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第88話 教団本部

 星の石のお披露目が終了し、ボランティアも終了となった。日は傾き、お祭り会場を赤く染める。想定外のボランティアのせいで丸1日つぶれてしまった。

 Tシャツは早々に着替えた。いつまでも着ていると、スタッフに間違われて余計な仕事をさせられてしまう。


 広場はまだ祭りでにぎわっている。一角に設けられた休憩スペースでキャサリンからの報告を聞く。


「超大型魔動機械は『魔動機械研究所』が開発しようとしていたもののようです。しかし現在、研究所のウェブサイトからは消されているので、何らかの理由で中止になったと思われます」

「わかった。明日、私たちが直接出向いて詳細を調査する」

 スパシバへの出発が少し遅れるが、必要な調査なので仕方がない。


「次は教団に関してです。襲撃事件のあと、新たに入信する人は激減し、少しずつ棄教する人も出てきているようです」

「教団に対してネガティブなイメージが徐々につきつつあるみたいだな」


「体制を立て直すため、再度メルシとダンケに支所を作り直したいそうですが、襲撃事件のこともあってか、物騒な団体には場所を貸さないと断られているようです。また、支部の司教となる人もいないようで、人員を補充するのか配置転換するのか、何も決まっていないようです」

 だんだん勢力が弱まってきているようだ。関係者としては正念場だろうが、快く思わない人たちにとっては朗報だろう。

 ましてや、襲撃した犯人が教団の衰退や消滅を望んでいるのであれば、計画どおり進んでいることになる。

「引き続き教団の調査を頼む」


「報告は以上です。急ぎの任務があるんで、もう行かなくちゃ」

「そんなに急いで何をするんだ?」

 スイーツをペロリとたいらげるいつものキャサリンとは違う様子だ。クグには焦っているというか、余裕がないように見えた。

「夕方から教団本部で教皇による礼拝があるので、入り込もうと思っているんです。邪魔をしないでください」

「邪魔とは何だ。人が心配してやっているのに、その言い方は――」


 突如どこかで大きな爆発音がした。

 見ると、町外れのほうで煙がもうもうと上がっている。


「あっちはたしか教団本部がある方角です」

 キャサリンは煙を見るなり言った。

「とにかく行ってみよう」

 クグたちは現場へ向かった。


「やっぱり……教団本部だったようです」

 教会は火の勢いが激しく、建物全体が火に包まれており中へ入って救助できる状況ではない。教皇を狙った襲撃だということだけは察しがつく。

 現場は混乱しており、教会の周りにいる人たちは、無事に避難できた信者たちなのか、野次馬なのかわからない。


「事務所の場所は?」

「裏手側です」

 キャサリンの案内で教会の裏手の事務所へ向かう。


 3階建ての事務所は3階の窓から煙は出ているだけで、まだ建物全体が燃えるほどの火の勢いはない。

「中に入るぞ」

「また助けに行くんすか?」

「それもあるが、このまま本部が燃えてしまったら、資料も何もかもが燃えてなくなってしまうだろ。何でもいから見つけるんだ」


 ボウカルスをかけ中へと入る。

 とくにどこかが燃えているということはなく、中には誰もいる様子がなさそうだ。皆、教会に行っていたのだろうか。

「1階は食堂や会議室だけです」

 キャサリンはかなり緊張した声だ。

「この階には重要なものはなさそうだな。教団幹部の部屋は?」

「3階だと思います」


 3階へあがる。まだ廊下に火の手は来ていない。どのドアも開いたままだ。各自、分かれて部屋を調べることにした。

 ゼタとキャサリンは手前の部屋から調べはじめた。クグは奥の部屋へ向かう。一番奥が教皇の部屋かもしれないと見当をつけた。


 クグは部屋に駆け込んだ。部屋は散らかっており、本棚の前では乱雑に積まれた本や資料が燃えている。誰かが火をつけたのだろう。


 クグが想像する教皇らしい豪華な部屋ではなく、普通の部屋だ。教皇という身分からしたらかなり質素だ。それとも、事務を牛耳る秘書長の部屋か。どちらにしても、ここに本部が置かれてから1年と数か月しかたっていないので、それほど資産をため込む期間がなかったのもあるのだろう。


