第87話 星まつり前日祭
サンクへ来たクグとゼタ。
勇者モモガワがグラチのイベントで船を手に入れても、すぐに船に乗って旅に出られるわけではない。
ペンギニア社による修理が完了するまでに時間がかかる。その間に首都サンクの北にあるスパシバへ行きイベントをこなすことになる。
偵察係からの情報によると、勇者モモガワはサンクに到着しているようだ。
サンクを出発する前に、町で勇者モモガワの動向をチェックをすることにした。キャサリンからの報告も聞かなければいけない。
町じゅうがいつもより騒がしい。どうやら、セントラルパークで年に1度の『星まつり』の前日祭をやっているようだ。
星まつりでは、月桂樹の葉に願いごとを書いて燃やすと、煙が天へと上り星に届き叶うとされる。また、煙をあびると邪気を払い一年間、無病息災でいられる。
広場の一角には願いごとを書くブースができているが、まだ前日なので準備に追われているスタッフしかいない。
「ようこそ。ここはサンクの町よ」
急に女性から話しかけられた。情報課の職員だ。クグは慣れてきたので、もう何とも思わない。
「お疲れさまです。企画課の者です。勇者モモガワの動向について伺ってもいいですか?」
「勇者なら昨日到着して、王からの招待を受けたみたい。夕食をごちそうになって、お城の豪華な客室で寝たらしいよ」
「今日の日程はわかりますか?」
「今日は王から頼まれた重要なミッションをやるとか言って、朝から洞窟へ出かけてったわ。午前中に片付けちゃって、午後からお祭りを楽しむんだって気合が入ってたよ」
「ありがとうございます」
クグは礼を言って別れた。
「ちょっとお祭りを見ていかないっすか?」
「少しだけだぞ」
まだキャサリンと落ち合う時間には早いので、祭りを見てまわることにした。会場を散策していると、後ろから声をかけられた。キャサリンだ。いつもと様子が違う。胸元に『第99回 サンク星まつり』と書かれたTシャツを着ている。
「どうしたんだ?」
「いろいろと聞き込みをしていたら、なんだかわからないけど手伝うことになってしまったんです」
どうやら、着ているのはスタッフ用のTシャツのようだ。
「それはご苦労だな」
「というわけで、あなたたちも手伝ってください」
「なんでそんなことしないといけないんだ。こっちはやらないといけないことがあるんだ」
「わたしだって同じです。スタッフの人に、あと2人手伝いが来るって言っちゃってるんで」
「こっちまで巻き込むんじゃない」
「逃げられませんよ」
キャサリンの後方から、同じTシャツを着た男性がやって来た。手には2枚のTシャツが握られている。
男性から笑顔でTシャツを差し出され、クグは渋々受け取った。
「なんかおもしろそうっす」
ゼタはメインの任務よりも、こういう余計なイベントの方が乗り気だ。
イベントステージの裏側に連れて行かれた。たくさんの人がせわしなく動いている。
「ボーッと立ってないで手伝って」
キャサリンに言われ、出演者用のお茶やお弁当を運んだり、いろんな機材の移動をしたり、なんだかんだ手伝わされた。
しかも報酬はボランティア用のお茶と弁当だけだ。金銭をもらうと副業になってしまうので、どのみち受け取れない。
こんなことをしている場合でははないのに。勇者モモガワはイベントを攻略し終えてしまう。クグは焦りつつもボランティアをこなす。
「あれ見てくださいっす」
ゼタが立ち止まって言った。
「どうした?」
「ハウル・オブ・マッスルがライブやってたみたいっす。チクショー、ボランティアのせいで見逃したっす。あ、そうだ。ちょっとサインもらってくるっす」
「おい、ちょっと」
ゼタはボランティアそっちのけで、ステージ終わりのハウル・オブ・マッスルの人たちへ駆けよって行ってしまった。
クグはステージ横まで戻って来た。仕事は一段落したようで、少し休憩することになった。キャサリンはトイレ休憩に行った。
ステージの方から、どこかで聞いたことのある自己紹介が聞こえてきた。袖からステージを見ると、見たことのある3人組がいる。チョコレイツだ。
どうやらあの3人組もこのイベントに呼ばれていたようだ。
「それでは聞いてください。新曲『パートタイマー』」
ミルクが言うと音楽が流れだした。
『割烹着を脱ぎ捨てて 自転車でダッシュ
グズる子どもが待っている パートの帰り道
今夜のおかずは何がいい? 「何でもいい」じゃねえんだよ
作る身にもなってみろ
コスパと味で結局は お店の総菜しか勝たん
我が子の鼻水カッピカピ パンもカピカピ
ハンパない数のキャベツを刻むの毎日
割烹着を脱いだらね パートのおばちゃん終了よ
割烹着を脱ぎ捨てて 立ちこぎ自転車
家事をやらないグズ夫 ついでに待ってる
「君の手料理食べたいな」 「味がうすい」じゃねえんだよ
作る身にもなってみろ
タイパと味で結局は お店の総菜しか勝たん
百年の恋が冷めたら スープも冷めたよ
ハンパない数のギョーザを包むわ毎日
割烹着を脱いだらさ わたしもひとりの女だし
ポテサラねだられマジうざい
揚げ物作るのチョーだるい
ピーマン肉詰めやってられん
食材余らすくらいなら お店の総菜しか勝たん
ハンパない数の愛を注ぐわ毎日
割烹着を脱いだらね わたしは輝くアイドルよ』
