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第8話 守秘義務

 と思うや否や、クグの後ろから声がした。

「めっちゃ滑るっすー」

 クグは振り向く暇もなく背中に衝撃を受け、うつ伏せに倒れた。さらに、背中に何かが乗っかっているような重みを感じる。


「ふーっ、止まったっす」

 クグの上からゼタの声がした。どうやら勢いよく滑りおりてきたゼタに蹴り飛ばされ、背中に乗られているようだ。

「おい、早くどかないか」

 クグは背中に受けた衝撃とゼタの重みで身動きがとれない。

「なんでそんなところで寝てるんすか?」

「説明はあとだ。早くどけ」


 クグとゼタがいることに3人は気づいていない。アンゼンモグラにロックオンされて震えており、周りの様子に気がつく余裕はないようだ。

 こんなことしている間にも、アンゼンモグラが1歩、また1歩と安全確認をしながら子どもたちに近づいている。


「あんなところでお子さんがアンゼンモグラ・ピンチじゃないっすか。しょうがないっすね。トウッ!」

 次の瞬間、グは背中に激しい衝撃を受け、生まれてこのかた出したことのない「げはぁっ」という声をあげエビ反りになった。

 ゼタが前方を飛んでいるのが見えた。クグを踏み台にしてジャンプしたようだ。


 ゼタは子どもたちを飛び越えアンゼンモグラの前に着地すると同時に、

「上方不注意ィィィッ!」

 と叫びながら、勢いよくメイスを振り下ろした。


 アンゼンモグラは突如、現れたゼタに為す術もなくメイスがクリティカルヒット。ヘルメットが真っ二つに割れ、脳天にズゴォッという音をたて炸裂した。頭に大きなタンコブができ、目をバッテンにし口から泡を吹いて倒れた。

 左右の安全確認はしていたが、上方の安全確認を怠っていたようだ。


 間一髪間に合った。クグは腹ばいのまま安堵した。ついでに、子どもの目の前でモンスターがグロい感じでグッチャリいかなくてよかったと安堵した。

 しかし、クグはどこか腑に落ちない。モンスターと戦ったわけでもないのに身体的ダメージだけでなく、心理的ダメージを負っている。気のせいではない。おっさんはダメージが後を引くのだ。


 とはいえ、子どもたちがいる手前、あまり大人気ない感じでゼタを叱るわけにはいかない。それに、ゼタも降りてくるのは想定できたのだから、すぐにどかなかったのが悪いと言われればそれまでだ。余計なことを言って面倒を増やしている場合ではない。

 何はさておき、肝心の子どもたちは無事だったのだ。まずは子どもたちの状況確認が先だ。

 クグは気を取り直して立ち上がり、装備についた土を払いながら3人に近づき声をかける。


「大丈夫だったかい?」

「う、うん」

「あ、ありがとう」

「た、たすかったぁ」

 とバラバラに同時に答える3人。しかし3人ともクグの方をちらっと見ただけで、ゼタの方を向いて言った。


 自分に対してお礼がないことに、助けなくてもよかったかとクグは一瞬思った。しかし、助けに来たのはお礼を言ってもらうためではない。子ども相手にムキになっても仕方がない。事実、クグは地面に倒れていただけだった。3人にとっては、突如現れた《《ただのおじさん》》でしかない。


 クグは腰の抜けた3人に手を貸して立ち上がらせると、3人はそれぞれ名前を名乗った。

 リーダーっぽい男の子が『カカバロ』。おてんばそうな女の子が『ペペコラ』。おっとりした感じの男の子が『ポポルコ』だ。

 クグはどこかで見覚えのある顔だと思い、記憶をたどるとすぐに思い出した。町の公園にいたあの3人だ。こちらからは何もしてないのに装備をディスられたので、しっかり覚えていた。牧場近くの草原までピクニックに行ったとばかり思っていた。


「冒険者をやっているヌルムギチャだ」

  怪しまれないためにクグも名乗った。

「同じくモンドリーっす」

 ゼタも続けて言った。2人とも簡潔に、かつ不自然な様子を見せない。

 相手は子どもとはいえ、どこでどう本名や役職が漏れ任務に支障をきたすかわからない。いつなんどきでも万全の対策を講じなければいけない。『常に最悪の事態を想定しろ』だ。


