第86話 勇者、荒野を行く
◇
ダンケから東へワイルドッスキャニオンを進むモモガワ一行は、辻の駅『星の郷ゼッケーナ』に到着した。
さっそく辻の駅でお買い物タイム。ここでしか買えない『岩おかき』を買った。
買い物を終え辻の駅を出ると、レンタル・ライドドラゴンを見つけた。
「ダンゼンこっちに乗り換えて、次の町までヒアウィゴーじゃん」
はしゃぐモモガワ。マクーターに飽きてきたので渡りに船だ。
「それはできません。ゼッケーナポイントを散策するアクティビティ用途限定のようです」
トリゴエから冷静に指摘されたモモガワは、テンションが下がった。しかし、せっかくなのでアクティビティを満喫することにした。
ライドドラゴンに乗って上機嫌で散策していると、遮るものは何もないのに突如、日陰に覆われた。見上げると、大きな赤いトリが頭上を飛んでいくのが見えた。
辻の駅にいた冒険者が言っていた、スザクスという巨大なトリのモンスターに間違いないと思い、みんなで追いかけた。
しかし、ライドドラゴンはロープが張られたところで止まって先に行こうとしない。仕方がないのでそこから先は歩いて行くことにした。
荒野をしばらく進むと、燃えるような赤色の大きなトリのモンスターが巣に座っていた。スザクスに間違いない。
スザクスは近づいてくるモモガワたちを警戒するように立ちあがった。翼を広げ威嚇のポーズをとると炎が全身を包んだ。足元には卵が1つ見える。
モモガワたちも戦闘態勢に入る。
スザクスの先制攻撃。火の玉を吐いた。モモガワは自分の前に大きなカメの甲羅シールドを出現させ、火の玉を防いだ。
スザクスは間髪入れずに翼をあおいだ。モモガワたちに猛烈な熱波が襲いくる。
モモガワは仲間たちの前にも大きなカメの甲羅シールドを出現させた。シールドで熱波は防げたが、やむことのない熱波のせいでその場から動くことができない。
「どうやら卵を守っているようです」
トリゴエは暑くても冷静に分析した。
「おかあさんを倒しちゃったらかわいそう」
サルミダは、熱波に襲われていても動物愛護の精神は忘れない。
「だからといって、このままじゃ退却することもできねえ。遠隔攻撃でもしてこの攻撃をやめさせねえと」
イヌコマはシールドの上側から熱波越しにスザクスを見る。スザクスはかなりナーバスになっているようで、攻撃をやめる気配がない。
「よーし、オレに任せろ!」
モモガワは、ナーバスになってるお母さんの気持ちが静まりますように、と思いながら勇者の祈りをした。
天から降り注いだ光がスザクスの卵に当たった。
スザクスは攻撃をやめ、卵を見つめる。モモガワたちも卵を見つめる。
卵が心なしか動いたような気がする。
スザクスは卵の上に座り温め始めた。モモガワたちは見守っている。
スザクスはまだ卵を温めている。モモガワたちはまだ見守っている。
スザクスは根気よく卵を温めている。モモガワたちは根気よく見守っている。
スザクスが立ち上がり、足の間の卵を覗き込む。卵が動く。卵にヒビが入り中からヒナが出てきた。
ピーピーと鳴いてかわいらしいヒナだ。とはいえ、大きさは人間の大人くらいだ。
スザクスはさっそく口移しでヒナにエサを与え始めた。
エサを飲み込んだヒナが、何かをペッと吐き出した。そしてモモガワの足元まで転がってきた。赤く透き通った宝石のような塊だ。
土のドンナモンドと同じ大きさと形なので、これは火のドンナモンドだ。
モモガワは『ベトベトした火のドンナモンド』を手に入れた。
モモガワはハンカチで丁寧にベトベトを拭き取った。
モモガワは『火のドンナモンド』を手に入れた。
エサを与え終えたスザクスは、クチバシでヒナをつまんで背中に乗せると、どこかへ飛び去って行ってしまった。スザクスの去った巣には、羽根が1本落ちていた。
モモガワはスザクスの羽根も手に入れた。
帰り道、ライドドラゴンを楽しむため遠回りしていたら、洞窟が見えてきた。