3人がやりきった感全開でステージから下りてきた。
「なんでモブのあんたがこんなところにいるのよ」
ミルクはクグを見るなり言った。
「うるさい。好きでここにいるんじゃない。こっちもいろいろあるんだ」
「わたくしたちのステージを見たいからってボランティアまでやるなんて、やっぱりストーカーレベルのファンですわね」
「キモモブファン」
またもやストーカーまがいのファンに仕立て上げられた。不可抗力だ。
「せっかくだから特別なこと教えてあげちゃう。今日の曲はビターが作詞したんだよ」
「3人のうちで唯一結婚して、子育てとアイドルを両立しているのですわ」
ビターは自分で説明せず、黙って仁王立ちだ。
「内容がグチにしか聞こえなかったのだが」
クグは素直な感想を言った。
「パートをガンバルおかあさんに向かってそんなこと言うなんて、人としてサイテーね」
「ビターも何かひとこと言ってやりなさい」
「ハゲろ」
3人は言うだけ言うと去って行った。クグは絶対ハゲてなるものか、と心に誓った。
ゼタが戻って来た。キャサリンもトイレ休憩から戻って来た。
「なんかあったんすか?」
「いや、べつに」
チョコレイツにハゲろと言われた一部始終など、クグは言う気にもならない。
そんなこんなでイベントが進んでいき、夕方になった。
次のステージイベントはかなり重要なものらしく、ステージ裏はたくさんのスタッフが忙しそうに動き回り、緊迫感に包まれる。
アーサー王と勇者モモガワたちがステージに立った。アーサー王は筋肉を見せびらかすため、もちろん上半身は裸だ。
ステージ中央には豪華な装飾を施した台座があり、その上に置かれた物には金色のキラキラした布がかけられている。
「ただいまより、星の石お披露目会をいたします」
司会の女性が言った。
「今回は、ここにいる勇者モモガワたちが星の石を取ってきてくれた。皆の者、勇者モモガワたちに拍手を」
アーサー王が言うと、会場から拍手が湧いた。
「ベヒーモスという巨大なモンスターがいたようですが、大変ではなかったですか?」
司会の女性が聞いた。
「チョー余裕。どんなモンスターも勇者の前ではアリンコみたいなもんたぜ」
モモガワは緊張することもなく、いつもの調子だ。
「それでは早速、お披露目といきましょう」
司会の女性は、笑顔でモモガワの発言をスルーして言った。
ドラムロールの音に合わせて、アーサー王が台の上の布を取った。
1ミートルほどの見事な星の石が現れた。観客からどよめきと拍手があがる。
続いて、横断幕のような黒い布が掲げられた。
すると、黒い布に『第99回 サンク星まつり』と表示された。
どうやら、星の石の表面に文字を彫ることで、彫った場所から光がもれて文字が投射されるという仕組みのようだ。
勇者に星の石を取ってこさせたのは、これを投射させるためだったようだ。
アーサー王がとても重大なことのように言うので、特別な儀式にでも使うのかとクグは思っていた。こんなことに勇者を使うなとクグは思った。
観客は皆、「勇者が取ってきたなら縁起がいい」と喜んでいる。
裏方のスタッフたちも、
「今回の星の石はいつもより立派だ」
「さすが勇者だな」
と称賛している。
人々が喜ぶことをするという点で考えれば、勇者のイベントは大成功だったといえる、とクグは思い直した。
◇
教会のステンドグラスが差し込む夕日できらめき、教団のシンボルが祭壇の上で光り輝いている。
パシュトとイラサは、ブレッシング・スター教団の信者から手に入れた教団のメダルで教会へ入ることができた。
教会の中はすでに信者でいっぱいだ。支部が2か所も襲撃されたが、本部では信者のために教皇ポラスタが行う礼拝は予定どおりやるらしい。そして、教団は安泰であることをアピールする機会としても利用するようだ。
また、町では星まつり前日祭ということもあり、特別な礼拝になりそうだ。
信者の半分以上はローブをまとっているので、パシュトたちも目立たずに紛れ込むことができた。そろそろ礼拝の始まる時間だが、まだ教皇は出てこない。
「なぜ支部が襲撃されたのか」
パシュトはローブの下からポツリと言った。
「支部では何かを作っていたってことは、証拠を消すためだろ」
イラサは周りに聞こえるのも気にせず言った。
「だとしてもおかしい。書類や余った材料を捨てればいいだけだ。わざわざ襲撃する必要がない」
事件になれば余計に目立ってしまい、証拠隠滅が目的なら逆効果だ。
信者たちがひときわざわつきだした。見ると、教皇ポラスタが出てきた。白を基調とした法衣には、至る所に金の装飾が施されている。
幹部たちだろうか、後ろに何人か引き連れている。
教皇ポラスタが登壇し、静まり返った信者たちに語りかける。
「この暗く長い混迷の時代。分断はなくなるどころか拡大するばかり。我らへの迫害は、我らの神の冒とくにつながるのです。いつか必ずや神の裁きが下る時が来ます。そして、来たるべき新しい世界で生きるにふさわしい者であると、我らが選ばれることになるのです」
教皇ポラスタは両手を広げ訴えかける。
「その時まで、決して希望を捨てないでください。たとえ漆黒の闇の中にいようとも、神が天から星々の光で我らを照らしてくださります。星に祈りましょう。我らが全知全能の唯一神フォールズに祈りが届くよう」
◇




