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第85話 1人目の元仲間(2)

「お互いの健闘をたたえあい、闘技場の中心で相手の人と並んで結果を待っているあいだは、負けたけれど、とても清々しい気分だった」


 ジェラルドは、観客の声も司会の人の声も聞こえないほど充足感で満たされていた。これで悔いなく教師の生活に戻れると。

 すると、なぜか相手がジェラルドの手をつかんで上げ、勝利をたたえるてくれるので、自分が勇者の仲間として選ばれたことを理解した。


「負けたのになんで選ばれたんすか?」

「窮地の状態から立て直したところと、正々堂々と戦うさまが決め手だと評価してもらえた。でも、嫉妬が原動力の僕がそんなふうに評価されるなんて、おこがましいと思った」


 ジェラルドは、勇者の仲間に選ばれたことよりも、人として評価されたことが純粋にうれしかった。


「あとになって冷静に分析してみると、複数の種類の武器の扱いがそこそこできて、盾で守り抜く戦法が勇者をしっかりサポートできると評価されたんじゃないかな」


 クグもそのとおりだと思った。

 敵や戦況によって武器を変えて対応できるのは、他の人にはないとても大きなアドバンテージだ。

 剣のスペシャリストとオールマイティ、どちらも同じくらいの強さだったとき、勇者が剣で戦うタイプだったら、剣以外でも戦える後者をを仲間にした方がさまざまな状況に対応できる。

 それに、勇者とはいえこれから学校を出るという若者だ。守りながら戦うことで、命を落とすようなことがないようにするのが、長く着実に冒険していくには一番重要なことだ。

 決勝戦で一方的に負けていれば選ばれることはなかっただろうが、拮抗した試合であれば、勝敗にかかわらずほぼ内定していたのかもしれない。


「選ばれてみて、不安はなかったですか?」

「盾を使って仲間を守るのが得意だと自分でも思っていたから、自分で言うのもなんだけど、フォールズを守りながら戦うのは自信があった。唯一不安だったのは、人として嫌われないかってことかな」


「フォールズとはすでに顔見知りなのにですか? 性格はある程度把握していたでしょうし、フォールズとしても見ず知らずの人よりは良かったのでは」

「あくまでも教師と生徒の関係だからね。一緒に冒険するとなると、これまでお互い見えなかったところが見えてくることになるしね。僕も聖人君子ではないし」


 フォールズにとっても、まったく知らない人と冒険するのも不安だが、これまで教師と生徒という関係が仲間に変わるのも、逆にやりづらくなってしまう不安もある。

 新しい環境に飛び込むのはお互い様ということだ。教員を辞職してまで冒険へ出ることになるのも大きなリスクだ。クグは、自分なら安定の公務員を辞めてまで冒険には出たくないと思ってしまう。


「翌年、卒業したフォールズと共に冒険へと出た」

「最初のうちは、フォールズはどんな様子でしたか?」

「冒険が始まったころは、絵に描いたような正義感にあふれた青年という感じだった。しかし、正義感が強すぎて融通が利かなく、強情だと徐々に思うようになった。でも、大きな問題になることはなかった」


「終盤ではどうでしたか?」

「あのころのフォールズは、仲間たちとも話すことがめっきり減っていたな。悩みを話してくれることもなかった。常に神妙な面持ちで、楽しそうとか希望にあふれるというよりは、つらそうにも見えた。急に辞めると言って失踪するなんて、僕も何があったのかわからない」


 一番長く一緒に冒険しているジェラルドにも、何も言っていないとなると、フォールズが1人で何らかの問題を抱えていたということになる。


「ところで、冒険の途中で超大型魔動機械というものを聞いたことはありますか?」

「聞いたこともないな。魔動機械の会社はサンクが多いから、そこで探すのが早いかもしれないね」


「では、ブレッシング・スターという、フォールズを神とあがめる教団があるのは知っていますか?」

「軽く聞いたことがあるくらいかな」

「何か教団と関わりがありそうな言動や、冒険をしている最中にそういった団体や人たちとの接触はなかったですか?」

「フォールズが関わっているようなそぶりはまったくなかったし、そんな人たちを見たこともないなあ」


 サンクでの調査では、勇者フォールズが不慮の事故で亡くなったと公式発表があったころには、すでに教団を立ち上げていた。

 ジェラルドの証言では、冒険中はまだ教団らしきものも見ておらず、それらしき人との接触もない。

 となると、フォールズが失踪してから公式発表のある3か月の空白期間に、教団を立ち上げる何らかのきっかけがあったと考えられそうだ。偶然、時期が重なった可能性も捨てきれないが、神とあがめるのであれば、王からの公式発表が出たあとでないと整合性がつかない。