「ついでに洞窟探索もやっちゃう?」
火のドンナモンドを手に入れて気分がいいモモガワはノリノリだ。
「わーい。洞窟探検だー」
サルミダもノリノリだ。
「戦いが消化不良だったからちょうどよかったぜ」
イヌコマもノリノリだ。
「気を抜かず慎重に行きましょう」
トリゴエは荒野でも常に冷静だ。
洞窟の前まで来ると、入り口のすぐ脇に『株式会社魔王シュテン堂 ゼッケーナ支社』と社名プレートが貼ってあった。
「ヤベエ。魔族のアジト見つけちゃったんだけど」
「あやしいね」
「こんなところで何をしようってんだ」
「とにかく、慎重に行きましょう」
モモガワたちは洞窟に入っていく。中は照明魔法をかけなくても明るい。
「こんちわー。アジトをぶっ潰しにきた感じなんだけどー」
とモモガワが言いながら、通路から広いところへ出た。
「何者だ!」
ビキニアーマーを着た魔族の女性が剣を振りかざし斬りかかってきた。
イヌコマがとっさに斧で受け止めた。
「何者っていうか勇者なんだけど。いきなり斬りつけてくる? ふつう」
モモガワはちょっとビビりつつも、言うことは言っておいた。
「あたいはチーム・オーデーンのリーダー、デーコンヌ。勇者だろうと誰だろうと、とりあえず斬りつけて生き残った人だけ対応すれば、面倒くさい接客が省けるだろ」
デーコンヌは剣をしまいながら言った。
死体処理の方が逆にめんどくさくね? とモモガワは思ったが、ややこしくなりそうなので言うのをやめた。
「魔族のくせに不意打ちとは卑劣です」
トリゴエは正々堂々としていないことが嫌いだ。
「不意打ちじゃないし。ちゃんと何者か聞いてから斬りかかってるし。っていうか、話し合うより剣を交えた方が早く分かり合えるだろ」
「それ、わかるぞ」
イヌコマはデーコンヌと波長が合った。
「とにかく、このアジトをぶっ潰すんでヨロシク。っていうか、この部屋キタナくね?」
整理整頓されたチューリッツのアジトとは違い、部屋の中は雑然としている。机の上だけでなく、床にも資料らしきものやお菓子の袋が散らばっている。
「部屋の乱れは心の乱れです」
トリゴエは、精神論に結びつけがちなタイプだ。
「余計なお世話だ。ちょっと散らかってるくらいが落ち着くんだ」
デーコンヌはいきなり来た客人の意見を聞く気など毛頭ない。
「わーい。お片づけの時間だー」
サルミダは部屋に散らばったゴミを拾いだした。
「余計なことをするんじゃない」
デーコンヌはサルミダからゴミを取り上げて床に投げ捨てると、続けて言った。
「つべこべ言わずに、さっさと戦って勝負をつけるぞ」
「話がわかるじゃねえか」
イヌコマも戦う気満々だ。
しかし、こんな散らかった場所では戦闘ができない。場所を変更だ。
一同は、辻の駅・星の郷ゼッケーナ横にある、ワイルドッスキャニオン・ビジターセンターへと向かった。
屋外イベント広場に設置されたステージには、『勇者ショー・イン・ワイルドッスキャニオン・ビジターセンター』と書かれた大きな看板が掲げられている。
しかし、ステージ上にはまだ誰もいない。客席にはたくさんのお客さんが詰めかけ、会場は熱気ムンムンだ。
会場内に女性の声でアナウンスが流れる。
「本日はイケイケドーピング社提供、勇者ショー・イン・ワイルドッスキャニオン・ビジターセンターにお越しいただき誠にありがとうございます。
ショー開演にあたりまして、注意事項を申し上げます。ショー公演中のゲーム、メール、スマホによる通話等は他のお客様のご迷惑となります。スマホの電源を切るか、マナーモードに設定していただきますようお願い申し上げます。また、ペンライト、サイリウム、うちわ、ボード等の応援グッズのご使用は、胸の高さでのご使用をお願い致します。
それではお待たせ致しました。勇者ショー開演です!」
ざわついていた会場が静まり返り、観客はステージに注目した。
「みんなー! こんにちはー!」