 企画課で実地の任務をしている職員には、任務で使うための偽名がある。クグは『ヌルムギチャ・マズッソ』、ゼタは『モンドリー・ウッテン』だ。

 任務の際に本名を名乗るのが適切ではないと思われるときは、この偽名を使う。スマホに表示させる身分証や名刺も、この名前のものが用意されている。

 普通は『タロ・ヤマンダ』とか『ジョヌ・スミスッス』などのありふれた名前の方が、印象が薄くていいと思うだろう。しかし与えられたこの名前は代々、使いまわされているようで、課長も昔はヌルムギチャ・マズッソを名乗って任務をしていたらしい。とくに問題になったことはないそうだ。ありふれた名前だと逆に偽名だと疑われやすいので、これくらいの方がよいのだろう。


 町では暇そうな冒険者と思われたので、冒険者と名乗るのがいちばん怪しまれないはずだ。

 しかし子どもたちは、クグたちの職業や名前などまったく気にしている様子はない。とても怯えた顔をしている。こんな洞窟の中で、ついさっきまでモンスターに襲われる恐怖を味わっていたのだ。平静でいられるはずもない。


 ゼタは2つに割れたヘルメットを左手に持ち、倒れたアンゼンモグラの足を右手でつかみ、引きずって洞窟の奥に片付け始めた。3人はその様子を恐る恐る見ている。モンスターが起き上がって襲ってこないか不安なのだろう。


 ゼタが片付けをしている間に、クグは3人に聞き取りをしておくことにした。素直に答えてくれるかわからないが。

「君たちは、どうしてこんな危険なところにいるんだ?」

 クグに質問された3人はお互いの顔を見交わす。カカバロが口を開いた。

「それは……」

 しかし、すぐに口ごもった。何か後ろめたいことがあり言えないのだろうか。他の2人も下を向いており話す様子はない。

 子どもたちのペースで聞き出すには時間がかかり任務に支障をきたすとクグは判断した。 


「どうせ、ピクニックに行くのを口実に洞窟探検でもしようとして、ここまで迷い込んだのがオチだろ」

 カカバロの顔が一瞬、ギクリとした。

「そ、そんなんじゃないよ」

「隠してもムダだ。顔に書いてある」

「なんでわかったの?」

 カカバロが不思議そうに聞いてきた。

「おじさんの洞察力をナメてもらっては困るな」


 子どものころに洞窟探検をしたと町で聞いていたので、わかるのは当たり前か。聞き込みをしていなかったとしても、子どもの考えることなどほとんどの大人はわかるだろう。

 運よく見つけられたからよかったものの、少しでもタイミングが遅かったらどうなっていたか。クグは注意しようかと思った。

 しかしこの地域では、子どものころに親の目を盗んで洞窟探検をするのはよくあることであり、あとで親御さんからイヤというほど叱られることになるだろう。叱られるのも大人の階段のひとつだ。親御さんの大事な役目を奪うのが任務ではない。


「怒らないの?」

 カカバロはバツが悪そうに聞いてくる。

「まあな。私は君たちの親ではないからな」

 3人はほっと胸をなでおろした。

「なーんだ。ビビって損した」

 カカバロはほっと息をつきながら言った。

「帰ったらお父さんお母さんに、たっぷり叱ってもらおうな。楽しみにしておけよ」

「ゲェ―。マジかー。内緒にしておいてくれよー」

「さて、どうしたものかな」

 カカバロのお願いに、クグは意地悪く答えた。

「あたいのお父さんお母さんにも、内緒にしてっ。お願いっ」

 ぺぺコラも両手を握り合わせて懇願してきた。

「内緒にするのはいいが、たぶんすぐバレると思うけどな」

「はぁー。やっぱりバレちゃうんだぁー」

 ガックリと肩を落とすポポルコ。カカバロとぺぺコラは往生際が悪いのか、バレない方にいちるの望みをかけたようで、ポポルコのように肩を落とす様子はない。


「でもおいらたち、ホントはここまで来るハズじゃなかったんだよ」

 カカバロは言い訳がましく訴えかけてきた。

「どういうことだ?」

 君たちの言い訳に丸め込まれるほどお人よしではないぞ、とクグは少しだけ警戒心を高める。


「行き止まりだったから、ちょっと休んでから帰ろうと思ってたんだ。壁にもたれて休んでたら、急に洞窟の中がすんごく光ったんだよ」

「スッゴイ光ったよね。あたい、とーーってもまぶしかった!」

「スゴくピカ―ってなって、ボク目がつぶれたかと思ったよぉ。それで思わず目をつぶっちゃったら、つまずいて転んじゃったぁ」

「それでポポルコがおいらたちにぶつかってきて、もたれてた壁が崩れて、ここまで転がっちゃったんだ。ウソじゃないよっ」


 3人とも真剣な表情だ。口裏を合わせているようには見えない。それに加え、クグには思い当たる節があった。自分も目がつぶれるほど洞窟内がまぶしく光ったことによる被害者だ。