「こうして冒険していたころのことを思い返すと、後悔ばかりです」

「それはどうしてですか?」


「冒険に出る前、『歳が5つ離れているので、戦闘だけでなく頼れる兄的なものも期待している』と国王から言われた。僕もそうしようと思っていた。しかしフォールズは、勇者の責任を1人で背負い込んだようになり、あまり人に頼ろうとしなかった。僕にもっと頼りがいがあれば、あんなことにはならなかったのではないか、と思うことがある」


 ジェラルドは大きく息をつき話を続ける。

「フォールズは世界のこと、人々のことを第一に考えていた。しかし、常に周りの人のことばかりを考えすぎて、勇者という肩書きが重荷になっていたのかもしれない」


「今でもいろんな町でフォールズのウワサ話を聞くことがあるのですが、みんな異口同音にいい人だったと言っています」

「そうっすね。いい人すぎて、逆に勇者に向いてないじゃないかって言ってる人もいるぐらいっす」

「いずれにしても、一般の人たちからは信頼を得ていたので、ジェラルドさんも十分に役割を果たせていたと思います」


「そうだといいけど。フォールズが勇者として名を上げれば、付き添っている僕の名も上がり、弟を見返し、両親に認めさせることができる。そんな思いが胸の奥底にあったような気がする。知らずしらずのうちに、フォールズを利用しようとしていたのかも。フォールズには、そんな僕の心の奥底が透けて見えていたのかもしれない」


 ジェラルドは真っすぐ向いたまま続ける。

「結果的に、フォールズの話を深く聞こうとしなかったのは事実だし。フォールズのことは二の次だったと言われても仕方がない。もっとフォールズの気持ちを考えてあげることができていたら、冒険を、そして勇者を辞めて失踪することなんてなかったのかもしれない」


 フォールズが繊細な心を持っていたと理解しているからこそ、そう思うのだろう。

「逆に、一緒に冒険しづらいと思ったことはありましたか?」

「冒険しづらいということまではなかったけど。思いつめた表情をしたり、物思いにふけったりすることがよくあった。聞いてもはぐらかして言おうとしないし」

「それはいつごろのことでしたか?」

「トーイットコに入ったころだったかな。そういえばそのころ、『魔族を倒さなければいけないのか。倒さず、共存できるようにならないのか』と相談というか、グチをこぼすように言ってきたことが1度だけあったな」


 教団と同じようなことを言っている。多様性を受け入れるという考え方から、そう思う人も少ないながらいるので、偶然に同じ考えをもっていてもおかしくはない。

 しかし、クグには教団と何らかの関わりがあるように思えた。


「フォールズが冒険をやめると国王へ言う前に、何か話し合いはありましたか?」

「いいや。話し合うこともなく、謁見の間で突然一方的に告げられた」


「言われるがままに、受け入れたと」

「さすがに、即受け入れることなんてできなかった。他の仲間と3人で、どうしてなのか、どこか僕たちに悪いところがあったのか、などいろいろと聞いた」


「フォールズは、何と答えましたか?」

「君たちに不満や悪いところはない。自分自身の問題だと。それ以上の詳しいことは何も聞けなかった。国王の発表を信じないわけじゃないけど、亡くなったと信じたくない思いもある。もし生きているのなら、元気でいることを願うばかりです」


 クグはヴォイドホールに落ちるフォールズがフラッシュバックし、言葉に詰まった。


「フォールズがいなくなって、みんな即解散したんすか?」

「残された僕たちは、国王から『勇者が戻ってくるかもしれないので、城で待機するように』と言われ、城内の部屋をあてがわれて待機していました」


「追いかけたりしなかったんすか?」

「国王も仲間も、もちろん僕も、あれだけ責任感の強い勇者のことだから、中途半端な状態で冒険を投げだすことはしないだろう。しばらく独りで落ち着いて考えたら戻ってくるだろう。そんなふうに思ってた」


 企画課偵察係は、この時点で勇者の足取りがつかめなくなってしまった。

 代々受け継がれている道具袋からは、不思議な魔力が発せられている。その道具袋の魔力がどこから発せられているのかを、GPSセンサーのようにキャッチして表示できる専用の魔法の地図を使うことで、代々の企画課偵察係の職員は勇者を追跡できている。今はスマホマプリになっている。

 道具袋が返還されてしまえば、追跡することができなくなってしまう。


「しかし、フォールズは帰ってこなかった。3か月後、国王に招集され、冒険の終了と解散が言い渡された。それ以降は、あなた方の知っているとおりです」


 そして一般向けに、「不慮の事故で亡くなった」と発表がなされた。


「他の仲間の方々とは、連絡をとったり、会ったりしていますか?」

「いえ。僕たちは気持ちの整理がつかないまま解散した。他の2人は、このあとどうするかまだ何も決められないまま、お互いの連絡先を交換することもなく、城を去っていった」