と言いながら、イベント会社モヨオシモノノフの司会のおねえさんに扮した情報課の職員の女性が、ステージ中央に登場した。会場は拍手に包まれる。
「今日はここに、勇者が来るって聞いたんだけど、みんな知ってるかな?」
司会のおねえさんは、大きな身ぶり手ぶりでわかりやすく説明した。
「もうすぐ勇者が来るはずなんだけど、どーしたのかなー? 勇者遅いねー」
すると5人の魔族がステージへ登場した。
「残念だが、勇者は来ないよ。ここはあたいたちが征服させてもらったからね!」
デーコンヌが言った。
「あ、あなたたちは、魔族のイケてる女子グループ、チーム・オーデーン!」
「そうさ。あたいたちが、あのチーム・オーデーン」
デーコンヌが言うと、自己紹介のナレーションがはいった。
「ビキニアーマーの腹筋割れ系女子、デーコンヌ」
デーコンヌは両手を腰に当て、腹筋をアピールした。
「おだんごヘアのあざと系、ツクネリエル」
ツクネリエルは、開いた両手をあごにもってきて、上目づかいでおだんごヘアを微アピールした。
「ゆるふわナチュラルガール、コンニャコチェ」
コンニャコチェは、ガオガオポーズをした。
「スベスベ美肌のお姉さん、タマゴリー」
タマゴリーは、腕を組んで斜めに構えるシンプルなポーズだ。
「ボヘミアン・ヒッピー、モチキンチヤ」
モチキンチヤは、とくにポーズをとらない。自然なライフスタイルが全開だ。
武器を持っているのはデーコンヌだけで、まともに戦えそうなのは1人しかいない感じだ!
「キャー、たいへん! 急いで勇者を呼ばなくっちゃ! さあ、みんなで勇者を呼ぶよ! せーのっ」
「ゆーしゃー!」
司会のおねえさんの合図とともに、子どもたちの元気な声が会場に響いた。
「そんな小さな声じゃ勇者は来てくれないぞ。もっと元気な声でもう一度、せーのっ」
「ゆーしゃー!!」
子どもたちのとっても元気な声が会場に響いた。ついでに大きいお友だちの声も会場に響いた。
「あ! 勇者があんなところに!」
司会のおねえさんが指をさしたのは、客席の後ろだ。
モモガワと仲間たちがイベント広場の後ろから登場だ。モモガワたちは勇者コールを浴びながら、客席の間を通ってステージへと登壇した。
「オレたちが来たからには、お前たちの好きにはさせないぞ!」
モモガワが言うと、会場から拍手がわいた。モモガワはセリフが決まり上機嫌だ。さらに続けて言った。
「いったいこんなところで何を企んでいる。白状しろ!」
「魔族のことだ、きっと悪の所業を企んでいるに違いねえ」
イヌコマは警戒しながら言った。
「とっておきの悪いことだぞ。新品の服を着た人間のお子さまと、泥んこ遊びをしてやる」
デーコンヌは高圧的に言った。
「なんだと! おろしたての服なのに、お洗濯が大変になっちゃうじゃないか。そうはさせないぞ!」
モモガワは正義感たっぷりに言った。
「ひでぇ。まさに悪の所業だ」
イヌコマは吐き捨てるように言った。
そして戦闘が始まった。
サルミダとツクネリエル&コンニャコチェがステージ中央に来た。
「火炎車!」
サルミダが九節鞭を回しながら叫ぶと、照明が赤く光り、爆発する音がスピーカーから響いた。
「やられたー」
ツクネリエルとコンニャコチェは、棒読みしつつもオーバーリアクションで攻撃を受けた演技をこなした。
続いて、トリゴエとタマゴリー&モチキンチヤがステージ中央に来た。
「サンダー!」
トリゴエが杖を掲げて叫ぶと、照明がピカピカ点滅し、雷の落ちる音がスピーカーから響いた。
「やられたー」
タマゴリーとモチキンチヤは、棒読みしつつもオーバーリアクションで攻撃を受けた演技をこなした。
次は、イヌコマとデーコンヌがステージ中央に来た。
イヌコマの斧とデーコンヌの剣による激しい打ち合いが始まった。斧と剣が激しく打ちつけられるたびに火花が飛ぶ。手に汗握るリアルな戦いだ。というか2人とも半分ガチだ!
