になった。そんな矢先に強盗に入られ、古い方の設計図がなくなった、というわけだ」
ラティオ所長は、先ほどまでとは打って変わって静かな口調で言った。
「そもそも、なぜそんな魔動機械を開発しようと思ったのですか? 何か使用目的はあったのですか?」
「信仰より好奇心が科学者の基本だ。科学者として、実現できる技術であれば自分が一番最初に作りたい。具体的な使用目的は、出来上がってから考えればいいと思っていた。しかし、この研究は間違っていたことに気がついた。データの間違いという意味ではなく、この研究自体が間違っていたんだ。便利さを追求するあまり、冷静さを欠いていた。研究に夢中になるあまり、本当に必要な技術であるかどうか見極めることを怠っていた。だから中止にしたんだ。新しい方の設計図は、よからぬ事を考える人の手に渡らないよう、厳重に保管してある」
しかし、古いものではあるが設計図が外部に出てしまったのは事実だ。教団の事務所にあったということは、悪用する可能性がゼロとはいえない。
「万が一、古い設計図で機械が完成して動かした場合、ただ動かないだけですか? 少しくらいは動く可能性はありますか?」
「入力と出力の問題だから、動いたとしてもパワーは小さく、有効範囲は限られたものになると思われる。とはいえ、それでも既存の魔動機械に比べたらかなりのものになるだろうが。稼働する時間は、魔力を流し続けている間というのは変わらない」
「じゃあ、機械を動かすのに必要な魔力の人って、上級魔法使いくらいのレベルっすか?」
「1人では無理だろうな。大人数なら可能かもしれない」
「勇者とか魔王ではどうですか?」
「勇者や魔王がどれくらいの魔力を秘めているか正確にはわからないから確証はないが、1人で動かすことは可能かもしれない」
「ということは、勇者しか扱えないような伝説級の武具を2つ揃えて、潤沢な資金と新しい設計図があれば完成させることができ、術者が勇者や魔王であれば動くということですね」
「そんな条件をすべてクリアするなんて夢物語だが、理論上はそうなる」
「もし、勇者から作ってくれと言われたらどうしますか?」
「そんなの断るよ」
「どうしてですか?」
「作ったところで動かす魔法がないし、仮に魔法があったとしても、動かすには永遠に魔力を流し込まなければいけない。実用性がなさすぎる」
「勇者が平和のために、ほんのわずかな時間でも魔法を全世界に届ける必要があったとしたら」
「うちにそんな予算はないから無理だな」
「もし国からの補助金や大企業からの出資が得られるとしたら」
「そこまでしないと世界が滅びるなら、作るかもしれない。だだし、作る意義があるかどうか」
「それはどういうことですか?」
「今の社会は便利になった。しかし人間は争いも差別もやめないし、欲が尽きることもないし、世界を壊すスピードはどんどん加速している。そんなことをする動物をそこまでして生かす必要があるのか」
「あなたもその人間の1人ですよね」
「だからだよ。もし、そこまでしないと人類を救うことができないのであれば、焼け石に水ということだ。すぐ元どおりになるだけ。そうなる前に、勇者が平和のために冒険する必要がなくてもいいくらい人類全体が新たな価値観へ向かわないと、新たな科学技術への道が開くことはない」
勇者フォールズの支援をして町が救われたにもかかわらず、人々は変わらずに新しい勇者の支援を望む。クグはそんな人々に苛立ちを覚えることもある。しかし、それが勇者のイベントになるという皮肉。
「人間は救う価値もないということですか?」
「そこまでは言っていない。私だって希望はもっている。技術を発展させる発明をし便利な世の中になることは、科学者冥利に尽きる。しかし、それが本当の意味で世界のため、人類のためになるのかと考えたとき、虚しく思えるときもある」
「では、なぜ研究を続けるのですか?」
「たとえ悪用する人がいたとしても、正しい使い方をする人たちによって自然に淘汰されていくと信じて、研究を続けていくしかない」
クグもラティオ所長と同じように、心に矛盾を抱えながらも人々を信じて今の仕事を続けていくしかないと思った。勇者が関わった人たちの意識が少しでも変わり、その周りの人たちにも影響し、少しずつ広がっていくことを。
「サイクロプス計画について言えることはこれくらいだ」
「あとひとつ、伺いたいことが。世界中に建っている鉄塔についてなのですが」
「そういえば、いろんなところに建っているな」
「おそらく世界中に網の目のように建っています」
「そんなにもか」
「こちらの研究所で使われるものではないのですか?」
「いや、まったく関わってない」
「そうでしたか。何に使われるものかわかりますか?」
「さあ、検討もつかないな」
「では、この研究所で使っていいと言われたら、何に使えそうですか?」
「見た感じだと、魔力とか魔法を送るのに使えそうだから、魔道具の動作の補助程度かな」
「例えば?」
「日常で使っている魔道具の魔力を補うのに使えれば、もう少し出力の高い魔道具を作れるかもしれない」
「そんなこともできるんですか」
「ただ、あまり大量の魔力を送れそうにないね。みんなが出力の高い魔道具を使ったら、あっという間に供給が足りなくなるから現実的じゃない」
「確かに、さっきの欲の話みたいに、出力の高い魔道具が出たらみんなどんどん使って、供給が足りなくなってしまいそうですね」
「それに、元となる魔力を送らないといけない。誰が無料で大量の魔力を送ってくれるんだ?」
「一番大事なところですね」
「不自然なことをしていたら、世界のエネルギーバランスがおかしくなる可能性だってある」
科学技術は必ずしも便利になるだけではない。光が強ければ影も強くなる。表と裏、光と影。どちらが強くなってもバランスが崩れる。どちらの視点から物事を見るのか。科学技術とどう付き合っていくのか。人々は魔動機械に在り方や生き方を問われているのかもしれない。
「いろいろとお話しいただきありがとうございます」
クグは礼を言って研究所を後にした。
町の中心地へ向かう。
「教団と研究所は何もつながりがなかったな」
「どうするんすか? 教団の本部がなくなっちゃったんで、もう活動できないっすよね。ってことは調査も終わりっすよね」
教皇が亡くなったので、創設時のことがわかるのは残った各支部にいる人たちくらいだろう。そして、本部の事務所にあった資料を燃やしたのが、襲撃犯なのか逃げた幹部なのか。
支部の襲撃犯と今回の本部の襲撃犯が同一犯なのか、模倣犯なのかもわからない。
ライズとかいう魔族も怪しいが、ここのところ見かけない。入信して襲撃に巻き込まれたのだろうか。今朝の時点では、亡くなった信者の中に魔族がいたという記事はなかった。
いくら考えても答えは出そうにない。
「残った支部がどう動くかは続けて調査したほうがいいだろう」
「まじっすか。終わったと思ったのに」
「とりあえず、次の町でイベント設定をするのが優先だ。スパシバへ向かうぞ」
マクーターをレンタルし、サンクから北へスパシバを目指す。