「ジェラルドさん自身はどうされたのですか?」

「すぐに気持ちの整理なんてつかなかった。怒りでもなく、あきれるでもなく、悲しみでもない。急にポッカリと胸に穴が空いたような、なんとも言えない虚しさ。突きつけられた事実と、無力感、やり場のない感情がグルグルと頭の中を支配して、何も考えられなかった」


 何年も一緒に冒険をしてきたのに、魔王を倒したのではなく、魔王に敗れたのでもなく、冒険が中途半端に、しかも強制的に終了したのだからさぞつらかっただろう、とクグは同情せずにはいられない。


「フォールズとの冒険は、苦い思い出ばかりなのですね」

「そうかもしれないね。でも、良い経験をさせてもらえたとも思ってる。こうして再就職もできたし」


 27歳で急に冒険を終えて無職になり、再就職をどうしようかと思っていたところ、軍のかつての上司の推薦と、冒険の実績が評価され、重装歩兵部隊の中隊長を任されることになった。

 任務だけでなく、部下に対して常日頃からの声掛けなど、これまでの経験と反省がいかされている。


「重装歩兵っていったら、全身真っ黒の鎧を装備して、赤銅色のマントをまとってる、あの部隊っすよね」

「詳しいね。重装歩兵部隊のことを知っているの?」

「知ってるもなにも、プレートアーマー装備して、さらにタワーシールドも装備しているのに機動力も攻撃力も高くて、最前線で戦うチョーかっちょいい部隊じゃないっすか」

「プレートアーマーっていったら、全身着込むタイプの、あのガチャガチャと動きにくそうなやつのことか?」


「プレートアーマーは全身を覆うけど、人間の動きに合わせた精巧な造りで可動域も広く、動きやすい構造になっているんだよ。動きにくかったら任務の成否だけでなく、命にも関わるからね」

「へー。そうなんですね。勉強になりました」

 クグは企画課の軽装備ソードアンドバックラースタイルしか知らない。


「両親は勇者と冒険をしたことと、中隊長という役職を認めてくれるようになった」


 ジェラルドは、選考会でもらったトロフィーと賞状、それに、冒険中に入手した魔除けのネックレスを両親へ送った。両親から、トロフィーと賞状はリビングに、ネックレスは家の鬼門にあたる洗面所の壁に飾った、とスマホで写真を送られてきた。


「でも、弟とは関係がこじれたままなんだ。今度は弟が、僕の勇者との冒険に対して嫉妬してしまった」

「そりゃそうなるっすよね」


「でも今回、勇者の話をする機会をもたせてもらえて、過去の自分に向き合うきっかけにもなった。せっかくだから、これを機に弟ときちんと話し合ってみようと思う。幼い頃のようにとはいかないまでも、年相応にお互いを理解しあえるように」

「それはいいことですね。関係が良くなることを祈っております」


「僕が話せることといえばこれくらいだけど。他に何かありますか?」

 クグにはフォールズ以外のことで、聞いておきたいことがあった。


「ついでと言ってはなんですが、鉄塔について何か知っていることはありませんか?」

「鉄塔? ああ、ここ1年くらいであちこち建設されているみたいだね。僕がフォールズと冒険していたときは、まだなかったはずだけど」


 やはり勇者が代替わりしてから建ちはじめたようだ。これは確定だ。


「それ以外に何か知っていることはありませんか? 例えば、軍の任務で建設の一部に携わったとか、建設中の護衛をしたとか」

「軍でもそういった任務は聞いたことがないな。民間のサービスが何か始まるのだと思ってたけど」


「民間企業の大規模事業という可能性もあるのか。なるほど」

「勇者の冒険と関係があるんですか?」

「いえ、関係ないのですが、なんとなく個人的に気になっただけですので。とくに気になさらなくて結構です」


 鉄塔の情報も進展はない。しかし、国の事業ではなく、民間企業の事業という線もあるのを見過ごしていた。とはいえ全国的、いや全世界的に鉄塔が建っているので、こんなことができる民間企業などそうそうない。現時点では、柔軟にどちらの線でも考えられるようにしておいたほうが良さそうだ。


「あまり力になれなかったみたいだね」

「いえこちらこそ、お忙しいところありがとうございました」


 先代勇者フォールズの元仲間ジェラルドとの話は終了した。せっかく話を聞く場をセッティングしてもらったのだが、すぐに解決できるような有益な情報は得られなかった。


 しかしすべてが無駄だった訳ではない。

 いくら勇者の冒険は用意されたイベントをこなすものとはいえ、冒険しているのは生身の人間だ。それぞれが思いを抱えて冒険していることがわかった。クグは、頭ではわかってはいたが、今回の件で実感としてわかることができた。


 今後、先回りしてイベント案を作っていく身として、生身の人間が感情を持ってイベントをこなしていくことを念頭に置いて任務にあたっていこう、と初心にかえることができた。


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