両者互角の戦いで会場は緊張感に包まれる。そして、両者が間合いをとった。
「パワーダイブ!」
イヌコマは高くジャンプし、斧を振り下ろした。
「グハアッ!」
デーコンヌは、本当に攻撃を受けたような気合の入ったアクションをしてひざまずいた。
モモガワは、オレの番がないんだけど、と思いつつも平静を装った。
「チクショウこうなったら……先生! 先生ぇ!」
デーコンヌが叫んだ。
ステージ中央に落ちた雷と共に現れたのは、上半身裸でムキムキの魔族の男だ。いかついのは体つきだけではい。顔つきは鬼のような形相だ。美形のロキとは正反対の印象だ。スキンヘッドが鈍く光っている。
「我が名はトール。俺の邪魔をするヤツは、魔槌ミョルニルで叩き潰してくれるわ!」
トールは魔槌を軽々と振り回しながら言った。
「トール先生っ、こいつらを殺っちゃっておくんなせえ!」
デーコンヌが他のメンバーの意見を無視して勝手に決めたサプライズ演出だ。
「お前が俺のお友だちのロキを倒したという勇者モモガワか」
トールはステージの端で棒立ちのモモガワを指しながら言った。
モモガワは、やっとオレの番が来たぜと思い、ステージ中央へ歩きながら言った。
「負ける方が悪い。勝負の世界では時に非道にならなければいけない。例え人面獣心と言われようとも、勝負は勝ち続けなければ意味がない!」
「ならば1対1の腕相撲で勝負だ! 勇者といえども、この俺がひ弱な人間の小僧などに負ける訳がない」
トールはモモガワを見下すように言った。
「敵のワナだ」
トリゴエが叫んだ。
「ワナなどない。俺は曲がったことが大嫌いな性分で、魔族仲間のあいだでは『愚直のトール』とよばれているのだ」
「ワナがあっても関係ないぜ。オレを誰だと思ってる。勇者モモガワだ! 危険を恐れる者に勇者の資格はない!」
「よくぞ言った、それでこそ勇者というものだ。正々堂々、力と力の勝負だ!」
モモガワとトールがステージ中央で激しくにらみ合う。
「はい。それではいったん準備に入らせていただきます。みなさん、しばしお待ちください」
司会のおねえさんが言うと、『モヨオシモノノフ』と背中に書かれたスタッフジャンパーを着た情報課の職員2名が、四角い台をステージ中央にセットした。
「今回は男の力勝負、腕相撲ということで、世界腕相撲協会公式の競技台をご用意させていただきました」
説明をする司会のおねえさんの横で、中年男性が控え目に立っている。
「こちらは公式審判のアンフェ・ソデノーシタさんです。意気込みをどうぞ」
「男同士の力とプライドの一騎打ち。しっかり公平なジャッジメントをいたしたいと思います」
司会のおねえさんに意気込みを聞かれたソデノーシタは、緊張しつつも練習したセリフを言うことができた。
「それでは両者、位置について」
ソデノーシタの指示に従い、モモガワとトールは競技台を挟んで立つと、がっしりと腕を組み合った。
「レディー、ゴー!」
瞬殺できると思ったモモガワは、合図とともにフルパワーを出した。しかし、トールの腕はびくともしない。
「どうした人間の勇者よ。その程度の力では俺を倒すことなどムリだ。人間の無力さを噛みしめられるよう、少しずついたぶって倒してやる」
トールは力を込め始めた。徐々にモモガワの腕が押されだした。焦りを見せるモモガワ。
「ゆうしゃー、がんばえー!」
会場の子どもたちから声援がとぶ。ついでに大きいお友だちの声援もとぶ。