 クグは、モンスターを片付け終え戻ってきて話を聞いているゼタの方を見た。ゼタはまったく自分のせいだとは思っていないのか、悪びれる様子はない。


 クグは思った。ゼタよ、何をしてくれたんだ。子どもたちではなく、自分たちが親御さんに怒られる案件だ。ゼタのエーリーデーのことは、3人には黙っておくことにした。自己保身ではなく、任務上の守秘義務というやつだ。

 そもそもの原因は、分かれ道手前で終えるところを、あんな奥まで洞窟探検をしたのがいけない。ゼタのエーリーデーがなくても、遅かれ早かれモンスターに襲われてここに落ちていたに違いない。そういうことにしておこう。


「それなら仕方がない。私も急に洞窟内が光って目をやられたからな。ウソではないのはわかった」

 これは本当のことだし、3人の言い分に理解を示し安心させることも必要だ。

 クグは地面に落ちているダガーを拾いカカバロに手渡したあと、ゼタに声をかける。

「予定外だが、洞窟の入り口まで子どもたちを送ろう」

「メンドイけど、このまま放っておけないっすもんね」

 子どもたちを連れて任務を続けることなどできない。だが、戻る前にここの空間だけは調べておきたい。子どもたちを送り届けてから再び来ていたら二度手間になってしまう。


「一見したかぎりでは、奥には何もなさそうだが」

「奥はモンスターを片付けたときに見たっすけど、なんもなかったっすよ」

 ダンサバ・プロにマッピングさせる必要があるので、クグは念のため奥まで確認する。ゼタの仕事を信用していないので、自分の目で確認しておきたいのもある。

 通路や横穴、隠し扉など不審な点は見つからなかった。


「迂回路で戻れる道はないということか。来た道を戻るしか方法はなさそうだな」

「ボクたち、もう洞窟から出られないのかなぁ」

 クグとゼタのやり取りを聞いていたポポルコが、泣きそうな顔で言った。

「泣かないのっ。あたいまで泣きそうになっちゃうじゃんか」

 ペペコラは表向きには強がっているが、やはり内心は怖いのだろう。

 カカバロは口を真一文字に結び、背負っているリュックの肩ひもをギュッと握っている。不安を表情に出さないようこらえているのだろう。こんなところにいたら誰でも不安になるものだ。


「必ず出られるから、心配しなくても大丈夫だ」

「そうっすよ。心配するだけムダっす。いざとなったら、なんとでもなるっす」

 ゼタの《《いざ》》は何が起こるかわからないから使いたくない。可能なかぎり普通に出られる方法を選ぼう、とクグは心に誓った。

 クグたちの言葉を聞いて不安が薄まったのか、3人の顔から少し笑顔が戻った。

 クグとゼタは滑ってきた坂が歩いてのぼれる状態なのか確認する。3人はクグたちがいることで心に余裕ができたのか、好き勝手なことを言い始めた。


「それにしても、なんでメイスなんてダサい武器使ってるんだろうね。やっぱカッコイイ武器は剣だよな」

「一番カッコイイのは槍よ。剣はその次ね。メイスはダサさでダントツ1位ね」

「ボクはモンスターに近づくのが怖いから、魔法がいいなぁ。メイスは存在自体よく知らないやぁ」

 ゼタの動きが止まった。

「コイツら置いてってもいいっすよね?」

 クグも最初に助けなくてもよかったと一瞬思ってしまったが、そうはいかない。


「まあまあ。子どもの言うことだから落ち着いて。オトナな対応を頼むよ。メイスのダサさ問題はともかく、今はこの坂が問題だ」

「そうだったっす。どうやってこの坂をのぼるかっすね。普通に歩いてのぼるにはスベってムリっすよ」

「そうだな。鋭い爪のあるモンスターならともかく、人が歩いてのぼるのは難しいな」

「左右の壁に両手両足で突っ張れば、のぼっていけるっすよ。お子さんも筋トレになっていいんじゃないすか」

「子どもの筋力では、そんなのぼりかたはできん」


 15ミートルくらいはあるので、クグでものぼりきれるかあやしい。半分を過ぎたあたりで、確実に両手両足がプルプルするだろう。そして、子どもたちを巻き込みながら滑り落ちることになりそうだ。

 靴にロープを巻けば簡易の滑り止めになるが、どれほどの効果があるかは確証がない。子どもたちでも楽にのぼれる方法は何かないものか。大人と子どもの違いは体力。それ以外には、魔法が使えるかどうかだ。

 クグは補助魔法がひととおり使えることに思い至った。いまのところ、あまり尊敬されている感じがしないのでちょうどいい。魔法でいいところを見せつけてやろうと思った。

「よしっ。魔法を使って脱出しよう」


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