 燃えている本の山の近くに何かが落ちているのを見つけた。拾ってよく見ると、燃え残った何かの設計図の切れ端だ。煤けているが「魔動機械研究所 超大型魔動機械サイクロプス」と、かろうじて読める。

 フォールズと直接的なつながりがあったのだろうか。それとも、フォールズのことを何らかの方法で詳しく調べたときに、この超大型魔動機械というものを知ったのだろうか。


 向かいの部屋はベッドルームだ。マットレスがベッドからズレている。慌ててマットレスの下に隠したものでも取り出したのだろうか。お金を隠していたのかもしれない。


 廊下でキャサリンとゼタに合流する。

「本棚や机など、重要な書類がありそうな物は全部燃やされていました」

「こっちもっす」

「明らかに、誰かの手で燃やされたということか」


 見られては不都合な何かがあり、証拠隠滅を図ったとしか考えられない。

「教会を襲撃した人の仕業でしょうか」

「泥棒が混乱に乗じて盗みに入り証拠隠滅で火をつけたのか。もしくは内部の人間の仕業で、自分に足がつかないようにした可能性もある」


 煙が廊下にも充満してきた。これ以上、捜索しても何もなさそうなので、火の勢いが強まる前に事務所を出た。

 通りへ戻り、人混みをかき分け現場を離れた。

 もう辺りは暗くなっている。


 人混みを抜け少し進むと、緊張の糸が切れたのかキャサリンはその場に座り込んだ。かなりの疲労と動揺が見られる。

 もし、キャサリンが祭りのボランティアをしておらず、早々に教会へ潜入していたら、襲撃に巻き込まれていたかもしれない。

 クグはキャサリンに肩を貸して、街灯がともる近くのベンチに座らせた。


「ビタニュー・ブースト飲むっすか?」

 ゼタがキャサリンに差し出した。

「もうちょっと違うのはないのか?」

 ゼタなりのやさしさなのだろうが、こういうときに出す飲み物ではない。プーションよりはましだが。とはいえ、クグは道具袋に余計な物は入れていないので、気の利いたハーブティーなど持っていない。