「今なら、力がアップするアイテムを使ってもいいんだぜ。どうせその程度の力では、力がアップしたところで俺のパワーには対抗できないが。まあ手応えがない勝負よりはマシかな。ハッハッハッハッ」
余裕を見せたトールは嫌みたらしく言った。
「気合があれば勝てる。気合だ!」
イヌコマは、勝負事になると精神論に結びつけがちだ。
「ここはプライドを捨てて、アイテムを使って対抗するしかないですよ!」
トリゴエは、勝負事では合理的に考えるタイプだ。
「ファイトー。ドーピング勇者ぁー!」
サルミダは、ドーピングして服がはじけ飛ぶくらいムキムキになったモモガワを想像した。
「後悔するなよ」
モモガワは言うと、不敵な笑みを浮かべ左手を道具袋に突っ込んだ。
取り出したのは、辻の駅で買ったばかりの岩おかきが一粒。おもむろにトールの口の前に持っていき「アーン」と言った。
トールは思わずアーンと口を開けた。モモガワは岩おかきをトールの口の中に放り込んだ。そしてまた、岩おかきを取り出しトールの口へ。連続でどんどん岩おかきをトールの口へ放り込んだ。
トールは口の中が岩おかきだらけになり、モゴモゴいって歯を食いしばれない。
さらにモモガワは道具袋からスザクスの羽根を取り出した。おもむろに羽根でトールの脇腹をなでた。トールはビクッとして一瞬力がゆるんだ。
モモガワはトールの右わきの下を重点的に羽根でなでだした。
トールは体をくねらせ一生懸命こらえるが、徐々に力がゆるむ。おかきでいっぱいの口をモゴモゴいわせ、いまにも吹き出しそうだ。
モモガワは羽根ナデナデの手をさらに激しく動かし猛攻をかける。一気に勝負をつける気だ!
ついにトールはくすぐったいのをこらえきれず、おかきごと吹き出した。
モモガワは体を左に倒し吹き出されたおかきをかわすと同時に、一気に右腕に全体重と力を込めトールの腕を押し倒した。トールの手が競技台にめり込んだ。勝負が決まった。
「ト、トール先生が……負けた……」
チーム・オーデーンたちはオロオロと動揺しだした。いや、動揺しているのはデーコンヌだけだ。他のメンバーは暑苦しい腕相撲など興味がないので、スマホをいじっており見ていなかった。
「ズルいぞ勇者!」
トールは痛む右手を左手で押さえながら言った。
「魔族にズルいと言われる筋合いはない。アイテムを使っていいと言ったのはお前だ。それに、勝負は常にだまし合い。情けをかけた方が負ける」
「クソッ」
「もうひとつ言わせてもらうと、アイテムを使わなくても勝てた。お前が負けた理由を教えてやろうか?」
「何だというんだ!」
「敗因はただひとつ。お前が半裸だからだ!」
「っ! そ、そうか! 俺が半裸だったばっかりに、相手に攻撃を与える隙を与えてしまったのか!」
「そうだ。空いた左手で、お前の乳首をツンツンしちゃったり、力いっぱいつねっちゃったりもできたんだぜ。あとは、脇腹コチョコチョだってできちゃうから、楽勝で勝てたんだよ。お言葉に甘えて、アイテムを使わせてもらっただけなんだよ。腕相撲はただの力勝負などではないっ。頭脳を駆使して戦うものなのだっ!」
「頭脳では人間にかなわないということなのか」
トールはガックリと片膝をついた。そして雷と共に消えた。
見事、魔族を倒した勇者たち。こうして無事にこの地域に平和がおとずれたとさ。
迫力満点の対決のあとは、みんなお待ちかね、勇者モモガワ・リサイタルが始まった。
「今日はオレの新曲『俺の進む道』を聞いてくれ」
モモガワが言うと音楽が流れ、歌い出した。
『俺が進むべき道は この道まっすぐ行ったあと
左へグイッと曲がってさ ブワーッて行ったらいいんじゃね
だけどベイベーもうだめさ 足がぜんぜん動かねえ
スキップしどおし10日間 ヒザの軟骨消滅だ
そんなときに出会ったの 魅惑のサプリ グルドロゲン
グルコサミン コンドロイチン コラーゲン
ヤバいレベルで詰め込んだ
食後に3錠飲むだけで ハツラツ毎日夢のよう
イケイケドーピング社提供
みんなも買おうね グルドロゲン』
新曲っていうか企業タイアップ用の曲じゃん、と客席の誰もが思った。
イケイケドーピング社提供、勇者ショー・イン・ワイルドッスキャニオン・ビジターセンターは大盛況で幕を閉じた。
その後、洞窟内にあるチーム・オーデーンのアジトに戻ってきた一同。
「こっから仕切り直すね。というわけで、あたいたちの負けだ。こうなったら、こうだ!」
デーコンヌが何かのスイッチを押した。
「何をした!?」
モモガワは慌てて言った。
「もうこのアジトは不要だから、時限爆破スイッチを押したのさ」
デーコンヌは勝ち誇ったように言った。
「爆破なんて卑怯だぞ」
モモガワはチーム・スッキャキと流れが違うので少し戸惑いつつも言った。
「だって、引っ越し業者の相見積もりとるの面倒なんだもん」
ツクネリエルはぶりっ子ぶって言った。
「片付けるのダルいし、荷造り面倒だし、せっかくの髪型が台無しになっちゃうし」
コンニャコチェは髪の毛を触りながら言った。
「データはとっくに魔界へ送っちゃったし」
タマゴリーはサバサバと言った。
「情報漏えいとか、パソコンのデータ消せとか言われてもわかんないし」
モチキンチヤは平然と言った。
「爆破しちゃった方が早くない? ってことになった。というわけで、あと60秒で爆発してアジトは洞窟ごとなくなる。勇者よ、パソコンに入ったデータを見たければみるがいい。そして、爆発に巻き込まれ死ぬがいい。サラバだ!」
デーコンヌが言うと大きな黒い円が現れ、チーム・オーデーンはその中に入っていき消えた。
「チクショウ!」
モモガワはデスクをたたいた。不安定に積まれた書類の山が崩れ落ちた。
「とにかく、データは諦めて急いで脱出です」
トリゴエは焦りつつも、皆を慌てさせないよう冷静を心がけて言った。
モモガワたちは急いで洞窟を脱出し、間一髪で爆発から逃れることができた。
またもや魔族の計画を知ることができなかった。
後日、辻の駅・星の郷ゼッケーナでは、オヌシチューブ勇者審議会公式チャンネル『ガンバレ勇者さん』を見た人たちが殺到し、岩おかきがバカ売れした。売り場には『勇者モモガワが魔族トールを倒したときに使ったあのおかき!』と書かれたポップも設置された。
ワイルドッスキャニオン・ビジターセンターでは、新たにアーケードゲーム用の腕相撲マシーンが導入された。
トールを模した特注品だ。『君も魔族トールを倒そう!』と書かれたのぼりが横に置かれた。連日行列ができている。
口におかきは入れられない仕様だが、それでも腕ずもうをしながら口に岩おかきを入れようとしている写真を撮り、SNSにあげる人が続出した。
これも一応、勇者が魔族を倒したと語られていることになるので、勇者部としては、このイベント設定は大成功だ。
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