「じゃあ、スッパソーダならあるっすよ。ボランティアの支給品が余ってたから1本もらってきたやつっす」

 ゼタがスッパソーダを差し出すが、キャサリンはうつむいて見向きもしない。

「とりあえず横に置いとけ」

 キャサリンをしばらく休ませている間に、クグとゼタは町の人の話を聞いてまわることにした。


 教会の近くでは、騒ぎで集まった野次馬たちが何やら騒いでいる。

「怪しい宗教は消えろ!」

「悪へと扇動するカルト教団め。天罰だ!」

「最高神ゼウスの逆鱗に触れたんだ!」

「戦争の神アレスの裁きだ!」

 あちこちからやじが飛び交う。


「奴らは、自分たち以外は異教徒といって排除しようとし、平和と秩序を壊した悪の元凶だ。お前もそう思うだろ」

 近くのおじさんが、クグに向かって自分の信仰の正当性を熱心に話してきた。

 多神教が強く根付いている人たちにとっては、一神教の考えは自分たちの信じる神々を否定する排他的な信仰だ。

 いくら先代勇者フォールズであったとしても、人間が全知全能の唯一神になったとなると、到底受け入れ難いのだろう。


 遠巻きに見ている人たちからも聞いてまわった。

「助かった信者によると、教皇の後ろで突然、爆発が起きたらしい」

「明らかに教皇を狙った犯行だな」

「一部の幹部が逃げ延びたのを見た信者もいるらしいぞ」

「そいつが襲撃を計画した黒幕なんじゃないのか」

「教団は邪教だ。人々をだまして金品を巻き上げていたに違いない。どうせマフィアともつながりがあって、抗争に巻き込まれたんだ」

 などなど。


 眠らない町といわれているこの町では、人々の欲望が渦巻いている。権力・カネ・憎愛のウワサ話は絶えない。

 出どころのわからないカネが飛び交い、誰かがカネを持って逃げたとか、カネでこじれて誰かが殺されたなんてよくある話だ。


 聞き込みから戻ると、キャサリンはふたの開いたスッパソーダを手に持ち座っていた。何口か飲んだようだ。

「少しは落ち着いたか?」

「心配かけてスミマセン」

 キャサリンは目を合わせずに言った。

「最近、自分を追い込むくらいに頑張っているようだが。どうしてこの任務に立候補しようと思ったんだ?」

 キャサリンは地面を見たまま話しだした。


 実は、5年前から兄の行方がわからない。地元は、ゲイムッスルの西海岸にあるウエストエンド。地元ギルドで冒険者をしていた。といっても、強くないからいつも下っ端で、使いっぱしりみたいなことばかりやらされていたようだ。

 あるとき、

「オトナリナ国のサンクはいろんな企業や人が集まっていてチャンスがたくさん転がっている。サンクで一旗揚げるんだ」

 と言って出ていった。それっきり音沙汰がない。

 この任務につけばサンクにも行けるから、ついでに探せるかと思った。もしサンクにいなくても、情報収集していれば何か手がかりがあるかもしれない。だから立候補した。

 お祭りのボランティアも、どこかで兄を見つけられるかもしれないと思って、飛び入りで参加させてもらった。


「巻き込んでしまってゴメンナサイ」

「そうだったのか。しかし、無理して1人で抱え込むな。これでも私は任務で世界中を巡っている。何か知っている情報があれば教えることだってできる」


 クグは4年前から先代勇者フォールズの支援をしていたので、どこかで見ているかもしれない。

「お兄さんの名前は?」

「ヘルオン・ホイール。地元ではダメ兄貴とか厄介者と呼ばれてた」

「うーん。名前だけではわからないな。きっとどこかで元気にやっているだろうから、焦らず探すしかないな」

 キャサリンは黙ってうなずいた。


「もう遅いから宿まで送るぞ。明日から大丈夫か?」

「はい、もう大丈夫です。まだ残った支部があります。明日はそちらを調査したいと思います」

 キャサリンを宿まで送り、クグたちは事前に予約しておいた宿へ。

 ボランティアのせいで今日中に出発できなくなるかもしれないとクグは危惧し、休憩中にネットで予約しておいてよかった。祭りなので今から飛び込みで宿をとるのは難しかっただろう。


 翌朝。クグは宿で朝食を食べながら、スマホでニュースを調べる。やはり今朝のトップニュースは、ブレッシング・スター教団の襲撃事件だ。教皇ポラスタと多数の信者が亡くなったと報じられている。犯人はわかっていないが、上級魔法が使える者であると考えられる。単独犯なのかグループによる犯行なのかもわかっていない。


 街へ出ると、広場のステージでは祭りの開会式が行われていた。

 ステージ中央に立つアーサー王は、ブーメランパンツ一丁でダンベルを両手に持ち、聴衆に向かって話している。王にとっては正装なのかもしれない。

「私は血が流れることなど望んでいない。いかなる人も団体も、差別を受けることがあってはならない。『すべての武器をダンベルに。みんなマッチョで世界平和』。というわけで、星まつりの開会を宣言する」

 昨夜の教団襲撃事件などなかったかのように星まつりは開催され、人々は浮かれている。


 勇者モモガワが取ってきた星の石が専用ブースに展示されている。黒い布も設置され『第99回 サンク星まつり』と投射されている。

 星の石の展示ブースでは、たくさん人が並んでいる。SNS映えスポットになっているようだ。

 ついでにパワースポットにもなっているようで、ご利益にあやかろうと、写真を撮ったあとは星の石に触れている。削って持ち帰ろうとした不謹慎な人が、警備員に止められている。


 クグたちはすぐサンクを出発したいところだが、広場を抜け、オフィスビルなどが立ち並ぶ産業の中心地へ。魔動機械研究所へと向かった。


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